第41話 賢者、矛を交える
「私には……一つだけ恐ろしい事がある」
「それは……何だ」
「死ぬ事じゃない、四肢を失う事でもない、この誇りが消える事でもない……もっと簡単で分かりやすい事」
分かっている、彼女は僕の大切な弟子だ。
カイリやケール以上に手取り足取り教え込んでいるつもりではあるし、その分だけ彼女を叩きのめして自身で考えられるような環境を作っている。彼女は性格的に言えば僕と似ているからな。だから、どうしても……独りにさせたくないって思ってしまうんだ。
「あの人から必要とされなくなる事、それだけは死んでも嫌なの。死にかけの私を拾い、美味しい食事と生きていける空間を作ってくれた神への忠誠が欠ける行動は一つたりともしたくはない」
彼女は言った、誇りなんて捨てた、と。
でも、彼女の中にある想いが、精神がどうして誇りとは違うだなんて否定できる。カイリやケールが僕の配下としての誇りがあるように、レミィにも僕の弟子という何物にも代えがたい誇りが確かにあるんだ。
「だから! 私はあの人のために命を懸けるの! 私の事を笑って抱き締めてくれた人のために! 死んでも生き残ってみせるッ!」
「なら、こっちもとっておきを見せよう」
「死んでも殺す! 抜刀……祓魔……ッ!」
「剛輪斬」
ギリオルの大振りな一撃。
そこに幾重にも連なるレミィの居合からくる一振とぶつかり合う。どちらも今出せる最高の一撃なのだろう。ぶつかった瞬間に閃光が見えるほどの質量が衝突した。……だけど、現実はとても非情で残酷だ。
「……君は強かった。ただ私程では無い」
その言葉と共にギリオルが距離を詰める。
結果として鍔迫り合いで力負けしたレミィが何度も斬撃を浴びる事となった。今までの事も鑑みてなのだろう。数十の斬撃の後に念入りに六回は追撃を行って彼女を地面に叩き伏せている。なのに……。
「不満な……ままでは……いたくない……」
「……驚いた。それでまだ立つのかい」
「同じ不幸は……味わいたくない……」
彼女は笑顔を浮かべて立ち上がる。
僕には分かる、今の彼女は気力のみで立っている状態だって。本気の一撃によって魔力は底を尽き、体力だって二桁まで迫っている。普通なら気絶してしまってもおかしくないというのに……。
足は切られた、でも、歩んでいる。
腕は切られた、でも、剣を握る。
そうさせるのは彼女の誇りの大きさからか。
そこまで僕の存在というのは大きいのか。
「私は……幸せになりたい……満ちたい……!」
ああ……これ以上はただの意地悪でしかないな。
もういい、知りたい事は知れた。……ギリオルには感謝をしなければいけないな。こういう命の取り合いは奈落では味わえないものだ。奈落に住む魔物というのは命以外を狙う事はほぼ無いからな。
「だから! だから……!」
「はい、お疲れ様。本当に……お疲れ様」
「ネームレス、様……」
「お疲れ様、よく頑張ったね。さすがだよ、僕の最初の弟子なだけはある」
ギリオルへ歩みを進めるレミィを抱きとめる。
僕の方針とはいえ……ここまでボロボロになるまで戦い続けてくれたんだ。何も感じないものが無いかと聞かれたら嬉しいに決まっている。悲しさなんて少しも感じはしない……だって、彼女の傷はすぐに癒える。
「ふふ……私、頑張りました」
「ああ、帰ったらいっぱい頭を撫でてやろう。ここまで成長してくれた愛弟子に……僕は感謝をしないといけないな」
レミィの傷を治癒させて眠りにつかせる。
本当ならば奈落へと帰したいところだが、それでは時間のロスが発生してしまう。ましてや、ここまで頑張ったのに勘付いたカイリに兎や角と言われるのは精神的に来るものがあるだろうしな。
「ここからは我が相手をしよう。この子との戦いのように遊びだとは思うなよ。遊ぶのはお前ではなく我の方だ」
「は、はは……なんだ、この魔力量……!」
「精々、楽しませて機嫌を取れ。それだけが我との圧倒的な差を前にして生き残れる唯一の方法だぞ」
姿を現した僕に対して怯えを見せるか。
いいね、今まで見てきた者達は圧倒的な差を前に後退するか、怯み気絶するか、旗また力の差を理解出来ずに首が落ちるかのどれかだった。そのどれもに当てはまらずに生に執着を示す姿は見ていて興味が湧く。
「神狼……いや、その程度で済むかッ! こんな猫と鼠の関係のように! 本能的に狩られるだけの者の気持ちなんて今更湧くわけが無い!」
