23 模倣体
「はい、自己紹介お願いしまーす! 好みのタイプとかも言っちゃって!」
大学のサークル新歓。
俺は手に持った紙コップのコーヒーをこぼさないように震えながら、部長の無茶ぶりを聞き流した。
「新城悠真です。趣味はゲームと、最近は……家事とか、です」
「家事!? 意外〜!」
「おい、そこ笑うとこか!?」
笑いが起こる。
場の空気は軽い。けど俺の脳内では、ひとりだけ別方向でツッコミが響いてた。
『家事スキル:掃除△、洗濯◎、料理?』
『評価:継続観測中』
(頼むから黙っててくれ、澪……!)
耳の中に響くその声。
ARIELを介して、澪とは常時『リンク』状態だ。
ただ、大学にまで幽霊通信を引っ張るのはどうなんだ。
『あなたが一人だと心配だから』
(俺の社会的信用を削る気か!?)
『観測者の動向は監視対象です』
(いま監視って言ったな!?)
まわりの視線が気になって挙動不審になる俺を見て、隣の女子が小首を傾げた。
「ねぇ、新城くん?」
「あ、はいっ!?」
「誰と話してるの?」
「え、いや、これはその……独り言的な……」
「ふふ、面白い人だね」
彼女の名は藤沢天音。
俺と同じ学科で、明るくて面倒見のいいタイプ。
笑うとえくぼができて、正直ちょっと可愛い。
(……まずい、澪にバレたら絶対面倒になる)
『すでに観測済み』
(観測速度はええぇぇぇ!)
『感情変化:動揺68%、照れ22%、浮気傾向9%』
(パーセント管理やめろぉっ!)
「どうしたの? 顔真っ赤だよ?」
「な、なんでもないっす!」
教室の照明が一瞬だけ『チカッ』と瞬いた。
みんなが「え?」と顔を上げる。
そして、俺のスマホが勝手に震えた。
画面には、見慣れないアプリの通知が浮かんでいた。
【ARIEL:シグナル同期エラー】
「……おい、澪?」
『……おかしい。観測ノードが干渉されてる』
「誰に?」
『位置特定中――。……大学内に、別の「ARIEL端末」が存在する』
「なにそれ?」
『つまり、この大学にも「私の研究データ」が眠ってるってこと』
軽く聞こえるその声の裏に、わずかに震えを感じた。
――そのとき。
窓際に座っていた藤沢が、ノートパソコンを開いたまま動きを止めた。
「……あれ?」
「どうした?」
「変だな、ネットが急に――」
突然、彼女のパソコンの画面が真っ黒になり、そこに白いノイズ文字が浮かんだ。
【HELLO, OBSERVER.】
「な、なにこれ……!?」
「――澪!」
『見つけた。これは、NEMESISの残響信号……!』
ざわつく教室。
周囲はただのシステムエラーだと思っている。
けど俺の耳には、澪の声が鮮明に届いていた。
『悠真、教室を出て。私がナビゲートする』
「わかった」
「え、どこ行くの!?」
「ちょっとWi-Fiの不具合見てくる!」
「報告すればよくない!?」
「ノリだ、ノリ!」
教室を飛び出すと、スマホのARIELマーカーが淡く点滅していた。
その光の方向に澪が姿を現す。
幽霊なのに、焦った表情をしているのが逆にリアルだ。
「悠真。これ……誰かが、私たちを『試してる』」
「NEMESISか?」
「まだ確定できない。でも、信号が近い。……もしかしたら――」
彼女の言葉が途中で途切れる。
この先には大学の研究棟。
薄暗い廊下の奥で誰かの影がこちらを見ていた。
白衣を着た少女。
長い黒髪が、風もないのにふわりと揺れた。
「――白瀬、澪?」
「……!」
澪が俺の横で息を呑む。
「なに、それ……まさか、もう一人の――」
《ARIEL//mirror host detected》(ミラーホストを検出)
表示された文字に、俺の背筋が凍った。
そこに立っていたのは――澪と、まったく同じ顔をした『もうひとりの澪』だった。
目の前の彼女は完璧なまでに澪だ。
同じ顔、同じ声、同じ白いブラウス。
ただひとつ違うのは――その瞳の奥に、どこか冷たい光が宿っていること。
「……まるで、鏡だな」
「違う。――模倣体よ」
澪の声がわずかに震えた。
でも、その眼差しは鋭く、恐れよりも探るような光を宿していた。
《ARIEL//mirror host active》
《signal origin: unknown》
