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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第五章 名をたどる者たち
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第48話 赤い文字の向こう

 ファイが立ち上がった。


 赤く染まった瞳が、正面の術師たちを捉える。


 術師の一人が杖を向けた。


 青白い魔力が、杖の先へ集まっていく。


 その両脇でも、別の術師たちが手を上げた。


 三方向から魔力が膨らむ。


「――《ノクス・バインド》」


 術師たちの足元で影が揺れた。


 黒い帯が一斉に伸び上がる。


 手首へ絡みつき、杖を引き下ろす。足を縛られた術師が体勢を崩し、集まりかけていた魔力が散った。


 一人が黒い帯を魔力の刃で切り裂く。


 拘束を抜けた男が、ファイへ杖を振った。


 青白い魔力弾が放たれる。


 ブエンの剣が横から走った。


 魔力弾を斬り払い、そのまま術師との距離を詰める。


 術師が杖を引き戻すより早く、剣の柄が腹へ叩き込まれた。


「右だ、ファイ!」


「うん!」


 ブエンの背後へ回ろうとしていた術師の影から、黒い帯が伸びる。


 両足を取られ、男の身体が床へ倒れた。


 ブエンは正面から迫った魔力の刃を剣で弾き、そのまま相手の懐へ踏み込む。


 剣の腹が肩を捉えた。


 術師が床へ転がる。


 別の二人が、治療を続けるリネアへ手を向けた。


 青白い光が膨らむ。


「リネアさん!」


 ファイの輪郭が、足元の影へ沈んだ。


「――《ノクス・ゼロ》」


 黒い残光が床を走る。


 影の中を滑るように距離を越え、ファイはリネアの前へ飛び出した。


 二つの術式が放たれる寸前、ファイがその間へ指先を向ける。


「――《デトネイト・ポイント》」


 二つの術式が重なる一点で、小さな爆発が起きた。


 魔力が形になる前に弾け、術師たちが左右へ押し戻される。


 その隙をブエンが逃さない。


 一人の杖を斬り落とし、返した剣の柄でもう一人の顎を打ち抜いた。


 背後から魔力弾が飛ぶ。


 ファイの影から伸びた黒い帯が、ブエンの腰へ巻きついた。


 身体が横へ引かれる。


 魔力弾が、直前までブエンのいた場所を通り抜けた。


 ブエンは引かれた勢いのまま床を蹴る。


 低く飛び込み、攻撃を放った術師の足を払った。


「助かった」


「うん!」


 術師たちは、なおも魔力を集めていた。


 倒れた者の後ろから杖を向け、壁際へ散った者が左右からファイを狙う。


 ファイはリネアたちから離れるように左へ走った。


 二本の杖がファイを追い、もう一本がブエンへ向く。


 ファイが走りながら腕を振った。


「――《ノクス・スクリーン》」


 床を這っていた闇が立ち上がった。


 黒い幕となって区画を斜めに横切り、術師たちの視界を分断する。


 術師たちが魔力弾を放った。


 黒い幕を抜けた瞬間、光弾の軌道が揺れる。


 一発はファイの脇を通り、もう一発は床へ突き刺さった。


 幕の外側にいた術師が、走るファイへ杖先を向け直す。


 ファイは指先に小さな闇を集めた。


「――《ノクス・ショット》」


 闇が弾丸の形へ変わる。


 放たれた闇弾は杖の先で弾け、集まりかけていた魔力を散らした。


 術師の腕が跳ね上がる。


「今、ブエン!」


 ブエンが黒い幕の縁を駆け抜けた。


 闇に隠されていた間合いが、一気に消える。


 術師が気づいた時には、剣の腹が手首を打っていた。


 杖が床へ落ちる。


 別の術師が黒い幕から飛び出し、ブエンの背中へ魔力の刃を放った。


「ブエン、後ろ!」


 ファイは走りながら振り返る。


 指先が、迫る刃の中心を捉えた。


「――《デトネイト・ポイント》」


 小さな爆発が魔力の刃を内側から砕いた。


 飛び散った光の欠片を突き抜け、ブエンが身体を反転させる。


 剣が術師の脇腹を捉え、床へ打ち倒した。


 黒い幕がほどけていく。


 視界を取り戻した術師たちが、慌てて杖を上げた。


 ファイは区画の反対側へ回り込んでいた。


 術師たちの狙いがファイへ移る。


 その背後へ、ブエンが踏み込む。


 ファイが射線をずらす。


 ブエンが戦列を崩す。


 ブエンへ向けられた攻撃をファイが潰し、ファイの死角へ入った術師をブエンが斬り伏せる。


