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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第五章 名をたどる者たち
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第50話 本当の名前を教えて?

 帰還艇の窓の外を、細い星の光が流れていた。


 ファイは座席に座ったまま、何度も顔を上げては、また膝へ視線を落としていた。


 膝の上で、指を組んではほどく。


「ガイ、大丈夫かな……」


 小さく漏れた声に、向かいに座っていたリネアが顔を上げた。


「文字が消えていれば、身体への負担も止まっていると思います」


 隣で光板を操作していたセイルが訂正する。


「状態を確認するまで、断定はできません」


「今は安心させてあげてもいいじゃないですか」


「確認できていないことを伝えても、安心にはなりません」


 リネアが口を尖らせた。


 ガルドは座席の背に身体を預け、声を上げて笑った。


「ははっ。帰りゃ分かることだ。あれだけきれいに根っこを食いちぎったんだ。少しは自分の腕を信じろ」


 ファイは自分の手を見下ろした。


「うん……」


 また指を組む。


「帰還後、すぐに確認する。私も行く」


 ブエンが短く告げた。


 ファイが顔を上げる。


「……うん」


 銀河連邦へ到着するまで、ファイの指は何度も組み直された。


 帰還艇が転送区画へ接続し、扉が開いた。


 全員が通路へ降りる。


 ガルドは大剣を肩へ担ぐと、両腕を上げて大きく伸びをした。


「さて、腹減ったな」


「ガルドさんは検査です」


 リネアが即座に言った。


 ガルドの動きが止まる。


「いらねえよ。傷ならもう治ってんだろ」


「傷は完治しています。でも、あれだけ深い損傷でしたし、敵の術式による影響が残っている可能性も――」


「身体は動く。魔力も戻ってる。問題ねえ」


 ガルドが胸を叩く。


 鈍い音が通路へ響いた。


 ブエンが振り返る。


「検査を受けろ。命令だ」


「だから、もう治ってるっつってんだろ」


「お前も大事な戦力だ。確認を怠る理由にはならん」


 ガルドは口を閉じた。


 しばらくブエンを見返したあと、面倒そうに頭をかく。


「……へいへい。分かったよ」


「返事は一度でいい」


「厳しいねえ」


 ガルドは笑いながら、リネアの横へ並んだ。


 セイルは光板へ視線を落としたまま、指を動かしている。


「取得した座標を解析区画へ送ります。惑星ラグナ第三衛星カレド周辺の観測記録と、現在の状況を照合します」


「任せる」


 ブエンが答えた。


 セイルは一度だけうなずき、別の通路へ向かった。


 ガルドも歩き出しかけて、ファイを振り返る。


「ガイが起きてたら、あとで教えろよ」


「うん!」


 ファイが大きくうなずいた。


 リネアも笑顔で手を振る。


「私にも教えてくださいね」


「分かった!」


 三人と別れ、ファイはブエンと並んで隔離区画へ向かった。


 歩くうち、ファイの足は少しずつ速くなった。


 隔離区画へ着く頃には、ブエンより半歩前へ出ていた。


 隔離室の前には、白い制服を着た医療スタッフが立っていた。


 ブエンが近づくと、スタッフは姿勢を正す。


「ガイの状態は?」


「少し前に、全身を覆っていた赤い文字がすべて消失しました」


 ブエンの後ろで、ファイの手がきゅっと握られた。


「魔力循環と生命反応も安定しています。先ほど意識を取り戻し、現在は簡単な受け答えも可能です」


 ファイの肩から力が抜けた。


 口元が一気にほころぶ。


 ブエンも短く息を吐いた。


「そうか」


 張り詰めていた目元が、わずかに緩んだ。


「面会は可能か?」


「長時間でなければ問題ありません」


 扉が開く。


 隔離室の中央で、ガイは寝台に横たわっていた。


 顔色はまだ青白かったが、目にはしっかりと意識が戻っていた。


 ブエンの姿に気づき、ガイが上半身を起こそうとする。


「そのままでいい。寝ていろ」


 ブエンが止めた。


 ガイは上げかけた身体を寝台へ戻す。


「失礼しました」


「気にするな」


 ファイがブエンの脇から寝台へ近づいた。


 そばまで来ると、眉を下げたままガイの顔をのぞき込む。


「大丈夫……?」


「ああ。大丈夫だ」


 ガイはそう答えると、片手を伸ばした。


「ありがとな」


 大きな手がファイの頭に乗り、黒い髪をくしゃりと撫でた。


「うん……!」


 ファイの顔に、ようやく笑みが戻った。


 ブエンが寝台の横へ進む。


「ガイ。確認したいことがある」


「何でしょうか?」


「どこかで本名を名乗った記憶はあるか?」


 ガイの眉が寄った。


「本名……?」


 天井へ目を向け、記憶をたどる。


 しばらくして、その視線が止まった。


「……一度だけあります」


「話せ」


「少し前の任務です。救助依頼を受けて、現地で子どもを一人助けました」


 ガイは記憶を確かめながら、ゆっくりと言葉を続けた。


「任務が終わったあと、その子に名前を聞かれました。ガイだと答えたのですが……」


「その後は?」


「銀河連邦の人は、本当の名前を使っていないんでしょう?と聞かれました」


 ブエンの目が細くなる。


「続けて、本当の名前は何かと聞かれました。助けた直後でしたし、ただ興味を持っただけだと思って、答えてしまいました」


 ガイは顔をしかめた。


「まさか、それが原因でしょうか?」


 ブエンはすぐには答えなかった。


 銀河連邦の隊員が本名を伏せていると、なぜその子どもは知っていたのか。


 偶然耳にしたのか。


 誰かに質問を仕込まれていたのか。


 あるいは、子どもの姿そのものが偽装だったのか。


 救助依頼から仕組まれていたなら、警戒されにくい相手から本名を聞き出すための罠だったことになる。


「……いずれにせよ、調査が必要だな」


 ガイが口を開きかけると、ブエンは片手を上げた。


「ひとまず今は休め。話はそれからだ」


「了解しました」


 ブエンが扉へ向かい、ファイも後に続いた。


 部屋を出る直前、ファイは振り返る。


 ガイと目が合った。


 ファイが笑顔で小さく手を振ると、ガイも寝台の上から片手を上げた。


 ファイはもう一度笑い、ブエンの後を追って隔離室を出た。


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