第32話 怖い力
それから数日、訓練は同じことの繰り返しだった。
ファイは、小さく撃とうとした。
壊さないように。
飛ばさないように。
燃やしすぎないように。
押さえつけすぎないように。
けれど、意識すればするほど、魔力はぎこちなくなった。
抑えようとすれば、途中で乱れる。
慎重にしようとすれば、形が崩れる。
手を緩めれば、その隙間から魔力が暴れる。
ブエンは何度も止めた。
「力を殺すな。……もう一度だ」
ファイは息を整えて、もう一度手を上げる。
けれど、うまくいかない。
怖がりすぎている。
ネロの言葉が、ずっと胸の奥に残っていた。
休憩の合図が鳴り、訓練場の端でファイは水を飲んでいた。
ブエンは少し離れたところで、壊れた標的の記録を確認している。
ファイはしばらく迷ってから、ぽつりと言った。
「……実は」
ブエンが顔を上げる。
「どうした」
「この前、ネロに言われたんだ」
ファイは、自分の手元に視線を落とした。
「力を怖がりすぎだって」
ブエンの表情が、少しだけ変わった。
怒りでも驚きでもない。
ただ、その言葉を逃さず受け取った顔だった。
「ブエン……僕も色々考えてたんだ」
ブエンは何も言わず、続きを待った。
「多分、僕は怖がってるせいで、魔法が変な方向に飛んでるんだと思う」
「力の出し方を勉強して、ちょっと怖くなくなってた……」
「でも、ネロと戦ってから力が強くなって、また怖くなってきてる……と思う」
ブエンはしばらく黙っていた。
それから、静かに言う。
「それを自分で言えたなら、前に進める」
責めるでも、慰めるでもない声だった。
「怖いことは悪ではない。怖さを否定しなくてもいい」
「守るために使え」
「守るため……」
ファイは、小さく繰り返した。
ブエンはうなずく。
「そうだ。怖いという気持ちをなくした者のほうが、よほど危うい」
「今お前が持っている怖さは、守りたい気持ちから生まれている」
ファイは、自分の手を見る。
怖い。
この力が、また誰かを傷つけるかもしれない。
そう思うたびに、魔力が歪む。
「力を抑え込むな」
「精度を上げろ」
ファイはゆっくり顔を上げた。
怖さを消すんじゃない。
怖いまま、守るために使う。
その言葉が、胸の奥で少しだけ形になった。
それから数日、ファイの訓練は続いた。
威力が元に戻ったわけではない。
《ブラスト・ショット》は以前より重く、《アクア・バインド》の水流も、少し気を抜けば標的を弾き飛ばすだけの力があった。
けれど、少しずつ変わっていった。
爆発を広げるのではなく、一点に集める。
水を暴れさせるのではなく、正確に縛る。
風を吹き荒れさせるのではなく、弾の横腹だけを押す。
土を盛り上げるのではなく、標的の足元を的確に固定する。
力は強いままだった。
でも、狙いが変わった。
広がって壊す魔法ではなく、必要な場所へ届く魔法になっていく。
標的はまだ揺れた。
床も時々震えた。
それでも、最初のように吹き飛ばすことは減っていった。
ブエンはその変化を見て、短く言った。
「上出来だ」
ファイは、自分の手を見る。
怖さは、まだ消えていない。
けれどその怖さが、少しだけ、狙いを細くする感覚に変わり始めていた。
翌日。
訓練場に入ったファイを、ブエンが呼び止めた。
「ファイ」
いつもの訓練開始の声ではなかった。
ファイが顔を上げる。
ブエンは、まっすぐファイを見ていた。
「お前の任務同行が許可された」
その言葉に、訓練場の空気が少しだけ変わる。
「ヴィンクルム商会の残党だ」
「来るかどうかは、お前が決めろ」




