第3話 瘴気の原因と魔導具の強化⑦
「どっこいせぇぇぇ!」
斬った丸太を転がして工房に入れた構は、どうにかこうにか作業台に載せた。
「今後もこの作業をするならホイストが欲しくなっちゃうな。移動式ホイストクレーンを探しとこっと」
額の汗を腕でぬぐった構は決意した。元の工場は備え付けの大型ホイストクレーンがあったがここは祖父の個人的な工房だ。持ち主は構になったので工房をいじる権限も構にある。
「桶にするための蓋をつけないと」
龕灯は桶に持ち手を付け、桶の中に明かりを設置したものだ。蓋にするための木材はスライスした幹で、直径も同じなのでほぼ無加工で取付可能だった。
簡単に取れない様にビスをたくさん使って固定した。
「持ち手とかは後でつけるとして、中を作っていくか」
光源の水晶や部品は元の龕灯から移植する。流れる電流が増えるはずなので電線もさらに太くした。桶の中には反射材として加工したアルミの板をはめ込む。金属加工の工場だった物部製作所の得意な分野だ。あまり危険な作業ではないので構も鼻歌交じりだ。
持ち手はもっと丈夫なものに変えた。材料は当然ベルーイゲンの木である。ほかの木材や金属を使った場合、魔力とやらがうまく伝わらないだろうと推測した結果だ。
祖父を真似て、桶の底に【構】と名を刻んだ。
「やった、完成だ! おっと重いなこれ」
構は出来上がった新しく大きくなった龕灯を持ち上げる。直径が30センチ、持ち手部を含めて長さが60センチほどもある、もはや手持ちとは言い難い龕灯だ。重量も20キロはあるだろう。構だと脇に抱えないと持てないがシュウチョウの体ならピッタリだ。
「あれ、もう暗くなってる?」
時計を見ればもう20時を回っている。作業に没頭していたために時間を気にしていなかった。チビウサたちもいつの間にかいなくなっていた。
「腹が減った気がする」
お腹を押さえた構はゾンビのごとく冷蔵庫へ向かった。取り出したのは缶ビールだ。
「今日の晩御飯は君だ。完成したぜカンパーイ!」
工作以外は残念な男だった。
翌朝。構は新しく作ったニュー龕灯を抱えて柵の前に立っていた。構では動作チェックができないのでシュウチョウを呼ぶためだ。
「シューチョーさーん。新しい龕灯ができたんで、チェックをお願いしたいんですけどー!」
構は森に向かって叫ぶ。ママウサギはこうすると来たのだ。
「まぁ、そのうち来るかな」
工房でコーヒーでも飲んで待ってるかなーと背伸びをしたと同時に森が激しく揺れ、木々を押しのける様にオレンジ色の巨大なクマが現れた。
『ふむ、呼んだか』
「お呼びだてしてすみません。龕灯の強化ができたので試してほしかったんです」
『なんと! もうできたのか!』
シュウチョウはたいそう驚いたのか、四本の腕を軽く万歳した。お茶目なところもあるのだなこのクマさんは、と構の脳内に記録された。
「これです」
『おぉ、だいぶ大きくなったのだな』
構に龕灯を渡されたシュウチョウが腕一本で軽々と持ち上げた。構は内心「すげーさすがクマだぜ」と感心した。
新しい龕灯をいろいろな角度から見ていたシュウチョウだが『よし』とつぶやいた。途端に龕灯からスポットライトのような強烈な光線が飛び出した。光線は空へ向けられているが、昼間なのにはっきり見える。元の龕灯と比較するのも烏滸がましいレベルだ。
『これは……』
シュウチョウも言葉を失い、次が出てこない。構はポカーンとその光線を見つめるばかりだ。自分が作ったとは信じられないという顔をしていた。
『瘴気をもっと後退させることができるだろう。さっそく試したい』
「ぜひぜひ。不具合とかあったら教えてください。なにせ俺じゃ動かせないんで」
