第60話 剣聖の本気
「君、操られていないよね。その剣は操られただけなら対応は出来ないものだと思うけど……否定するなら勝手にすればいいよ。どうせ、二対一でも私には至れない」
「……さて、どうでしょうか。ただ、一つだけ言える事があるとすれば……私にはまだ聖女の支援が残っているようですよ。魔力や体力なら操ろうとした段階で回復しています。そこまで聞いてどのように判断するでしょうか」
「高々、才能如きで与えられた地位に揺らぎが生じるわけも無いだろう。そんな事を君が理解していないだなんて本当に……悲しい限りだよ」
「地位に揺らぎが生じないのであれば、俺の剣は賢者に届いていませんよ。彼が本気を出したのは私達の戦いに少しでも価値を感じたに過ぎません」
その声からギリオルの速度が一段階上がる。
それと同時に他のギリオルの仲間達三人が馬の面を付けた存在のもとへと向かっていく。この状況に剣聖は表情を変えずとも焦っていた。目の前の三人を二人で相手にするのは難しくは無いものの、馬の面を付けた存在一人でヴァンと対等に戦えるのは分かっていたからだ。
だが、それは面を付けた二人も同様だった。
ギリオルという一手は二人にとっても一つの切り札だったのだ。だが、その存在を引き入れたとしても剣聖を倒す事は出来なかった。ゼノンを狼の面がどうにかしたとしても、剣聖が残った状態では勝機が無い事は目に見えている。
「三対二で……ようやくとは、ね……!」
「アンタの連携が甘いからよ! しっかりと動いていれば神の教えが負ける道理が無いもの!」
「はぁ……まぁ、いいわよ。その考え自体に否定はしないもの……ただ、負けたくないのなら私にも合わせなさい。出来ないなら次は貴方と共に斬るわ」
「それでいいわ! 神の教えが否定されるくらいならアンタに切られた方がマシだもの!」
その目に映るのは全てを任せてくれた存在。
非力な存在に教えと救いの二つで剣聖と戦えるだけの力を与えてくれた存在だ。神にも等しき、何ものにも変え難い世界最高峰の存在に見せられる忠義を示すためにただ力を誇るだけ。そのためならば小さなイザコザなどどうでもよかった。
「ギリオルは爺さんの対応! 私達二人で剣聖を叩き潰す!」
「分かっているわよ!」
「了解したよ……どちらにせよ、ヨダレが出そうな相手な事には変わりない!」
狐の面が出した指示は最適なものだった。
剣聖と打ち合えるギリオルならば傷を負ったゼノンとは対等以上に戦え、面を付けた二人ならば剣聖とも確実に戦える。それを理解した剣聖は咄嗟にゼノンとの距離を詰めようとしたが、それを見えない何かに阻まれてしまう。
「そんな事を私が許すとでも思いましたか」
「結界……それも私ですら壊すのが難しい程の強固な防衛壁か。確かに本気で私を倒しに来るみたいだ。でも、それは」
「ええ、なので、手を組みました」
「死ねぇ! クソ女ッ!」
一振の剣が剣聖の顔の真横を通る。
だが、それを手に持つ剣で無理やり抑え込む事で壁へと叩き付けられるだけで済んだ。その火力だけで言えば自身が相手をした事のある敵の中で最上位に至るものだっただろう。それこそ、ゼノンやヴァンより上の火力だったと言っていい。だからこそ、その顔には明確な高揚が見え始めていた。
「アンタねぇ! そこは剣聖だけを狙うものよ! 私まで倒したら勝率が下がるじゃないの!」
「知らないわよ! 私が倒して賢者様に褒めてもらうんだから! 私の力で倒したとなれば頭を撫でる以上の褒美が確実に貰えるわ!」
「馬鹿なの! ねぇ! 馬鹿なの! それで勝てなかったら本末転倒なのよ! いや! 馬鹿ね! 後で絶対にぶっ飛ばしてあげるから楽しみにしていなさい!」
口喧嘩、その隙を突かない訳も無い。
近くで立っている狼の面、そこに剣聖は一気に距離を詰めて剣を振るう。だが、その剣は全て流されてしまい、身体へと届く刃は一つたりともありはしない。連撃を加えようと少し前へ進む。そして自身の誤ちを理解した。
何も無い空間の中で四肢のみに斬撃が走る。
切り落とすまではいかない。それでも剣を振るうには多大な痛みを伴う程度の負傷は与えられてしまった。今から打ち合いになれば敵を斬り殺す等不可能な事はよく理解している。それでも敵は少しも待ってはくれない。
「さて、本気を出しましょう」
「化け狐が……!」
「コンコン」
左手で狐の姿を形作るとすぐに刃が飛ぶ。
それらを弾こうとしたところで咄嗟に大きく後ろへ下がった。嫌な予感がしただけ、だとしても、戦闘の勘というのは侮れはしないものだという事を剣聖自身がよく理解している。下がったとしても何も変わりはしない。ただ……。
「なるほど、切れ味が一気に上がったね。剣で受けようものなら傷すら付いていた可能性だってあるだろう。でも、傷が付いたところで」
「話し過ぎなのよ! 私達と戦って余裕を見せていいのは二人しかいないわ!」
横を狼の面が通ったかと思うと四肢が斬れた。
言葉とは裏腹に綿密に練られたかのような同じ箇所への追撃。もっと言えば塞ぎ始めていた傷が健へと届いてしまった。それらを完治するためには余裕を見せられる暇など無い。ましてや、未だに連撃は止まらずに続いているのだ。対処しないという手は剣聖には残っていない。
