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第46話 月夜に宿る一筋の光

「はぁー……本当につまらないわ」

「あまり、そのような事は口になさらない方が得策かと忠言させていただきます。どこに聞き耳を立てている輩がいるかは分かりはしませぬので」

「ゼノン、私がそんな甘えた言葉を喜ぶと思うのかしら。どうせ口にするのなら他の事を」

「そうですね、例えて出すのであれば……アルフ・リーフォンの事でしょうか」


 ゼノンと呼ばれた老いた白髪に満ちた執事は溜め息混じりに言葉を吐き出した。それに対してララは軽く横髪を掻き分けながら嬉々とした表情でゼノンの手を取り笑う。


「そうよ! あの子はきっと私の求めている人だって分かっているもの!」

「ですが、アルフ殿はつい昨年産まれたばかりの男子でしかありません。私としてもリーフォン領に関してツテがあります故、そこを頼りましたが変わった話など一つも」

「全てにおいて常識に捕らわれてはいけない、貴方から学んだ事だったはずだけれど。それに常識通りにはいかない存在がいる事も分かっているはずかしら」


 ララの言葉にゼノンは首を縦に振る。

 だが、それでも産まれた時期からしてララの言う話とは辻褄が合わない、いや、そうだと仮定した場合、常識外れが過ぎるのだ。ララが盗賊に攫われたという失態、それを救ったのは一人の男であった。それが約一年前の出来事。


 では、アルフが産まれたのはいつか。

 約一年半前、その言葉が正しいのであれば数ヶ月程度で常人以上に体を動かし、元Sランク冒険者であった存在を完勝してしまったという事になる。もっと言えば、その者は盗賊を殺す時に『孤高の賢者』と口にしていた。そんな人間を許すなど、ロレーヌ家に仕える人間として出来はしない。


 いや、そんな事はどうでもいいのだ。

 ゼノンからすればただの憶測と知己なる友人から伝えられた真実を天秤にかける意味も無いだけであった。その中で自身の主とである存在の言葉はどうにも信用に値する事が出来ない……それは自身の忠誠心を除いての考えで、そう判断したからだ。


「あの者の後を追うのは……破滅ですよ。アルフ殿に関してはアル殿やヴァン殿がいる手前、問題はありません。ですが、彼は、孤高の賢者だけは!」

「スズナと同じだから、とでも言いたいの」

「ッ……分かっているのならなぜ!」


 孤高の賢者、その存在は未来永劫と語り継がれる王国の最大の脅威であった。歴代最強と言われ、未だに覆る事の無い本当の意味での世界最強である勇者が倒せなかった存在でもある。そして、孤高の賢者と呼ばれた存在がロレーヌ家とは切っても切れない関係がある事は分かっていた。だからこそ、許せないのだ。


「あの者は! スズナ様を唆し! ロレーヌ家を衰退させた存在でも!」

「孤高の賢者がいなければロレーヌ家は荒れ果てた土地を与えられた貴族でしか無かったわ。それを自身の想い人であるからという理由だけで粉骨砕身の思いで整えたのは彼よ」

「だとしても! 貴族ならば使えない人間を!」

「今の王国に価値なんてあるのかしら?」


 その返答に対してゼノンは何も言えなかった。

 今の貴族の多くは私腹を肥やす事ばかりに執着をしている。それこそ、過去に高い位を与えられた貴族の一家が栄華を欲しいままにしているのだ。そのような状態の国家が平民の事を考えて政治を整えるだろうか。


 知っていた、そうは確実にならない、と。

 そのような者達は自分達の腹ばかりを気にして、地位を守る事ばかりに固執してしまう。現に事実がその事をまるで笑えぬ物語のように語り継いでしまっているのだ。だから、ゼノンが返せる言葉は曖昧なものでしかなかった。


「……今の言葉は聞かなかった事にします。その代償としてお聞かせください。彼は、そこまでの事をしてでも手懐けるべき存在なのですね」

「逆よ、私達が尾を振るべき存在かしら。貴方の実力を知ったうえで口にするわ。……彼は間違いなく、ゼノンや剣聖、そして元兵士長が束になっても敵わないかしら」

「私は兎も角として……ヴァンやルドルフが束になっても敵わないとは……いえ、そうでなければ書物に残る勇者を倒せはしないでしょう」


 時に勇者は世界最弱と描かれる。

 多く勇者は世界最強と描かれる。




 その差は勇者を世界に流布したいかどうかに限るだろう。だが、彼をよく知る賢者からすれば返答としては前者であり、後者であると答える。それは何故か、答えは決まっているのだ。


