第49話 家族を愛する者
「さぁて、こういう時にしか二人で話す事は出来ないからねぇ。積もりに積もった話を二人だけでしよえじゃないか」
「……風の精霊には声をかけておくかしら」
「それは助かるよ。ララの事は兎も角として……彼の話を聞かれては私としても気分が悪い。あの子はロウ父様すらも認めるような存在……家系では見い出せぬ血筋があるのは確実だからね」
「その程度で……済ませない癖に」
ララの独り言を聞いてコウはニコリと笑う。
その笑みには少しのマイナス的な感情は無く、明確に希望に満ち溢れていたものであった。だからこそ、大きく溜め息を吐いて右手に持つ葡萄から作られた果汁水を口に含む。
「どうして、そう思ったのかい」
「私よりも腹黒い兄様なら相手の存在価値を見い出せないわけが無いじゃない。ましてや、私に次ぐ程度に頭が回るとなれば当然の事よ」
「……はは、さすがはララだね。本当に私の頭では打ち負かせる気すら湧かないよ。……でも、邪魔な君がいなくなればロレーヌ家の復興なんて幾らでも行える」
「本当に……素直じゃないのね」
それは正解であり、間違いでもある。
ララにはコウの考えが手に取るように分かっていた。それは五年という短いながらも濃い時間を共に過ごしたからかもしれない。だが、だからこそ、ララにはコウの全てを信用出来はしないのだ。
「素直だろ。私の目的と私の気持ちは同じ目線に立っている。だから、私は素直に君を送り出せるんだ。それでも……あの子に必要以上の価値を見出しては全てが壊されてしまう」
「だから、私とアルフを繋げたがっているのでしょう。あの二人はただでさえ、戦闘力が高いというのに穴熊がいるとなれば……剣聖でなければ倒せるわけもありませんもの」
「……事実だね。そこに君の従者であるゼノンがつくのなら剣聖であっても勝ち目は薄いだろう。だからこそ、君の立ち位置はロレーヌ家の希望でしかないんだよ」
ロレーヌ家は既に陥落を始めていた。
完全に沈み切るのは時間の問題……そんな事は同じ姓を持つ存在ならば幾らでも理解はできているのだ。何度も何度も対処しようとしたが全てが上手くいかなかった今、他者を頼ってしまうのも仕方が無いのだろう。……でも、ララにそんな考えは無い。
「本当に面倒臭いですわねぇ。どう繕ったところで私は貴方の望むような存在ではなく、貴方達が忌み嫌っているスズナ様と何も変わりはしない存在なのよ」
「だったら……私はララを殺さない事を願うばかりだよ。仮に戦うとなれば私も勝てる見込みなんて一割あれば上等だからね。……君の魔法の才能はSSランク冒険者でも教えられなかったものだったんだからな」
「それは貴方もでしょう。ゼノンを齢十七歳で倒せたような剣術の天才……剣の腕だけなら超えたとなれば余計の話よ」
確かにゼノンは力を抑えていた。
それでも、剣の腕だけで言えば彼を圧倒したのは他でも無いコウだ。故に多くの者は落ちかけているロレーヌ家に期待している。それは何も貴族間だけの話では済まない。市民も期待し、そして妹であるララも同じくらい期待していた。
「はは、褒められて光栄だよ。というか、僕の妹なのにララは構え過ぎなんだよ」
「……なっ! 私は……!」
「スズナ様に似ているんだろ。それで、どうして君の素直じゃない心を救えるって言うんだ。別に僕だってロレーヌ家が潰れようとどうだっていいよ。でもさ」
軽く額を弾いてコウは豪快に笑う。
だが、その言葉の中にあるものは明確にララを思っての事であった。先祖返りという他者とは違った力を持ち、貴族としては許されない考えを持ち、恋した存在すらも世間が嫌悪するような存在でもある。だが、コウにはそんな事はどうでも良い事だった。
「僕の弟や妹が苦しむような世界なら必要とはしていない。僕はただロウ父様の極端な考えにも、ララの極端な考えにも身を寄せたくないと思っていただけだからさ」
