第45話 18782に出会う
「おやおや、フィアナ殿ではありませぬか。こんなところで出会うなんて奇遇ですねぇ」
そうニヤニヤとした表情で肩に手をかけたのはデブでハゲた脂ギッシュなオッサン……名前はバルオ・グリドリア男爵と呼ばれる男だった。悪名高い彼の名はフィアナの身にも届いていただろう。
それでも彼女はカーテーシーの体制を取りクソブサイク脂ギッシュなオッサンに笑顔を見せた。自身は所詮、名誉貴族でしかない……そのような存在が下手な事をすればどうなるのかは彼女もよく知っているからだ。
「お初にお目にかかります」
「私は君に話しかけた訳では無いのだがな。アル・リーフォンよ」
「貴族たるもの挨拶を行うのは当然の事でしょう。それとも何か返答されては困る理由があるのでしょうか」
「ちっ……ヴァンよ。本当に貴様は性格が悪いな」
デブは汚い笑みを笑い後方へと下がる。
それを見てヴァンは軽く会釈をしてフィアナの横に立ち視線をデブに向けた。牽制、そう言うには少しばかり生易しいだろうか。ヴァンという存在はトーマが見越した通り王国随一、いや、世界最高峰の強さを持つ人間と言っていい。
そのような存在が敵に回る……それは男爵家と言えども簡単に許せる話では無い。対して結果として絡まれてしまったフィアナは自身の軽率さを内心で悪態付いた。
ロレーヌ家が取っていた宿に着いた直後に出歩いてしまったという事実。名誉貴族にとっては最高級と感じられるような宿をどうして他の貴族が泊まっていないと言えるだろうか。
自身の思慮の浅さに溜め息を吐きながらヴァンの斜め後ろに隠れる形で下がる。それを察してか、アルは少しだけ前へ進んでヴァンの横へ立った。アルとヴァンの間にフィアナがいる……その状態を我慢出来なかったのか、デブは口を開く。
「随分と怖がっているようですな」
「間合いに入られるのは元冒険者として彼女にはあまり嬉しくは無いでしょう。どこまで行ってもフィアナは武人の一人です。間合いに入らせないように動いてあげるのもまた武人の務めです」
「ふん、本当に冒険者とは頭が回らぬな」
「自身の立場を利用して話を進める存在が口にして良い事では無いと思いますが」
デブの言葉にヴァンが即答する。
それに対してデブは何も言えずにいた。当然の事だろう、ヴァンは隠す気も無くデブと後ろに控えていた護衛二人に威圧をかけている。その威圧に耐えられずにデブは冷や汗を、後ろの護衛はとっくに気絶していた。
その威圧をかけたのも当然と言えば当然か。
ヴァンにとって仕える二人にはとてつもない恩義があった。今となっては些事たる話では無いとはいえ、その時に関して言えばヴァンにはどうする事も出来なかった事。その二人を一瞬で貶されたのだ。本音で言えば剣を振るいたい思いがあったのだが……それを出来ないのも事実であった。
「き、貴様! このような事をして!」
「このような事……はて、どのような事でしょう。騒ぎ立てるグリドリア殿以外、大した問題は無いように見えますが」
「わ、私の護衛が気絶して問題は無いというか!」
「時間が経てば証拠は無くなるでしょう。まさか、証拠も無く私を罪人として捌くおつもりでしょうか」
そう口にしたのは自信があったからだ。
自身の立ち位置などヴァンはよく理解していた。もっと言えば本来であればグリドリア程度が話しかけられる存在では無いのだ。それは名誉貴族と愚弄されたアルやフィアナにも言える事である。
だというのに、無理やり話しかけてきた。
真に頭の回らない存在がいるとすればグリドリア本人だろう。故にその精神面に余裕というものが少しずつ欠けていく。徐々に徐々に……目の前の肥えた豚に対して殺意というものが芽生え始めてきていた。
それをアルは理解して手で制する。
だが、その程度では止められないような存在だとはアルも理解していた。やるのであれば腰に提げた剣を抜く覚悟もあった……だが、その殺意は時期に引いていく。
「随分と殺伐とした状態だね」
その一言、ただ一言でヴァンは身を引く。
それは命を惜しんででは無い。ただ本能に身を任せるだけでは勝てない相手だと理性が働いたからだ。そして視線を声の持ち主に向けて軽く息を吐く。そこには安堵の意味も込められていたのかもしれない。
「剣聖……ルドルフ殿」
「やぁ、久し振りだね。ヴァン」
「ルドルフ……ルドルフ・アルティバスか!」
「うーん、君如きに名前呼びをされる筋合いは無いんだけどなぁ。それはヴァンも同じでしょ。元兵士長とはいえ、その立場は君よりも上のはずだ」
