第2話 オレンジ色で四本腕のクマ⑧
気が付けば日も傾き夕暮れ時。カラスは鳴かないが腹のムシは鳴いた。
「これでよし。果報は寝て待てというし」
今日も頑張った、と構は背を伸ばし、工房へ戻った。今夜もビールがうまいに違いない。
翌朝。たっぷり睡眠をとった構は畑の様子を見に外へ出た。
「森林浴って感じで空気がうまい。いっちにーさんしー」
朝独特の空気に思わずラジオ体操を始めた。工場では、作業前にラジオ体操で体をほぐすのが朝のルーティンだった。体が動きやすければケガも減る。アスリートもプロレスラーも練習前には入念に体をほぐすのだ。
体操中に畑を眺めれば、すでに芽吹いて葉が数枚になっているのがわかった。葉の形はそれぞれ違うが、葉の形では野菜の種類は想像できない。そもそも知っている野菜と同じかすら不明なのだ。
「実がなればわかるでしょ」
構はお気楽に考えていた。
畑を見た後は木の実を植えた場所の確認だ。最初に植えた木の実は、1週間で構の身長を抜いていた。
翌日はさすがに芽が出たばかりだが、あまりの常識外れに構も首をひねるばかりだ。
「まぁ、早く育てば早く資材になるんだし」
そう思っていた時期が構にもありました。その次の日には、構の度肝が抜かれたのだ。
「野菜がなっとるやんけ」
なぜ人は驚くとエセ関西人が出るのだろう。構にはそんな疑問が浮かぶほどの余裕はなかった。
家庭菜園の畑に植えた野菜が、すべて収穫時期を迎えていたのだ。
葉野菜、根菜、実野菜。どれも構が知っている野菜ばかりだった。
「長ネギ、レタス、キャベツ、ニンジン、大根、トマト、トウモロコシ、枝豆、メロンにスイカ。統一感がねえ」
どれも鈴なりという表現がふさわしいレベルで実っている。レタスとキャベツは本来は一株なはずだが、なぜか株が3つあった。長ネギは長ネギで壁ができていた。大根は5本、ニンジンは5本だ。トウモロコシも5本生えていた。ありえない。
「メロンはうれしいけどさー。俺ひとりじゃ食いきれないって」
構はぶつくさ言いつつも収穫していく。現金なものだ。
スーパーのビニール袋には入りきらず、3度往復した。冷蔵庫の野菜室もパンパンだ。
「種は10個しかなかったのに大収穫だ。トマトもメロンもまだ大きくなりそうな実があるし、明日も収穫かな」
冷やしたメロンに舌鼓を打ちながら「ニンジンはウサギにあげるか」などと余裕をかましていた。
翌日。畑の様子を見に行った構は、収穫したはずの野菜たちが昨日と同じレベルで実をつけているのを目にし、倒れそうになってしまった。
昨日収穫した野菜のうち、食べたのはメロンと枝豆だけで、それも半分ほどだ。ほぼすべて残っていると言っていい。
「……これはやばいかもしれん」
「ママー」と森に向かってママウサギを呼ぶ。ほどなく『なんだいやかましいねぇ』とママウサギが飛んできた。構の前に音もなく着地する。
「あれ見てよ。もらった野菜の種があーなったんだ」
『豊作じゃないか。いいことさね』
「昨日もアレと同じくらいなってて、全部収穫したのに元に戻ってるんだよ」
『おやおや、いいことじゃないか。足りないより全然いい』
構の大変さを理解していない。
収穫は楽しかったが、野菜を無駄にはできない。もったいないお化けに泣かされてしまう。
「ママウサが食べられる野菜、持って行っていいから。ニンジン、食べるでしょ?」
『あぁ食べるよ。子供らも大好きさ』
「じゃあ持って行ってよ。俺だけじゃ食べきれなくてダメにしちゃう。そんなのもったいないじゃん」
日本人のモッタイナイソウルは根強い。
『もらえるもんはもらっていくさ』
ママウサギは畑から採ったのはニンジン、レタス、キャベツ、トウモロコシだ。なるほど、ウサギが食べそうな野菜だと構は納得する。
小学校でウサギを飼ってたなーと思い出しもした。ペレットが主だったがホウレンソウなどの葉野菜も上げていた。ニンジンはデザート扱いだがまぁ大丈夫でしょと構は軽い。
『どれも魔力がパンパンにつまったいい野菜だ』
ニンジンを引っこ抜くママウサギの声が弾んでいる。どうやらいい野菜のようだ。
適当にまいたんだけどと構は罪悪感に視線を逃した。
「行燈を持って来たついでに野菜を持って帰ってよ」
『魔道具を直した上に野菜までもらっちゃ悪いねぇ』
「種をくれたのはママウサさんだし。そのかわり、行燈がどれくらい有効なのか見てみたいんだけど」
構はしれっと願望を混ぜた。道具の性能と、改良するレベルを確認したいのだ。それが構の安全にもつながる。大切なことなので構も本気だ。
『……ふーむ、ゲンゾーもそんなことを言ってたような気がするねぇ。妾がついてれば大丈夫か。念のためにあの熊にも声をかけてみるさ』
あの熊とはシュウチョウのことだろう。ついでにあの龕灯の性能も見れるし、なんなら改良の案も浮かぶかもしれない。構はワクワクしてきた。
「ぜひぜひ」
『そうさね、二日後の朝にまた来る。都合は大丈夫かい?』
「開けとくから大丈夫」
何でも屋はさほど忙しくない。予定があっても次の日にずらしてもらおう。構の優先事項はこっちだった。
『野菜はありがたくいただくよ。じゃ、また来るさね』
ママウサギは来た時と同じように、飛んで森に帰っていった。




