神舞ーカムイー
こいつ、本当に人間なのか?今まで自分たちと対等に闘える人間と出会ったことがない。いや、そもそもダメージらしきダメージを与えられていないのが問題だ。全て受け流されている。桜の心は最初ただの好奇心だった。次第に高揚していき、今では少し焦りが出てきた。じんわりと首筋に汗が滲んできた。久しくこんなことはあり得なかった。しかも、青嵐がやられた。何か不味い事になっている。首筋に浮かんだ汗が雫となりポタリと砂浜に落ちた時、ぱちんと頰をぶたれた。
「…っ…!」
ぱちんぱちんとさらに喰らう。
張り手。相手の表情は淡々としており、そこにはどのような感情も読み取れなかった。ただただ、眼の前のことに、必要が生じたと言わんばかりの様子で対処しているようだった。その表情をみて桜は思った。こんな屈辱を味わったことがない。桜の頭に血が上り始めた。桜は流れを変えるべく、相手の攻撃を受けるように見せ距離を取った。聖は相手との力の流れが変わったのを感じ自身も体勢を整えようと数歩下がった。次の瞬間聖は相手が刀の柄に手を駆けているのを見た。
すう、と相手の呼吸を感じた。
「神風」
誰もが桜が抜刀するのを覚悟していた。しかし、桜の刀は鞘から抜かれることは無く、がちんと虚しい音が響いただけだった。桜は抜刀の姿勢のまま呆然としていた。重心を低くし、上体を曲げ視線は地面にある。その姿勢のまま、自分のすぐ目の前に相手の両足が見える。頭が相手のお腹にぽすっと当たる位置まで間合いを縮められているのだ。刀の柄頭を押され、抜刀しようとした刀が鞘に戻された。
なんというー。
桜はその姿勢のまま一歩も動けなかった。なんという屈辱か。
「お前ー。」
桜がふるふると怒りを抑えるように言葉を発した。桜は勢いよく下がり再度抜刀しようとした。しかし、またしてもがちりと刀は鞘に戻される。
下がり、抜刀、がちり。下がり、抜刀、がちり。下がり、抜刀、がちり。下がり、抜刀、がちり。下がり、抜刀、がちり。
桜は何もかもわからなくなった。自分たちが最強ではなかったか。人間が我々と闘えることなどあり得ないはずではなかったか。この世は自分たちの思うがままではなかったか。その時、スサノウ尊に切られた時の記憶が蘇ってきた。あいつはどんな顔をしていたか。はは、そんな事覚えてねえや…。
だが、今目の前のこいつは…表情から感情を読み取ることは不可能だった。それは無我の境地。勝ち負けを超越した何かがそこにはあった。
負ける?
「終わりでいいのか?」
桜の腰に差してあった刀は聖の手の中にあった。
「ばかな…なぜ人間がその刀に触れる…?!」
刀を奪われていたことも衝撃だったが、何より聖がその刀に触れていることがまさに青天の霹靂だった。妖刀である。人間が触れれば即死だ。血を吸った分だけ呪いの力は強まり、人間に及ぼす影響も尋常なものではない。ましてや桜の骸は、意識せずとも多くの人を斬ってきた。
聖は柄に手をかけ鞘から引き抜いた。それはそれは美しい刀身であった。思わず目を奪わるような深い碧を秘めたような深みのある色をしていた。聖は軽く刀を振った。するとどうだろう、骸の中に流れていた邪悪な気が祓われたような、その場の空気が変わるのを感じた。
「お前、一体何をした?」
桜はワナワナと震えた。
「やはり、美しいものには説明など不要だ。」
聖は鞘を砂浜に差して刀を構えた。
「演舞『神和ぎ』」
その場の全員が息を呑んだ。そこには神が居た。流れるような動きで舞う聖の姿はもはや人間のそれを超越し、そこには確かに人以外の何かが宿っていた。聖が舞った後の空気は神々しい神聖なものへと変わっていった。
どれくらい舞っていたのか、時間を忘れて見惚れていた。
次第に舞が終わりに近づいたのか、聖の舞の動きはす
るすると穏やかになり、砂浜に刺さった鞘をふっと抜き刀を納めた。
ちん…ー。
静寂の中に響いたその音が闘いの終わりを告げていた。桜の頰を涙がつたっていた。
「うぅ…うっ…!」
桜は涙を流したまま両手を砂浜について泣いていた。
「お粗末様でした」
聖が深々と頭を下げた。
その場の有様に心を奪われていた全員が何か禍々しい殺気のようなものを察知した。
「タマ!」
高橋が叫んだ時には砂浜に物凄い勢いで何かが上空から突っ込んできた。それはこまちの寝ていた場所目掛けて飛んできた。狙いはこまちに定められていたようだった。しかしそれは間一髪、高橋が速かった。殺気が殺気と感じるその前の光の一点の時、高橋は本能で跳躍していた。砂埃が落ち着いた頃、それは砂浜に立っていた。
「お前は…」
なんと禍々しい気配、筋骨隆々とは正にそれのことだった。大きく邪悪な両目は顔の半分の面積を占めている。いつかテレビで見たヒーローのような両目。背中には四枚の羽根。背中から尾骶骨にかけて伸びた胴体は尻尾のようだ。筋肉に覆われた両足はとても太い。
「太古の化物が、なんて体たらくだ。笑えるな」
そいつが砂浜に膝をついた桜と、気絶している青嵐を見て毒を吐く。
「桜、そなたの愛刀を借りるぞ。仲間を連れて離れろ」
桜はハッとして気絶した青嵐を抱えた。
「タマ、俺も加勢する、こまちとその者を頼む」
高橋は抱きかかえたこまちをタマに託す。
「伊藤…!」
「あれが…」
伊藤と呼ばれたその化け物はこちらを見ている。
「全員抹殺する」
「させんよ」
桜は鞘をズボンのベルトに差した。
「できるものならな」
その日一番の災害がその土地を襲った。




