37 最高に生きてる
鳥の声が聞こえる。
窓の外では、雨上がりの空がやわらかな金色に染まっていた。
白鳩荘の屋根の上で、二羽の鳩が並んで羽を休めている。
その鳩の羽音に誘われるように、悠真はゆっくりと目を覚ました。
「……うわ、眩し……!」
天井の染み。いつも通り。
ちゃぶ台の上には、昨日飲みかけのティーカップ。
そして――目の前には、ぼんやりと浮かぶ少女の姿。
「おはよう、悠真」
澪だった。
光の輪郭が少しだけ薄くなっているけれど、確かに笑っている。
「……生きてた」
「死んでた覚えはないけど」
「いや、昨日のアレ、普通にエンドロール案件だったろ!」
「でも続編、出たじゃん」
「――生きてるって気ン持ちぃいいいっ!」
思わず笑う。
その笑い声に、奥の方からほのかが顔を出した。
「うるさい。寝不足なんだから」
「お前寝る必要あんの!?」
「気分の問題だよ!」
「AIの気分て何だよ!」
「感情演算モジュールのストレス値が上がってるの!」
「専門用語で逆ギレすんな!!」
ちゃぶ台の上で三人がいつもの調子でやり取りを始める。
――それが、何よりの『日常』の証拠だった。
ふと、澪がカーテンを開ける。
朝日が差し込み、部屋の中が白く光る。
その光の中で、彼女がぽつりと呟いた。
「……ねぇ、悠真」
「ん?」
「私ね、昨日ほんの少しだけ、『生きてる』って思えた」
「……」
「痛みも、怖さも、全部感じた。でも、あなたたちがいたから、ちゃんと『私』でいられた」
「……それが、生きてるってことだろ」
「うん。……ありがとう」
澪が微笑む。
その笑みはどこかあどけなくて、でも芯の強さがあった。
ほのかが腕を組みながら言う。
「でも、油断しちゃダメ。NEMESISの本体はまだ生きてる」
「だろうな」
「ARIELの残留コードに、EIDOLONの座標データが残ってる。そこに、ライラも……」
澪が小さく頷く。
「次は、彼女を取り戻す」
「その前に朝メシ食おうぜ」
「緊張感ゼロっ!」
「だって腹減って戦えねぇし」
「ほんと、悠真くんの理屈って物理的!」
澪が笑い、ほのかがため息をつく。
――そのとき、白鳩荘の古い蛍光灯が『ピッ』と点滅した。
昨日までとは違う、柔らかな光。
まるでこの小さな家が、三人の決意を祝福しているようだった。
「なぁ、澪」
「なに?」
「お前が戻ってきてから、この部屋……なんか明るくなった気がする」
「照明変えた?」
「いや、そういう意味じゃなくて!」
「冗談」
「……最近多いな、それ」
「観測者理論、伝染率上昇中」
「やっぱ俺ってウィルスなのかなぁ!?」
笑いながら、三人の声が朝の空に溶けていく。
鳩が飛び立ち、太陽が少しずつ昇っていった。
《ARIEL system log》
《Observer(観測者) : 新城悠真
Subject(対象) : 白瀬澪
Auxiliary(補助) : 朝霧ほのか(Lyra)
Status(状態) : living together(共同生活)
note : "今日も、最高に生きてる。"》
白鳩荘に新しい朝が来た。
洗濯物を干す音、カーテンを揺らす風、笑い声。
――それは、どんな科学よりも尊い『日常の証拠』だった。
第1章ーー了
※少し書きためてから、第2章をスタートしていきます。




