第51話 交わらない守り
作戦が組まれたのは、ガイとの面会を終えたその日のうちだった。
セイルはファイが特定した座標と周辺宙域の観測記録を照合し、惑星ラグナ第三衛星カレドの北半球、その地下に隠された人工施設を発見した。
赤い文字に囲まれた玉の奥から伸びていた接続反応は、そこへ続いていた。
ガルドの検査と全員の休養、装備の補充を挟み、出発は三日後に決まった。
任務に選ばれたのは、前回と同じ五人だった。
ブエン、ファイ、セイル、リネア、ガルド。
目的は、施設内にある中継術式の調査と停止だった。
三日後。
灰色の岩原を、五人は岩山へ向かって進んでいた。
足元には細かな砂が積もり、遠くには削り取られたような崖が連なっている。
セイルは歩きながら光板を操作し、周囲へ解析波を飛ばしていた。
「間違いありません。接続反応は、この岩山の内部から出ています」
セイルが正面を示した。
崖の下に、黒い扉が埋め込まれていた。
表面は岩肌と同じ色の粉塵に覆われ、遠目には大きな亀裂にしか見えない。
「入口は一つか?」
ブエンが尋ねた。
「確認できる範囲では」
リネアがセイルの光板をのぞき込む。
「他にもあるかもしれないってことですか?」
「確認できていないので分かりません」
ガルドが大剣を肩に担ぎ直した。
「相変わらず、融通の利かねえ答えだな」
「正確です」
「そういうところだよ」
五人が扉へ近づく。
その前に、人影が立っていた。
灰を含んだ淡い亜麻色の髪。
白と銀を基調とした軽装の上に、くすんだ外套を羽織った長身の青年だった。
腰には細身の長剣が下がっている。
青年は岩壁に背を預けていた。五人の姿を認めると、ゆっくりと背を離した。
「止まれ」
ブエンが足を止める。
ファイたちも、その後ろで足を止めた。
「誰だ。名を名乗れ」
「レイヴだ」
レイヴは長剣の柄へ手を置いた。
「この施設を守る契約を受けている。ここから先へは通さない」
「傭兵か」
「ああ」
ブエンはレイヴの背後にある扉を見た。
「何を守っているか、理解しているのか?」
「少なくとも、お前たちに荒らさせていい場所ではない」
「その施設は、真名術師の中継地点だ」
レイヴの視線が鋭くなる。
「俺が聞いた話では、お前たちの方が襲撃者だ」
「騙されている」
「それを判断するのは俺だ」
レイヴの視線が、ブエンの後ろへ動いた。
「闇属性を使う危険な少年がいるとも聞いている」
その目がファイを捉えた。
「お前か」
ファイは一度、自分の胸元へ目を落とした。
「……僕?」
「他にいるのか?」
ファイは周囲を見回してから、首を横に振った。
「いないと思う」
「なら、お前だ」
「そっか……」
ファイの眉が困ったように下がる。
レイヴが長剣を鞘からわずかに抜いた。
乾いた金属音が鳴る。
同時に、セイルの光板から短い警告音が響いた。
表示されていた波形が大きく跳ね上がる。
「内部の術式が起動しました」
黒い扉の表面に、赤い文字が浮かび上がった。
文字は扉の上を這い、次々と位置を変えていく。
ブエンが扉へ目を向けた。
「何が起きている?」
「接続構造を組み替えています。こちらの接近を察知した可能性が高いです」
「止められるか?」
「内部へ入れば」
「時間は?」
「現状の接続を維持できるのは、長くて六分です」
ガルドが大剣を肩から下ろした。
「話し合ってる場合じゃなさそうだな」
ブエンは扉とレイヴを見比べた。
「別の入口は?」
「正面扉の東側に保守用の通路を発見しました。外側から強制解錠できますが、一度だけです」
セイルの指が光板の上を走った。
岩壁の一部へ細い光が伸びる。
粉塵の下から扉の輪郭が浮かび上がり、岩壁に埋もれていた保守通路が姿を現した。
「セイル、先導しろ。ガルドとリネアは続け」
「了解しました」
「おう」
「はい!」
三人が保守通路へ走り出す。
レイヴが長剣を抜き放った。
「行かせるか!」
地面を蹴り、一気にブエンとの間合いを詰める。
長剣が振り下ろされた。
刃とブエンの間へ、ファイが飛び込む。
「――《ガード・ヴェール》!」
半透明の障壁が広がった。
振り下ろされた長剣が正面から激突する。
鋭い金属音が岩原に弾け、刃が大きく跳ね返された。
レイヴの身体が、その衝撃に押されて後ろへ流れる。
障壁の向こうで、ファイが両腕を広げて立っていた。
その間にセイルとリネアが保守通路へ入る。
ガルドも後へ続いた。
ブエンも保守通路へ片足を踏み入れた。
「ファイ。その男を止めろ」
ファイはレイヴを見たまま答えた。
「うん」
「任せるぞ」
ブエンは施設の奥へ消えた。
保守通路の扉が閉じ、岩壁へ沈んでいく。
岩原に残ったのは、ファイとレイヴだけだった。
《ガード・ヴェール》が薄れ、光の粒となって消える。
レイヴは長剣を構え直した。
「お前が一人で、俺の相手をするのか」
ファイは無言でうなずいた。
レイヴの目が細くなる。
「……なめられたものだな」
ファイの足元で、影が深く沈んだ。
次の瞬間、黒い魔力がファイの身体の内側から噴き上がった。
爆ぜた闇が地表を走り、積もっていた砂を一息に薙ぎ払う。
煙にも液体にも見える黒が幾重にも重なり、ファイの肩を越え、背中を覆い、足元から岩原へあふれ出した。
降り注ぐ光の中、ファイの周囲だけが夜へ沈んでいく。
黒い魔力が岩原を這い、レイヴの足元まで迫った。
吹きつける圧に、外套が激しくはためく。
レイヴの構えが、わずかに揺れた。
「これが……闇属性……!?」
荒れ狂っていた闇は、やがて勢いを失った。
地表を覆っていた黒が引き、あふれていた魔力がファイの身体へ収まっていく。
ファイが顔を上げた。
金色だった瞳が、赤く染まっていた。
レイヴは長剣を握り直し、切っ先をファイへ向けた。
「……本気で行かせてもらう」




