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闇より速く、光より深く  作者: なすび
第二章 守るための力
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第10話 守りたいもの

「駄目だ」


 ブエンの返事は、ほとんど間を置かなかった。


「お前はまだ訓練中だ。現場には連れて行けない」


「僕も行く!!」


 ファイは、ブエンの目をまっすぐ見て言った。


「声を大きくしても、許可は出さん。理由を言え」


「……僕が感じたみたいな怖い思いをしてる子がいるんでしょ……?」


 ファイは少し下を向き、唇を噛んだ。


 それから、もう一度ブエンを見る。


「僕はそんなのほっときたくない!」


 ブエンにも、その気持ちが分からないわけではなかった。


 だからこそ、すぐには頷けなかった。


「気持ちだけで現場に立てば、お前自身が危険になる。お前が倒れれば、助けられる者も助けられん」


「守りたいものができたときのための訓練なんでしょ?」


「それなら僕は、今怖がってる子たちを守りたい!」


 その言葉に、ブエンの表情がわずかに変わった。


「……私の言葉を覚えていたか」


 ファイは黙っていた。


「ならば、もう一つ覚えておけ。守りたいと思うなら、私の命令を聞けるか」


 ブエンの声が鋭くなる。


「止まれと言えば止まれ。下がれと言えば下がれ。待てと言えば待て。それができるか、ファイ」


「うん!」


「返事が軽い」


「え」


 ブエンはファイを見据えた。


 小さな身体。まだ任務用の装備もまともに馴染んでいない、訓練中の子ども。


 だが、その目は逃げていなかった。


「……だが、覚悟は聞いた」


 ブエンはファイの前から一歩退いた。


「同行を許可する」


 隊員たちの間に、小さなざわめきが走った。


 その中で、ブエンだけは表情を崩さなかった。


「ただし、ファイは私の直轄とする。単独行動は許さん。出発まで私のそばを離れるな」


「……はい!」


 ファイの声には、さっきまでとは違う硬さがあった。


 ブエンは短く頷く。


「よし」


 それだけ言って、隊員たちへ向き直った。


「出撃準備。対象はヴィンクルム商会本拠地。生存者の救出を最優先とする」


 隊員たちが一斉に動き出した。


 訓練場の空気は、任務前のものへ変わっていく。装備を確認する音。通信をつなぐ声。床を打つ硬い足音。さっきまでの訓練場とは、もう違っていた。


 ファイは、ブエンの後ろについて歩いた。


 通された部屋には、すでに数人の隊員が集まっていた。中央の台の上に、青白い光でできた地図が浮かんでいる。


「状況を」


 ブエンが言うと、隊員の一人が地図を操作した。


「地球で回収した転送補助具の残留記録から、ヴィンクルム商会の本拠地を特定しました。場所は辺境宙域の小型施設。表向きは廃棄された補給基地です」


 光の地図が切り替わり、暗い施設の内部図が浮かぶ。


「ヴィンクルム商会は、辺境星や未開星の住民を攫い、売買していた組織です。首謀者は、ガルム・ヴィンクルム」


 隊員は地図の奥にある区画を拡大した。


「現時点でガルムが施設内にいるかは未確定です。ただし、接触した場合、生存者を盾にする可能性があります」


 ブエンの目が細くなる。


「ガルムを確認しても、単独で踏み込むな」


「了解」


 隊員はさらに地図の一部を拡大した。


「内部には複数の生命反応があります。大人だけではありません」


 隊員の声が、少しだけ低くなった。


「子どもの反応も確認されています」


 ファイは何も言わなかった。


 子ども。


 その言葉だけが、胸の奥に沈んでいく。


 あの公園で動けなくなったこと。蓮が連れて行かれそうになったこと。叫んでも、手を伸ばしても、届かなかったこと。


 それと同じ怖さの中に、今もいる子がいる。


 ファイは、拳を握った。


「数は」


「正確には不明です。少なくとも十数名。拘束具の反応も複数あります」


「救出を最優先とする。構成員は可能な限り拘束。装備品は破壊ではなく封印しろ。転送装置を残せば、逃げられる」


「了解」


 隊員たちの返事が重なる。


 ブエンは、そこでファイを見た。


「ファイは私の直轄だ。単独行動は許さん。何かを見つけたら、まず私に伝えろ」


 ファイは無言で頷いた。


「返事」


「……はい」


「救出対象がいる以上、焦りは必ず出る。だが、焦って動けば、相手に人質を使う隙を与える」


 ブエンは地図へ視線を戻す。


「守りたいなら、まず状況を見ろ」


 その言葉は、ファイだけでなく、部屋にいる全員へ向けられていた。


「突入は三班に分ける。第一班は正面制圧。第二班は転送装置の封印。第三班は内部の生命反応を確認し、救出対象を保護せよ」


 地図上に、三つの光の線が走る。


「目的を間違えるな。施設の破壊ではない。救出だ」


 青白い地図が消えた。


 部屋の明かりが、少し落ちる。


「出るぞ」


 ブエンが歩き出す。


 ファイは、小さく息を吸った。


 怖くないわけじゃない。


 何が待っているのかも分からない。自分に何ができるのかも、まだ分からない。


 それでも、残る方が嫌だった。


 ブエンの背中が、先に部屋を出ていく。


 ファイはその後を追った。


 初めての任務が、始まろうとしていた。

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