↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
闇より速く、光より深く  作者: なすび
第五章 名をたどる者たち
PR
43/57

第40話 しゅぱっ

 訓練場の空気は、まだ完全にはほどけていなかった。


 三体の人型標的は停止したまま、床に固定されている。金属の関節には、闇に縛られていた痕がうっすらと残っていた。


 砲口の光は、すでに消えている。


 それでも測定器だけは、忙しなく動き続けていた。


 記録用の光板を、いくつもの線と数値が流れていく。測定班の隊員たちは、その記録を何度も見返していた。


 ブエンは腕を組み、測定班の前に立っている。


「報告しろ」


「はい」


 測定班の一人が記録光板を操作した。


 訓練場の空中に、淡い光で軌跡が描き出される。


 ファイがいた場所から、ぬいぐるみの前までを結ぶ一本の線だった。


「まず、《ノクス・ゼロ》についてです」


 測定班の隊員は、光板へ目を向けたまま続ける。


「空間転移ではありません」


 ブエンの目が細くなった。


「根拠は」


「移動経路上に、闇属性の魔力反応が残っています。空間座標の断絶も確認されていません」


「移動している、ということか」


「はい」


 そこで、測定班の声がわずかに硬くなった。


「ただし、速度が異常です」


 記録光板の表示が切り替わる。


「計測上は……光の速度に匹敵しています」


 訓練場が静まり返った。


 ブエンだけは表情を変えない。


「誤測定の可能性は」


「複数の測定器で、同じ結果が出ています」


「……そうか」


 測定班は次の記録を開いた。


 三体の標的が光板に映し出され、足元、腕、胴に残る闇属性の反応が強調される。


「続いて、《ノクス・バインド》です」


 その横に、《アクア・バインド》の記録が表示された。


 先ほどファイが放った、水属性の拘束魔法だ。


 術者の位置から標的へ向かって、水の軌跡が床を走っている。


「《アクア・バインド》は、術者から対象へ向かって拘束が伸びます」


 そこへ、《ノクス・バインド》の記録が重ねられた。


 だが、術者から標的へ続く軌跡は、ほとんど存在しなかった。


 標的自身の影から、黒い帯のような反応が直接立ち上がっている。


「ですが、こちらは対象の影から直接発生しています」


 測定班の隊員が、三体の標的の足元を指した。


「三体とも、足元、関節部、胴の影から拘束が発生しています。発動後の回避は、ほぼ不可能です」


「だから避けられなかった」


「はい」


 ブエンは記録光板を見つめた。


 そこには、二つの異質な反応が残されている。


 光に匹敵する速度での移動。


 対象の影から直接発生する拘束。


 どちらも、これまでの訓練では確認されていないものだった。


 その時、訓練場の入口から小さな足音が聞こえた。


「あの……」


 ファイだった。


 両手には、先ほどのぬいぐるみを抱えている。


 ファイの腕の間から、丸い耳がちょこんとのぞいていた。


 ファイはブエンと測定班を見比べ、それからぬいぐるみを少し持ち上げる。


「これ……返しに来た」


 張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。


 ブエンはぬいぐるみを見てから、ファイへ視線を移した。


「無事だったか」


「うん」


 ファイはこくりとうなずいた。


「倒れてなかった」


「そうか」


 ブエンがぬいぐるみを受け取ろうと手を伸ばす。


 だが、ファイの腕はすぐには動かなかった。


 ぬいぐるみを抱く力が、ほんの少しだけ強くなる。


 ブエンはそれを見て、短く言った。


「持っていろ」


「え?」


「まだ聞くことがある」


 ファイはぬいぐるみを抱えたまま、ぱちぱちと瞬きをした。


 ブエンはファイの前にしゃがみ、目線を合わせる。


「さっきの魔法について聞く。答えられる範囲でいい」


「うん」


「《ノクス・ゼロ》を使った時、何を考えていた?」


 ファイは少し首を傾げた。


「えっと……」


 ぬいぐるみの丸い耳を、指でそっと押さえる。


「間に合わないって思った」


「それだけか」


「うん」


「転移しようとしたのか」


「てんい?」


「離れた場所へ、一瞬で移動しようとしたか」


 ファイは、さらに首を傾げた。


「わかんない」


 測定班の隊員が手元の記録へ目を落とす。


 ブエンは続けた。


「では、どういう感覚だった」


「なんとなく……」


 ファイは眉を寄せた。


 しばらく考えてから、ようやく口を開く。


「しゅぱって感じ」


 測定班の手が止まった。


 ブエンは動じない。


「しゅぱ、か」


「うん。しゅぱって行った」


「……そうか」


 測定班の一人が光板に何かを書き込もうとし、手を止めた。


 ブエンは次の質問へ移る。


「魔法弾を弾いた時、どうやった」


 ファイは自分の右手を見た。


「うーん……」


 また少し考える。


「来たから、こう」


 ファイはぬいぐるみを片腕で抱え直し、空いた手を前へ出した。


 小さく、横へ払う。


「スパンって」


 測定班の手が、また止まった。


「では、《ノクス・バインド》は」


「止めようと思ったよ?」


 今度はすぐに答えた。


「壊したくなかったし」


 ブエンはわずかに目を伏せた。


「……そうか」


 ファイはぬいぐるみを抱え直す。


 自分が何か特別なことを言ったとは、少しも思っていない顔だった。


 ブエンは立ち上がり、測定班へ向き直った。


「記録はすべて保全しろ。今日の件は、私の許可なく外部へ出すな」


「はっ」


「以後、闇属性魔法の訓練は、私の監督下で行う」


 隊員たちの表情が引き締まった。


 測定班も、回復班も、周囲で待機していた隊員たちも、一斉にうなずく。


 その中心で。


 ファイだけがぬいぐるみを抱いたまま、きょとんとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。