2話 入学試験
小鳥のさえずりで目を覚ます。差し込んできた朝日を鬱陶しく思いつつ立ち上がる。
ふと、なぜ入学前に寮?と思ったが、入学を希望する者は、受かる前でも付属の学生寮を利用することができ、入学試験のランク測定、実技試験、筆記試験で自分の実力を知ることができるらしい。
本当に開けた学院だ。
今日の試験の受付開始は8時から、試験開始は8時半かららしい。急がねばならない。
そうそうに支度を終え、会場に向かう。
時刻は8:23。まだ全然大丈夫だ。
受付嬢「はいはい、入学試験希望者ね。受験証は持ってる?」
カバンから受験証を取り出し、受付嬢に差し出す。
受付嬢「はい、トモキくん。15歳ね。OK。
午前はまず8時半から筆記試験。
次にランク測定。
お昼休憩を挟んで、午後の1時半から実技試験。
どこで何をやるかはあっちの掲示板を見てちょうだい。
じゃ、頑張って」
俺はこの世界では15歳なのか。
その情報だけ手に入れてとりあえず掲示板の情報を確認し、足早に教室へと向かう。
到着すると、そこは大講義室らしかった。天井がやけに高い。
既に席は半分ほど埋まっていて、軽く500人は入りそうだった。
しばらく待つと。
「全員揃っているな。時刻は8:30だ。試験を始める。
配点100点。制限時間は90分。カンニングは即失格とし、今後リーア学術学院への干渉を一切禁ずる。」
「では_____始め!!!」
全員一斉に用紙をめくる。
開くと、数学、国語といった基礎問題から、この世界の歴史、基礎魔術理論、剣術流派の分類、魔物の生態系――前世の知識ではどうにもならない問題がずらりと並んでいる。
だが後半の方は配点が低く、自分で考えを記述させる問題の配点が高いようだ。
そして前世で読んだ漫画の内容を当てはめれば解けそうな問題も何個もある。
厨二病時代に漫画やアニメを読み漁った成果が出るかもしれない。
開始70分。思ったよりも解けるものだ。数学、国語は中一程度の試験内容だ。だから配点が低いのだろう。
歴史、魔術理論などそこらへんはあまりに壊滅的で半分ほど空欄だが、記述問題は自分でも驚くほどに筆が走っていた。
例えば、詠唱魔術の手順について。
これはアニメ知識だが、
『詠唱魔術というのは、まず強大な魔力で精霊や神に干渉し、頂いた魔法陣や大雑把なイメージを圧縮し、水道管のようなものをイメージし圧縮した魔力を集中力を持ち解放する』
と言ったもの。これは元の世界で本当に好きなセリフで、もちろんフィクションなのはわかっているが試しに書き出してみたら思ったりスラスラと書けた。
まあ正解だとは思っていないが。
残り10分になった。
掃除機見直しをするほど解けている自信はないが一応やっておいた。
うん。解けた問題におかしいところはない。まあ70点あればいい方だ。
やがて試験終了の鐘が鳴った。
「そこまで。筆記用具を置け。試験官が回収に回る。」
回収し終えるまで、全員が静止しそれを待っていた。
「次はランク測定だ。全員中庭に集合しろ」
ぞろぞろと生徒が退出し始めた。
トモキ自身もそれに紛れて退出する。
ふと、深紅のように赤く、ウェーブを描いたロングの髪の少女が視界に移る。
人を近付けさせないオーラ。どこかのお嬢様の出身だろうか。なんとも言えないカリスマの雰囲気を醸し出していた。
その少女のものだろうか。ハンカチを落とした。思わず話しかける。小粒ばかりの下心を隠して。
「あのこれ、落としてませんか?」
「…?」
少女が振り返り、こちらに顔を向ける。なんとも端正な顔立ちだった。
瞬時に、俺の手からハンカチをぶんどり。
「…フン」
踵を返し不機嫌そうにどこかへ行ってしまった。
…は?なんであんな態度?俺なんか悪いことしたか?
