第51話 戦士としての矜恃
「は……はは……アルさんから、そんな言葉を口にされるなんて……本当に……」
「俺の威圧って少し特殊だからな。本音を言えばコウだって連れて行きたいんだぞ。でも、ロレーヌ家が望んだのはララの鍛錬だったな」
アルの言葉にコウは涙を流してしまった。
それは貴族階級としての意味合いなど無い、ただ武人として自分よりも上位の存在から認められた事実に心が揺れ動かされただけだ。ただ、当たり前だがロレーヌ家としてのコウでは確実に耐えられはしなかっただろう。それを耐えられたのは……。
「な、何かしら……!」
「はっはっは、それだけ家族が大切か。その気持ちは俺もよく分かるぞ。俺だって名誉貴族とはいえ、貴族としての生活を蹴った身だ。大切な人は命に変えても守りたいという気持ちは分かる」
「……英雄に言われるなんて……僕は本当に今まで頑張って来てよかったと思いますよ」
「そ、そうか……なんだ、俺はコウが相手なら喜んで招くからな。暇があれば来てくれていいぞ。表立って言いたくは無いが……俺はコウと本気でやり合いたいと思っている」
その言葉と共に表情は一気に急変した。
今までは家族を思っての発言であり、その中で誰よりも大切な息子が関わるとなれば気持ちを改める隙も無かっただけだ。だが、気を許した今となっては話が一気に変わる。コウはゼノンに認めさせたような存在……唾を付けない訳が無い。
「……僕だって、英雄と本気で殺し合いたいとは思っていましたよ。そこにフィアナさんの魔法があるのならば極限まで戦える」
「そうだ、俺はどの顔も好きだぞ。武人としても家族を思う姿も……ただ、家を考えて動くのはやめておけ。……気持ちが悪い」
「それは……難しいですね。僕はどこまでいってもロレーヌ家の人間なのですよ。弟や妹が事をしでかしてしまうのなら兄である僕が全てを対処するまでです。家を考えないと言うことは家族を見て見ぬ振りするのと同じです」
「……はっはっは、これはゼノンが気に入るわけだな。こんな化け物が面白いと思えない人なんている訳が無い!」
その言葉はコウの目を見ての事だった。
アル程の存在ともなれば目を見て話すという事に深い意味がある。人の目というのは感情というものを強く残しやすく、それこそ、嘘を軽く吐き出せる口よりも本音を見せやすい。
「家に関係の無い事なら手を貸してやる。ただの冒険者である俺達の力を借りたいのなら金銭なんて気にしないで言え。その代わり、俺達の家に暇なら遊びに来いよ」
「……は、はは……そんなに……俺を喜ばせないでください。そこまで嬉しい言葉を口にされると……ロレーヌ家を継ぎたく無くなるではありませんか」
「バカを言うな。ロレーヌ家であり、武術の達人であり、そして俺の心を射止めた君だから口にしているんだよ。ララ殿に関しても少しは気にしなくていいさ。アルフがどうにかしてくれる」
最後の一言こそ、アルの本音だろう。
アルという存在は剣に身を起き続けてきた。それが故に自身の息子であるアルフ相手にも父親としての対応が出来ず、もっと言えば仕事の忙しさから関わる事だって少ない回数しか無い。だが、それでもアルには自身の息子への絶対的な信頼があった。
「ここだけの話、俺が誰よりも愛している息子は何かしらの生まれ変わりだ。それも剣や魔法に知見を持っている化け物だと言っていい。その子が俺達のためなら規定以上なら頑張ってくれるとなれば杞憂も晴れるだろう」
「……貴方達の力を借りられた時点で杞憂などありはしませんでしたが……そのような存在に対して恋をした妹の見る目はあるという事です。喜んでアルさんに渡せます」
「任せろよ、俺達がそこの少女を入学時には化け物と評される存在にしてやる。だから、コウも立場を気にしないで遊びに来い。ゼノンに言えば簡単に来れるだろ」
「……はは、当然です。俺、こう見えてアルさんに憧れていたんです。貴方のように家族のために、全てを捨て去りは出来ませんでしたが……英雄の貴方から教えを乞えるのであれば、一人のコウとして赴くばかりです」
その言葉にアルはコウを強く抱き締めた。
そこにはきっとアルなりの優しさがあったのかもしれない。だが、そこに多く含まれていたのはロレーヌ家では無いコウを守りたいという強い思いだった。それが分かっているからか、フィアナは笑って近くまで寄った。
「どうです、パーティが終えた後は私達の領地で少し休んでは見ませんか。きっと、田舎としての古臭さや料理の甘さを知る事になりはしますが……きっと、武者としては有意義な期間になるはずですよ」
「……その威圧はアル殿に学んで得たものですか、それとも長年の経験で得た一手なのでしょうか……どちらにしてしも、 本当に貴方達は英雄以外の何者にもなり得ません」
「いえいえ、ただ本当の事を口にしたまでですよ。それこそ、私達の領地は運良く強い魔物と弱い魔物が住処を分けており、そして環境だってロレーヌ家領地に比べて穏やかですから」