その場に現れたのは若い……二十と少ししか経っていない程に若く美しい男だ。鎧等は着ていない軽装だが、腰に下げている剣は間違いなくレミィの布都御魂剣に次ぐレベルであった。だが、その体から発せられる威圧はヴァンと同等と言っても良い。
「というか、アルさんもフィアナさんもいるじゃないか。お久し振りだね。えーと……三年振りくらいかな」
「ルドルフ殿、三ヶ月振りですね」
「おっと、時間が経つのは早いみたいだ。まぁ、ヴァンに稽古を付けてもらっていたのが昨日のように感じられるから当然か」
ケラケラと笑顔を見せて口を軽く隠す。
その様子にアルとフィアナは笑顔で返し、ヴァンは小さく溜め息を吐いた。何度も教えた貴族としての教えが何も生かされていなかったから……だが、それを口にしなかったのはヴァン本人もグリドリア相手に出来なかったからだ。
ルドルフの笑顔も数秒で引いていく。
そして視線がグリドリアへと向いた。
「で、私は怒っているんだよ。二人はさ、名誉貴族とは言っても冒険者の身ながら国境の領主を任された存在だよ。少なくとも……君程度が威圧をかけていい存在では無い」
「な……に……!」
「冒険者相手だと罵るのはやめた方がいい。私はヴァンと戦えば勝てるか微妙だし、アルさんと戦っても無傷ではいられない。……私の大切な恩人を馬鹿にするのも大概にしろよ」
その目に秘められているのは殺意だった。
だが、その言葉の重みはヴァンよりも重い。それは男爵という立場で処刑出来る相手では確実に無いからだ。現在の王国が帝国と争わずにいられるのは彼の存在が大きいと言っていい。そんな相手をどうして対処出来ると考えられるか。
「『黒金の刃』のアルにフィアナ、そして『穴熊』のヴァン・グラッド……ここまで面白い人達が揃っているのに君がいるだけでつまらなくなる」
「それ、は……」
「ここで消し去るぞ。嫌なら消えろ」
黒金の刃、穴熊……その両者は過去に王国中に名前を轟かせた存在だった。そのような存在に加えて剣聖も戦うとなれば明確にグリドリアが勝てる理由など無い。
「……クッ! 覚えていろよ! クソガキがッ!」
「ええ、覚えておきますよ。そのへっぴり腰を」
「あはは、いいね……確かに覚えておきたいくらい良い逃げっぷりだよ」
ヴァンの言葉にルドルフは手を叩き笑った。
一頻り笑みを見せた後でフッと表情を改める。身近な金髪を軽く風で流した後でアルへと手を差し伸べて軽く膝をつく。そのまま一呼吸だけ肺へと流し込んだ後で軽く顔を上げる。
「アルさん、お元気でしたか」
「はぁ……俺にそんな対応はしなくていいんだぞ」
「まっさかー、貴方に剣を教えて頂いたから私は剣聖まで上り詰めたんですよ。あの時に黒金の刃に拾って貰えなかったら私は死んでましたし」
笑いながら口にはするが内容は重かった。
そしてアルにはその時の姿が脳裏に過ぎってしまっている。掃き溜めのようなスラムの中で、襲ってきた盗賊達の息子が彼だった。幼い時から剣の覚えは人並み以上で苦戦していた過去だってある。だから、アルは笑顔で頭を撫でた。
「なら、今は幸せって事だな」
「ええ、お陰様で懐に金が溜まって仕方がありませんよ。どうです、暇なら一緒に食事にでも行きませんか」
「俺は良いが……ああ、ヴァンやフィアナも良さそうならそうする事にするか。誘うって事は良い店くらいは知っているんだよな」
「もちろんですよ。こう見えても剣聖という仕事は暇な物ですからね。いや、世間体を気にすれば情報に疎ければ生きていけないのほうがいいですかね。まぁ、情報という一分野においては強い自負がありますよ」
ルドルフは頬を掻きながら喜んで立った。
傍から見れば見えるはずの無い尻尾が彼の尻から生えて見えているだろう。そんな姿にアルは昔のルドルフを重ねて笑顔で手を離してやる。
「多少は出させてくれよ。俺にも元上司としての矜恃はあるからな」
「あー……いえ、これは私のワガママに付き合わせるようなものなので。本当に金が溜まってばかりなので今日くらいは払わせてくださいよ。ほら、出生記念だと思ってくださいな」
視線をアル、フィアナ、ヴァンへと向けて少しだけ悲しそうな顔をする。その姿を見てアルは軽く頬を掻いてから溜め息を吐いた。自身の頼みでもあったとはいえ、彼の望むアルフは近くにいないのだ。だからこそ、首を縦に振って肯定した。
その言葉に安堵したようにルドルフはアルの手を取って引き連れようとする。……だが、その最中でルドルフは足を止め、背後にいるアルを前に口を広げた。
「あ、そういえば話したい事があって来たのを忘れるところでした。つい最近の話なんですけど───」
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