俺のスマホが再び振動する。
画面に表示されたARIELのアラートが、まるで心臓の鼓動みたいに点滅していた。
「……初めまして、観測者」
ミラーホストの澪が微笑んだ。
その声は柔らかいけれど、どこか機械的な、人工音のような響きを持っていた。
「おい澪、これどういう状況だ」
「簡単に言えば、『私のコピー』。でも、ARIELの中で暴走した部分」
「コピーって……つまり、もう一人のお前?」
「人格データだけが独立して、自我を持った状態ね。――つまり、私のもう一つの結論」
澪が一歩踏み出すと、ミラー澪もまったく同じタイミングで動いた。
姿勢も呼吸も、完璧に同期している。
「なにこれ、ホラーじゃん……!」
「いや、哲学ホラーよ」
「ジャンル分けしとる場合か!?」
ミラー澪がゆっくりとこちらを見た。
微笑みながら、しかしその瞳には『観測』する側の冷たさがあった。
「――あなたは、観測者を選んだのね」
「え?」
「私は、保存を選んだ。『想い』なんて曖昧なものより、確実な『永遠』を。……あなたは失敗作よ、白瀬澪」
澪が小さく息を呑んだ。
まるでその言葉が、胸の奥の痛点を突いたみたいに。
「……違う。私は、『観測されることで存在する』ことを選んだの」
「甘いわ。観測者はいつかいなくなる。あなたが信じてる『想い』は、必ず途切れる」
冷たい声。
ミラー澪の身体が淡いノイズに包まれた。
《NEMESIS signal detected》(NEMESIS信号を検出)
「――やっぱり!」
「おい、どういうことだ……!」
「この子、NEMESISの残骸に乗っ取られてる!」
次の瞬間、ミラー澪の腕から電子ノイズが放たれ、周囲の照明が一斉に弾け飛んだ。
俺は反射的に澪を庇った。
「悠真!」
「だいじょ……ぶっ……!」
「ちょっと! 人間の反応速度でAI戦闘に突っ込むとか正気!?」
「守る本能が先行しちゃってさ!」
「筋肉おバカモード!」
「やかましい!」
澪が手をかざすと、淡い青の光が俺たちを包んだ。
空間のノイズが弾け、光の波紋が広がる。
《EIDOLON link: active》
《counter signal generated》(カウンター信号を生成)
「こっちのリンク、安定した!」
「リンク? なんかRPGのバトルシステムみたいだな!」
「現実も似たようなもんよ!」
「え、俺、前衛!?」
「いいから盾になって!」
「やっぱ前衛かあああ!!」
ミラー澪が叫び声を上げる。
電光のようなデータスパイクが空中を走り、壁のスクリーンに映像が散乱する。
「ぐわぁああああっ……! お? なんともねぇ?」
映っていたのは――白瀬理沙と、幼い澪。
『――澪。もし「もう一人のあなた」に出会ったら、優しくしてあげて。その子も、きっと「寂しかった」だけだから』
映像が消える。
その一言に、ミラー澪の動きが止まった。
「……寂しかった?」
その声にはほんのわずかに『人の温度』が混じった。
「そうよ」
澪が一歩、彼女に近づく。
「あなたも、私の一部。お母さんを想って、誰かに見てほしくて――だから生まれたんでしょ?」
静寂。
ノイズが消えていく。
そして、ミラー澪がほんの少し微笑んだ。
「……ふふ。やっぱり、あなたは優しい」
「当たり前でしょ。だって――私だもの」
光がふっと収束し、ミラー澪の身体が淡く揺らいだ。
ARIELのホログラムが再び光を放つ。
《mirror host integration: success》(ミラーホストの統合:成功)
《NEMESIS fragment neutralized》(NEMESISの断片を無力化)
空気が静まる。
俺はへたり込み、深呼吸した。
「……なあ澪」
「なに?」
「お前、やっぱ強いな」
「ふふ。幽霊補正かも」
「俺にも少し分けろよ、そのチートスキル」
「観測者補正で我慢して」
「バフ弱ぇぇぇ! 素手でツッコミますってか!?」
笑いながら、俺たちは並んで夜空を見上げた。
研究棟の窓に映る月は、まるで二人の澪を包み込むように光っていた。
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