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佐々木の冒険  作者: 芋猫
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霹靂

タマと桃姫の闘いは、もはやこの世の現象からかけ離れた次元で行われていた。音速同士の衝突。ソニックブームのぶつかり合いによる、航空機、船舶、車への被害は常軌を逸していた。付近の温度上昇により海水が蒸発。もはやこの世の風景ではないかのようだった。

タマは桃姫の攻撃を観察していた。避けても避けても切られていく。さっきから何度身体の一部が飛んでいったか。再生の力で元に戻しているが、これもいつまで続くのか。

からくりが分からない。あまりに速すぎる。抜刀の速さではない。それに刀の柄を握ってはいるが、抜刀している気配もない。それなのに斬撃は飛んでくる。これはー


(まばた)きか…」


瞬間、タマの両腕と左足が吹き飛び、周囲の砂浜が激しい砂埃を立てて弾けた。

「やれやれ」

切りがなかった。

「あんまり気が進まないんだが…やるしかないか…」

妖力の底が尽きる前に、一時的に何とか現状を打開する必要があった。タマは身を低くし、四つん這いの態勢を取った。まるで猫が獲物に飛びかかる姿勢に似ていた。

「ふふ、細切れにして食べてあげる」

桃姫が瞬きをすると激しく砂埃が舞い砂浜が弾け飛んだ。

「いない…?」

「ふんにゃゃややあああああお!」

「……!」

何か柔らかいものがそっと桃姫の両目を塞いだ。

「タ…タマ助…?」

ドサリと桃姫は仰向けに砂浜に倒れ込んだ。何かが桃姫の顔の上に乗っている。それがタマだと理解するのに時間は必要なかった。桃姫の大好きな匂い。愛する人の匂いを間違えるはずもない。闘いの最中に、顔を傷つけないようにそっと手を乗せる優しさと包容力に桃姫の警戒が解けた。闘いの最中に警戒を解くなんて、間抜けにも程がある。しかしそれでも、桃姫にはタマが何もしてこないことが分かっていた。なぜならタマの妖気が全く感じられないからだ。しかも、今は人語を操れないレベルまで妖気を抑え込んでいるらしかった。もはや、ただの野良猫と変わらない。桃姫は身体を起こしてタマを抱きかかえた。桃姫の顔を可愛らしい舌でぺろりと舐めるタマに、桃姫はくすぐったそうにしかし嬉しそうに笑いながらぎゅっとした。

いつから、こんなふうに無邪気に過ごすことができなくなってしまったのだろう。最初は良かった。私と、春彦と、そしてタマ助の三人ー

いつからこんなに闘いに翻弄される日がやってきたのだろう。それもこれも、みんな余計な奴らがやってきてからだ。

桃姫はふっと顔を上げた。空気が変わった。タマもヒクヒクとヒゲをピクつかせている。

「タマ助…」

桃姫は少し不安そうに辺りをキョロキョロと見回した。

「大丈夫だ、桃」

ふと肩に手が載せられたと思うと、タマがまた人間の身体に戻っていた。タマに後ろから肩を抱かれていると安心した。

「俺が守る…!」

桃姫はタマの確かなはっきりとした物言いに胸が熱くなるのを感じた。

「まただよ…また私たちの邪魔をするんだよあいつらは…」

悔しさの滲む声だった。

「隠岐国ぃ…!!!!!!」

もはや絶叫だった。震える身体から振り絞られた悲痛な叫びが海岸一帯に響くはずだったが、海上に姿を現したその何かの大きさに全て吸い込まれてしまった。もはや山だった。巨大なヌメヌメとした鱗に覆われたその何かは、2つの光る目をこちらに向け、真っ赤な舌をチロチロと出しこちらを見下ろしていた。

