第59話 配下と剣聖
「さて、では、戦闘再開と致しましょう。どうせ、敵対関係になる気はないと口にしたところで先程のように貴方達は否定するでしょう。でしたら、さっさと潰しておく方が楽に済みます」
「……その威圧、かなりのものだとお見受けしますが如何にして、かの王国の最大の敵へと下ったのでしょうか。まさか、命を救われたから等という有り触れた理由では無いのでしょう」
「それは挑発でしょうか、でしたら、私達には効きませんので巫山戯た態度は改めるべきですよ。貴方達に貴方達なりの考えがあるように、私達には私達なりの孤高の賢者様に従う理由があるのです。そのような無駄な問答を行うのであれば会話等は不必要でしょう」
その声と共に狼の面が一気に距離を詰める。
それを見て咄嗟にヴァンが反応するが一瞬で左へと大きく蹴り出した。その通路に三つの爪痕のようなものが走る。だが、ヴァンはそれを一瞥すると軽く後退を行って自身の持つ槍を大きく振り上げた。
そこに狼の面の剣の一撃が加わる。
ヴァンはぶつかり合うと同時に無理やり弾かせて身を翻す。その回転のままに狼の面へと一撃を加えようとするが何かに阻まれた。それと同時に下がろうとするものの再度、何かに阻まれる。目に見えないという点から結界を想像したがすぐに首を振った。
その一瞬の隙ですらも敵は見逃さなかった。
いつの間にか、背後まで回っていた狐の面によって背中を大きく切られてしまう。そこをゼノンが拳を振るう事で対処するものの、二人の額には大きな冷や汗が流れる。今の一撃は二人にも目で追えないレベルのものだったのだ。
「年老いましたね……お互いに」
「ふむ、あの移動すらも目で追えないとは本当に老いたものだ。主も相当に老いたようだが……私を抜けていない時点で鍛錬を怠っていたようだな」
「お戯れを、あのような存在を相手にする時点で鍛錬が等とは口に出来ないでしょう。現に……彼等は孤高の賢者の配下としては十二分な力を有しております。ここは……」
「その通りだな、私は主の相手をしていた二人と戦う事にしよう。もう一人を頼めるな。私の一番弟子だったのだ。否定の言葉等は聞きたくは無いぞ」
ゼノンの言葉にヴァンは静かに首肯した。
それを見るとゼノンはヴァンの傷口に手を翳して回復させた上で軽く押す。その勢いのままにヴァンは走り出し狼の面へと向かっていくが、相手も即座に対応をして狐の面が槍を弾いた。そこへ狼の面が剣を突き上げるがその二人が一瞬で壁へと叩き付けられる。
「空掌……本音を言えば今の段階では見せたくも無い一撃だったが、出さないという選択肢も無いからな。貴方達が本当に孤高の賢者から寵愛を受けた配下だと言うだったら尚更、な」
「寵愛は受けていませんよ。ただ、配下として重宝されているだけに過ぎません。私達三人が望むのは神から与えられる愛ではありません。只管に純然な優しさのみです。神の敵となった貴方には分からない事でしょうが」
「一介の異世界人が神となるか。本当に不遜な話でしか無いな。あのような多くの人間を誑かし、多くの人間を殺した存在なぞに価値等は無い。その狂った考えを私の手で撃ち抜いてみせよう」
そのまま左手を前に出し、構えた。
その額にはやはり冷や汗が垂れ、目も塞ぐ事によって恐怖を和らげている。それも当然の事だろう、先に放った空掌は本気の一撃であり、老いて弱ったとは言えども大抵の存在ならば直撃すれば沈められるものだった。だというのに、二人は何も無かったかのように立ち上がってしまったのだ。
そして、賢者の戦いも印象に残っていた。
自身の主が倒された戦いにおいて、目に見えない敵と戦うのは今の自分では不利が多いと理解していたからだ。それだけギリオルが咄嗟に取った対応が尋常ならざるものであり、戦闘に長けたゼノンであっても五感の中の他の要素を潰さなければ防げないものでもあった。
だが、それは視覚を消した戦いという点のみ。
ゼノンからすれば五感のどれかが潰えた戦い程度であれば幾らでも乗り越えてきたものだった。だからこそ、視覚程度ならば塞いだところで少しの問題も起こりはしない……そのような慢心が湧いてしまったのだ。
「そう動くのは分かっていたわ」
「な……音が……!」
「主は神すらも屠るような存在よ。聴覚に頼らなければいけない戦いを強いれるように、視覚に頼らなければいけない戦いすらも強いれる。それらの戦い方を配下に学ばせないわけも無いでしょう」
それを聞いてゼノンの表情が歪んだ。
別に確実に敵を倒せるとは思ってはいなかった。ただ、その対応で見せた行動が自身の想像のはるか上を行っていたに過ぎない。そして、自身が同じ立場であれば同様に動けたかと聞かれれば首を横に振っていた。