「勇者と言えども、弱点が無い訳では無い」

「弱点……そう言うには彼の能力は完全無欠のように感じますが……。いえ、恐らく書物に残る勇者が事実ならば確実に私に勝ち目など無いでしょう」

「それを見抜けるかどうかが賢者かどうかの違い。そう考えると数少ない彼に関しての書物に納得がいくのよ。どうしてスズナ様は彼を見初めたか、どうして賢者は凡才ながらに戦闘へ身を興じるようになったのか」


 ロレーヌ家というのは転生した初日から孤高の賢者と関係を持っていた。その関係を築いていたのは他からぬ、スズナというロレーヌ家の一人の娘だ。その存在が記した書だからこそ、ゼノンは否定の言葉は口に出来ずにいた。なぜならば……彼女は孤高の賢者が唯一認めたとされる一人の女性だからだ。


 書は最初にこう記される。








 ───孤高の賢者は無能であった───






「きっと、彼が全ての正解だとは思っていないかしら。それでも私が彼に恋焦がれるのは自由のはずよ。ここまで穢れた浮世の中で私を受け止めてくれた存在を……嫌いになれるわけが無いわ」

「それが……貴方の願いならば私は着いていくまでです。ですが、その全てを私は正解だとは思いません。彼が期待に沿わぬ存在であると理解すれば首を落とすつもりでございます」

「貴方の実力はよく理解しているわ。だけど、貴方が殺せるような存在なのかしら。あの時の戦いから察するに遊んでいるに過ぎないのよ。そんな化け物を貴方がどうにか出来るかしら」

「どうにかする、しかないでしょう。それが我が主への忠誠を示す証なのですから」

「つまらないのね。……まぁ、いいわ」


 ララは静かに自身の部屋の扉を開く。

 その中に体の半身を隠した上で顔だけをゼノンへと見せた。そこにはゼノンへ口にした呆れ等はどこにも無い。ただ年頃の幼い少女のような可愛らしさがあるだけだ。だとしても、ゼノンは少しも惑わされたりはしない。


「くれぐれも中を覗かないで欲しいかしら。彼を想ってしたい事は多くあるのよ」

「それがララ様の望みならば……ましてや」

「貴方ならば誰が中にいるかなどは感覚で分かるのでしたかしら。それに甘えて私はゆっくりと休ませて頂きますわ」


 そう言ってララは笑顔で扉を閉めた。

 そして外に聞こえないように自身の背丈の二倍はある窓を開けて天蓋付きのベッドに腰をかける。特に理由などは無いのだろう。ただ、いつかは自身の求めている存在が目の前に現れてくれるかもしれない、そんな淡い望みのためにしているルーティンでしか無い。








 だが、そんな闇夜に隠れ始めた月のように、淡い望みは確かなものとなる。微風が一瞬だけ吹いたかと思うと目を閉じたララの瞼の裏がより一層暗くなった。そして、小さな呼吸音が聞こえ、待ち望んだ声が心身へと響く。






「ふむ、窓を開けたまま寝るなど、まるで襲って欲しいと言わんばかりの行動だな」

「え……ネーム、レス……様……?」

「覚えていたのか。一年は経つと言うのに本当に律儀な娘だな」


 漆黒に近い闇を纏う男が目の前にいた。

 それに気が付くとララは体を起こし、一気にその身をネームレスへと委ねる。一年間、そう、命を救われた日から一時足りとも忘れた事の無い想い人が目の前にいるのだ。どれだけ想い、何度夢の中に現れた事か……。




「あ……えっ、と……」

「そう、畏まらないでくれ。我と君の仲では無いか。それとも、これ程までに感じていた君への情愛は我だけのものだったかな」

「そ、そんな訳がありませんわ! 貴方様と逢いたくてどれだけの日を過ごしていたか……そ、そうですわ! どうぞ! こちらに!」

「はは、言われなくても座るよ」


 窓辺に置かれた椅子を引いてネームレスへ、まるで飼い主へ喜びを伝える子犬のような視線をララは向けた。それにネームレスは軽く頬を掻きながらも指示通りに席へ着く。だが、一つだけ予想外の事が彼にはあった。


「ララ……君は前の席に座るべきじゃないかな」

「あら、私達で共有する秘密がある関係だと言うのに気にする事は無いのよ。それとも、こんな幼子の体であっても欲情してしまうような変態だったのかしら」

「……だったら、どうするつもりだ。衛兵でも呼んで今の状況でも壊すか」


 ララの体がネームレスに引き寄せられた。

 それと同時に窓の外へ向けられていた無邪気なララの顔がネームレスの方へと向き、そして一気にその顔を真紅とも呼べる程の赤に染める。だが、どこか、その表情の中には期待するような何かが残っており、その唇を少しだけ尖らせた。

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