 二人が位置を入れ替えるたび、術師たちの狙いが遅れる。


 その遅れを重ねながら、ファイとブエンは戦列を後ろへ押し込んでいった。


 最後まで杖を構えていた術師が、両手へ魔力を集める。


 ファイがその手元を捉えた。


「――《デトネイト・ポイント》」


 魔力が弾けた。


 爆風を受けた術師が壁へ叩きつけられ、そのまま動かなくなる。


 区画に静けさが戻った。


 床には術師たちが倒れ、残った者も黒い帯に拘束されている。


 ファイは呼吸を整えながら、周囲を見た。


 ブエンは剣を構えたまま、区画の奥へ目を向けていた。


 扉が開く。


 ゆっくりと足音が近づいてくる。


 黒い外套をまとった男が、倒れた術師たちの間を歩いてきた。


 まだ意識のある術師たちが、男の姿を見て身を固くする。


 男は彼らの前を通り過ぎ、ブエンへ視線を向けた。


 続いて、赤い瞳のファイを見る。


「貴様ら、どうやってここを嗅ぎつけた?」


 ブエンが剣先を男へ向けた。


「貴様に答える筋合いなどない」


「そうか」


 男が片手を床へ向けた。


「――《ストーン・ピラー》」


 黒い床を突き破り、巨大な石柱が噴き上がった。


 続けて二本、三本と連なる石柱が、ファイとブエンの間へ立ちはだかる。


「ブエン!」


 二人の姿が石柱の左右へ分断された。


「上級魔法か……!」


 ブエンが迫る石柱を剣で受け流す。


 その向こうで、男はすでにファイへ指先を向けていた。


「――《ライトニング・ピアス》」


 雷が細い一点へ収束した。


 白く輝く一本の槍となり、一直線にファイへ迫る。


「――《ガード・ヴェール》」


 ファイの前に防御膜が広がった。


 雷槍が中央へ突き刺さる。


「うっ……!」


 膜が深くへこみ、ファイの足が床を滑った。


 ファイが両腕に力を込める。


 雷は防御膜の表面を滑り、横の壁へ流れた。


 黒い金属が弾け、焼けた破片が飛び散る。


 石柱の脇からブエンが飛び出した。


 剣を低く構えたまま男へ迫る。


 男は振り向きざまに腕を上げた。


「――《アクア・シールド》」


 水が渦を巻き、男の前に厚い膜を作る。


 ブエンの剣が食い込んだ。


 水膜が大きくたわみ、斬撃の勢いを斜めへ流していく。


 逸れた剣先が、男の外套の脇を通った。


 ブエンは剣を引き戻し、そのまま横薙ぎへつなげる。


 刃が男の胴へ迫る。


「――《ゲイル・アクセル》」


 風が男の背中で爆ぜた。


 その身体が後方へ一気に押し出される。


 剣先は外套の寸前を通り過ぎた。


 男は床を滑りながら体勢を整え、ブエンの間合いから抜ける。


 そこへ、黒い帯が伸びた。


「――《ノクス・バインド》」


 男の影から現れた闇が、両足へ絡みつこうとする。


 再び風が弾けた。


 男の身体が横へ跳び、黒い帯が床を打つ。


 着地した先には、ブエンがいた。


 剣が振り下ろされる。


 男は水膜で刃を流し、風をまとって距離を取った。


 ファイとブエンが、左右から男を挟む。


 男は二人を見渡した。


 ファイの影が揺れる。


 ブエンの足が床を蹴る。


 二人が同時に動いた。


「――《グラビティ・フォール》」


 空間が傾いた。


「うわっ!」


 床へ向いていた重力が壁へ向きを変え、ファイとブエンの身体を横へ投げ飛ばす。


 ブエンは剣を床へ突き立てた。


 刃が金属を削り、身体をその場へつなぎ止める。


 ファイも石柱へ黒い帯を巻きつけた。


 二人が体勢を立て直そうとした瞬間、男の足元で風が弾けた。


 床を蹴る音よりも速く、ファイとの距離が消える。


「ファイ!」


 男の指先が、ファイの胸元へ触れた。


「っ……!」


 冷たい感覚が身体の奥へ入り込む。


 触れられた場所から、赤い文字が浮かび上がった。


 ブエンが剣を引き抜き、男へ斬りかかる。


 男は風に押されて後退し、剣先はその手前を切った。


 赤い文字が、ファイの胸から首へ広がる。


 頬を這い、両腕へ流れ、全身を覆っていく。


 ガイの身体に浮かんでいたものと同じ文字だった。


「なに、これ……?」


 文字がファイの内側へ沈み込もうとする。


 その時、冷えた声が落ちてきた。


『……うっとうしい』


 ファイの内側で、闇が脈打った。


 全身を這っていた赤い文字が、ぴたりと止まる。


 一文字ずつ、その表面に亀裂が走った。


