第48話 全てを憎むもの
「随分と上機嫌みたいだね」
「あら、ロウお父様。普段の私が不機嫌みたいな言い方はしないでくださるかしら」
「不機嫌だったじゃないか。私の誕生日という日に会いたくも無い人と顔を合わせなければいけないだなんて地獄だわ、生まれた事を呪うわ……なんて言っていたのはララだろう」
その言葉を聞いてララは舌打ちをした。
先程まで軽く鼻歌を口にしていたとは思えない程に表情を歪めて、横に座るロウから目を背ける。それを見てロウは愉快そうにケラケラと笑ってからララの頭を軽く撫でた。
「とはいえ、ララが乗り気になってくれたのは嬉しい限りだよ。君の望み通りにアルフ君を連れてくる事は出来なかったが……まぁ、その御両親とヴァン殿が来てくれる」
「ええ、それは楽しみにしていますわ。後々……いえ、それは関係の無い話でしたわね。それでも私は必ずアルフ様と婚約を結ばさせていただきます」
「本当にワガママだねぇ……でも、私としては嬉しい限りだよ。どの男を見せても拒否してきたララが認めたのが、まさか、あのアル殿の御子息だなんて家としても両手を叩いてしまいたいくらいだ」
「あら、私はララ・リーフォンとして生きていくつもりだけれど。こんなにも落ちてしまった家に帰るだなんて苦痛そのものよ」
その言葉を聞いて三人の人間が立ち上がった。
一人はララとは反対側に座っていた小学生程度の男の子で、二人目はララの隣に座る男の隣に座る中学生程度の女の子、そして男の子の隣に座る高校生程度の女の子だ。それを見て一人、小さく溜め息を吐く人がいた。
「ララ、嘘か本当かは分からないけど、そういう事はあまり言うものでは無いよ。どこで聞き耳を立てている馬鹿がいるかは分かったものじゃないからね」
「あら、コウ兄様。私は貴方がいてくれるからロレーヌ家を安心して出られると言っているのよ。そもそもの話、私は別にロレーヌ家を恨んではいないかしら。むしろ」
「知っているよ。だから、有象無象如きに君が愚弄されるのは我慢が出来ないんだ。それは早々と君の隣へ座った父様も同じ気持ちなんじゃないかな」
ララの隣に座るコウであった。
見た目で言えば大学生程度、その容姿はララやロウに似てとても美しく、仮に道端で歩いていたとすればスカウトの手は止まないだろう。だが、美しさなど気にしないであろう男の子が声を荒らげた。
「兄様、少しララに甘すぎやしませんか」
「ヨウ、私は家族には甘いんだよ。それはララだけに限った話では無いさ。リルもロロも、ヨウだって大切なんだよ。全員を大切に思うから喜びを喜びとして受け入れ、過ちは笑いながら律するんだ」
「それは……母様が!」
「ゴホン、もうすぐで客人が来場される。団欒の場を壊すのは本意では無いが、他の者達へ聞かせるには少しばかり恥となりかねないからね」
その一言を聞いてコウとヨウは表情を歪めた。
バツが悪そうにヨウは席へと座ってロウから視線を背ける。それを見てロウはクスクスと笑って頭を撫で、そして軽く後頭部を叩いた。
「私も家族が大切だよ。だからこそ、そういう事は軽々しく口にするべきじゃない。ヨウ、君は貴族としては一人前とはいえ、人としてはどうしても幼過ぎる。そういう時は私に甘えて、私を責めるべきだよ」
「父様を責めるだなんて」
「なら、他の人も責めないでくれ。寂しさを覚えてしまうのは分からなくは無いが、皆が責められる理由なんて少しもありはしない。コウはそれが分かっているから何も言わないんだよ」
その声を皮切りに多くの人間がロウ達の前へと進んでいく。大した時間もかからずに豪華絢爛、大量の貴族と食事が並び始め、確かに伯爵家の催すパーティと言っても何ら不思議は無いものへと変わっていく。
「皆様、お集まり頂き誠にありがとうございます。私の名前はララ・ド・ロレーヌ、この誕生日会の主役の一人でございます」
その目は若干、虚ろげに見えた。
だけど、それを表情に現す事はせずに続ける。彼女からすれば何度も見たような光景なのだ。自分は誰にも求められてはおらず、そして誰にも認められてはいない。……だが、今のララは少しばかり違った。
「どこのパーティよりも、とは言いきれませぬが記憶に残る一日にしたいと考えております。楽しんで頂ける事を切に願っておりますわ」
反応は無い……それでも良かった。
