第47話 足手まとい
セイルの指が走る。
「解除します」
解析器から放たれた波紋が、扉へ重なった。
赤い文字が一つずつ消えていく。
最後の一文字が消えた瞬間、低い音が岩壁の奥へ響いた。
黒い扉が、左右へゆっくりと開いていく。
その先には、長い通路が伸びていた。
壁も床も黒い金属で作られている。天井には細い光が等間隔に並び、足元だけを青白く照らしていた。
人影も、物音もない。
ガルドが先頭に立つ。
先ほどまで肩に担いでいた大剣を両手で持ち、切っ先をわずかに下げていた。
セイルは光板から目を離さない。
生命反応はない。ただ、壁の奥では魔力が絶えず循環している。
リネアも腰の収納具へ手を添えたまま、周囲を見ていた。
ファイは通路の奥を見つめる。
ガイから伸びる細い糸は、まだ先へ続いていた。
「糸は?」
「まだ先」
ブエンが小さくうなずく。
ガルドを先頭に、セイルとリネアが続く。ファイとブエンは後方を警戒しながら通路へ入った。
五人分の足音だけが、奥へ響いていく。
左右には、いくつもの扉が並んでいた。
どれも閉ざされている。
角を曲がっても、同じような通路が続く。
ガルドは一度も大剣を下ろさなかった。
ブエンの右手も、剣の柄から離れていない。
やがて五人は、少し広い区画へ入った。
最後尾のブエンが境目を越えた瞬間、背後で重い音が響いた。
ファイが振り返る。
通ってきた扉が閉じていた。
同時に、前方の扉も落ちる。
壁と床の継ぎ目が消え、完全に塞がった。
ガルドが前へ出る。
ブエンは剣を抜き、背後を確認した。
セイルが解析器を床へ置く。
リネアは全員を見渡せる中央へ移動した。
ファイだけが、閉じた扉と四人の顔を交互に見る。
肩に力が入り、上げかけた手がわずかに揺れていた。
ブエンは一度だけファイへ視線を向け、すぐに区画の奥へ戻した。
ファイは小さく息を吸い、前を向く。
床に赤い光が走った。
細い文字の列が、五人を囲むように広がっていく。
セイルの光板に五つの空欄が現れた。
そこへ、一人ずつ魔力反応が読み込まれていく。
「仮識別です。完成する前に止めてください」
左右の壁が開いた。
黒い外套をまとった術師たちが、次々に姿を現す。
セイルの光板に、遅れて生命反応が一斉に浮かび上がった。
数人の術師が床へ手を向ける。
赤い文字が一気に明るくなった。
ガルドが踏み込んだ。
一歩で間合いが消える。
大剣が横へ走った。
術師の展開した魔法陣が砕け、その身体が壁へ吹き飛ぶ。
振り抜いた大剣は止まらない。
ガルドは刃を返し、背後から伸びた杖を叩き折った。
そのまま剣の腹を術師の胴へ打ち込む。
巨大な剣が、短剣のような速さで振るわれていた。
ブエンは床を走る文字を見ていた。
赤い文字は、最奥にいる一人の術師から五人へ伸びている。
ブエンが床を蹴った。
一気に敵の間へ飛び込む。
右から迫った刃を弾き、正面の術師を斬り払った。
その背後で、別の術師が手を向ける。
青白い魔法陣が開き、ブエンの背中へ狙いを定めた。
ファイが指先を向ける。
「――《デトネイト・ポイント》」
魔法陣の中心で、小さな爆発が起きた。
形を作る前に魔力が弾け、術師が爆風に押し戻される。
ブエンは振り返らない。
そのまま術式の中心へ迫った。
左右から二人の術師が割り込む。
横合いからガルドの大剣が薙ぎ込まれ、二人まとめて押し返した。
開いた道を、ブエンが抜ける。
剣が術師の手首を捉えた。
赤い光が揺らぐ。
術師は反対の手を床へ伸ばした。
ブエンはその手を踏みつけ、剣の柄を顎へ叩き込んだ。
男の身体が崩れ落ちる。
