36 プラトニック・L
世界が光に飲み込まれた。
ARIELの共鳴音が響き渡り、古びた白鳩荘の壁紙が剥がれ、宙へと舞い上がる。
しかしそれは崩壊ではなく――変換。
現実と仮想の境界が溶け合い、アパート全体がARIELフィールドの一部として再構築されていく。
《Observer field established》(オブザーバーフィールドを確立)
《Reality-Layer Integration: 91%》(現実層統合: 91%)
澪の身体が光の粒子をまとって浮かび上がった。
それはまるで、幽霊ではなく――一人の『研究者』が帰ってきた瞬間だった。
「……これが、私の研究が作った世界」
澪の声が透明に響く。
「ここが、私たちのステージってわけね」
ほのかが片手を突き上げる。
「でも、変な感じだな。自分ちが戦場とか」
悠真が苦笑を浮かべる。
「戦場じゃないよ」
澪が静かに首を振った。
「『家』だよ。私たちが帰る場所」
ARIELの青光がさらに強くなる。
ちゃぶ台、カーテン、ティーカップ――
日常の全てがデータの粒子となって宙に舞いながらも、どこか温かい。
《Intrusion detected》(侵入を検出)
《Entity ID: NEMESIS-class / Fragment-level threat》
(実体ID: NEMESISクラス/フラグメントレベルの脅威)
「来るよ!」
ほのかの声。
虚空に黒いデータの裂け目が走った。
それは形を変えながら、巨大な影を形作る。
「……『NEMESIS』」
澪の瞳が光る。
彼女の背後に半透明のホログラム――『白瀬澪・オリジナル』が重なった。
《Core Resonance: 100%》(コア共鳴:100%)
《ARIEL System—Dual Sync Complete》(ARIELシステム - デュアルシンク完了)
「白瀬澪。ARIEL起動、フェーズ3――《意識同期領域展開》!」
光が爆ぜる。
白鳩荘の狭い部屋が、一瞬で無限のデジタル空間に変わった。
畳の模様が幾何学的な紋様に変わり、空間全体が澪の意識で描かれていく。
「すげぇ……これが、お前の世界か」
「うん。ここが、私の『現実』。でも、あなたたちが来てくれたから、もう孤独じゃない」
澪が手を伸ばす。
その手に、悠真が触れる――今度は、ちゃんと、感触があった。
「……っ!」
「悠真っ、触れた」
「そりゃそうだ。今は『幽霊』じゃねぇんだろ」
「……そう、だね」
ほのかが二人の後ろでARIELの防壁コードを展開する。
「イチャついてる場合じゃないよ! 正面!」
黒い影が怒号のようなノイズを上げて突進してきた。
澪の髪が風に舞い、青い光が瞳を照らす。
《EIDOLON residual cluster detected》(残留クラスターを検出)
《Targeting ARIEL-core memory》(ターゲット- ARIELのコアメモリ)
「狙いは、私の記憶核!」
「なら、それごと守ればいい!」
悠真が叫び、ほのかが並んでフィールドを強化する。
無数の光線が衝突し、部屋全体が閃光に包まれた。
――が、その中心に、三人の声があった。
「観測者!」
「澪、下がれ!」
「ほのか、コード7を展開して!」
「了解!」
光と音が重なり合い、時間の感覚が曖昧になる。
ただ、確かに感じていた。
三人の呼吸が、同じリズムで重なっている。
やがて、黒い影が弾けた。
閃光が収束し、静寂が戻る。
ARIELの光が淡く揺れながら、音声を出した。
《Threat neutralized. Observer field integrity: stable》
(脅威を無力化。観測フィールドの整合性:安定)
悠真はその場にへたり込み、息をついた。
「はぁ……マジで、これ、ゲームのラスボスより強ぇな……」
「感想が軽い!」
「いや、死ぬかと思ったんだって!」
「死なせないって言ったじゃん」
澪が笑って言う。
その笑顔は、もう『幽霊』ではなく、ちゃんと『彼女自身』のものだった。
「……ありがと、二人とも」
澪がゆっくりと呟く。
ARIELの光が少しだけ明るくなる。
「ライラも、きっとどこかで見てた。次は……彼女を助けに行こう」
「おう、決まりだな」
悠真が拳を突き出す。
澪がその拳に手を重ね、ほのかが呆れたように笑いながら指で『ツッコミマーク』を作った。
「もう……戦闘後にイチャつくなっての」
「いやこれ友情! めっちゃプラトニックなやつ!」
「はいはい、『友情』ね」
澪が少しだけ頬を染める。
光がゆっくりと弱まり、白鳩荘の部屋が元の姿を取り戻していく。
外では夜が明け始めていた。
雨上がりの空に、一筋の朝日が差し込む。
「……終わった?」
「たぶん、第一ラウンド」
「つまり? お次のステージがあると?」
「EIDOLON本部。でもその前に――朝ごはん」
「お前、強いな……」
「お腹は、正直」
三人の笑い声が、光の中に溶けていった。
いよいよ第1章も終盤となりました。
生前の白瀬澪を中心に進められていたEIDOLON計画。それを軍事転用しようと企む組織NEMESIS。
第1章では、澪の居場所を特定するため、何度も接触を図ってきたNEMESISでしたが、澪の天才的なコーディングと悠真のツッコミ力、二人の愛(?)によって、どうにか退けることができました。
第2章からは、いよいよ、そのNEMESISの実行部隊が悠真・澪・ほのかの前に立ちはだかります。
物理的にも、三人に危険(?)が迫ることとなります。
どうか今後とも、三人の活躍を応援してください。




