第52話 小さな侮り
「なるほど……そんな事が……」
「ああ、あの土地は色々と面倒事が多いからな。周囲の動向に関しては詳しく調べさせていたんだが、どうにも間違ってはいなさそうなんだ」
「……あのロゼヴァルトが静かに帰ったと……そんな話、ニワカには信じられないでしょうね」
「だが、事実としてロゼヴァルトの姿は俺の手の者が察知しているし、加えて少しも経たずに精霊国で一悶着を起こしている。誰かが彼女を下がらせたのは間違いの無い事実だ」
ロゼヴァルトと呼ばれた存在。
いや、賢者が下がらせた存在は王国からすれば脅威とも呼べるものであった。特にその強さを知るヴァンとゼノンは小さく口元を歪ませ、ただ武勇を聞いただけのコウですらも大きな恐怖に少しだけ身震いをする。
「帝国最強と言われた彼女を下がらせた存在……何かと濁さなかったのは理由があるのですよね」
「俺は……俺達にはある程度の目星が付いているからな。確かに俺達の村は異常だ。どの村人を選んだとしてもDランク程度の魔物なら軽く叩き潰せる力がある。それでもロゼヴァルトを下がらせる事が出来るのは……精々、ヴァンくらいだな」
「では、ヴァン殿が制圧したのでは」
アルはヴァンへ視線を向けてみせた。
それに対してヴァンは首を横に振ってみせる。もっと言えばヴァンはよく理解しているのだ。衰えてしまった自身の力では長い全盛期とも呼べるロゼヴァルトを止める事が精一杯である、と。それを口に出来ないのは微かな戦士としての誇りが邪魔をしたからだろう。
「実の所を話すと少し前から異変はあったんだ。それこそ、森の中にあった巨大な盗賊団が誰かの手によって潰されたり、とかな。俺達の領地に拠点を置くような盗賊だ。それなりに叩き潰すのに苦労していたというのに……」
「……お噂は兼ね兼ね聞いております。謎の男が拠点を潰した等という噂が流れておりますから……私としてはそれがヴァン殿だと」
「冗談は程々にしておけ、とだけ言っておく。それに論点はそこでは無いからな。別に何が起こっていたとしても過ぎた事に興味は無い」
「……ええ、脅す気なら最初から話題に出す必要はありませんからね。単純にそれらがあったから余計に……そう、彼が怪しいとお考えになったという事でしょう」
二人の脳内に浮かぶ名前は一人の幼子。
コウは姿を見た事は無い、だが、話の流れからして明確に父であるアルが疑っているのだ。それが有象無象と捨てされる存在ならば戯言と笑えるだろう。だが、幼子の両親は王国の英雄とも呼べる二人だ。それ故に否定出来はしなかった。
「だからこそ、雑に扱おうものなら首を咬み千切られるぞ。アイツは打ち合いこそ、年相応の弱さだが、時折見せる威圧は常人のそれをはるかに超えている。あの子には……研ぎ澄まされた冴えが確かにあるんだ」
「貴方が恐れる程の冴え、とは……それ程までの何かを備えているのですね」
「……初めて剣を振るった時、俺とヴァンは言葉を失った。全てが整っている綺麗な振りだ……言葉だけならばそれだけだというのに、俺達には同じ振り方は出来ないと一目で感じたんだよ」
彼は産まれる場所を誤ったのかもしれない。
数千にも及ぶ策謀の中で唯一、内部に仕込めないのは転生する環境だ。ましてや、彼は両親の能力を見誤っていた。別に弱いと感じていたわけではない。ただ、過去の自身の尺度に合わせれば能力が低いと感じただけの事。
だが、その存在達の目は明確に肥えていた。
賢者の隠されたステータスは分からない、自身の分野外の事に関しては知識すら無い……だが、戦士である二人には戦士としての彼がどれだけ異端なのかは数年の暮らしで分かってしまうのだ。それは母であるフィアナもよく分かっている。
「ハッキリ言おう、あの子は下手をすれば俺よりも十分に強い。次元で言えばヴァン相当が対等に戦えるかどうかだ。だからこそ、俺達は怖い」
「あの子は私達の事を大切に思っています。きっと力を隠すのだって迷惑をかけたくないという思いがあるからです。故に私はただ好意を持ったからという理由で公爵家に子供は与えたくないんです」
「リーフォン家ではなく一人の子供として世界は知る事になるでしょう。稀代の勇者の生まれ変わりが世界に現れた、と。……そんな存在を果たして先祖返りでしかない少女に与えられるでしょうか」
彼をよく知っているから甘えた事は言えない。
戦士である二人が剣の冴えで少しも勝てないと理解し、魔法使いである彼女は隠すように流れる幼子の魔力を見て同等に扱えないと察した。そのような天才すらも超えるような存在をどうしてただの人が制御出来ると思えるだろうか。
「それはつまり───」
コウが何かを聞こうとした瞬間。
