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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第五章 名をたどる者たち
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第53話 光の素質

『おそらく、光の禁呪素質だ』


「光……?」


 ファイの声が漏れた。


 次の瞬間、レイヴが地面を蹴った。


「戦いの最中に余所見をするな!」


 長剣が迫る。


「――《ガード・ヴェール》!」


 半透明の膜が刃を受けた。


 衝撃が両腕へ突き抜け、ファイの足が砂を削る。


 レイヴは刃を引き、すぐに次の一撃へつないだ。


 横薙ぎ。


 切り上げ。


 踏み込みながらの突き。


 ファイは膜の角度を変え、剣筋を外へ流していく。


 逸れた長剣が砂を裂いた。


 そのままレイヴの身体を風が包む。


「――《ゲイル・アクセル》!」


 背中で風が弾けた。


 レイヴが一気にファイの側面へ回り込み、長剣を振り抜く。


「わっ!」


 ファイは身体を沈めた。


 刃が頭上を通り過ぎ、黒い髪を揺らす。


 レイヴは止まらない。


 身体をひねり、返した刃を斜めに振り下ろした。


「――《ガード・ヴェール》!」


 ファイの側面へ膜が滑り込む。


 長剣が激突した。


 魔力の火花が散り、ファイの身体が横へ弾き飛ばされる。


 砂の上を転がり、すぐに片膝をついた。


 顔を上げたファイの視界に、レイヴの左手が映る。


 炎が集まっていた。


 先ほどの小さな火球とは、魔力の密度がまるで違う。


 炎は細く絞られ、穂先の鋭い長槍へ形を変えていく。


 ファイの赤い瞳が見開かれた。


「上級魔法……!?」


「――《ブレイズ・ランス》!」


 炎の槍が放たれた。


 高熱を一点へ圧縮した穂先が、ファイを貫く勢いで迫る。


 ファイの指先へ攻撃の魔力が集まりかけた。


 だが、すぐに手を開く。


 攻撃魔法で迎え撃てば、またあの異常な衝撃が起きるかもしれない。


「――《フォートレス・ヴェール》!」


 厚い防御膜がファイの前へ広がった。


 炎の槍が中央へ突き刺さる。


「うっ……!」


 膜が大きくたわんだ。


 高熱が表面を走り、左右へ流れていく。熱風が砂を巻き上げ、ファイの服を激しく揺らした。


 それでも、《フォートレス・ヴェール》は炎を受け止め続ける。


 槍の穂先が潰れ、炎となって膜の両側へ流れ落ちた。


 火勢が弱まる。


 レイヴはすでに走り出していた。


 炎が消えると同時に間合いへ入り、長剣を《フォートレス・ヴェール》へ叩きつける。


 重い衝撃が膜を揺らした。


 二撃目。


 三撃目。


 長剣が同じ場所へ打ち込まれるたび、魔力を通して衝撃がファイの腕へ響く。


 ファイの足が砂へ沈んでいく。


 膜は激しく揺れながら、すべての斬撃を受け止めていた。


『防御だけで何とかする気か? あの女に何を教わった。甘ちゃんが』


 ネロの声が頭の奥へ刺さった。


 ファイは膜の向こうにいるレイヴを見た。


 このままなら耐えられる。


 けれど、それだけではレイヴは止まらない。


 ブエンたちは施設の中で、今も術式を止めようとしている。


「止めるために……」


 ファイは小さくつぶやいた。


 《フォートレス・ヴェール》を斜めに傾ける。


 振り下ろされた長剣が表面を滑り、レイヴの身体が前へ流れた。


 ファイは防御膜を解く。


 膜が消えた瞬間、剣を引き戻すより早く、右手をレイヴへ向けた。


「――《ノクス・ショット》!」


 闇弾が放たれた。


 レイヴは長剣の腹で受ける。


 闇弾が弾け、剣を握る腕が外へ押し開かれた。


 ファイの赤い瞳が、その隙を捉える。


「――《ノクス・ニードル》!」


 レイヴの左右と頭上に、無数の黒い針が浮かび上がった。


 一斉に射出される。


 右から迫った針を、レイヴの長剣が砕く。


 半歩ずれて反対側からの針をかわし、頭上から落ちた針を切り上げた。


 その死角で、足元の影が盛り上がる。


 黒い針が下から突き出した。


「くっ……!」


 レイヴは身体を反らした。


 針が外套を裂き、空へ抜ける。


 着地した足元へ、今度は闇が走った。


「――《ノクス・ファング》!」


 闇が牙へ変わり、レイヴを左右から挟み込む。


「――《ゲイル・アクセル》!」


 風をまとったレイヴの身体が上空へ跳ね上がった。


 黒い牙が、その足元で噛み合う。


