閑話 蜂蜜酒を造る(異世界なので合法)
瘴気を見に行ってから数日後の朝、5頭のコグマを引き連れたシュウチョウが工房に来た。四本腕のコグマは青だったり黄色だったり赤だったりと普通のクマがいない。しかもコグマとはいえ構の胸くらいの背丈だ。駄々をこねられたら大けがするだろう。構は本能的に少しあとずさり距離をとった。
『蜂蜜を持ってきた。何か入れ物はあるか?』
『メロン!』
『スイカ!』
コグマは自由奔放で、5頭は畑のメロンとスイカに向かった。どんな種でも子供は自由だ。
『子らがすまぬ』
「いえいえ、あのメロンとスイカは毎日採れるんで」
冷蔵庫に食べかけもある上に余っているので問題はない。もったいないのでむしろどうぞと言いたい構だ。
『置き場所はどこだろうか』
シュウチョウが工房の入り口をちらりと見る。
「けっこう大きかったりします?」
『うむ、これが10個ある』
シュウチョウが毛皮から取り出したのは、蓮の葉ほどのある葉っぱと、それに乗せられた黄金色の蜜だった。構が見た感じでも、業務用のビール樽10リットルほどだ。それが10個で100リットルだ。一般的な湯舟が200リットルほどなので、湯舟の半分ほどの蜂蜜だ。
「多すぎません?」
独り者の構が消費できる量ではない。かといって販売するルートもなし。まして食品なのだ、衛生上問題はあるだろう。
構は物部製作所の仕事で養蜂農家の工事の手伝いに行ったことがあったが、そこで蜂蜜を用いて何かするならば届け出が必要と聞いていた。何でも屋をやっている構は、わざわざ蜂蜜を売るために届け出をするつもりはない。
『この蜂蜜は森の奥に住む岩蜂のものだ。そいつらが木から吸い出す蜜は森の魔力を豊富に含んでおって極上だ』
「へー、木からの蜜か。メイプルシロップみたいで、森の恵みって感じですか」
『時折ニンゲンが取りに来るが、ほぼ失敗しておるな』
「失敗……」
その失敗ってのは怪我くらいで済んでる失敗ですよね?とは聞けなかった。ただ、わざわざ取りに来るほどには希少だろうくらいは予想できた。
『ゲンゾーにも渡していたが、あやつは酒にしておったぞ』
「蜂蜜の酒? 蜂蜜酒か!」
ミードとは、水と蜂蜜を混ぜて放置しておくと自然にできる酒のことだ。蜂蜜の糖分が発酵して
アルコールになる。アルコール度数は7~15%と、飲みすぎると二日酔い間違いなしだ。
「じーちゃんも酒好きだったしな」
その血を引いている構も酒が好きだった。酒ならば何でも来い!である。
『入れるものはあるか?』
「そんな大きな入れ物は……なくもないな」
棺桶ほどの巨大な工具入れはいくつかある。そこにビニールを敷いて蓋をすれば簡易的な入れ物にはなる。
『安心しろ、炎天下でも腐ることはない』
「炎天下には置きませんけどね?」
口にするものなので扱いは丁寧に、だ。
構は軽トラがある納屋に行き、空の工具箱を引きずって来た。ビニールは養生用の1.8メートル幅のロールがある。ビニールの口を閉じて、木の板で蓋をすれば十分だろう。
「動かせるように台車を入れておこうっと」
台車に乗せられた工具箱に蜂蜜が投入されていく。黄金色をした森の宝物だ。
食パンに付けたらおいしそうだな。
日頃から独身者の貧しい食事レパートリーなのでそれくらいしか思いつかない構だった。
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「ということで、ミードを作るぞ!」
ミードとはいえ酒なので、日本では酒造免許が必要だ。だがここは日本ではなく異世界だ。免許なんて交付する組織がないじゃないか! いいのか? いいんだよ!
