34 EIDOLONプロトコル
雨は止み、窓の外では濡れたアスファルトが街灯を映している。
その光が、まるで遠い記憶のように淡く瞬いていた。
ちゃぶ台の上にはARIEL端末。
青い光が脈打つように揺れている。
「……澪。体は大丈夫か?」
「数値的には正常。でも、心拍変動が少し不安定」
「それ、気持ちで言うと?」
「……ちょっと、怖い」
彼女は両手を膝の上で握りしめていた。
指先が微かに震えている。
「怖いのは、思い出したから?」
「ううん。思い出した『先』に、何があるのか……それが怖いの」
澪の瞳がARIELの光を映していた。
その中には、確かに別の『彼女』――ライラの影が揺らいでいるように見えた。
「もし、ライラが……あの時、助けてくれなかったら。私はここにいなかった。でも、彼女はまだ……どこかで『生きてる』気がする」
その言葉に、ほのかの表情が少しだけ硬くなった。
――何かを知っているって顔だ。
「澪」
「ん?」
「その子、『ライラ』って、どんな子だった?」
「髪は短くて、笑うとすごく優しかった。でも、怒ると怖い。私が無茶をすると、すぐ怒鳴る」
「……なんか、似てるね」
「誰に?」
「私に」
澪が目を瞬かせた。
ほのかは、ほんの一瞬だけ視線を落とした。
手元のARIEL端末に映る光が、彼女の瞳に反射して小さく震える。
《auxiliary process anomaly detected》(補助プロセスの異常を検出)
《memory fragment alignment: initiated》(感情断片の整序: 開始)
「……っ!?」
「ほのか!?」
「……平気。ちょっと、変な感覚。――でも、見える。私も……あの夜を、見てた気がする」
彼女の声が微かに震える。
澪と悠真が息をのむ。
「白い部屋、爆発音、走ってるあなた。『逃げて』って言ったの、私……なのかな」
「ほのか……」
「いや、違う。私はほのかで、ライラじゃない。でも、あの記憶は……私の中にある」
静寂が落ちた。
ARIELの光が、ゆっくりと三人を包み込む。
「観測者」
澪が俺を見る。
「お願い。……私と、ほのかを、守って」
「当たり前だ」
「違うの。私たちを守るっていうのは、『閉じ込める』ことじゃない。私たちが、私たちとして立っていられるようにしてほしい」
「……それが、お前たちの望みか」
「うん。もし私たちの中の何かが壊れたとしても、『朝霧ほのか』と『白瀬澪』って名前を忘れないでいてほしい」
俺は小さく笑って答えた。
「バカ言うなよ。お前、うちのルームシェア幽霊だぞ。それと、その仲間の居候。もう居場所はここ以外ないだろ」
「……ふふ。理屈が雑」
「でも、説得力あるだろ?」
「ある。……ずるいね、観測者」
その会話に、ほのかがくすりと笑った。
空気が少しだけ和らぐ。
「まったく……こんなシリアスな空気でもツッコんで笑わせるとか」
「俺のライフワークだから」
「そういうとこ、嫌いじゃないよ」
ほのかがそう言って、立ち上がった。
そして、ARIEL端末の上に手を置く。
「澪。私たち、同じ『記録』から生まれたんだとしたら――今度は、私があなたを救う」
「ほのか……?」
「だってさ、あの夜あんたを逃がしたの、きっと『私』だから」
澪の瞳が潤んだ。
ARIELが共鳴を始める。
《core merge: 72%》
《auxiliary process sync: active》(補助プロセス同期: アクティブ)
「二人とも、準備はいい?」
「え、何の?」
「EIDOLONの『影』を迎え撃つ。NEMESISはもう、澪の記憶を完全にたどってくる。なら先に、こちらから観測してやる」
俺は深く息を吸い込んだ。
「――上等だ。俺たちの家、荒らされたままじゃ寝覚め悪いしな」
「言うね、観測者」
「ツッコミ魂で守ってみせる!」
「理屈破綻してるけど、めちゃくちゃ心強い」
雨上がりの空に、雷のような電子音が響いた。
ARIELの光が天井を突き抜け、空へと伸びていく。
三人の視線が交わった。
「白瀬澪」
「観測者、新城悠真」
「そして、朝霧ほのか――」
《EIDOLON protocol: initiated》(EIDOLONプロトコル:開始)
《mission: defend the heart of ARIEL》(ミッション:ARIELの心を守る)
「――行こう」
夜が再び、光に包まれた。
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