その一瞬の中で天井に張り巡らされたガラスが一気に割れた。それを知覚したのも束の間、三十は超える黒で埋め尽くされた服を着た存在が中へと入り、着地点にいた貴族へと掴みかかろうとする。それを即座に対応したのはアル含む三名とコウ含む三名だった。
「少し……おイタが過ぎますね」
「なんだ……ジジィがッ!」
「おや、老耄は長生きするために努力するものですよ。剣の振りも甘い、若者には分からぬでしょうがね」
三人は首が飛んだだろうか。
それらをゼノンは一瞥もせずに腰に差した片手剣を抜き直した。その異様な光景に近くにいた襲撃者は武器を構えるが、その時間が大きな隙となってしまう。一瞬で近くにいた五人の足元に魔法陣が現れ、その瞬間に全員を凍らせてしまう。
「凍傷破損」
「さすがだね! 僕の妹なだけはあるよ!」
凍らされた敵の首がコウによって斬られる。
その光景に呆気に取られていた敵の首が三つ飛ぶ。その一瞬の斬撃はヴァンとアル以外の誰もが目に追えないものであったにも関わらず、それを成し遂げた執事はスーツの裾を直して嬉しそうに笑みを零すだけだった。
「アッチは仕事を終えたみたいだぞ」
「ええ……ゼノン殿がいるので当然でしょう」
「そこはコウ様がいるから、というべきらしいですよ。まぁ、アレだけの時間を使って四人も取り逃した時点で二人を除くのも分かりますけどね」
「ソフィア……そうやって若者を虐めるものでは無いぞ。普通はああやって何年もかけて少しずつ強くなっていくものだ。アルフが普通では無いだけだからな」
呆れたようにアルは軽く頭を抱える。
即座に動いたコウ達三名、加えてアル達三名が対処したのは左右に分かれている敵だった。動きやすさも講じて三十名を半々に分けたのだろう。両者共に十五名ずつの敵がいたのだが……それらの殆どが着地までの一瞬で半壊させられた。
普通であれば簡単に成し遂げられない偉業。
だが、それらを行った六名は何も表情を変えず静かに仕事をこなした。とはいえ、それらは今の状況を一瞬にして判断して動けた者達のみ。偉業を成し遂げられるような逸材は六名を除いて数名しかいない。
『いやぁぁぁッ!』
多くの者達は目の前の光景に情報の処理が追いつかず固まってしまう。それを見てコウは小さく舌打ちをした。普段ならば地位だけをひけらかして他者を貶める存在が、今ではただの足でまといにしかならないのだ。それは現当主である自身の父親も同様だった。
だからこそ、大声をあげる。
「俺の命令を聞けッ! さっさと消えろッ!」
その言葉と共に多くの者が移動を始める。
今の光景を見れば大概の人は"異常"だと言うだろう。いや、その言葉が正しいのかもしれない。なぜなら、移動を開始した者達の目には光が失われているのだ。加えて尻もちをついていた人間でさえも即座に立ち上がって消えている。
「チッ……! さすがに数が多過ぎたか……!」
「ええ、ですが、そのおかげで残った者達は誰もが戦闘に覚えのある逸材のみです。剣聖に加えて、彼等は邂逅春雷でしたか。どちらにせよ……あの方達がいらっしゃるのであれば手札は少なくありません」
「当然だよ、あの人達はバレディウス殿が雇うような逸材達だ。それに当のバレディウス殿も私の『大号令』を使用する前に屋敷を出ているからね」
裏の国王とも呼ばれる程の大商人。
そんな存在から雇われる存在が今の状況を理解出来ていないわけも無い。本来であれば自分達の味方になり得ないような存在が力を貸してくれるような最高の状況だ。……だが、それと同時に小さな懸念も二人には宿る。
「ゼノン、敵は何を狙っていると思う」
「……容易な考え方をするのならば公爵家の立場を揺るがす事だと思われますが……敵の強さからして少しだけ違和感がございます」
「ああ、私も同じ考えだよ。多分だけど敵は外へ避難した貴族達を狙いはしない。外から中を確認出来たはずの敵は着地と同時に視線を散らした……つまりは具体的な何かを狙っている。それが私達以外なら外の兵士達が騒いでいるだろう……なら……」
ゼノンは未だに言えなかった事がある。
自身の主の前に現れた異形の存在、かつて賢者と呼ばれし王国の敵の事……別に自身の手でどうにか出来ると高を括っている訳では無い。言動の全てを信じれる訳でも無い。だが、彼は何を隠そう自身の主に襲撃の予知を伝えたのだ。ならば、狙いというのも同様に……。
ゼノンは口を閉ざして軽く俯いた。
それを見てコウは意を決したように口を開く。
「邂逅春雷に依頼を頼みたい! アル殿達と共に敵の殲滅をお願いしたい! 緊急依頼としてギルドにも提出しておくからどうにか頼む!」
「了解しました! 褒美は頼みますよ!」
「任せておけ!」
コウの言葉にギリオルは静かに笑った。
そう、ただ薄く三日月を作るだけだった。
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