 次の瞬間、ファイの身体を覆っていた仮識別の文字が、内側から一斉に弾け飛んだ。


「……!?」


 男の目が見開かれた。


 砕けた文字は床へ落ちる前に消えていく。


 男はその場に立ち尽くしていた。


 ファイの赤い瞳。


 身体にまとわりつく闇。


 仮識別を拒み、砕いた何か。


 そのすべてを見定めるように、ファイを見つめている。


 ファイも男を見返した。


 ブエンが二人の間へ立つ。


 剣先を男へ向け、ファイを背に隠した。


「二度は触れさせん」


 男の視線がブエンへ移る。


 すぐに、またファイへ戻った。


 先ほどの驚きは消え、その顔には冷静さが戻っていた。


「……貴様、何者だ……?」


 ファイは口を閉ざした。


 男も追及を切り上げ、一歩だけ後ろへ下がる。


 両手を広げた。


 薄い水が床を流れ、壁を昇り、天井へ広がっていく。


 水は区画全体を包み込んだ。


 セイルが光板を見た。


「魔力が急上昇しています!最上級魔法です!」


「――《オーシャン・グラヴィス》」


 空気が沈んだ。


 水属性の最上級魔法《オーシャン・グラヴィス》。


 深海の底に沈められたような重圧が、区画全体へ一気に落ちる。


「重い……!」


 ファイの膝が折れかけた。


 床が沈み、黒い金属が低く軋む。


 壁に亀裂が走り、天井から破片が降り注いだ。


 ブエンが叫ぶ。


「ファイ、防御だ!」


「分かった!」


 二人が同時に両手を前へ向ける。


「――《フォートレス・ヴェール》」


「――《フォートレス・ヴェール》」


 二枚の防御膜が五人を包んだ。


 外側の膜が、水圧に押されて大きくへこむ。


 その内側でもう一枚が衝撃を受け止める。


 ブエンが足を踏ん張った。


「維持しろ!」


「うん……!」


 ファイも両腕に力を込める。


 ブエンの防御膜が重圧を正面から受け止める。


 ファイの膜が、その内側でガルドたちを包み込む。


 二枚の防御膜は激しく軋みながら、深海の圧力を防ぎ続けた。


 その向こうで、床を走る赤い文字が動き始める。


 壁を昇り、天井へ広がっていく。


 先ほどまでの仮識別とは違う動きだった。


「別の術式が起動しています!」


 セイルが解析器を操作する。


 赤い文字が、倒れている術師たちへ巻きついた。


 拘束されている者も、意識を失っている者も、その輪郭が赤い光の中へ沈んでいく。


 男の身体にも、同じ文字が浮かび上がった。


 ブエンは防御魔法の維持に縫い止められている。


 ファイも両手を前へかざしたまま、背後の三人を守っていた。


 男は、最後までファイを見ていた。


 赤い光が強くなる。


 次の瞬間、真名術師たちの姿が一斉に消えた。


 同時に、《オーシャン・グラヴィス》の重圧も消える。


 二枚の防御膜が、ゆっくりとほどけていった。


 区画には、折れた杖だけが残されていた。


 セイルが光板を確認する。


「施設内の生命反応が消失しました」


「追えるか?」


「転送先の反応は残っていません」


 ブエンは、男が消えた場所を見つめる。


 やがて剣を下ろした。


 その後ろで、リネアが組んでいた手を解く。


 ガルドを包んでいた白い光が消えた。


 ガルドがゆっくりと身体を起こす。


「動けますか?」


「ああ」


「戦闘はまだ駄目です」


 ガルドは落ちていた大剣を拾い、床へついて身体を支えた。


「歩くだけにする」


 ブエンが全員を確認し、奥の扉へ向き直った。


「先へ進む」


 施設の中は静まり返っていた。


 左右の部屋も空になっている。


 五人はガイから伸びる糸を追い、さらに奥へ進んだ。


 やがて通路が途切れる。


 その先には、天井の高い円形の部屋が広がっていた。


 部屋の中央に、丸い玉が浮かんでいる。


 無数の赤い文字が、その周囲を静かに巡っていた。


 《ノクス・サーチ》で見た光景と同じだった。


 ガイから伸びていた細い糸は、玉へつながっている。


 さらに、玉の奥からこれまでより太い糸が伸びていた。


 壁を抜け、遠くへ続いている。


「ここから、まだ糸が繋がってる……」


 ブエンはファイの言葉を聞き、中央の玉へ目を向けた。


「敵の本拠地ではなさそうだな……」


 ファイは、赤い文字に囲まれた玉を見上げた。


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