「桃姫!そなたに会いに来た!」

その巨大な蛇だか龍だか分からない不気味な生物の頭の上から声がした。

「やれやれ、出来れば春彦以外とは会いたくなかったぜ。どっかのバカが封印を解きやがったな」

「汚い手を姫から離せ、化け猫風情!!」

「青嵐…」

青嵐せいらんーと呼ばれたその少女は長い髪を後ろで束ね、凛とした居住まいでこちらを見下ろしている。齢十五。今しがたいわき市の海で暴れた八岐の大蛇の一体、通称、隠岐国である。大陸から渡ってきたその人物は異国の言葉を操る。得意とするのは蹴り技。その蹴り技は刀で斬ったかのような鋭利な傷跡を残す。名のしれた剣豪の刀よりよく斬れた。必殺の『閻魔』は相手に攻撃を受けたことすら気づかせないスピードで蹴られた相手は綺麗に真っ二つにされた。その細い足からは想像もつかないが山一つを踏みつぶし平地にしてしまうような重さを持っている。愛刀「煉獄」が鞘から抜かれたのは春彦と闘った時ただ一度。その一閃で一体は火の海に変わる。世界を七日間で滅ぼすことが出来る火力を持ったその妖刀が鞘から離れる瞬間を誰もが恐れた。


「骨も残さぬ」

青嵐が合図をすると、足元の大蛇は大きな口を開けた。まずい状況だった。腰の抜けてしまった桃姫と、数十メートル先に寝かせたこまちを抱えて逃げるには時間が足りなかった。

「ちっ…!」

絶体絶命かと思われたその瞬間だった。耳をつんざくような雷鳴が轟くと同時に、大蛇の顔が逆くの字になりその巨体のバランスを崩した者がいた。大きさの次元が違うため、最初は何が起きたのか理解できなかったタマだったが、この大きな大蛇を蹴り飛ばした者の姿を認識すると口元が緩んだ。

「高橋…!」

大蛇が大きな地響きと共に海のあった場所に倒れ込んだ。

「タマ!」

「高橋!萠は大丈夫か?」

「ああ…!あちらは萠に任せてきた。向こうからとんでもなく巨大な蛇が見えたんでな。目掛けて跳んできた」

タマは変身した高橋をマジマジと見た。あいつを蹴り一発で地面に鎮めるだと?いよいよ頼もしいなと武者震いがした。

「ところで、その者は?」

高橋はタマが腕のなかにしっかり守っている少女を見た。桃姫は見たことのない生き物を見たような眼で、少し驚いていた。

「説明は後だ。何せヤバイやつを相手にしてる」

タマの様子を見て察した高橋は振り返った。

「オロチか」

「あぁ、さっき話した隠岐国と…」

そこまで話すと青嵐と高橋の闘いが始まった。不意に高橋目掛けて跳んできた青嵐の蹴りを高橋が後ろ回し蹴りで止めた。

「お前…あの蹴り…なかなかやるな。あたしの相棒が倒れるなんて初めて見た」

「光栄だな」

「お前はあたしが始末するぞ」

「生憎、俺もここで倒れるつもりはない」

二人の睨み合いが始まり、ビリビリとした闘気が一帯を包む。

「お前、何者?すごい蹴り」

高まった二人の闘いの空気を壊すように甲高い声がした。

「あんた、ちょっと黙ってなさい!いいところだったのに」

「いやぁ、相棒に向かって嫌な奴」

先ほどオロチの倒れていた場所に一人の少年が座っていた。首の辺りを手で押さえている。

「びっくりしたなー。俺を倒すなんてどんな奴かと思ったけど、初めて見る生き物…。」

「桜…」


桜と呼ばれたその少年は青嵐の相棒、通称和泉国。齢十四。端正な顔立ちの色男で、得意とするのは居合。その技の鋭さは八岐の大蛇随一で、桃姫の瞬きより速く正確である。身体は小さいが、試し斬りで一度本気を出したことがあった。その斬撃がどこまで行き着いたのか誰にも分からなかった。もし、誰かが空の上からその行き先を見ることが出来たのだとしたら、遠く東の大陸を越えて、荒野にそびえ立つ山脈がなくなる瞬間を目撃しただろう。和泉国が気まぐれで抜いた刀の斬撃で、その日多くの死体が見つかったのは有名な話である。まるでかまいたちが長い距離を通過したように、海に行き着くまで上半身のない死体の山が続いた。腰に差した愛刀『(むくろ)』はその名にふさわしく不気味な気配を放っていた。


