↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪いの印と追放された令嬢ですが、十年前に助けた子竜が竜王になって迎えに来ました  作者: フトダマノミコト


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/18

第5話 一夜で屋根が直った

 真っ白な天井。染みひとつない。



(……夢?)



 目をこすっても、天井は白いままだった。部屋を見回すと、雨漏り用に並べていた鍋と桶が、きれいに洗われて扉の脇に重ねてある。割れていた窓硝子は新しくなり、朝の光がまっすぐ差し込んでいた。


 寝台から下りて窓の外を見る。崩れていた屋根の一角が、すっかり元通り――いいえ、元よりずっと立派な青い瓦屋根になっていた。



「どういう、こと……」



 慌てて着替えて階段を下りると、どこからか香ばしい匂いが漂ってきた。焼きたてのパンと、ベーコンの匂い。


 台所をのぞいた私は、そこで足を止めた。


 白い髭をたくわえた背の高い老紳士が、竈の前に立っていた。黒い燕尾服に、真っ白な前掛け。手際よくフライパンを揺すっている。



「おや」



 老紳士は振り返り、優雅に一礼した。



「お目覚めでございますか、番様」



「つ、つがいさま……?」



「申し遅れました。竜王陛下にお仕えしております、執事のゴットフリートと申します」



(執事……竜王様の、執事?)



「あの、昨夜は確か、誰もいなかったはずで……」



「はい。陛下にお呼びいただき、夜半に参上いたしました。若い者を十名ほど連れて」



 ゴットフリートさんは目尻に皺を寄せて微笑んだ。



「陛下が、『番が濡れる』と仰いましたので」



「…………」



「屋根の葺き替え、窓硝子の入れ替え、寝室の壁の塗り直し。ひと晩では、そのあたりが限界でございました。お見苦しい点が残っておりましたら、申し訳ございません」



「ひと晩で、そこまで……」



「竜は力仕事が得意でございますから」



 さらりと言われて、私は言葉を失った。


 そこへ、裏口の扉が開いた。



「起きたか、アニエス」



 ヴァルディオス様だった。銀の髪を後ろでひとつに束ね、肩に薪の束を担いでいる。竜王様が、薪を。



「お、おはようございます……あの、これは一体」



「雨漏りは止まっただろう」



「止まりました。止まりましたけれど……!」



「なら、問題ない」



 彼は薪を竈の脇に下ろし、満足げに頷いた。



(問題しかない、と申し上げたのは昨夜のことなのに)



「陛下」



 ゴットフリートさんが、こほんと咳払いをした。



「番様が戸惑っておいでです。説明が足りないのは、陛下の昔からの悪い癖でございますよ」



「……む」



 ヴァルディオス様が、ほんの少しだけ口を尖らせた。まるで、叱られた子どもみたいに。


 ゴットフリートさんは私に向き直る。



「番様。陛下は十年間、番様をお迎えするこの日のことばかり考えておいででした。その番様が雨漏りのする部屋で震えていらしたと知って、居ても立ってもいられなかったのでございます。どうか、大目に見てさしあげてくださいませ」



「十年間、ばかり……」



「ええ。王城の宝物庫には、番様に似合いそうな首飾りが山のように」



「ゴットフリート」



「失礼いたしました」



 ヴァルディオス様の耳が、ほんのり赤い。



(……首飾りが、山のように?)



 聞かなかったことにしたほうがいい気がした。


 朝食は居間に運ばれた。いつの間にか、埃をかぶっていた丸テーブルが磨き上げられ、白いクロスがかけられている。


 焼きたてのパン、厚切りのベーコン、半熟の卵、温かいスープ。私が持ってきた固い黒パンとは、比べものにならない。



「いただきます……」



 ひと口食べて、目を見開いた。



「おいしい……!」



「そうか」



 向かいに座ったヴァルディオス様が、なぜか私よりも嬉しそうな顔をする。



「ゴットフリートの料理は、竜の国でいちばんだ」



「お褒めにあずかり光栄にございます。番様のお好みを伺えれば、明日からはさらに」



「あ、あの、それなんですけれど」



 私はスプーンを置いた。



「番様、というのは……その、まだ私、きちんとお返事をしていなくて」



 昨夜、確かに泣いてしまった。抱きしめられて、温かいと思ってしまった。でも、だからといって、竜王様の番になると頷いたわけではない。


 ゴットフリートさんは、ちらりとヴァルディオス様を見た。ヴァルディオス様は黙って頷く。



「では、アニエス様とお呼びいたしましょう」



「……ありがとうございます」



「ただし、陛下にとって番様が番様であることは、何も変わりませんので。そこは、お覚悟を」



(覚悟……)



 にこにこと告げるゴットフリートさんに、私はぎこちなく笑うしかなかった。




 朝食のあと、私は屋敷の中を見て回った。


 変わっていたのは、屋根と窓と寝室だけではなかった。


 玄関広間の床は磨かれ、錆びていた燭台は真鍮の輝きを取り戻していた。居間の暖炉の煤は払われ、ひび割れていた壁は塞がれている。屋根裏の鳩は、どこかへ引っ越していた。



「鳩さんたちは……」



「森の大きな木に、新しい巣箱を作ってやったそうだ」



 後ろからついてきたヴァルディオス様が答えた。



「お前が気にすると思った」



(……どうして分かったのかしら)



 昨日、屋根裏で鳩を見つけたとき、追い出すのはかわいそうだと思ったのだ。誰にも言っていないのに。



「印で、分かるのですか?」



「少しはな。だが、今のは違う」



 彼は小さく笑った。



「納屋で、お前は雀にまでパンくずを分けていた。昔から、そういう娘だった」



 胸の奥が、きゅっと鳴った。


 十年前の、私さえ忘れていたような小さなことを。この人は、全部覚えている。



「……ヴァルディオス様」



「なんだ」



「ありがとうございます。屋根も、窓も……鳩さんたちのことも」



 ヴァルディオス様は、一瞬きょとんとした顔をした。それから、ふい、と顔を背ける。



「礼など、いらない」



 ふん、と鼻が鳴る。



(照れていらっしゃる)



 思わず、くすりと笑ってしまった。


 この屋敷に来てから、初めて声を出して笑った気がした。



(……でも、ひと晩で屋根を直すような方が、これで満足なさるかしら)



 嫌な予感が、少しだけした。


 その予感が当たっていたと知るのは、翌朝のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。