第2話 オレンジ色で四本腕のクマ⑦
「まだ植えてないんだ。植え時を見失っちゃって」
『ここは気候が安定してるから、いつ植えても大丈夫さ』
「そうなの?」
気候が安定しているというのはどんな意味か。日本は四季があって気候は安定している。梅雨や台風もあるが、水の供給という点では必要なものであり、あるからこそ安定しているのだ。
冬に寒いからこそ栄養を蓄え、春に芽吹く。それと時を同じくして虫も動き出す。虫を食べる動物も活発になる。生命はそうやって循環していた。
『この敷地だけは植物が育ちやすい気候なのさ。それと森の加護もあって成長も早い。その木も、そこまで育つには20年はかかるさ』
ママウサギは窓の向こうに顔を向けた。その先にベルーイゲンの木がある。
「20年が2週間くらいであの高さまで育つのか。すごいな」
『あの木はもっと高くなる。この実を敷地に植えると良い』
ママウサギは先ほど出したベルーイゲンの実を手にした。
『たくさん植えて瘴気が薄くなれば魔獣も来なくなる』
「よし、植えよう!」
何ごとも安全第一だ。
修理もいいが家庭菜園もやるべきだと構は考える。護身用の木。護身木だ。
木が早く成長するなら野菜も?
新鮮な野菜が食べられるなら少々の手間は苦にならない。何でも屋も忙しくはないし、クーラー需要の夏が過ぎれば暇にもなるだろう。食費が浮くのは大助かりだ。
『何か用事があれば妾を呼びな』
ママウサギはぴょーんと跳ねて森に消えた。
「家庭菜園か……ヨシ!」
ママウサギが帰った後、構はホームセンターに出かけた。
「小型耕運機もいろいろあるな。エンジン式だとうるさいだろうし、バッテリー式だなぁ」
展示品を前に構は考える。ドローンでうるさいのなら耕運機は大騒音だろう。バッテリーも交換用があれば数時間の作業もできるし、作業中に充電していればいい。
「これはいい買い物なんだ」
たまたま在庫があった小型電動耕運機を買って帰った。引っ越してから散財が多いが、これも楽しみのためと割り切った。
帰宅した構は軽トラから耕運機を降ろす最中に、これをどうやって工房に持っていこうかと考えた。工房は、ちょうど車庫の裏に当たる。
「車庫の裏口から工房の近くに行けないかな」
と放置していた車庫を探すと、目立たない場所に両開きの幅広な戸を見つけた。壁と同じデザインで迷彩されていた。まるで隠すようにだ。
「この幅だと軽トラごといけそうだ。その前に工房へ行けるか確認しないと」
構は軋む扉を開けた。開けた先には柵があり、森が目の前にあった。右の方には大きくなったベルーイゲンの木と栗の木も見える。場所としては、工房の木の扉でて右手あたりだろう。
「……そこに建物なんてなかったよね?」
構は目を瞑って呼吸を整える。工房がどこかの森につながっているのだ。倉庫がつながっていてもおかしくはない。おかしくはないのだが。
「納得できるかは別だろ!」
構はモキーと憤慨した。
気を取り直した構は軽トラごと扉をくぐった。ゴトゴト揺れながら家庭菜園跡まで走らせ、小型耕運機を降ろす。
「ここからだと大きな物を持ち込める。じーちゃんはこれを知ってたんだろうなぁ」
便利と感じると同時に、ここから魔獣が入り込む可能性にも気が付いていた。
「ここを空けるのは必要最低限でいいな。できるだけ家の中から持ち込もう」
安全第一である。
「さて準備ができたぞ」
長靴をはいた構は家庭菜園の畑の前にいた。ママウサギにもらった野菜の種もある。なんの種だかわからないので畑も適当に耕すことにした。
「土をひっくり返して畝を作って種をまけばいいっしょ」
コイツは工作以外は適当な人間だった。
グワーンと、おとなしめだがそれでも人工の音を出した耕運機はモリモリ土をひっくり返していく。
「文明の利器って素晴らしい!」
構はニッコニコだ。機械が役に立っていればうれしいのだ。
ものの20分で耕しは終わった。石でガリッとすることもなくすんなりだ。
スコップを使って溝を掘って、その土で畝を作っていく。鍬などは持っていない。育てばよかろうなのだ。
「種まきは、土を被ってればいいかな。そもそも何の種かわからなきゃまき方もわかんないし」
種は10個あり、形と色は全部違う。
「どこにどれを植えたか、写真だけ撮っておこう」
後で検証できるようにして全部まいた。失敗したらまたママウサにもらえばいいや、などと舐めた考えをしている。家庭菜園とはいえ舐め過ぎだ。
じょうろで水をたっぷりやれば完了である。その勢いのままベルーイゲンの木の実を植えることにした。
「並べちゃうとウサギが入ってきにくいだろうし」
柵を見つめた構はウームと考える。こっちのお客さんは森から来るのだ。邪魔になるようなものは少ない方がいい。
「柵に沿って工房をぐるっと囲んじゃうか」
スコップと木の実とじょうろを抱えた構は5メートルおきくらいに木の実を埋めていった。裏の池の周りにもだ。
「池から川に流れてるのか。ってことは水が湧いてる?」
前は気が付かなかったが、小さな水の流れが柵をくぐって森に消えていた。小川と言うには細く、せせらぎ以下の水の流れだ。流れが奏でるヒーリングミュージックがさわやかで、構はしばし聞き惚れていた。
「迂闊なものは流せないな」
工房で使う油や廃棄液などはきちんと処理している。こちらの森を汚さない様に。それを徹底すればいいだけだ。
「ここにも植えておこう」
木の実を水の流れのそばにも植えた。水はその川の水をかけておいた。
「ひしゃくがあれば楽かも」
そんなことをしつつ木の実を植えていった。




