第21話 届かせる力
食堂での騒ぎのあと、ブエンはファイを訓練場へ連れてきた。
床には防護結界の線が走り、壁際には厚い金属板の標的が並んでいる。
ブエンは標的を一枚だけ起動させた。
「まずは攻撃魔法だ」
ファイは小さくうなずいた。
「昨日の続きからやる。《ブラスト・ショット》を標的まで届かせろ」
《ブラスト・ショット》は、目標地点で小さな爆発を起こす爆発属性の魔法だ。
「威力は小さくていい。途中で消すな」
ブエンは一歩下がる。
「やってみろ、ファイ」
ファイは右手を標的へ向けた。
昨日のように、途中で止めたりはしない。
怖くても、最後まで発動させる。
指先へ魔力が集まっていく。
空気が、びり、と震えた。
ブエンの目がわずかに細くなる。
魔力の密度が、昨日までと違う。
ファイは標的を見据えた。
「――《ブラスト・ショット》」
次の瞬間、訓練場の空気が爆ぜた。
轟音。
金属板の中央で起きた爆発は、昨日の小さな破裂とは比べものにならなかった。
衝撃で防護結界が大きく揺れる。
分厚い金属板が、中央から大きくひしゃげた。
熱風が床を走り、白い訓練線の上に細かな亀裂が入る。
壁際にいた隊員たちが、一斉に身構えた。
「今のが中級か……?」
「威力、絞れてないぞ」
「標的が一枚で済んだだけましだな……」
小さなざわめきが広がる。
ファイ自身も、目の前の標的を見て固まっていた。
ブエンだけが動かなかった。
ひしゃげた金属板を見たあと、静かにファイへ視線を戻す。
「……今のを、自分で制御できている感覚はあるか」
ファイは、ゆっくり首を振った。
どこまで出せばいいのか。
どこから危ないのか。
自分の中の魔力が、どれくらい強く爆ぜるのか。
まだ、分からない。
それでも、ファイは目を逸らさなかった。
ひしゃげた金属板を見たまま、震える息を小さく吐く。
「……でも、がんばる」
声は大きくなかった。
けれど、まっすぐだった。
ブエンはしばらくファイを見ていた。
それから短くうなずく。
「なら、続ける」
新しい標的が起動した。
「威力を落とせ。だが、途中で消すな」
ブエンの声が、訓練場に響く。
「壊さずに届かせろ」
ファイは標的へ右手を向けた。
「――《ブラスト・ショット》」
今度は、弱すぎた。
標的の手前で小さく弾け、金属板には薄い焦げ跡だけが残る。
もう一度。
「――《ブラスト・ショット》」
今度は強すぎた。
爆発が金属板を大きくへこませ、防護結界がまた震える。
弱い。
強い。
届かない。
届きすぎる。
何度も失敗した。
標的の前で火花だけが散ることもあった。
狙った中心からずれて、端だけを大きく吹き飛ばすこともあった。
威力を落とそうとしすぎて、魔力が途中でほどけることもあった。
それでも、ファイはやめなかった。
ブエンも止めなかった。
ただ、必要な時だけ短く言う。
「弱い」
「今度は強い」
「狙いがずれた」
「途中で逃がすな」
「怖がるな。だが、押し込むな」
そのたびに、ファイは標的を見直した。
壊すためじゃない。
止めるため。
届かせる。
でも、壊しすぎない。
もう一度、右手を上げる。
呼吸を整える。
魔力を集める。
今度は、膨らませすぎない。
でも、途中で消さない。
標的の中央だけを見る。
「――《ブラスト・ショット》」
小さく、鋭い爆発が起きた。
轟音ではなかった。
訓練場を揺らすほどでもない。
けれど、魔力は確かに標的まで届いた。
金属板の中央に、浅く、はっきりとしたへこみが刻まれる。
周囲に余計な亀裂は走らない。
熱風も広がらない。
防護結界も、ほとんど揺れなかった。
