第61話 押し問答
「アチラも盛り上がっているようですね」
「はぁ……はぁ……ッ! 随分と余裕だなッ!」
「そうですね! 癪に! 障りますよ!」
「いえいえ、余裕はありませんよ。私は戦闘において一切の表情を見せないようにしていますから。その時点で余裕とも、苦戦とも感じられるのは当人の精神状態の違いでしかありません」
馬の面は静かに顔へと手を被せる。
そこから魔力を流したかと思うと全身へ深緑色のオーラが纏わり始めた。それを見て相対していたヴァンは目を細めて得物である長槍を構え直す。その行動に合わせてアルも構え直すが少し遅く一瞬で壁へと叩き付けられる。そのカバーとしてヴァンが間に入るが馬の面が動く様子は無かった。
「お二人は本当にお強いですよ。現に私は手を抜いておりません。いえ、段階的にと付け足しますが」
「本当に! 癪に障るな!」
「当然です。そうなるように話しておりますから。それに事実に対して怒りを覚えられても困ります。こう見えて他の二人のような感覚的な天才とは違うだけで、二人と並んで歩ける私の力を侮られても正しい返し方が分かりませんからね」
二人の面の者達は既に最上位に存在している。
その二人と対等以上に戦えるのは普通では無い事だった。それは敵対しているアルとヴァンがよく分かっている事だ。仲間であろう狼と狐の面の二人は王国最強とまで呼ばれている剣聖と戦えてしまっているのだから。そして当の馬の面はアルとヴァンを相手に素手で戦っている。どうして、その言葉に恐怖せずいられるだろうか。ましてや───
「俺達相手なら! 一人で十分ってか!?」
「そう思うのであればそれで構いません。誤解であるという事だけは伝えておきますが、下手な謙遜は他者を不快にさせるだけです。私であれば貴方方の対応が出来るとお答えした方が良さそうですね」
そんな煽りすらも馬の面には通じない。
素手での流す技術力も然る事乍ら、二人が驚いたのは宮廷の魔法使いよりも洗練された魔力から練られて放たれる身体強化だ。本気で振るったアルの一撃も、それに合わせたヴァンの連撃も流されていなければ容易に魔法使いと見誤る程の技術力が確かにある。
「お二人は本当にお強いです。ですが、私相手では必ず敗北するでしょう。それは何故だかお分かりですか」
「興味がねぇな!」
「はぁ……少し野蛮が過ぎますよ。私だって怒らない訳ではありません。苛立ちだって普段から覚えています。それを溜めて賢者様との模擬戦で発散出来ているから表に出さないだけです」
話の途中で滑り込ませたアルの斬撃。
それらが一瞬で掻き消されて壁へと叩きつけられた。そこにヴァンが合わせに行くが既に遅く三メートル程まで距離を詰めたところで地面へと叩き付けられる。そこまで来て二人も恐怖を表情に表すが馬の面は何かをする事も無く裾を直すだけだった。
「私の無駄話を邪魔するなよ。殺すぞ」
だが、その威圧を感じて考えを改める。
その目には明確な殺意があり、野心があり、そして誰にも負けない信仰心が見られた。その視線は三人共が見た事のあるものだ。そう、先の宗教大戦にて見た歴代最悪な人間同士の殺し合い、その中で見た敵の目と同じだった。故に二人は己が得物を強く握って構える。
「殺して見せろよッ! 若輩者がッ!」
「貴方のような童に言われる筋合いは無い!」
「では、力をお見せください」
馬の面は指を弾いて髪をたくし上げた。
それを狙っていたかのようにギリオルを除いた邂逅春雷の三名がアルとヴァンの間に入り、自分達の得物を構えてみせる。その様子を見て二人は操られている事を察するが、かといって、その事態に対応しないという選択肢も無い。
「それでは邂逅春雷様、貴方達はヴァン様を相手して頂けると助かります。そのためにお膳立てをしたのです。せめて、我が神へ微かであろうとも忠誠を示すよう死地を駆け巡りなさい」
「おいおい! 口ではどうとでも言っていたがそんなにヴァンが怖いかよ! 本当に! 臆病者だな!」
「いえいえ、ヴァン様よりもアル様の方が警戒するべき存在であると知っているからですよ。ましてや、至らぬのならそれまで、至るのなら真に戦うだけの事でしかありません」
その言葉を聞いてアルは冷や汗を流す。
賢者は自身の力を最大限に出せるようにすると言っていた。だが、それを言葉通りに捉えていなかった部分がアルにはあったのだ。それだけ自身の力がどれだけ強大なのかは理解しており、対処出来なかった時の問題が多過ぎる事も理解している。
