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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第三章 闇の中のもう一人
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第24話 守りながら止めろ

 標的の身体が、その場で停止した。


 訓練場に静寂が戻る。

 水の拘束は、まだ標的の全身に固く絡みついていた。

 もう反撃は来ない。


 けれど、ファイの左肩には、さっき受けた魔力弾の痛みが焼きついていた。


 熱い。

 肉の奥深くで、鈍い痛みがじんじんと脈打つように響いている。


「停止確認」


 ブエンの声が、静まり返った訓練場に落ちた。


「標的の攻撃機能、沈黙。拘束も維持されている」


 ブエンは、標的を見た。

 床に残った水の跡を見た。

 それから、ファイを見る。


「被弾はした。だが、その後に止めた」


「今のお前は、防御に失敗したあと、逃げなかった。痛みで止まらず、相手を止める方を選んだ」


 ブエンはファイのそばに歩み寄り、静かに膝をついた。ファイと視線を同じ高さにして問う。


「痛むか、ファイ」


 ファイは、熱を持った左肩を右手でぎゅっと押さえた。

 冷や汗がにじんでいる。


「……いたい……」


 痛みはある。ごまかしきれない。

 でも、目は逸らさなかった。


「でも……やる……」


ブエンは、その顔を正面から受け止めた。


 無理をしている。

 それは分かる。

 だが、逃げようとしている顔ではなかった。


「なら、続ける」


 ブエンは短く告げた。

 それ以上は言わなかった。


 痛むなら休め、とも。

 無理をするな、とも。


 今のファイが、自分の足で立とうとしていることを、ブエンはただ見届けていた。


「単体の攻撃は、形になってきている。防御も悪くない。拘束も、一段進んだ」


 ブエンの声が、少しだけ低くなる。


「だが、まだ甘い」


 停止した標的の金属表面を、水滴が静かに伝い落ちる。


「攻撃する時、防御が切れる。防御する時、攻撃が遅れる。拘束に移る時、自分の位置と次の反撃を見失う」


 ファイは、痛みをこらえながら静かに聞いていた。


「防御と攻撃を分けて考えるな、というのは、同時に二つの魔法を撃てという意味ではない」


 ブエンは、標的を示す。


「相手を倒す時も、自分が撃たれる可能性を見ろ。守る時も、ただ耐えるだけで終わるな。次にどう止めるかを考えろ」


「守るだけでは、相手は止まらん。攻めるだけでは、お前が倒れる」


 ブエンは静かに、けれど強い響きで言った。


「守りながら止めろ。止めながら守れ」


 その後も、訓練は続いた。


 ただ撃つだけではない。

 ただ防ぐだけでもない。

 ただ縛るだけでもない。


 攻撃しようとすれば、別方向から魔力弾が飛んでくる。

 防御に集中すれば、標的が距離を取る。

 拘束を狙えば、別の標的が守るべき人形へ向かう。


 ファイは何度も失敗した。

 防ごうとして、攻撃が遅れた。

 攻撃しようとして、防御膜が薄くなった。

 拘束に意識を向けすぎて、自分の足元への攻撃に気づくのが遅れた。


 それでも、何度転がっても、少しずつ動きが変わっていった。


 防御膜を張ったまま、水流を伸ばす。

 魔力弾を受け流しながら、標的の足を土で止める。

 魔法を放つ前に、自分と守る対象の位置を俯瞰する。


 正面から撃ち返すだけではない。


 ファイの放った《フレイム・ショット》が、飛んできた魔力弾へ斜めにぶつかった。

 魔力弾の軌道がずれる。

 炎はその勢いを殺しきらず、魔力弾をかすめるように向きを変え、そのまま奥の標的へ直撃した。


 的確ではない。

 狙いも、まだ少し甘い。


 それでも、ただ防いだだけではなかった。

 ただ攻撃しただけでもなかった。


 防ぎながら、届かせたのだ。


 完全ではない。

 けれど、前よりは立ち止まらなくなっていた。


 守る。

 止める。

 反撃する。


 その三つが、少しずつ別々の動きではなく、ひとつの流れとして繋がり始めていく。


 ブエンはすべての標的を停止させた。

 訓練場の唸りが弱まり、床を走っていた光の線が静かに落ち着いていく。


 短い休憩の後、ブエンは、訓練場の中央に立った。


「一度、あるものを見せておく」


 ファイが顔を上げる。

 ブエンが片手を前へ出した。


「――《フォートレス・ヴェール》」


 ブエンの手から、透明な光が波紋のように広がった。

 それは、ファイの《ガード・ヴェール》よりもはるかに広く、厚く、揺るぎない安定感を持っていた。


 壁ではない。

 盾でもない。


 訓練場の一角を、空間ごと包み込むような絶対の防御結界だった。


 標的が再起動する。

 正面。右。左後方。

 三方向から、強烈な魔力弾が撃ち込まれた。


 光が結界にぶつかる。


 一発目の衝撃が、膜の表面を走った。

 二発目の力が、重なる。

 三発目が、別の角度から鋭く食い込む。


 けれど、結界は微動だにしなかった。


 受け止めた衝撃は、透明な膜の上を滑らかに流れ、薄く広がって霧散していく。


 強いのに、怖くない。

 硬いのに、押し潰すような圧迫感もない。


 そこにあるのは、誰かを閉じ込めるための冷たい壁ではない。

 誰かが安心して生きていられる、あたたかい場所だった。


「これは、防御の上級魔法だ」


 ブエンは結界を維持したまま言った。


「より広い範囲を、より強い攻撃から守るための魔法だ」


 透明な光が、静かに、そして力強く揺れている。


「今すぐできる必要はない」


 ブエンはファイを見る。


「だが、ファイなら、いずれ届くだろう」


 ファイは、ただ黙ってその光を見上げていた。

 目が離せなかった。


 ブエンの《フォートレス・ヴェール》は、訓練場の一角を包んだまま、静かに、優しくそこに在った。


 ファイは、その光を胸の奥深くに焼き付ける。


 いつか、自分も。


 そう、強く願った。

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