床を走っていた文字が、一斉に暗くなった。
だが、消えない。
別の場所から、新しい文字が浮かび上がる。
セイルが二つ目の解析器を床へ滑らせた。
波紋が重なり、赤い文字の流れを押し返す。
その横から、細い魔力の刃が飛んだ。
リネアがセイルの腕を引く。
刃はセイルの肩を浅く裂き、壁へ突き刺さった。
リネアはすぐに傷へ手を向ける。
「――《ヒール》」
淡い光が傷口を包んだ。
裂けた皮膚がつながり、出血が止まる。
セイルは治療を受けながら、解析器を操作し続けた。
二つの装置から放たれた波紋が重なる。
床を走っていた赤い文字が途切れた。
その間にも、ガルドの大剣が敵の戦列を崩していく。
正面から放たれた魔力弾を剣の腹で受け、角度を変えて壁へ流す。
脇から飛び込んだ術師を肩で弾き飛ばし、大剣の柄で別の一人を打ち倒した。
区画の奥で、新たな扉が開く。
黒い外套の術師たちが、さらに現れた。
散っていた赤い文字が、再び動き始める。
先ほどより速い。
ファイの正面で、青白い魔力が膨らんだ。
幾重もの光が重なり、セイルとリネアへ向けられる。
ファイが発動点を捉えた。
「――《デトネイト・ポイント》」
爆発が起きた。
青白い光が内側から弾け、術師が後ろへ吹き飛ぶ。
その瞬間。
ファイの背後で、細い魔法陣が開いた。
「ファイ、後ろだ!」
ガルドの声に、ファイが振り返る。
光の槍が、目の前まで迫っていた。
避けられない。
身体が横へ飛んだ。
ガルドの腕が、ファイを突き飛ばしていた。
光の槍がガルドの胴を貫く。
「ガルド!」
大きな身体が後ろへ押し出された。
大剣が床へ落ちる。
ガルドの膝が崩れた。
リネアは、すでに走り出していた。
ガルドが倒れるより先に床へ滑り込み、その傍らに膝をつく。
傷は深い。
呼吸が急速に弱くなっていく。
リネアは胸の前で両手を組んだ。
目を閉じる。
祈りを捧げるように頭をわずかに垂れ、静かに唱えた。
「――《リヴァイヴ・グレイス》」
剣戟と爆音の中で、その声だけが澄んで響いた。
組んだ指の間から、白い光がこぼれる。
光はガルドの全身を包み、傷の奥深くへ染み込んでいった。
《リヴァイヴ・グレイス》。
瀕死の人間を、死の直前から引き戻す最上級回復魔法。
壊れた内臓、血管、神経、魔力経路。そのすべてを同時に捉え、正確に修復する。
回復魔法の中でも、扱える者はほとんどいない。
銀河連邦でこの魔法を使えるのは、リネアただ一人だった。
ガルドを貫いていた光の槍が、ほどけるように消えた。
傷が内側からゆっくりと塞がり始める。
途切れかけていた呼吸が戻る。
それでも、リネアは目を開かない。
両手を組んだまま、静かに治療を続けていた。
ブエンが二人の前へ入り、飛んできた魔力弾を斬り払う。
セイルは一人で複数の解析器を操作していた。
赤い文字は、再び五人へ迫っている。
ファイは床に手をついたまま、ガルドを見ていた。
自分を庇ったガルドは立てない。
リネアも、その治療から動けない。
「このままじゃ……」
内側から、ネロの声が落ちてきた。
『足手まといだな』
ファイは何も言い返さなかった。
床へついた手を握る。
怖さは残っている。
それでも、このまま誰かに守られている方が、ずっと怖かった。
ファイの足元で、影が濃くなる。
次の瞬間、黒い魔力が噴き出した。
闇が床を這い、壁を駆け上がる。
狭い区画を埋め尽くすように、一気に広がった。
敵の術師たちが足を止める。
やがて闇は勢いを失い、ファイの身体へ収束していく。
ファイが顔を上げた。
その瞳は、赤く染まっていた。




