第2話 オレンジ色で四本腕のクマ⑤
黒い霧は上空から見ても広範囲だ。
「ドローンの高度から地表の距離を測定可能ってすごい機能だなこれ」
画面に半径100mの円が出現していた。高度を変えると円の大きさも変わる。
「黒い霧の範囲はだいたい直径500mの円くらいか。かなりでかいな」
構は驚く。500mと言えば、普通に歩いて7分ほどかかる距離だ。森の中の歩きにくい環境なら倍以上かかるはずだ。
「きれいな円ってわけでもないのか。歪な部分は、もしかしたらママウサギの魔道具で瘴気を何とかしてる場所かもしれないな」
構は観察を続けた。黒い霧の輪郭は揺れているのがわかる。広がろうとして何かに遮られているようだ。仄かに明かりが見え、おそらくはウサギの行燈だろうと、構は予想した。
「行燈の修理は急いだほうがよさそうだ」
ママウサギたちが行燈で食い止めているが、もしかしたら黒い霧がここまでくるかもしれない。それは困る。構はママウサギに相談することにした。
㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢㌢
それから数日後、外で何かが吠える声で起こされた。
『ブモォォォ!』
「なんだよ朝から」
構は目をこすりながら窓のカーテンを開けた。外を見れば、大きなイノシシらしき生き物が柵に体当たりを繰り返していた。
体長は2メートルほどで、体高は構の胸ほどもある。巨大な牙を持ち、赤く光る眼のイノシシだ。
体重の単位は100kgだろう。そんな巨大なイノシシが獰猛に吠えながら柵に体当たりを繰り返していた。
『ブブブモォォ!』
「ちょ、柵が壊れる!」
どうしようどうしようと窓の前で右往左往する構。イノシシが柵に体当たりするたびに工房が揺れる。とんでもない衝撃が柵に当たっていた。
「もしかして、あれが魔獣ってやつ? 凶暴とか、そーゆーレベルじゃない!」
もはや恐竜クラスだ。
「やばいやばいやばいやばい」
何か武器になりそうなものを探したが、あいにく工具類しかない。銅管くらいはあるが、それで殴ったところで銅管が曲がるのがオチだろう。体当たりされたら構など粉砕されそうだ。
「ママウサさーん、たすけてー!」
構は必死に叫んだ。自分ではどうしようもない相手だ。頼りになるのはママウサとシュウチョウだけだが、早そうなのがママウサだった。
『どうしたんだい?』
ママウサギが森からが飛んできた。たれ耳を風になびかせ、窓の前にすとんと着地する。
「ああああのイノシシが柵に体当たりしてて!」
窓を開けた構がイノシシを指す。巨大なイノシシはいまだ柵に体当たりをしていた。柵はびくともしていないが、音と地響きが恐怖を呼び起こす。構はすっかり腰が引けていた。
当たり前のことだが、普通の日本人はこんな場面には出くわさない。構が怯えるのは当然だ。
『イノシシの魔獣さね。ここに来れるのは珍しい』
「ちょ、そんなのんきに!」
ママウサギは小さく息を吐きながら、そんなことを口にする。構は気が気でない。生命の危機なのだ。
『暴風』
ママウサギが前足をちょいちょいと動かすと突風が発生し、巨大なイノシシに向かう。
『ブノォォォォォォ』
突風に巻き上げられた巨大なイノシシは空高く打ち上げられ、見えなくなった。イノシシは星になったのだ。
「……ママウサさん、今のは?」
『風の魔法さね。妾の得意な魔法で突風を起こして飛ばしちまうんさ』
「魔法!?」
いよいよファンタジーじみて来たなと構は驚いた。魔力がある時点でうすうすわかってはいたが。
『あぁ、そういえばゲンゾーも魔法は使えなかったねぇ』
「じゃあ俺も使えないわけだ」
構はがっくり肩を落とした。
魔法と言うのは、全人類の夢だろう。男女問わず、幼少のころに魔法を使いたいと思ったことはあるはずだ。プリキュアだって魔法を使うではないか。
『ゲンゾーは魔法は使えなかったけど、見慣れない魔道具はたくさん持ってたねぇ』
ママウサギの言葉に、構はピンときた。おそらくは何らかの電動工具だろう。魔力はないが電気はある。魔法はないが科学はある。現代だって負けてない。むしろ凌駕する領域もあるはずだ。
「魔法はないけど、魔導具みたいのはたくさんあります!」
構は何だか偉くなった気がして、ちょっと胸を張った。お前が偉いわけじゃないぞと、突っ込まれそうだが。
構はドローンを抱えてママウサギに見せる。
「これって空を飛べるんですよ。で、先日森を上空から見ました。瘴気ってやつも見ましたけど」
『なんだい、うるさい虫が飛んでると思ったら、カマエの魔道具だったのかい』
ママウサギは見てそうぼやいた。うるさい虫扱いなので、邪魔だったのだと分かる。
「うるさくして申し訳ない」
『まぁ害があったわけじゃないからね。ただ、うちの子らが追いかけまわっただけさ』
「誠に申し訳ない……」
さぞかし騒がしかったろうなぁと構は頭を下げた。
自然の中で人工の音は目立つ。そこにないはずの音だからだ。
チビウサたちが追いかけるのも当然だろう。
『ま、それはいいさね。今度使うときは教えてほしいけどね』
「事前に連絡します」
日本だって大型のドローンの飛行には許可が必要だし、禁止された地域もある。根回しは必須だ。
関係を円滑に回すには報連相が大事だ。構も工場勤務の時にそれを習った。
さて雑談はこれで終わりと、構は姿勢を正した。ママウサもそれに気が付き口を開く。
『で、何か話があるんじゃないのかい?』
「実はですね、修理してる行燈、魔道具って、瘴気に対してどれくらいの効果があるのかなって」
水を向けられたのでこれ幸いと構は話をきりだす。