モヤモヤする。なんでだろう。うーん…
ちょっとイヤな気分になりつつ中庭に向かう。
剣術と魔術が別れており、なんとなくかっこ良さそうだからと理由で魔術を選択した。
到着すると、テーブルの上にいくつか水晶玉のようなものが乗っている。
「この水晶玉に手を触れろ。魔力が測定され、ランクで表示される。」
次々と測定結果が表示される。
「E。次。E。次。D。次。」
淡々とした作業だった。大半がDかE。だいぶ判定が厳しいらしい。
――次。
トモキの番が来た。球体の前に立ち、手をかざす。
一瞬の静寂のあと、水晶が白く輝いた。
光は収まるどころか、じわりと強くなり――測定官の表情が固まった。
……Bランク。お前、Bだ。
周囲がざわついた。
新入生はだいたいEかDで魔術に適正を持たない者は測定結果が出なかったりする。
その中でのBというのは異質だった。
ざわめきの中、トモキは特に反応を返さず球体から手を離した。
内心では「Bって高いのか?」程度の認識である。
この世界の常識がまだ身についていないのだから程度を知らない。
……次の者。
測定官はトモキを一瞬じろりと見たが、すぐに次の生徒を呼んだ。会場のざわつきは収まらない。
測定を終えたトモキが廊下を歩いていると、背後から声がかかった
「あなた、Bランクなんですって?」
振り返ると、さっきの赤髪の少女だった。
腰まで届く長い赤髪が、窓から差し込む光に透けて揺れている。
つり目で燃えるように赤く大きな瞳が真っ直ぐトモキを睨んでいた。
「たまたま魔力が多いのかもしれないけれど。
あまり調子に乗らないことね。痛い目見るわよ」
そう言い、革靴をカツカツと鳴らし去っていった。
先程からこの赤髪の女に悪い印象しか抱かない。
ふと後ろから。
「ごめんなさいね。あの子、素直じゃないんです」
そういうと、銀髪の少女は赤髪の少女に追いつき肩を並べ歩いていた。あんなのにも友人がいるのか。
こちらにきてまだ2日だというのに悲しくなった。
昼食を挟み午後1時半。
ついに実技試験が始まる。
コロッセオのような造りの巨大施設だった。
観客席まで備わっており、上級生らしき姿もちらほら見える。
新入生の実技審査はちょっとした見世物らしい。
「実技試験の内容を説明する。
一人ずつ闘技台に上がり、審査官と模擬戦を行う。
戦い方は自由だ、剣でも魔法でも好きに使え。
勝敗は問わない、実力を見るだけだ」
闘技台の上では審査官――屈強な男性教師が木剣を構えて待っている。
「はじめ!」
みんな思い思いの技で審判官にぶつかる。
ただひとつ気になったのが、魔術使いは全員長い詠唱の後に魔術を放っていることだ。
やはりこの世界では詠唱が必要なのだろうか。
無詠唱の原理は知っている。
頭の中でぶちまけられたペンキのような魔力を想像して、そこからは詠唱魔力と同じく、そのぶちまけられた魔力をかき集め圧縮し、水道管のようなものに入力して一気に解放する。
ここで試してみてもいいかもしれない。
そんなことを考えていて審査が進む中、トモキの目はある法則を捉えていた。
魔術を使う生徒は例外なく長々と詠唱し、しかもその大半が審査官にあっさり弾かれている。
当たり前だ。敵を弱らせる前に使う詠唱魔術は、
「これから〇秒後に魔術で攻撃しますよ」
と宣言し、相手に構える時間を与えいるだけである。
特に対人戦に関してはそうだろう。
「炎よ、我が手に集いて――」
だの
「大地の精霊よ、契約に応じ――」
だの、聞いているだけで欠伸が出そうな文言を延々と唱え、隙だらけのまま撃っては躱され、沈む。その繰り返し。
もう少し俺に何かができないか?
