第62話 呪われた魂
「さすが、お噂は予々……など、今の貴方には通じない話でしょう。故に得物を交えて会話をするとでも致しましょうか」
馬の面が一気に詰め、その長槍を振るった。
先程とは比べられない速度、遠目で見ていたヴァンでさえも咄嗟に大きく距離を取る程だ。だが、その速度すらもアルは見切ったかのように弾いて連撃へと変化させる。それを石突で弾き返しはしたものの馬の面からは余裕さは見えない。
当然の事だろう、その一撃は今出せる本気だ。
それをこうもアッサリと弾かれ、更には連撃へと入られてしまった。槍の強みは手数の多さとはいえ、その得物ですらも弾かれた事実が馬の面には強く重たい事実となったのだ。
「なるほど……その得物もまた上位の剣ですか」
馬の面には一つの考えが過ぎっていた。
それは他の誰でもない孤高の賢者の言葉、その者が語ったのは王国の中に潜む十二聖剣の逸話。既に七つを採掘して手中に収めている事実は聞かされてはいたものの、それが目の前にいる半端者が持てるものではないと思っていた節があった。何故ならば、その名は───
「十二聖剣が一つ、国宝スコーピオン。その刃は誰にも砕けず、切り付けたものを蝕む毒で追い込む最悪の剣でしたか」
「ハァ……ッ!」
「おっと、解答は求めていませんよ」
それでも馬の面から余裕は既に無くなった。
それを見越してか、アルも一気に距離を詰めるが愚策だと察する。一秒に十は出されたであろう連撃、それらが弾かれた上で自身の頬を槍が掠めたのだ。速度も技術も明確に歳に見合わぬものを持ち合わせている。それを本能的に理解したからこそ、アルも後退して見せた。だが、それは悪手にしかならない。
「喰らえ、悪食」
五つに分かれた刃先、それらがアルへと向かう。
躱しても躱しても向かってくる刃先を弾けはするが命を繋ぐのに精一杯だった。呪印とは自身の理性を生贄に捧げる代わりに全てのステータスを大きく上げる闇の力だ。加えて闇魔法への絶対的な強化を施し、普段のアルならば当に意識を失って暴れているような状態。
だが、確かにその力を制御出来ていた。
いいや、一人の女性の力によって無理やりにでも制御出来ているに過ぎない。ランクで表せばSSランクは優に超える。その力だけで言えば剣聖にも届く程だろう。だというのに、その剣は馬の面には届かない。
「失礼ながら……お借りします。───連打」
「ウルゥァァァッ!」
一振の剣、そこに三度の連撃が加わった。
とはいえ、それを受けるのは十二聖剣の内の一つ。その連撃をいなしたところで傷の一つすらも付きはしなかった。だが、その事実を良く思わない存在も確かにいる。その者は自身の手の中にある槍を大きく振り上げて広大な魔力を注いだ。
「少々、見縊っておりましたよ。故に終わりです」
その一瞬、何をされたのかは誰にも分からない。
だが、誰が見ても明らかにアルの体は食い尽くされ、その四肢すらも胴から離れてしまっている。それを理解しているからこそ、ヴァンが間に入ろうとするが出来る訳もない。曲がりなりにも自分達の力だけでランクを上げ続けた猛者が目の前にいるのだ。その強さは……ヴァンでも油断出来ない程だった。
「|I is another《終幕》」
「駄目……ッ!」
続けざまに放たれた何か、それが防がれる。
だが、それを見たアルの表情は少しも良くならない。自身への攻撃が防がれたのと同時に与えられていた安らぎが消えたのだ。その精神汚染を抑えるためとはいえ、呪印の力を弱めるしか無い。その状況が余計に馬の面の神経を余計に逆撫でさせる。
「おや、先に潰れたのは相方様でしたか。それはそれは誠に残念、本来ならば二激三激と受けて頂きたかったのですが……倒れるとは考えが至りませんでしたね」
「ふざ、けんなよ……俺の嫁を……ッ!」
「貴方の能力不足でしょう。本来ならば手助けを前提に闘う等とは許されていませんよ。その時点で人を嘲笑えない程の未熟、どうして私から勝利を得られると言うのでしょうか」
アルを守るための最大放出で作られた多重結界。
それが一瞬で破壊されたのだ。自分以外では行えなかった事を平然と成し遂げてしまっている現状、加えて過度な魔力の放出の影響で倒れた愛しい存在を抱き留められない現状もアルを苛立たせた。それが分かるからこそ、馬の面も強い言葉を続ける。
