第2話 オレンジ色で四本腕のクマ④
それからの日々、構は何でも屋をやりつつ、ママウサギが持ち込む行燈とシュウチョウが持ってくる龕灯の修理を続けた。
その中で、「この森はどうなっているのか」と構は気になり始めていた。もしママウサギが狂暴化して工房にやってきたら、自分はどう対処すればよいのか。構自身に戦う力はないが、武器になりそうなものは工房にたくさん転がっている。
『森には入るんじゃないよ』
『ここは安全だ』
ママウサギとシュウチョウにそう言われていた。
ウサギも熊も、対応は丁寧で紳士的だ。付き合いが長くなれば情も移るものだ。そんなことはやりたくない。
「瘴気ってどんな奴なんだろ」
それでも好奇心がむくむくと起き上がってくる。知りたい欲もあった。
「森に入らなきゃいいんだよな」
自分が行かなくても調べられればいい。ならば、ドローンで空から見るならいいだろう。
科学技術を投入することを決めた構は高性能カメラドローンを買って森を調べることにした。
そして注文してすぐに届いた。
「へー、これが80万円のドローンねー」
作業台の上にあるのは、よく見かけるプロペラが4つあるドローンだ。大きさは、構が両手で抱えるほどもある、比較的大型のカメラドローンだ。
最高高度6000m、速度20m/s(72km/h)で巡行可能で最大飛行時間は40分(最大速度巡行)もある。
飛行中の映像も中継可能で、バッテリーなどの別売品を含めて80万円もした。
リモコンにはタブレットほどのモニターもあり、見ながら操縦ができる。
高い出費だが自身にもかかわることなので必要経費だとして見ないことにした。
「俺はきちんと取説は読む派なんだ」
構は誰かに訴える様に独り言ちる。誰も聞いてはいないのだが。
「ふんふん」と相槌を打ちながら構はコーヒーカップ片手に熟読した。
「試運転だな!」
心を少年に若返らせた構はドローンとモニター付きリモコンを持って外に出た。森は静かで、頬をそよぐ風も弱い。
「風も強くないし、墜落の心配もない。絶好のドローン日和だ!」
笑顔の構がドローンを地面に置き、電源を入れる。リモコンのモニターには構の姿が映った。今日は作業服ではなく気楽な甚平姿だ。涼しくてとてもいい。
「カメラもばっちりだな」
ニコニコ顔で稼働させれば、ドローンのプロペラが回る。
ブーンと虫のような軽快な音でドローンが浮き上がる。構はリモコンでドローンを小刻みに上下左右に動かして、操作感と実際の動きを確認した。
「よしよし、いい感じだ。そーれいっけー!」
構はドローンを上昇させた。ドローンが上昇していくと木々の上に出て広がる森がモニターに映し出される。モニターの上部には高度が表示されており、高度100mあたりでドローンをぐるっと360°回転させた。
「森ばっかりで山もなしか。お、こっちは森が終わってるぞ」
東西南北は不明だが、とある方向だけは森が途切れ草原になっていた。そしてその反対側には、黒い霧で遮られた場所がある。高度100mだとおおよそ36km先まで見えるが、それを前提とすると、10kmほど先だった。
「あ……もしかしてこれが瘴気ってやつ?」
工房からは離れた森のとある場所に黒い霧があった。きれいな球状に広がっており、明らかに自然ではないとわかる。
画面越しでも禍々しさが伝わってき、構はブルっと体を震わせた。
工房から離れていてよかったと、それはホッとした。
「もっと高度を上げたら、文明的な何かが見えるかも?」
構の頭にあるのは、ママウサギの話に合ったニンゲンという単語だ。森にはいないらしいのでその外側が生活圏なのだろうと構は考えた。
別に交流を持とうとしてるわけではなく、ただの好奇心だ。
「飛行時間の制限もあるから、1000mかな」
ドローンをひたすら上昇させる。上空に行くにつれて風が強くなり、ふらふらする。
「うぷ、画面酔いしそう」
それでも5分で高度1000mに到着した。ここまで上がると100kmほど見渡せるようになる。先ほどと同じくぐるっと360°回転させた。ずっと続く森の先には雪化粧の山岳地帯も見える。万年雪か氷河だろう。こちらには文明の形跡はない。
草原を斬り裂くように大きな川が蛇行しており、道も並行して走っている。道は舗装されているのか、地面とは異なった色だ。
川岸に平屋の建物群があり、その周囲には畑もあった。
「森の近くに見えるのは村かな。見える範囲には3つか。そこから道があって、その先にあるのちょっと大きめなのは町かな。ずっと遠くには城壁が見える。大きな都市っぽいなぁ。あれがこの辺の領主が住んでる場所かな。できれば関わり合いたくない」
異文化はたいてい衝突する。面倒は御免だった。
構はいまののんびりした生活で満足している。
「電線がないあたり、文明度合いは高くはなさそう。でもこれだけじゃ何ともだね。もしかしたら観光地なのかもしれないし」
北海道だってこれに近い場所はある。思い込みは危険だ。
工場での事故は思い込みが原因のほとんどだ。これだけで大けがや、最悪人が死ぬ。構はこれを叩き込まれていた。
「なんにせよ、こっちのニンゲンと出会う可能性は低そうでよかった」
言葉も通じないだろうし、と構は続ける。
「バッテリーは、まだもちそうだ。瘴気ってやつを観察してみるか」
構はドローンを黒い霧の上空へと向かわせた。




