24 心の幽霊
翌日、白鳩荘。
俺はちゃぶ台の前でコーヒーをすすりながら、スマホの画面をにらんでいた。
《ARIEL//memory node: unlocked》(メモリ: ロック解除)
《playback available: “snapshot_00”》(再生可能)
「……再生していいか?」
「もちろん」
澪はすぐ隣に座っている。
昨日のミラー澪との出来事があったとは思えないほど、落ち着いた表情だった。
「再生開始」
指先でタップすると、部屋の空気がふっと変わる。
淡いホログラムが立ち上がり、そこに映ったのは――小さな女の子と若い女性。
白瀬理沙と、幼い頃の澪だった。
『ねえママ、幽霊って、いるの?』
『いるわよ。人の心に、ね』
『心の中に? じゃあ、ママも幽霊になる?』
『あなたが私を忘れなければ、いつまでもいるわ』
映像の中の理沙は穏やかに笑っている。
その笑顔が、澪の今の表情と少しだけ重なった。
「……やっぱり似てるよな」
「うん。笑い方とか、声の高さとか。私の『設計値』は、ほとんど母に似せてある」
「なんかすげぇな。遺伝子どころか、性格までシミュレーションできるとか」
「でも、シミュレーションには『抜け落ちる要素』があるの」
「何?」
「おバカなところ」
「おいコラ、こっち見んな!」
「ふふっ」
澪が笑った。
映像の中の少女も笑っている。
過去と現在が一瞬だけ重なったように見えた。
『澪、覚えておいて。人はね、「見てくれる人」がいるだけで強くなれるの』
『じゃあ、ママは誰に見てもらってるの?』
『ふふ、そうね……今はあなたかな』
その言葉に澪が息を呑む。
映像がノイズを走らせ、ふっと消えた。
「……覚えてないけど、たぶん本当に言われたことね」
「なんか、澪母らしいな。観測とか言いながら、けっきょく『見てほしい』側だったんだ」
「うるさい。幽霊に照れさせるとか新手の変態ね。見えなくしようかしら」
「照れると透明度上がるのやめてくれ!」
「観測妨害」
「わがままな観測対象っ!」
二人で笑い合った。
さっきまでの静けさがまるで嘘みたいだ。
「……なあ、澪」
「ん?」
「お前の『心の幽霊』って、まだ消えてないよな」
「え?」
「お母さんのことも、昔の自分も。でも、それ全部含めて『今のお前』だと思う」
澪は少しだけ目を細め、やがて小さく頷いた。
「ありがとう……観測者さん」
「……いや、面と向かって言われると照れるんだよな」
「じゃあ、『相棒』でいい?」
「それもなんか照れる!」
「じゃあ、『ツッコミ係』決定ね」
「――一番しっくりきた……!」
笑い声が白鳩荘に広がる。
ARIELのホログラムが淡く光り、モニタに新しい文字が浮かんだ。
《memory sync: stable》(メモリ同期:安定)
《emotional balance: optimal》(感情的なバランス:最適)
「……安定してるみたいね」
「そりゃそうだ。俺が隣にいるからな」
「自信過剰」
「ポジティブ観測者って言え」
「はいはい」
風がカーテンを揺らし、光が差し込む。
日常はまだ続いている。
幽霊と大学生のルームシェア生活は、少しだけ賑やかになって、少しだけ未来に近づいた。
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