「ああ、本当につまらない。我が神の認めし方達ならば或いはと考えたのですが……方や、小手先だけの童にすらも苦戦をし、方や、私如きの遊びにすらも手を出せずにいる」
「それ、は……!」
「本来ならば下がるべき現状、ええ、ええ……このままでは貴方様の心を折る事となりましょう。ですが、退く事は我が主から認められてはおりません故、出来ぬ祈りです。なればこそ、この瞳にはどうしても過去が映ってしまいます」
恐怖、アルは本物の化け物と対峙している。
強さだけならば賢者の方が化け物と評するに値するだろう。だが、目の前の面は強さと共に狂気すらも持ち合わせている。滲み出す本物の恐怖がヒタリヒタリと首元へ刃を突き付けてくるのだ。
「あの時に折ってしまった同士の心、今となっては後悔の念が耐えません。私が叩き潰してしまったせいで生産班へと回った可能性がある以上は、やはり力を出すのは宜しくは無かったようですね」
「その癖に……なんで笑ってんだよ……!」
「能力の無い者が落ちただけ、本人が真にしたい事を見付けたとなれば十分でしょう。覚悟の無い配下になど、賢者様の下に付く価値すら無い。そもそもの話、私は誰でも救おうとする暖かい主様の気持ちまでは真似しようとは思っておりません」
穴から覗く微かな口元は確かに裂けていた。
主へ傾倒するというのに、その言動には間違いなく自我が残っている。だからこそ、恐ろしく感じてしまうのだ。どこかで感じていた自分達は死なないだろう、そんな甘えた感情が一瞬にして消え去ってしまった。酔いが覚めるような生々しさが心臓を貫いていく。
「賢者様のお気持ちに応えられないようなら殺す。あの方はパーティ参加者は殺すなと仰っておりましたが価値が無いのなら不必要です。誤って殺したとなれば時間はかかるでしょうが、許していただけるでしょうから」
「テメェ……それが本性か、よ……ッ!」
「我が神を慕わぬ者に未来等、必要ないでしょう」
馬の面から漏れ出す魔力は黒を帯びていた。
それが分かるからこそ、加えて自身も似た境遇であるが故にアルは手を抜けない事を確信する。その力の脅威を理解しているために、その剣から手を抜く事は出来ない。倒さなければいけない脅威なのであれば王国から認められた英雄が前に出るしか道は無いのだ。
「ええ、決めました。貴方が本気になるように動けば覚悟も定まるでしょう。そうですね……例えば私を倒せなければ貴方の愛しい息子を攫うとなれば少しは気概を見せて頂けますか!?」
「ふざ、けんな……ァッ!」
その瞬間、アルは自身の剣で胸を貫いた。
普通ならば異様な行動、だが、それを見てようやく馬の面は得物を両手で持ち直し構える。今まででは行わなかった本当の構え、後には引けない現状が余計にアルの心臓を高鳴らせた。全てを終わってでも良いから先に続く何かに手をかけたい、ただその一心が力を解放させる。
「どうなっても……知らねぇからなァッ!」
「どうぞ、受け止めて差し上げますよッ!」
刹那、二つの得物がぶつかり合った。
言葉など無い、あるとすれば只管に続く得物と得物の打ち合いだけ。刃がぶつかり合ったと思えば翻して繰り出される連撃を石突きが弾く。速度で言えばアルの方が圧倒的に上、だが、それを凌ぐ技術と槍の強みで対応出来ているのは他でも無い馬の面だ。
本来ならば最初のぶつかり合いで吹き飛ぶ。
それ程までのステータスのゴリ押しであったというのに少し押し込む程度で終わってしまった。今のアルにはそこまでの知性は残ってはいないものの戦闘のセンスに関しては残っている。それが導き出した回答が容易に弾かれてしまったのだ。
だからこそ、力で押し込む手段を取った。
対して、馬の面からしても嬉しい判断とは言えやしない。確かに対応自体は難しくないだろう。だが、下手に攻めに転じてしまえば大きな隙を生み出しかねない。微かな油断が容易に敗北に繋がる事が分かっているからこそ、仮面下の口元を歪ませて小さく詠唱を始めた。
「ガァッ!」
それが聞こえたからアルは剣を大きく振るった。
先程と変わらない攻撃……だが、馬の面は大きく後ろへ下がって攻撃を躱す。そして、その判断は正しかった。横振りの斬撃の後に続いたのは同様の斬撃の嵐だったのだ。どれもが掠るだけでも致命傷になりかねないという事実が受ける事への拒否感を齎す。
───それがアルの求めていた事とは知らずに。
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