という理論武装した構は酒造りを開始した。
「ミードって古代からあるから、作り方も簡単だ」
5000年以上前のインドのヒンドゥー聖典に登場するのが一番古い記録とされ、ギリシャ神話や北欧神話にもで出てくる。紀元前約7000年頃の中国・賈湖遺跡から蜂蜜由来の発酵飲料の成分が検出されているのが確認できる最も古い年代だ。
ミードの原料は蜂蜜とその3倍の量の水。糖が発酵してアルコールになるだけなのだ。
製法が簡単なので古代から親しまれていたが、人口が増えるにしたがって貴重になっていき、ビールに変わっていったという歴史がある。
「試作品だし少量でやろうかな。失敗したらもったいないじゃん?」
構は小心者だった。
ちょっと大きめな蓋つきガラス瓶に蜂蜜を入れ、水を追加する。水はせっかくなので池の湧き水にした。なんとなくそうするのがいいと感じたからである。ほんのちょっぴりだし。
瓶に入れるのは蜂蜜50mlに水150mlとした。多すぎてももったいないし、今はこれより大きな瓶もない。
「ちゃんと計量したよ?」
誰に向けてでもなく、構は独り言ちた。
「このままで数日だって。でも酵母を入れてないから、1週間あればできるかな。楽しみだなー」
構は気楽に考えていた。
「あ、午後からエアコンの取り付けの仕事があったんだ。やべー、間に合うかなぁ」
構はいそいそと準備をして工房を出て行った。
「はぁ、暑かったー。今日も頑張ったぞ俺!」
夕刻に構は工房へ戻ってきた。
昨今の酷暑でこの時期のG県の山間部でもすでに暑い。木陰と土があるおかげで都会よりはましだが。
「まずはさっぱりしないとさ」
構はぽいぽいと服を脱ぎすてそのままシャワー室に向かう。寝泊まりすることが多いので着替えのストックは工房に置いてある。ここには誰もいないのもあって気兼ねなく素っ裸になっていた。
「あぁぁぁ水のシャワー気持ちぃぃ」
誰もいないことをいいことに大声で叫んだりもした。普段、構の家に訪問するものはいない。むしろこちらの森の方が多いまである。
「はー、さっぱりした」
体をふき、気軽な甚平に着替えた構は熟成中のミードの瓶に近寄る。朝作ったばかりでまだできるはずもないが、気になるのだ。
「泡立ってるのかな。まぁ無事に発酵してると考えよう」
あくまで試験なので失敗したら失敗しただし、失敗は成功の基だ。次に生かせばいい。
「気温的には数日でできそう。楽しみだなー。よーし、行燈の改良をやっていくか!」
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「ふわぁぁぁ、よく寝たけど、体が重い」
翌朝、構は工房の仮眠スペースで目を覚ました。行燈の改良で疲れていた構はまたも工房で寝てしまった。トイレも冷蔵庫もあって便利なのが悪いんだ、と祖父のせいにする。
「さーてミードはどうかなー」
構は疲労で重い体を引きずるように歩いて瓶を見に行く。
「あれ、もう泡が出てない? しかもずいぶん透明な液体だな」
瓶の中身は琥珀色の液体になっていた。不純物も見当たらない。
「こんな簡単にできちゃうもの? 違うよねぇ」
構はそう口にするが、庭に植えた木や畑の野菜の件もあるので「ここでは深く考えるな」になっていた。考えたら負けなのだ。
「できたからには飲んでみたいよね」
朝から飲酒である。これもQOLを上げる行為だ、と言い訳には余念がない。
瓶の蓋を開ければふわっと甘い蜂蜜の香りが解放される。
「おぉぉぉぉ、これだけで旨いの確定だ!」
ゴクリとのどが鳴る。
瓶に口をつけまずは一口。
「ッ!」
構は目を大きく開いた。
うますぎる!
目はそう語っている。
ごくごくごくごく。一口のつもりが全部飲んでしまった。
「うっま! なにこれ!」
口の周りを蜂蜜酒で濡らした構が叫んだ。酒精は強めだが、滑らかで甘い口当たりのおかげでビールのごとくぐびぐび飲んでしまった。構の経験からすれば、日本酒程度のアルコール濃度はありそうだった。
「はー、なんか体が軽い。昨日の工事の疲れが吹き飛んだ感じさえするな」
構は右腕をぐるぐる回して、だるさがなくなった肩をパシパシ叩いた。軽くジャンプしたりスクワットもしてみた。動きにメリハリがあり、だらっとした感がない。
「森の恵みの蜂蜜すげーなー」
使った蜂蜜はわずかだ。蜂蜜は100キロあり、酒にすれば400キロになる。
「そんなに飲まないけどね? 誰かへのお土産にはいいかもしれない。その誰かがいないんだけどさ」
現在の構はボッチだ。祖父の親類はもう交流もなく、祖母の親類は顔さえ知らない。祖母は外国人だったが、普段から親類の話すらでなかったし、祖父と両親もその話題には触れていなかった。
幼い頃の構は「いろいろあるんだろう」とは思っていた。
「ニュー龕灯の代金にしては高いんじゃないかな。シュウチョウにも分けてあげようか」
ニュー龕灯の材料費はほぼないと言えた。木材は庭にあるし、部品類はもともとの龕灯から移植になっている。工賃は構の趣味ということでゼロ円だ。
アイスは冷たいのでゼロカロリー理論と同じである。
「こんなにおいしいなら発酵用のボトルでも買うか。個人で楽しむなら問題なし! 発酵用のステンレス製の樽だって売ってるんだし、そうしようそうしよう!」
異世界だからよかろうなのだ。