「抜刀、切藤……ッ!」
だが、そこへ追撃の一閃が加わる。
防ぎはした……それでも、同じ攻撃が何度も続けば勝機が無い事は目に見えていた。目の前にいる二人が単体で向かってこようとも明確な脅威になり得ると剣聖は理解したのだ。そこまで至ってようやく手に持つ剣を投げ捨てて腰に、まるで鞘があるかのように剣を抜く素振りを見せた。
「……そうか、本当に手を抜けはしないか。まさか、賢者の配下というのがこれ程までの存在だとは思ってもいなかったよ!」
「そういう能力よ! この剣は賢者様の剣技を覚えた勝利の剣! 剣の技術が整っていない私のために与えられた最高の剣よ!」
「あのね! ただの欠陥品でしょうが! 偽物の得物程度で誇るなんて賢者様の技術の冒涜にしかならない事を理解していない本物の馬鹿ね! 少しは私の得物をよく見るべきよ! このアホがッ!」
「これで欠陥品……?」
剣聖が黙るのも仕方がない事だろう。
勝利の剣と称された真紅に染まった片手剣は欠陥品と呼ぶには美しすぎるものだった。ましてや、剣聖が振るう片手剣も聖剣と呼ばれる得物でもあるのだ。それでも比較出来ない程に欠陥品は輝かしく腰元で光を放ち続ける。
「うっさいわね! だったら! アンタも欠陥品でも出していなさいよ!」
「なんで弱い武器を出す必要があるのよ!」
「毎日磨いてキスしている癖によく言うわね!」
「アンタに言われたくないわよ!」
口喧嘩は止む気配すら見えやしない。
だというのに、その連携はまるで研ぎ澄まされたかのように続く。片方が打ち込み始めたかと思えば空いた隙を残りが突き、方や押し込まれ始めたかと思うと残りが注意を引いている。簡単に済まされるようなものであっても、その練度が普通では無い事はよく理解していた。
そして、その中で一つの刀が抜かれる。
「もういい! 穿て! 愛刀! ラブリーチューン!」
「それ、は……!」
「この得物は人を斬れないの! ただ敵対心を削ぐだけのものでしかない! だから! 慈愛の心に満ちた主のようで愛おしいの! 使わせようとしないで欲しいのに!」
「サポート感謝するわ!」
その言葉通り、斬られても剣聖に傷は無い。
だが、その目からは全ての感情が抜け落ちて本来の意味での無が残った。そこへ放たれる刃へどうにか剣を返すも遅い。即座に一撃が向かっても反応する時間は一コンマ分だけ遅く、それを剣聖も理解していた。
「抜刀、藤望」
「だから! それで倒せたら苦労しないって!」
「なら! 合わせなさいよ!」
「もう! 分かったわ!」
狼の面が片手剣を背中の鞘に収める。
それと同時に狐の面も刀を腰の鞘に収めて狼の面の反対側を陣取った。剣聖の額からは冷や汗で済まない程度の大粒の汗が流れ始めるが、それで止まる二人では決して無い。ただ、目の前にいる自分達の敵を狩るために本気を出すだけだった。
「抜刀、切藤」
「抜刀、藤望」
『抜刀、切望招来ッ!』
その一撃を身で受ければ簡単に死んでしまう。
理由なんて分からない、だが、明確に勘が声高々に警鐘を鳴らし続けていた。だから、その顔に出せる全魔力を被せて無理やりに力を行使する。それは剣聖だからこそ、行使出来る聖魔法と剣聖の技術が混ざり合った最上位の技だった。
「剣神憑依」
その言葉と共に二人の体が歪んだ。
比喩では無い。言葉通りに二人のいる空間だけが歪み、そして二人が斬られたという結果だけが残る。二人の額からは明確な汗が流れるが、それは大技を使用した剣聖も同様だった。本気で立ち向かった行動ですらも二人の放つ一撃を防ぎ切る事は出来ずにいたのだ。だから、胸元には深い斬撃の後が残ってしまっている。
「本当に……孤高の賢者の配下なのか。これでは私の本気では賢者の体すら」
「私達は、脆くて弱い……今の一撃で深手を負っているようでは、傷を付ける事が精一杯でしょうね」
「……だろうね、でも、足を止める気は私としても無いのだよ!」
その体には光と闇に塗れた闘気が宿っていた。
一つ歩を進めるだけで周囲には強烈な風圧が轟き始め、近付くだけでも二人の面の額からは大きな汗が流れる。分かっていた、賢者にとっては取るに足らない存在だとはいえ、教えすらも未熟なままの自分達では圧勝とはいかない、と。
だが、その気持ちとは裏腹に剣を構える。
想いが違っただけ、重いの方向性が違っただけ。ただそれだけの事が二人を正反対の存在へと成り立たせていた。方や忠義に見合うだけの力を見せようと精神を削る者で、方や自身の事を理解してくれている主のために自由に生きる者なのだ。混ざり合いはせず、嫌い続け、邪魔としか思う事は無い。
それでも、相手の強さは理解し合っている。
何をしたいか、何をしようとするか……そんなものは数百と並んだ打ち合いの中で学んだ。そして本気の好敵手ならば背中を任せられる程の化け物だという事も理解している。だから、二人は柄にも無く拳を合わせて声を上げた。
「合わせなさい! 今度は私も合わせるわ!」
「ええ! 私達の本気なら倒せなくはないわ!」
「なら、本気で戦ってあげるよ! 賢者の配下!」
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