第3話 瘴気の原因と魔導具の強化②
『あの空き地に降りるよ』
ママウサギが向かった先には、そこだけ森がぽっかりとくりぬかれたような丸い空間があった。陽が当たるので草も生えている。ところどころにチビウサギの姿もある。ゴロンと寝転んでいて、日向ぼっこ中のようだ。
音もなく着地したママウサギから、構は滑り降りる。着地に失敗して前のめりにごろごろ転がって止まった。
『なんだい、降りることも下手なのかい?』
ママウサギが呆れた風に息を吐いた。
「運動は苦手なんだって」
誰にでも得手不得手はあるでしょ?と構は愚痴る。言い訳である。
『文句言ってないで行くよ』
ママウサギは黒い霧がある方の森へ入っていくので構もあわててついていく。ここで迷子になってしまったら遭難だ。
森の中は日光が届かず薄暗い。腐葉土でふかふかの地面には木の根が張り出しており、足元をおろそかにすると躓きそうだ。
夜に近い森の中、前方だけが明るかった。木々の隙間から光が漏れてくる。構はその光に覚えがある。行燈の優しい光だ。
『さぁついた』
そこでは、うねる黒い霧に向かってチビウサギが行燈を抱えていた。行燈の光に触れた黒い霧がしゅわしゅわと音を立てながら蒸発していく。
行燈の明かりは木々の間に10個ほど確認できた。おおよそ5メートル間隔。すべてにチビウサギがいた。
『妾の領域を守るには常時10個の魔道具が必要じゃ。チビたちが交代であたっておる。それでも押しとどめることしかできぬが』
ママウサギの表情は変わらないが悔しそうな声は構にもわかった。行燈の光ではこれが限界なのだろう。
『む、カマエが来ているのか』
黒い霧を切り裂くように、龕灯を持ったオレンジ色の大きな熊のシュウチョウが歩いてきた。シュウチョウが龕灯を向けると黒い霧が一気に後退する。だが、霧はゆっくりあふれ出してくる。
『瘴気を見たいといったから連れてきたのさ』
『そうだったか。瘴気は危険だ』
ママウサギが説明するとシュウチョウが構を向く。
『魔道具である程度は退けられるがある程度でしかない。根源の遺跡を何とか出来ねば、森は魔獣を生み出す繭のままだ』
シュウチョウが黒い霧を見つめそうこぼす。自分たちの生活領域を何とかしたいというもどかしさを感じた。
ふいに黒い霧が暴れた。大きくうねり、行燈の光を乗り越えた。その近くにいるチビウサギが瘴気に飲み込まれそうになる。
『ミュー』
『逃げな!』
ママウサギの声が届く前に、構は走っていた。構は、驚きで固まってしまっているチビウサギに飛びつき、抱えて転がった。一回転し、木に当たって止まった。行燈はつぶれて壊れた。瘴気が勢いを増す。構をあざ笑うように。
『カマエ!』
『むん!』
ママウサギが構に駆けより、シュウチョウは龕灯を黒い霧に向ける。暴れていた黒い霧が切り裂かれ、退潮のように引いていった。
『無茶するんじゃないよ!』
「でも、この子が」
構は胸の中で目を回しているチビウサをママウサギに突き返す。
『子は、また成せばいい』
「この子の代わりにはならないでしょ?」
ママウサギは黙った。
部品なら作ればいいが生物はそうはいかない。テセウスの船は所詮テセウスの船であり、モノなのだ。
「これが瘴気か……」
恐ろしく、悍ましく、そして相容れることはない。あの霧に意志はないだろうが、明確に拡大を狙っている。
構はそう感じた。
瘴気に対抗するには魔道具の改良が必須だ、とも。
瘴気を何とかできるなら、あの小さいウサギが犠牲になることもなくなるはずだ。あんなものを放置できない。してはいけない。祖父もそう思って行燈と龕灯を作ったのだろう。
だからあれだけの数をそろえたのだ。彼らのために。
「魔道具を改良しましょう」
構は誰に言うとなしにつぶやいた。
㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢
ママウサギと一緒に工房に戻った構は、先ほど見た光景を思い出していた。現状の行燈と龕灯では押しとどめるのが精一杯。押し戻すにはもっと強力な魔道具がいる、と。これは自身の安寧にも直結する。QOLを上げるならやる一択だ。
「新しくは作れないから強化するしかないよなー」
構は腕を組んで天井を見上げた。考えつつもワクワクし始めていた。
そもそもの仕組みが謎なので新しく作るという選択肢は捨てた。判明すれば新しい物は作れそうだが、時間を優先する。
「改良するにも、現物の確認」
まずは材料の確保と行燈の仕組みの再確認のために行燈を分解することにした。作業台に行燈を載せる。
「行燈の紙も和紙っぽいな。ケーシングに磁石は……くっつかないね」
磁石を近づけてもくっつかなかったので骨組みはアルミだ。強度と軽量を考えればベストだろう。木材の場合は水に濡れたら腐ってしまう。
『中の石はゲンゾーが持って来たねぇ』
「じーちゃんが用意したの? ってことは、通販か何かで買ってるな?」
構はそう予想した。祖父が工房から出なかったのであれば、こちらで入手するにはママウサギやシュウチョウの手を借りなければならなかったはずだ。彼らが知らないというならば、日本で入手したことになる。
「こっちの人に伝手があったりしたのかも?」
こちらにも人間はいるらしいが構は全く知らない。
売った工場は金属加工ができる機械で水晶のような石は加工できない。ならばどこかから買ったのだ。
ほかの材料は、銅線と端子くらいだ。これらはただの部品で、核の部品ではない。
「一番はこのベルーイゲンの木でできた漏斗だろうなぁ」
構はそうあたりをつけた。可能性はそこにしかないともいえる。
漏斗の形が何かを効率よく集める形だとしたら、どうすれば強化できるのか。大きさが行燈にぴったりなので大きくはできない。同じものを重ねることくらいならできそうだが、そもそもの材料たるベルーイゲンの木がない。
どーするかと構は唸った。
「漏斗からは水晶へは銅線なんだよなーじゃあ伝わってるのは電気なの?って話だよな」
ただ、構は魔力を持たないので稼働させられない。
「助手が欲しい」
『うちのちびたちをやろうかねぇ』
チビハネウサギの派遣が決まった。