桜と呼ばれたその少年はゆっくり立ち上がって着物に着いた泥をぱんぱんと払ってゆっくりと顔を上げ高橋の顔を見た。

「桜、こいつはあたしがやる」

桜はポリポリと頭を掻いて溜息を着いた。

「はいはい。じゃあ、タマ助、俺と遊ぼうぜ」

「俺に指一本触れたことねえじゃねえか」

「じゃぁ、あの子は貰い」

そう言うが早いか桜は倒れているこまちのところに向かう。

次の瞬間、不意に桜の身体が止まった。

「へへ、さすが、タマの兄貴…」

動けなかった。一歩でも動けば一瞬で消されることは分かった。背後から伝わる殺気の大きさが尋常ではなかった。

「そんなにやりたければ私が相手をしてやろう」

その場にいた全員が振り返る。そこに立っていたのはページュ色のスーツに身を包んだ女の姿があった。

「あいつは…」

タマには覚えがあった。早坂を倒した時に奴の家にキキを迎えに来た運転手だった。

「お姐さん誰?」

「人間だ」

「ふーん。その物言いからすると俺達が人間じゃないのはわかるんだ?」

「無論。気配が異質だ」

「じゃあさ、勝てないのわかるよね?」

すると女はさくさくと浜辺に降りてきて桜に近づいていく。思いもよらない行動に一同呆気に取られている間にその女は桜の目の前まで来た。背は165センチといったところ。小柄な桜と同じくらいの身長だ。すっと右腕を前に出し凛とした表情で言った。

「手合わせ、願おう」

その真っ直ぐな瞳に見つめられて桜は不思議な感覚になった。

なんだ、なんだ、なんだ、人間が俺たちに挑む?

「はっ…お望み通り秒殺してあげるよ!」

次の瞬間桜は地面に倒れていた。

「は?れ…?」

見上げるとあの女がまた同じ表情でこちらを見ている。

「再度、頼もう」

「なん…だ、お前…!」

勢いよく立ち上がった桜は顔面で張り手を受け後ろにくるりと一回転して砂浜に倒れた。

「頼もう」

桜は頭に血が昇ったが深呼吸で整えた。

「なるほど。見くびっていたよ。お姐さん、武士(もののふ)だ」

桜は構えて同じく右手を前に出し、女の手の甲に自分の手の甲を近づけた。

静寂の瞬間。

「俺は桜。お主は何者だ」

「上泉聖守(ひじりのかみ)。侍だ」

「侍…おもしろい…!」

信じられない光景だった。

人間と、人ならざる者、ましてや神相手に互角に闘っている。

「聖…そうだ、聖だ」

タマはあの時キキの父親が運転手をそう呼んでいたことを思い出していた。聖の動きは無駄がなく、流れるような身のこなしと、力の流れを完璧に把握したような技の繰り出しで、美しさがあった。

「なんだあれは…?見たことのない闘い方だ…美しい…!」

桜と聖の闘いを見ていた青嵐は嫉妬と歓喜の入り混じる声で小さく叫ぶ。

「俺たちも始めないか?人間にあれだけの闘いを見せつけられては敵わない」

高橋が言った。

「そうだったね。あたしの蹴り技とお前の蹴り、どっちが強いか勝負だ」

青嵐と高橋が向き合う。

「雷霆」

「かっ…は…ぁ…!!」

目にも止まらないとはこのことだった。青嵐はその細い身体の正面から高橋の蹴りを受け気づいたときにはまるで雷撃でも受けたかのような衝撃と共に、はるか彼方まで飛ばされている。

霹靂(へきれき)

痛みに痺れている中、後ろに飛ばされている身体を真上から一気に地面に叩きつけられた。

「ふべぇ…!!」

高橋の猛攻が始まった。蹴られてはまた別の方向から蹴られ、地面に倒れることすら出来なかった。高橋の攻撃が音速に達した頃、青嵐は気を失っていた。その様子を確認するととどめの一撃が放たれ、青嵐は砂浜に蹴り飛ばされ堤防に打ち付けられた。

「こっちは勝負があったな」

タマが言った。

「あとは、こいつらか」

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