「それって……」
「……全員、心の底にある考えは似通っているって事だ。この世界は一時期を境にして全てが壊れ始めてしまった。どこまでも見て見ぬ振りをしなければいけないだなんて……反吐が出る」
その時、初めてコウは表情を歪めた。
即座に手に持つワインを一口飲み、元の笑顔を見せはしたものの、どこかで悲しみが残ってしまっている。それを見てララは何も言わずに本気で腹を殴った。コウは表情一つ変えない、それでも笑顔を本来のものへと変えてララを軽く抱き締める。そのまま離して手を取ると口を開いた。
「と、話過ぎてしまったね。ほら、行こう」
「……私に気を使わずとも」
「気を使うわけないじゃないか。単純に君を出汁にして王国の英雄達と話をしたかっただけだよ。彼等の話は幾ら聞いたとしても僕の高揚と興味を高めてくれるだけだろうし。それに大好きな妹を送り出す家の事を何も知らないだなんて常識知らずだとは思わないかい」
その笑顔は太陽のように暖かかった。
だからこそ、有り触れた表現ではあるだろうがララには眩しく瞳を薄めてしまう。それでもハッと何かに気がついた表情を見せて、少しだけ歪んだ口を開いた。
「本当に……シスコンね」
「それは異世界の言葉だったかな。確か妹の事が大好き過ぎる兄によく当てられる言葉だったはずだ。それならば僕にピッタリな言葉だろうね。確かに僕はララの事を兄として誰よりも愛していると自負しているからね」
「……私もコウ兄様の事は好きよ。だからこそ、残念でもあるわ。だって……」
その先の言葉は続けないままに顔を背けた。
同じ方向は向いている、それでも手段はかけ離れているのだ。言葉に嘘は無いからこそ、ララは本当の事を言えずに軽くコウを小突いた。大切に思えるから言える訳もない何かを果汁水で喉奥へ叩き込んだ。
「ほら、行くわよ。私の将来のお父様とお母様に声をかけないといけないわ」
「はは、そうだね。……君だって随分と素直じゃないじゃないか」
「うるさいわよ。次は頭を引っぱたくかしら」
「はっはっは、それはそれで面白いから拒否はしないよ。どうせ、ララはそんな事する訳ないし」
笑みを見せるコウにララは胸を撫で下ろす。
そんな妹としての淡い感情を隠すようにララはコウの手を引いて、少し離れたリーフォン家がいる場所へと向かった。
「お久しぶりですね。コウ様、そしてララ様」
「何度言えば止めてくれるのですか。私はただのコウですよ。敬称など邪魔なものでしかありません」
「同上ですわ。ましてや、私等に様を付ける意味なんて無いかしら」
「はっはっは、癖なものでつい。コウ殿、ララ殿とこれで宜しいかな」
アルは豪胆な笑い声をあげ、二人は首肯した。
それでも二人にはヒシヒシと伝わっている。目の前にいる存在が自分達を試しているだけの化け物でしかない、と。二人の額に一筋の汗が滴り落ち、その表情に少しばかりの強ばりを見せた。
「それで……高々、名誉貴族如きの俺達のもとへ来た理由は何でしょうか。ただ談笑をするために来たというには少しばかり仰々し過ぎる」
「……さすがはアル殿、隠していても良い結果は得られなさそうでしょうね。とはいえ、貴方もお人が悪い。分かっていて聞くなど、貴族らしからぬ発言ですよ」
「当然だろ、何度も言うが俺達はアルフを差し出す気なんて無いんだからな。分かっていて聞くのが人が悪いと言うのなら、全ての事を理解した状態で聞く貴公達は性格が悪いとは思わないか」
コウとララの表情が歪んだ。
それも当然だ、アルは二人へ向けて威圧をかけて続けようとした言葉を拒んだのだから。その意図が分からない二人では無い。静かにその瞳を人としてのものから貴族のものへと変えた。
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