どうにしかして無詠唱魔術を習得できないか?トモキは長考した。
「次――テレシア」
「はい」
そこに立っていたのは、やたらと俺に失礼な態度や発言をしていた深紅の長髪を持つ少女だった。
名をテレシアと言うらしい。
テレシアが闘技台に上がった瞬間、空気が変わった。
構えたのは木剣。
審査官が合図を出した刹那、テレシアの身体が弾丸のように飛び出した。
「はぁっ!」
速い。
審査官の木剣とテレシアの剣がぶつかり、乾いた音が闘技場に響く。
二合、三合。
テレシアは息もつかせぬ連撃を叩き込み――審査官に膝をつかせた。
「……見事だ。Bランク、文句なし」
観客席からちらほら拍手が起きた。テレシアは涼しい顔で台を降りたが、その足取りには確かな自信が滲んでいた。
「次、トモキ」
名前が呼ばれた。
闘技台に足を踏み入れると、砂地の感触が靴底に伝わった。審査官は先のテレシア戦で多少息を乱していたが、構え直してトモキに木剣の切っ先を向けた。
ふと、観客席の中段に先程の赤髪の少女と銀髪の少女が座っているのが見えた。
赤髪の方はまるで見定めでもするように。
背筋の伸びた姿勢で、穏やかな微笑を浮かべながらこちらを注視していた。
「準備はいいか。――はじめ!」
正直何をどうしたらいいかさっぱりわからない。
とりあえず当たって砕けろ。
アニメや漫画で得た知識を抽出して、先程の無詠唱のイメージを試しにやってみよう。
ルートを決めよう。
敵に接近、そして近接魔法をぶちこむ。
これで行こう。
とりあえず距離を詰めたい。
強大な魔力をイメージ。風の魔力。
自身の体が徐々に軽くなり、辺りに突風を巻き起こすような。
その魔力を圧縮。巨大なビームのような形状。
調整し、そして放つ。
「テイルウインド」
_____テイルウインド。体に風邪を纏い、右左前後ろの3方向に回避する初級風魔法。
トモキの体が落ち葉のように軽くなり、体が前に押し出された。
「んなぁっ!?」
急接近してきたトモキに審査官が驚き1歩後退した。
トモキ自身もびっくりしていた。
だがもう心配はない。
1度できたことをアレンジするだけ。
風にまとった魔力を右手の拳に集める。
そして同じく手順で放つ。
「エアロブラスト!!」
______エアロブラスト。拳に風を纏い、相手に強力な打撃を放つ中級風魔法。
鈍い音が鳴った。
「がっ……!」
別の審査官によってフィールド全体にダメージ軽減魔法がかけられており、実際のダメージは1/10ほどになりはするが、それでも相当なダメージだった。
審判官は大の字に倒れ気絶してしまった。
別の審判官が駆け寄ってくる。
「し…勝者トモキ!」
闘技場が静まり返った。一拍遅れて、どよめきが波のように広がっていく。
「詠唱なかったよな?」
「無詠唱ってAランク以上の技術だろ」
「あいつ何者だ」
――囁き声が四方八方から飛び交った。
観客席の中段、白髪の少女の微笑が深くなった。その隣にいたテレシアは、目を丸くしたまま台上のトモキを凝視していた。
*医療班が駆けつけ、審査官は担架で運ばれていった。「やりすぎたか?」とトモキが内心で少し焦っている間に、審判官が咳払いをした。*
……審査結果は追って通知する。以上だ、降りろ。
*台を降りると、妙な注目を浴びているのを肌で感じた。すれ違う生徒が露骨に距離を取る者、逆にじっと見つめてくる者。居心地が悪い。
「ちょっと」
背後からテレシアが追いかけてきた。さっきまでの澄まし顔はどこへやら、興味ありありと言った顔で見ている。
「あんた今、詠唱してなかったわよね?どうやったの?」