何故なら彼女の脳内には一人の男が誰にも負けない拍手を続けていたのだから。そして、それに呼応するかのように他のロレーヌ家の人間が拍手をし、リーフォン家が拍手をし、釣られるように他貴族達が手を叩き始める。
「では、始めよう。この祝うべき日を忘れられぬ一日にするために! 乾杯!」
一際大きなロウの声が五十人はいる広い部屋に響き渡った。その声と共に美しい音楽が流れ始める。吟遊詩人が奏でているのだろう。体の奥底から力が溢れてきそうな程に美しく、心の奥底を揺らすような音楽が流れた。
ララはコウの手に引かれ貴族が多くいる席へと動き、ヨウとリルと呼ばれた中学生程度の女の子がロロと呼ばれた高校生程度の女の子に連れていかれる。肉や野菜、内陸国では手に入れる事も難しいであろう海の魚すらも鮮度の良いままで並べられていた。
だが、それに手を出すような者は誰一人としておらずに談笑だけが続けられている。それに対してララは大きな溜め息を吐いて自身の持つ皿へと多くの食べ物を並べ始めた。
「アレが公爵家の娘」
「さすがは先祖返り、考えが貴族のそれとは大きくかけ離れているようで」
「どうせ、既に婚約者を見つけたような小娘でしかあるまい。貴族としての価値など少しもありはせぬ存在よ」
そこに並べられたのは誹謗中傷だけ。
それを理解していたからこそ、ララは一瞥すらせずに自身が並べた食べ物を胃の中へと流し込んでコウの隣を離れなかった。それを見てコウは一つだけ深呼吸をしてからララの頭を撫でて軽く抱き寄せてみせる。そして、すぐに───
「言葉は考えるのだな。ここはロレーヌ家の屋敷の一つであるのだぞ。そこでロレーヌ家を乏すような発言をするという事は私達に刃を向ける事と少しも違いは無い」
その場にいた貴族へと威圧をかけた。
その威圧は誰よりも強く、固く、そしてヴァンですらも手を叩いてしまう程に整えられたものである。だが、それに気が付けない貴族達は礼をして開いてはいけない口を軽々しく見せた。
「そのような事をする訳も」
「黙れ、ロレーヌ家は家族の絆を何よりも重んじる家系だ。貴様達の顔は何度も見ていたからな。今後の関係に関しては改めさせてもらおう」
「そ、それは……!」
「ゼノン、この者達は我等が団欒にいるべきでは無い者達のようだ。丁重に外へと連れて行ってくれると助かるよ」
軽く指を弾くと一人の執事が現れる。
その者の付き添いに従い、いや、その者の威圧に従い彼等はパーティの場を離れるしか無かったという方が正しいだろう。例え、戦闘の才能が無かったとしても理解してしまう程の化け物と大して変わりない存在の威圧がそこにはあるのだ。
「済まないね、ゼノン」
「いえ、手加減を知らぬコウ様であれば客人を殺してしまいかねません。その点で言えば私のように程よく力の加減を知る者が叩く方が楽に事を進められるでしょう」
「その通りだね。……僕なら確実に剣のサビにしてしまっていたよ。君に鍛えられたとしても忘れられぬ野生の性が残ってしまっている以上、僕が出てしまうのは申し訳ないだろう」
「ええ、貴方様は……私の次に剣術の才能を得ている存在です。その者が出てしまっては多くの存在が命を失ってしまうでしょう。ましてや、そこに我が主も加わるとなれば余計に、です」
その言葉通り、ララの持つ才能というのは他とは類稀無いものであった。齢四歳、それは齢八歳のヨウや齢十二歳のリル、そして齢十五歳のロロでさえも凌駕するようなものが確かにあるのだ。普通であればそれに屈服するか、崇めるかのどちらからでしかないがコウは違う。
「はは……確かに今の僕は何者を殺したところで笑顔を保ち続けられただろうね。特に愚痴を垂らすだけの貴族共なら他でも無い」
「さすがは我が元主……というのは、余りにも性格が悪過ぎるでしょうか」
「いいや、君のおかげで私は他にも負けないだけの力を得たのだからな。性格の悪さなんて誰にだってあるものだとは思わないかね」
それに対してゼノンは首を縦に振った。
そのまま、軽くララとコウへ礼をして二人とは付かず離れずの距離に立つ。それを見て多くの貴族は二人から距離を取って自分達だけのコミュニティを築き始めた。だが、その視線はコウへ向けられ、ゼノンへ、ララへと向けられ続けている。大切な主達に危害が加わらないようにただ見つめ続けていた。
宜しければブックマークや評価、いいねや感想などよろしくお願いします! 作品制作の意欲に繋がります!