ファイは、息を止めたまま標的を見つめた。
ブエンが、ふっと笑う。
「今の感覚を忘れるな」
ファイの口元に、小さな笑みが浮かんだ。
失敗ばかりだった手が、まだ少し震えている。
それでも、今の一発は違った。
届いた。
壊しすぎずに、ちゃんと届いた。
ファイは標的を見たまま、嬉しそうにうなずく。
「……うん!」
ブエンはすぐに次の標的を起動させた。
「もう一度だ」
声は厳しい。
けれど、さっきよりほんの少しだけ柔らかかった。
「一度できただけでは、実戦では使えん。何度でも再現できるようにしろ」
そこから、同じ訓練が何度も続いた。
毎回うまくいくわけではない。
弱すぎて届かない。
強すぎて壊しすぎる。
狙いがずれる。
途中でほどける。
それでも、最初のように、怖くなって消してしまうことは減っていった。
一発ごとに、ファイは少しずつ感覚を覚えていく。
どこまで魔力を膨らませれば届くのか。
どこから先が危ないのか。
どれくらいなら、壊しすぎずに止められるのか。
成功はまだ少ない。
それでも、確実に増えていた。
「次。火属性だ」
標的が入れ替わる。
今度は、耐熱加工された訓練用の壁だった。
ファイは《フレイム・ショット》を撃った。
小さな火球を放つ、火属性の基礎的な攻撃魔法だ。
最初は小さすぎて、壁の前で消えた。
次は強すぎて、炎が広がりすぎた。
それでも、繰り返すうちに、炎は少しずつ狙った場所へ届くようになっていく。
《フレイム・バースト》も同じだった。
着弾点で炎を小さく爆ぜさせる魔法。
これまで爆ぜる直前でほどけていた炎が、今度は最後まで形を保つ。
大きすぎる爆発になりかける。
慌てて抑える。
抑えすぎて失敗する。
それでも、また撃つ。
水属性では、《アクア・ショット》を撃った。
小さな水弾を放つ魔法だ。
水弾は最初、標的に当たる前に形を崩した。
次は勢いがつきすぎて、標的を大きく押し倒しかけた。
ブエンは短く言う。
「届かせろ。だが、押し流しすぎるな」
ファイは何度も撃った。
水は少しずつ、ただ流れるだけではなく、狙った場所へ集まるようになっていく。
風属性では、《ウィンド・ショット》と《エアロ・ターン》を繰り返した。
《ウィンド・ショット》は、圧縮した風を小さく放つ魔法。
《エアロ・ターン》は、飛んでくる魔力弾に風を当て、軌道をわずかに変える魔法だった。
真正面から受け止めるのではなく、当たらない方向へ逸らす。
ファイにとって、これは防御に近い感覚だった。
けれど、簡単ではない。
弱ければ魔力弾はほとんど曲がらない。
強ければ、逸らすどころか軌道を乱しすぎる。
それでも、少しずつ、風の向きが合い始める。
土属性では、《テラ・バインド》をもう一度試した。
地面から土を伸ばし、相手の足元を固める拘束魔法だ。
まだ、相手の動きを奪う瞬間にはためらいが残る。
それでも、土は崩れるだけではなくなった。
標的の足元へ伸び、短い時間だけでも動きを止める。
完全ではない。
でも、前とは違う。
できなかったことが、少しずつできるようになっていた。
訓練場の床には、焦げ跡と水の跡と、砕けた土の欠片が残っていく。
ファイの息は乱れていた。
額には汗が浮かんでいる。
それでも、目は逃げていなかった。
ブエンは標的の記録を確認してから言った。
「成功率はまだ低い」
その声は厳しかった。
「だが、上がっている」
ファイを見る。
「それでいい。今は、逃げずに積み上げろ」
ファイは、まっすぐブエンの目を見た。
「……はい」
声は小さかった。
けれど、さっきまでの震えとは違う。
逃げない、と決めた声だった。