フィアナの表情は常に穏やかなままだ。
だが、その分だけ彼女には感情よりも最適な一手を打ちたいという考えが先に来る。当然、それは自身の愛する息子がより輝かしい未来へ進ませられるという感情も含まれていた。だからこそ、生半可な感情だけでは相手を許せる訳も無い。
「私はリーフォン家として生きると決めているの。だから、貴族として生きろと言われれば喜んで力を見せるわ。だけど、私の家族を貶すとなれば違う意味で力を見せてあげる」
「……口閉ざす麗人、確か、そのような二つ名も持ち合わせておりましたか。その名の通り……本当に敵に回したくない存在です」
「あら、口閉ざす麗人だなんて無詠唱を極めたから呼ばれるようになっただけよ。アルに好き勝手言わせていたのは私の思いと代わりがなかったからでしかないわ」
軽く指を叩いて小さな氷の槍を作り出す。
だが、その氷は一つ一つが目に見えない程に小さなものであるにも関わらず知覚できている。それも当然の事だ、小さな氷が集まる事で五センチ程度の槍を作り出しているのだ。だからこそ、貴族の中には笑う者がおり、対してコウの表情が一気に青ざめる。
「まぁ、敵対しないのなら私は何もしないわ。ただ邪魔をしてくる人達には少し……お灸を据えるつもりだけれど」
「それは是非とも僕に任せて欲しいですね。ちょうど、貴方の邪魔をする者達はロレーヌ家にとっても不必要な存在ばかりでした。地位は落ちたとはいえども、見せかけばかりの伯爵家です。どうせなら、元来の公爵家としての名前を使う方がより効率的でしょう」
「あら、なら、任せるわ。精々……あの子の邪魔にならないようにする事ね。でないと私、本当に何をしてしまうか分かったものでは無いわ」
「……我が心に留意しておきましょう」
コウは内心、静かに舌打ちをした。
アルさえ押えておけば話が済むとコウはどこかで考えていたのだ。だが、今のやり取りでそれがただの推測でしか無かったと強く理解した。どちらか片方でも敵に回せば圧倒的な国への損失となるような存在、故に雑な対応の一つで全てが壊れてしまうのだ。
そして、もう一人の存在も同様に英雄と称されし存在ならば……今までのような余裕が一気に消えてしまうのも当然の事だろう。ましてや、自身の妹を預けたいと言った後でもある。その妹の婚約者として選んだ存在が三人の地雷となれば余計に丁重に扱わなければいけない。
「さて、お二人共、ご遊戯はおやめましょう。リーフォン家に招く者を測るのは当然の事でしょう。ですが、今はロレーヌ家から呼ばれた身でしかありません」
「……ああ、分かっているよ」
「……はーい、自重します」
「本当に御二方は……戦いのお好きな方々ですね。私も近しい感情を持ち合わせておりますが……容易に潰せる存在から何を思われようとどうと感じる事はありません」
その笑みは酷く黒く澄んでいた。
それこそ、何度も死地を経験したコウが咄嗟に後ろへ下がったくらいだ。下がろうと思って下がったのではなく本能が生き残るために無理やり体を動かしている。その事を頭が理解すると同時にコウの額からは汗が流れ、口元が少し歪んだ。
「おや、表情が優れておりませんね」
「い、いえ、少しばかり酒が体を回ってしまったに過ぎませんよ。ご心配される理由など、どこにもございません」
「そうですな、コウ様は次代のロレーヌ家を担うような存在でございます。そのようなお方の顔色を伺って表情が優れぬとは……貴方の目も相当、衰えてしまったらしい」
「ゼノン殿、私は最初から貴方のように人を見る目など持ち合わせてはおりませんよ。それ故に私は目ではなく戦士としての心持ちに全てを賭けたのですから。……存外、貴方の魂は衰えたようだ」
その言葉を皮切りに二人から威圧が飛ぶ。
ヴァンはゼノンに、ゼノンはヴァンに……対象者を一人に絞った威圧だったとはいえ、卓越した能力を持つ武芸者から放たれるそれは周囲にいる人達ですらも察せられるものだった。その最中にコウはゼノンの前に手を出す。
「私の非礼を今の言葉で許そうとしてくれた心の広いお方だ。それ以上の言葉は喜んで受け入れたロレーヌ家への言葉だと思われるだろう。そこら辺で下がってくれ」
「ヴァン、少しやり過ぎだ。生まれた時から世話をしていたからこそ、強い情を持つのは俺としても嬉しい限りだが、その情がアルフの幸福に繋がるとは限らないんだぞ」
コウの言葉と同時にアルが口を開いた。
二人の言葉に両者は少しばかりバツが悪そうに頬を軽く掻いて仕える主の後ろへ回る。だが、その目には確かな闘志が灯っていた。それを理解してコウは静かに溜め息を一つ吐いて口を開く。
「戯れの時間はここまでにしましょう。ここからは一人の個人として酒を飲もうではありませんか」
小さなガラス音が響いた。
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