 ファイは空中のレイヴへ手を向けた。


「――《ノクス・グラーヴェ》!」


 黒い魔力がレイヴの身体へまとわりつく。


「なに……!?」


 肩と背中へ、闇の重さがのしかかった。


 空中にいた身体が一気に地面へ引き落とされる。


 レイヴは長剣を地面へ突き立て、落下の衝撃を受け止めた。


 片膝が砂へ沈む。


 立ち上がろうとしても、全身を押さえつける闇が動きを鈍らせた。


 ファイの指先に、小さな闇が集まる。


「――《ノクス・ショット》!」


 三発の闇弾が、間隔をずらして飛ぶ。


 レイヴは歯を食いしばり、長剣を引き抜いた。


 一発目を斬る。


 二発目を剣の腹で逸らす。


 三発目が肩へ迫った。


「――《ゲイル・アクセル》!」


 風が地面で爆ぜた。


 レイヴの身体が横へ押し出され、まとわりついていた闇が引き剥がされる。


 闇弾が砂をえぐった。


 レイヴは地面を転がり、片足をついた瞬間には踏み込んでいた。


 長剣が振り下ろされる。


「――《ガード・ヴェール》!」


 半透明の膜が刃を受けた。


 レイヴはすぐに剣を返す。


 横薙ぎ。


 ファイが膜を傾ける。


 長剣が滑った。


 その動きに合わせ、レイヴが膜の内側へ踏み込む。


 蹴りがファイの胴へ入った。


「うっ!」


 ファイの身体が後ろへ飛ぶ。


 砂の上へ足をつき、そのまま数歩滑った。


 レイヴが再び距離を詰めてくる。


 ファイは乱れた呼吸を整え、迫る切っ先を見つめた。


 正面から出せば、切られる。


 足元から出しても、読まれる。


 同じ型を繰り返せば、また避けられる。


 ファイの視線が、レイヴの足元へ落ちた。


「――《ノクス・バインド》!」


 レイヴの影から、黒い帯が噴き上がった。


 一本ではない。


 前後左右から立ち上がった闇が、脚、胴、腕を包み込むように伸びていく。


「またそれか!」


 レイヴの長剣が円を描いた。


 脚へ伸びた帯が断たれ、返す刃が胴を囲む闇を薙ぎ払う。


 黒い帯が次々と切り落とされ、砂の上へ転がった。


 レイヴはそのまま身体をひねり、頭上から迫った最後の一本も斬り飛ばす。


「――《ノクス・ゼロ》」


 同時に、ファイの身体が闇そのものへ変わった。


 レイヴの切っ先は、ファイが消えた瞬間には足元の影へ向いていた。


「バカめ!」


 両手で長剣を握り、ファイが実体化する瞬間を断ち切るため、影へ全力で振り下ろす。


 刃が地面を深く裂いた。


 そこには誰もいない。


 レイヴの橙褐色の瞳が見開かれた。


「なに――」


 頭上で、切り落とされた最後の帯が脈打った。


 闇の先端が膨らみ、そこにファイの輪郭が戻る。


 赤い瞳がレイヴを捉えた。


 右手へ濃い闇が集まり、拳を包む。


 レイヴは地面へ振り下ろした長剣を引き戻そうとする。


 間に合わない。


「てりゃ!」


 ファイの拳が、レイヴの胸当てへ叩き込まれた。


 闇の魔力が衝撃とともに弾ける。


 レイヴの身体が地面から浮いた。


 そのまま後方へ吹き飛び、施設の入口横にある岩壁へ激突する。


 岩が砕けた。


 亀裂が放射状に広がり、砂と石片が降り注ぐ。


 レイヴの身体が岩壁から剥がれ、地面へ落ちた。


 長剣が手を離れ、砂の上を滑っていく。


 ファイは膝を曲げて着地した。


 右手を包んでいた闇が、ゆっくりと消える。


 レイヴは片腕を地面へついた。


 身体を起こそうとする。


 腕から力が抜け、再び肩が落ちた。


 呼吸はある。


 意識も残っている。


 それでも、長剣を握り直して立てる状態ではなかった。


 ファイはレイヴへ近づいた。


 橙褐色の瞳が、ファイを睨み返す。


「僕たちは戦わない方がいいと思う」


「今さら……何を……」


「君には光の素質があるんだって」


 レイヴの表情が止まった。


「光……?」


 ファイは砕けた岩と、砂の上に落ちた長剣を見た。


 それから、レイヴへ小さく頭を下げる。


「乱暴なことをしてごめんね」


 レイヴが何かを言おうとした。


 ファイは施設の正面扉へ振り返る。


 先ほどの爆発で歪んだ扉の下に、細い隙間が開いていた。


 その奥には、深い暗がりが続いている。


「待て……!」


 レイヴの声が飛ぶ。


 ファイの身体が再び闇そのものへ変わった。


「――《ノクス・ゼロ》」


 黒い一閃が砂混じりの岩原を走る。


 扉の隙間を抜け、施設の暗闇へ消えていった。


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