声のトーンが明らかに上ずっていた。「生意気な赤髪」と評価していた彼女が、純粋な驚きと好奇心をむき出しにしている。
「えぇとー…あれはイメージを具象化してみただけだから不完全なものであんまり上手く伝えられないです」
「イメージを具象化……ですって?」
テレシアは眉をひそめた。理解できないというより、理解したくないという顔だった。
この世界の魔術体系において、詠唱は魔力を制御するための「鍵」であり、それを省略するには膨大な訓練と才能が必要とされている。
それを「イメージ」の一言で片付けられては、今まで積み上げてきた常識が根底から揺らぐ。
「……ふうん。不完全、ね。あれで?」
審査官を一撃で沈めた男のセリフとしては説得力に欠けたが、本人がそう言うならそうなのだろう。
テレシアは唇を噛み、何か言いたげに口を開きかけたが――
「テレシア。そんなに食い入るように見つめたら、はしたないですよ」
柔らかな声とともに、白髪の少女が歩み寄ってきた。
先程廊下でテレシアという少女と一緒に歩いていたのを見かけたあの少女だ。
近くで見ると、雪のように白い髪と肌、そして深い蒼の瞳が印象的だった。身長はトモキよりも少し高いくらいか。
「べ、別に食い入るようになんかしてないわよ…」
「あぁ、初めまして、ソフィアと申します。氷魔術を使えます。
テレシアの古くからの友人です。
あなたがトモキさんですね、先ほどの試合拝見しました。
素晴らしかったですよ」
「あぁ、どうも。トモキです」
「ほら、テレシアも」
「…テレシアよ」
ソフィアがテレシアに促すとおずおずと自己紹介してくれた。
「静まれーーーーい!!」
我々の会話を遮るように轟音が鳴り響く。
「これを持ってぇぇ!!今年の入学試験を終了とするぅ!!
結果は後日連絡するぅ!!解散!!」
思わず耳を塞いでしまった。防衛本能だ。
周りの受験者たちも続々と帰り出す。
「では私達も帰りましょうか」
ソフィアがそう切り出し、我々3人も寮に歩き出した。
三人は闘技場を後にした。廊下を歩く道すがら、ひそひそと話し声が聞こえる
「あの3人、今年3人しかいないBランクらしいよ」
「ほんと?」
「見えないなあ」
盗み聞きするとどうやらソフィアもBランクらしかった。
「……ねえ」
少し後ろを歩いていたテレシアが、ぼそりと口を開いた。
「あんた、本当に何者なの。あの試合、手加減してたでしょ」
「テレシア、初対面の方にそういう聞き方は失礼ですよ」
「いいでしょ別に。気になったんだから」
ソフィアが小さくため息をついたが、咎めはしなかった。テレシアの性格は熟知しているのだろう。
「正直私も原理とか気になりますね」
咎めなかったのは自分も興味を持っていたせいだった。
そこまで言われては、と口を開く。
「正直、どれくらいなら俺の体は大丈夫かな。って試してたんです。
魔力の訓練は幼い頃からやってたんですけど対人戦は初めてで。
昔魔力の訓練を朝から晩までやって体力を使い果たして気絶とかよくやっててそれで今倒れたりしないかなって。
でも今安心してます」
真っ赤な嘘だ。
幼い頃から訓練を積んだであろう誇り高き剣士のテレシア、魔術師のソフィアの前でイメージしたら出来ました〜だなんて、口が裂けても言えるはずない。
「通りで」
「みんな驚いていましたよ。無詠唱なんて初めて見たとか、あの人が同級生だなんて、とか」
「さっきそういう視線を感じてちょっと辟易しちゃいました」
「でしょうね。今日はもうお疲れでしょう?試験の結果を楽しみに、私とテレシアは寮に戻ることにします」
「そうですね。ではまた」
そう挨拶し、3人は男子寮、女子寮へと歩き出した。