「それが分かるだけ十分だ。人というのはどこまでも慢心してしまい相手の格というものを探る前に命を落としてしまう」
「ふざけるな! 何なんだ! 何なんだよッ!」
その覚悟、見事だ。だが、無謀が過ぎる。
ただ突撃をしてきたところで結界で攻撃全てを抑え込めるだけだ。まさか、布都御魂を作り出した僕が似たような芸当の一つもできないわけが無いだろう。何なら輪廻も祓魔も教えたのは僕なんだよ。だからさ……。
「我の弟子が頑張ってくれたんだ。本当の格の違いというのを見せてやろう。それが愛弟子を鍛えてくれた感謝の代わりだ」
「言ってくれるじゃ!」
「……口ほどにも無いな。ただの腹パンだぞ」
高々、腹を本気で殴っただけだというのに。
それで気を失ってどうする。過去のSSランク級なら耐え切って次の一手へと踏み出していたというのに。その程度で気を失われては元も子も無い。言ったはずだ、我を楽しませろと。
「体を起こし下がれ」
「な……にが……!?」
「我の言霊は気絶した者にも効くからな。それで無理やり体を動かしたまで……もちろん、死ねと言えば殺す事だってできる」
実際は嘘だけど……まぁ、配下に対してなら契約という魂の繋がりがある分だけ、命令を通しやすいけどさ。そういうものが無ければ言葉だけで殺すなんてまだ出来はしない。それに自分を慕う人に対してマイナスな意味で言霊なんて使いたくないし。今のは圧倒的強者を演じるための一環でしかない。
「名乗るのが遅れたな。我が名はネームレス・ヒュポクレティ、孤高の賢者と呼ばれし王国最大の脅威なり。貴様は幸運だぞ。相対する我は本当の意味で世界最強とも呼べる者なのだからな」
「は……あ……孤高の、賢者……なんで……アレは伝説だったんじゃ……」
「数十年と姿を表さなかっただけで伝説扱いか。やはり引き籠もりとは良くないものみたいだな。奈落での生活も悪くは無かったが……このような不届き者に幅を利かせられては不快極まりない」
とはいえ、時間というものは怖いものだ。
少しでも忘れようと思えば幾らでも時間が過去の罪悪も、後悔も、執着も、消してくれる。だが、それでは駄目なんだ。時間に身を任せるだけでは僕に想いを託してくれた人達に合わせる顔が無くなってしまう。
「本気で殺しに来るがよい、生き残りたいのだろう」
「こんなの、殺せるわけが……!」
「であれば、さっさと死を受け入れるがよい」
ギリオルの足元に数千の闇の刃を作り出す。
技名は……まぁ、どうでもいいや。こんな簡単に作り出せる技に一々、名前を付けていては僕の貧弱なボキャブラリーを露呈させてしまう。誰でも扱えそうな攻撃に名前なんて必要無いだろうからな。
「ふざけるなァァァ!」
「ふむ、対処するか」
「風儀神翔ッ!」
なるほど、隠し球が残っていたか。
確かにそのまま立っているだけでは僕が作り出した闇の刃によって簡単に殺されてしまうだろう。逃げたところで能力も分からない一手であれば優位を手放す事に近いからな。勝つためならば向かってくるのも悪い手とは思わない。
だが、体に風を纏っただけでは僕を切り付けたところで大したダメージになりはしない。何度も何度も斬撃を与えてきているようだが……残念な事にミルファの一撃の方が数倍重いぞ。ただ……。
「悪くは無い一撃だったぞ。頬を歪めてしまいそうになるくらいには良い一撃だった」
「は……あ……私の……最高の一撃だぞ……?」
「圧倒的な力の差を前に我に痛みを与えたんだ。悲しむよりも前に喜びを覚えるべきであろう。少なくとも配下の中で我に傷を与えられる存在など数名しかいない」
まぁ、それも躱さないという前提があって成り立つ話だけどな。躱さない前提で傷を付けられるのはミルファくらいだろうか。それ以外なら配下では無いがヴァンも出来はするだろう。……裏を返せばそれ程に数えられる者しかできないんだ。
「は、はは……ふざけんなよ……ッ!」
「速度を上げるか、それもまた一興よ。だが……」
剣の一振、魔力の循環、思考の回転。
どれをとっても僕の好みに合わない、言ってしまえば未発展な行動しか見せられていない。言うのは癪だが彼の才能は低いものでは決して無いというのに……これでは本当に詰まらないな。本当に母様を見ている時のような気分にさせられてしまうよ。
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