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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第五章 名をたどる者たち
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第49話 中継術式

 ファイは、赤い文字に囲まれた玉を見上げていた。


 その横で、セイルが解析器を玉へ向けた。


 細い光が表面をなぞり、巡る文字を読み取っていく。光板には、複雑な波形が次々と重なった。


 ブエンも玉の正面に立ち、文字の流れを目で追った。


「どうだ?」


「真名術に関係する術式であることは間違いありません」


 セイルの指が光板を滑った。


「ガイへ伸びていた接続は、この玉を経由しています。おそらく中継装置です」


「おそらく、か」


「解析できていない文字が多すぎます。断定する材料が足りません」


 セイルは玉の周囲へ小型の解析器を三つ置いた。


 淡い波紋が重なり、浮かんでいた赤い文字がわずかに揺れた。


「ガイ以外にも接続されている可能性があります。不用意に破壊すれば、接続先へ影響が返るかもしれません」


「破壊は保留だ。影響の範囲を先に調べろ」


「そのつもりです」


 二人の声が、少しずつ遠のいていった。


 ファイの意識は、玉へ吸い寄せられていた。


 ガイから伸びていた細い糸。


 玉の奥から、さらに遠くへ続く太い糸。


 その二つが、赤い文字の中で重なっている。


「ねえ、ネロ」


『なんだ』


「あれって、なんだろうね」


『俺にも分からん』


「ネロにも分からないの?」


『何でも俺に聞くな』


「そっか……」


 少しして、ネロが面倒そうに続けた。


『とりあえず触ってみろよ』


「うん」


 ファイが玉へ手を伸ばした。


「ファイ」


 ブエンの声が飛んだ。


 続いて、セイルの淡々とした声が聞こえる。


「未知の術式へ触れる前に報告してくださいと、説明したはずですが」


 二人の声は、水の底から響くように輪郭を失っていた。


 ファイの指先が、玉へ触れた。


 冷たい。


 玉に触れた瞬間、ファイの意思より先に《ノクス・サーチ》が発動した。


 黒い床が消える。


 円形の部屋も、ブエンたちの姿も遠ざかった。


 闇の中に、無数の糸が浮かび上がる。


 ガイへつながっていた細い糸。


 どこかにいる、見知らぬ人々へ伸びる糸。


 そのすべてが、玉の中を通っている。


 玉の奥から伸びる太い糸は、さらに遠くへ続いていた。


 どこまでも。


 闇で包めば、切れる。


 人へ続く糸はそのままに、玉側の接続だけを飲み込める。


 理屈を考える前に、そう分かった。


 ドッジボールの時、相手の逃げ場を塞ぐ場所が手に取るように見えたのと同じだった。


 あの時、ファイは腕を止めた。


 今度は、接続だけを断てる。


 これなら大丈夫だ。


 ファイは玉へ触れたまま、静かに息を吸った。


「――《ノクス・デヴァウア》」


 指先から闇があふれた。


 闇は玉を覆う赤い文字へまとわりつき、その形を一文字ずつ黒く塗り潰していく。


「ファイ、待て!」


 ブエンが踏み出す。


 セイルはその場で解析器を闇へ向け、光板の表示を切り替えた。


「解析を待つという選択肢は、なかったようですね」


 闇は赤い文字を飲み込み、玉から人々へ伸びる糸の根元を包んだ。


 玉側の接続が、静かにほどけていく。


 人々へ続く糸には衝撃ひとつ伝わらず、一本ずつ光を失った。


 最後の一本が切れた。


 玉の表面に亀裂が走る。


 闇がその隙間へ流れ込み、内側からすべてを満たした。


 赤い光が途絶え、玉は闇の底へ沈むように消えた。


 玉が消える寸前、残った闇が奥へ伸びる太い糸に食いついた。


 太い糸を逆にたどり、闇が部屋の外へ走り出す。


 闇は壁を貫き、施設の外へ、さらに遠くへと駆けていく。


 同時に、セイルの解析器が闇の進路を捉えた。


 光板の上を、数値と座標が激しく流れる。


 セイルの指が、その流れを追うように光板を滑った。


「この方位と進行速度なら、惑星ラグナ周辺宙域ですね」


 リネアが顔を上げる。


「もう分かったんですか?」


「まだ予測です」


 セイルは光板へ視線を固定したまま答えた。


 闇はさらに遠くへ走り、ファイの意識もその後を追った。


 暗い空間を突き抜け、遠い星々の光が後方へ流れていく。


 やがて、闇の先にひとつの景色が浮かび上がった。


 見知らぬ大地。


 その上に広がる空。


 さらに奥に、赤い文字の気配が沈んでいた。


「……見えた」


 ファイがつぶやいた。


 ほとんど同時に、セイルの指が止まる。


「確定しました。惑星ラグナ第三衛星カレド、北半球です」


「えっ……」


 リネアがセイルの光板をのぞき込む。


「本当に、もう特定できたんですか?」


「はい」


「でも、前は座標の特定に数日かかったんですよね?」


「かかりすぎです」


 セイルは平然と答えた。


 ガルドが大剣へ身体を預けたまま、豪快に笑った。


「ははっ! 言うじゃねえか! ファイの闇についていけるだけでも大したもんだ!」


「ついていったわけではありません。進行方向から先回りしました」


「そっちの方がおかしいだろうが!」


 ガルドの笑い声が、空になった部屋へ響いた。


 リネアは光板に見入っていた。


「セイルさん、すごいですね……」


「感想より記録をお願いします」


「は、はい!」


 リネアが慌てて端末を取り出した。


 ブエンは消えた玉の跡を確認し、セイルへ顔を向けた。


「セイル、座標を――」


「保存済みです」


 ブエンの言葉が途中で止まる。


「……そうか」


 ブエンは短く答え、全員を見渡した。


 ガルドは大剣を支えに立っているものの、傷はまだ深い。


 真名術師たちは撤退し、中継術式も消滅した。


 次の接続先も判明している。


「今回の任務は以上だ。帰還する」


 全員がうなずいた。


 ブエンは最後に、ファイへ向き直る。


「ファイ。帰ったら報告書だ」


 ファイの顔が固まった。


 赤い瞳がしょんぼりと曇る。


「えぇ〜……」


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