「ごめんなさい、抜刀……祓魔」
「おっと、それはさせないよ」
狐の面の一振が一人の青年の剣に止められる。
それと同時に瞬時に周囲へ、屋敷の壁にすらヒビが入る程の強烈な風圧が轟く。そこから両者共に連撃を行わなかったのは今の一撃が想定とはかけ離れた結果だったからだろう。前者は防がれるとは思っていなかったため、後者は想定よりも強烈な火力であったため……それ故に一瞬だけどちらも構えが崩れてしまった。
そこを突こうと動いた二人が刃を交える。
どちらも自身の動きに絶対の自信があったのだ。だが、どちらかが弾かれる訳でもなく拮抗して終わったのは大きな誤算でもあった。方や圧倒的な戦闘に対しての経験から、方や主から褒められる程の圧倒的な勘が今の一瞬でぶつかり合ったのだ。
「剣聖……ッ!」
「おや、私の名前を知っているだなんて光栄な限りだね。賢者の言霊で動けない時点で見向きもされていないと思っていたが……存外と捨てたものではなかったようだ」
「知らない訳が無いわ……貴方は私の将来の邪魔にしかならないもの。私、こう見えて怠惰だけど強欲で傲慢でね……あの人のために、賢者様より下の人よりは得物の扱いは上手くならないといけないのよ」
狐の面から小輪と大輪が剣聖へと飛ぶ。
それらを叩き斬ろうとするが剣聖であっても斬る事は出来ずに、四つを地面に叩き付ける事が精一杯だった。即座に他の輪の直線上から離れるために下がるが間違ってはいない。そこへヴァンに向かったような幾つもの跡が残ったのだ。
「さすがは一人で王国と敵対する全てを牽制出来る程の力を持ち合わせた存在。でも、それは勇者と聖女と王国の全てを相手にした賢者様とは比較にならない程に弱い存在でしかないわ」
「それは手厳しいね。まぁ、その点に関しては否定はしないよ。現に私も賢者の言霊に動けずにいた凡人の一人でしかない。もっと言えば冒険者の代わりに私が入ったとしても彼を楽しませられたとは思ってもいない。でも……君達程度なら容易く倒せる」
「さぁ、どうかしら。もう少し現状を理解した上で戦うべきだと私は思うわ」
狐の面が軽く指を弾く。そして感じる悪寒。
瞬時に後退する事で回避出来たものの未だに額には汗が流れていた。先程まで賢者を相手に出来ていた本物の天才、それが自身の首を取るために剣を振るっていたのだ。いや、それだけならばまだ良かったかもしれない。すぐに視線を上にあげて回避行動に専念した。
「良かった。貴方が動くのなら賢者様がかけた保険が本当の意味で役立つというものよ」
「シッ!」
「ちっ……へぇ、これは冒険者を操っているのかな」
「これは賢者様なりの私達への試練でしかない。本来であれば貴方達三人を洗脳すればどうとでもなる戦いだったと思うわ。でも、私達なら乗り越えられると高い壁を作ってくれた」
邂逅春雷の全てが一瞬で敵に回ってしまった。
そして、その直刀と共に狐の面からは異様な気配が一様に流れてくる。それは圧倒的な格上が出せるような化け物と変わらぬ威圧……そこに至ると同時に剣聖は剣を抜いた。だか……そう、全てが遅かったのだ。
「ああ、私はあの人に愛されている。あの人から必要とされている。こんなにも怠惰で、何も出来ないような女だとしても必要としてくれている。だったら、それに見合う成果を出さなければいけない」
「……それは魔眼かな」
「ええ、私、こう見えても賢者様の一番弟子ですので。あの人が私にだけ直接的に教えを与えた理由はお分かりですか。私、一部を除いて見た景色を真似る事が出来るんですよ。まぁ、時間はかかりますけどね」
「なるほど……つまりは下手に剣の打ち合いに持ち込めば勝手に成長の機会を与えてしまうという事になるのかな。早い段階で君から教えられて本当に良かったと思えるよ」
そう口にしてギリオルの剣が止められる。
最初から対話を相手が求めていなかった事は剣聖にも分かっていたのだ。だから、迫ってくる剣を防いで振るい返した。そう、振るい返してしまったのだ。それを見てニヤリとギリオルは笑みを浮かべた。
同時に剣聖の四肢へと連撃が加えられる。
そのどれもが切り落とすまでは行かずとも、間違いなく剣聖の四肢には人並みの出血が見られた。その一撃が狐の面によるものだと理解していたがギリオル含めた回避春雷が動かずにいた様子から静かに剣聖は口を開き始める。
「君、操られていないよね」
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