だというのに、目の前の存在は余裕そうだった。
確かに今のアルではヴァン程の脅威にはなり得ないだろう。それでも本気を見せた時には……ほぼ絶対の勝機が見えるからこそ、アルもおめおめと言葉を否定出来はしない。
「はぁ……面倒ですね。少しばかり雑談をしましょう。なに、貴方の覚悟を問うための雑談ですので御安心ください」
「雑談、だと……?」
「私、本気を出すのが嫌いなのですよ」
馬の面から放たれる威圧がより強まる。
アルには分かっていた事だった。目の前の男は確かに伝説とされている孤高の賢者の配下に見合うだけの実力を持ち、加えて言うのであれば既に自分達の国では失ってしまった技術力も持ち合わせている化け物である、と。
「私の周りには才能の有る者達が集います。それも当然の事でしょう。私達を集めたのは他でもない孤高の賢者様です。だからこそ、怖いのですよ」
「怖い……負けるのが、か?」
「いえいえ、逆ですよ。私が怖いのは手を抜かなければ他の者達の心を折ってしまうのではないか、という事に対してです。それ故に仲間相手には技術的なスキル以外は封印すると決めておりましたからね。ですが、貴方には不必要でしょう」
アルは初めて目の前の存在の異質さを理解した。
強さや性格に関してではない、口調から分かる程に不透明なアンバランスさ。賢者と呼ばれる者が持つべきものでは無い傲慢な思いが確かに配下の目の中で見え隠れしていた。だからこそ、目の前の存在への警戒心をより強める。
「本音を言えば期待しているのですよ。貴方が相手ならば、もしくは我が神より撓まりし本物の得物を振るえるのではないか。どうして、あの馬鹿二人は私一人に貴方達のような存在を任せたと思いますか。あの自尊心だけは狂ったように高い馬鹿共が私なら任せられるとなった理由は、何故だと思いますか」
「……本気なら二人より強いから、か」
「ええ、条件が整う必要がありますが間違いなく今の私なら二人を叩き潰せますよ。ここまで来てようやく賢者様の戯れに参加出来るのです。貴方が思う程、賢者様の配下というのは生き残る事は容易ではないのですよ」
襟を正しながら静かに見つめてくる目。
そこに宿っているのは明確な強者としての意地だった。自身よりも若いというのに宿す力も威圧も何もかもが自身よりも優れている恐怖……ふと、その表情を緩める。一瞬だけ思い出した最悪な過去を払拭するための嘲笑ではあったが、思いの外、アルの表情は良いものであった。
「こう見えても私の着ている服も仮面も何もかもが最高峰の魔道具なのですよ。それを与えられる私は一体なんなのか、そして、それ程までに警戒されている貴方の価値とは何でしょうか」
「高々、いち英雄如きにそこまで警戒するとは笑えてしまうな」
「その魔道具を装備した私を、動いている歯車を相手に止められる切っ掛けを見せているのです。それだけで……あの方が侮ってはいけないと言った本当の意味が分かります。ハッキリと申すのであれば本気を出せば貴方を一瞬で殺せますが、本気を出されれば良くて相討ちが限界でしょうね」
敵は、孤高の賢者は自身を高く買っている。
それだけで今のアルにはどうでもよかった。伝説すらも脅威に思わせる力がある事が分かれば過去に縋りつく訳にもいかない……甘えた考えを大きな溜め息と共に吐き出して自身の胸元へと魔力を集中させる。
「覚悟は決まったようですね。それでは私もお見せする事といたしましょう。我が得物を」
「随分と……禍々しい槍だな」
「ええ、この槍は悪食ですので。名は人間無骨、少なくとも聖剣と同等の価値がある槍です。少しの余裕も見せないよう、心掛けて頂けると幸いです」
馬の面に手をかけて多大な魔力が注がれていく。
凹凸のあった面から徐々に均されていい、その表情も馬から黒塗りの三つの三日月状の穴が作られるだけだった。その異質さを視線に加えた上でアルは自身の持つ剣に最大限の力を込め始める。
「では、参りましょう。ここからは宴の時間です」
「ああ……望みとなれば応えるべきだからな」
その脳裏に過ったのは一人の赤子だった。
産まれた時に握った手、か弱いながらも理不尽な世界に産まれてしまった幼子を、自身と同じ境遇に立たせないと確かに誓ったのだ。それだけで今のアルには力を振るう理由となる。
「呪印解放」
黒く染まった闇を纏ったアルがそこにいた。
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