作ったもののデバッグができないのは作り手として悲しいことだ。不具合が致命的もしくは使用者に何らかの害があった場合、製造者の責任は重い。構はよく分かっている。
『早速、試させてもらおう』
シュウチョウはその巨躯を森に溶け込ませた。
第3話 瘴気の原因と魔導具の強化⑧
森に消えたシュウチョウは木々を押しのけ奥へと進んでいた。いつもなら木を気に掛けるのだが興奮で忘れていた。
『クマ、そんなに急いでどこに行くんだい』
『むぅ。ウサギか』
急ぐシュウチョウの目の前に巨大なハネウサギのママウサギが立っていた。
『おや、ずいぶんデカイ魔導具じゃないか。カマエが作ったのかい?』
『うむ。かなり強い浄光になった。これならば遺跡に近寄れるかもしれん』
シュウチョウは足を緩めず、ママウサギはクマと並走しながら会話を続ける。
『あの遺跡を何とかできるといいんだけどねぇ』
『それはやってみないと分からんが、あの遺跡に残っている怨念は相当な強さだ』
『魔王クラスだからねぇ』
言葉を交わすうちに、2体はチビウサギが頑張っている領域に着いた。黒い霧と行燈の光がせめぎあっている。その中でもひときわ明るい行燈が黒い霧を大きく消し去っている。
『あれが改良された魔導具か』
『あぁ、強力にはなったけど、相応の魔力を要求されてねぇ。大きい子でないと扱えないのが難点さ』
『そうであろうな。これも結構な魔力を要求された』
シュウチョウが持っている龕灯に視線を落とした。先ほどのチェックの際に構には伝えていないことだった。
強力な魔導具には相応の魔力が必要。これは常識すぎた。
『だが、弱い魔道具では、いつか森が瘴気で覆われてしまうだろう』
ゲンゾーがいなくなった時と同じように。シュウチョウは龕灯を優しくなでた。
人の生は短い。構が源三の次代として森の工房にいるが、やがて寿命を迎えるだろう。そうしたら壊れた魔道具はそのままで、直す者もなく、次第に自分たちは瘴気に追い詰められていくはずだ。
『ゲンゾーの孫が来た今がチャンスさ』
『我々でケリをつけねばいかんぞ』
『わかってるさ』
これっきり言葉が無くなった。
『……まずはこれの威力を確認すべきだ』
シュウチョウが龕灯を黒い霧に向けた。
『どれほどか、見せてもらうぞ』
その言葉は瘴気に向けたものか、構に向けたものか。
龕灯から放出された光線は黒い霧を切り裂き、隠れていた遺跡を出現させた。視界の先にあるのは、荒い岩で組まれた石垣だ。おおよそシュウチョウの身長ほど、約3メートルはある。その先はまだ黒い霧に隠されたままだ。
『遺跡が見えたな』
『見えたねぇ』
シュウチョウもママウサギも微動だにせず、現れた石の壁を見つめている。いままでは見ることがかなわなかった瘴気の元凶だ。
『木が侵されてるようだねぇ』
『もはや助かるまい』
瘴気の中のあった木々は、茶色いはずの幹は黒く変色し、複雑な曲線を描くように捻じれていた。境界の森にある木々とは全く様相が違う、異質なものになり果てていた。
『なぁに、瘴気をなくした後には生えてくるさ。しかし、すごい威力だねぇ』
『うむ、予想以上だ。が、奪われる魔力も予想を超えた。我が子らでも大きい個体でなければ扱えまい』
『それはうちも一緒さね』
ママウサギもシュウチョウも視線は切り裂かれた黒い霧に向かっている。龕灯からの光線がやめば、黒い霧は浸食を開始した。
常に光線を放射していなければ瘴気に負ける。
『20個はほしいな』
シュウチョウがつぶやいた。壊れることを前提とした数だ。すべてを強化型にしてしまうと扱える子らが減る。いままでの龕灯も必要だ。
『あんたも構には釣り合うものを用意しな』
『わかっている。では我は戻る』
シュウチョウは森の中に消えて行った。




