良い貴族
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次の日、レベッカは焼き菓子をたくさん持って仕事に行った。
「おはようございます、デニスさん。」
「おう、おはよう。」
「これ、ゆうべ焼いたんですけど、きょうお家にお帰りになったら奥様と召し上がってください。」
「お、そうか。いつも悪りいな。でも、レベッカの菓子はうまいんだよな。カミさんが喜ぶぜ。ありがとな。」
「どういたしまして。」
トムさんとマイクさんのところにも持っていった。
「トムさん、これ、ゆうべ焼いたんですけど、マイクさんと召し上がっていただけたらと思って。」
「おお、おお、。ありがとう。レベッカちゃんが作ってくれたのか?疲れてるのに悪かったなあ。」
そういうとトムさんはひとつ齧って
「うん、うまいっ!レベッカちゃんはいいお嫁さんになるなあ。」
トムさんはにっこり笑ってそう言ってくれた。
「ありがとうございます。嬉しいな。」
次に執事のノーマンさんに
「ノーマンさん、これ、ゆうべ焼いたんですけど、ティモシー様に差し上げてもよろしいでしょうか?」
「おお、それはきっと喜ばれることでしょう。直接渡されてはいかがですか?」
「それが、私、いまからすぐに作業にかからなきゃいけないんです。きょうは午後から雨が降りそうなので。」
「そうですか、ではお渡ししておきます。」
「ありがとうございます。それから、こちらはノーマンさんに。」
「おや、私にまで?それはありがとうございます。」
レベッカはにっこり笑って、それからくるりと向きを変えて走っていった。
「レベッカー、きょうは雨が降るから、降り出したら危ないからすぐに降りてこいよ。」
「はーい。」
「それじゃ、そのあとは温室ですね。」
「そうだな。レベッカは温室は得意だろ。ここの温室はでけえぞ。」
「わあ、それは楽しみです。」
午前中は雨が降り出すまでレベッカは夢中になって剪定をした。
お昼少し前から雨が降り出したので、お昼ごはんを少し早めて、その後は温室の仕事を始めた。
温室はレベッカの得意分野である。
ブランとおしゃべりしながら花の世話をする。
花は歌を聞かせると喜んでくれるとブランが言うので、レベッカは歌を歌いながら花の世話をしている。
ふと気づくと、ティモシーが少し離れたところに立っていた。
「あら、ティモシー様、こんにちは。」
レベッカはにっこり笑って挨拶した。
ティモシーはちょっと戸惑ったような表情で
「あ、ああ、こんにちは。きょうはノーマンが君の手作りの菓子を持ってきた。ありがとう。とても美味かったよ。」
と言った。
「まあ、わざわざそれをおっしゃりにいらしてくださったんですか?ありがとうございます。」
レベッカは嬉しそうに、にこにこ笑っている。
「君は菓子を作るのが好きなのか?」
「はい。うちでは私はおやつ担当です。」
「すごいな。」
「ふふ、パンも焼くんです。こんどはパンを持ってきますね。兄がパンが好きで焼くとどっさり持っていって仕事の仲間と食べてくれるんです。」
「そうか、楽しみだ。」
こういう話をしているときのレベッカはキラキラしてるな、とティモシーはまぶしく感じた。
「ああ、君は歌も歌うんだな。」
「え?歌ですか?」
「さっき聞こえたぞ。」
「ああ、あれはね、ブランが植物は音楽を訊くのが好きだから、歌を歌えば喜んで成長するって言うので歌ってたんです。喜んでくれてたらいいんですけど。」
「そうなのか。ブランくんが言うならそのとおりなのだろうな。植物も命があるし、心もあるのだな。」
「そうですねえ。仲良くしたいです。」
「俺は物心がついた時から剣の稽古に励み、戦うことばかり考えていた。どうしたら勝てるか、ということばかり考えていた。それが大怪我をして、長い間寝たきりになって、窓から空とビッグと鳥くらいしかみることができない日々を過ごした。その時に気づいたんだ。俺は人間と戦うことしか考えてこなかったけれど、鳥にも生命があって必死に生きている。木にも命があるのだと。そうしたら、なんだか戦いばかりを考えていたのがばかばかしく感じるようになってな。それから、どうしたら戦わずにすむかを考えるようになった。親父はそれが気に入らないらしいがな。」
ティモシーは苦笑まじりにそう言った。
「ティモシー様、それってとっても素敵ですわね。大怪我したり大病を患って、それがきっかけでひとまわりもふたまわりも大きくなる方と、ただ被害者のように可愛そうな自分に酔ってしまう人がいますけど、ティモシー様はご苦労をきっかけに立派におなりなんですねえ。尊敬致します。」
レベッカは心からの尊敬を表した。
「そんなに偉そうなもんじゃない。君のように楽しみつつ立派な仕事ができるようになりたい。」
ティモシーは正直に言った。
「ええーっ。私のことをそんなふうにおっしゃって、それは買いかぶりというものですわ。私はティモシー様みたいに立派な気持ちはなくて、ただ好きなことを、楽しいからやってるだけですので。」
「そんなふうに自然にできるのがすごいと思うぞ。」
「いやーん。恥ずかしいです。ブラン、助けてー。」
レベッカは真っ赤になって顔を覆ってしまった。
「ははは、レベッカは可愛いな。」
「し、し、仕事に戻ります。」
レベッカは、とても恥ずかしくて、ティモシーをまともに見ることもできず、花の世話に専念しよう専念しようと一生懸命になった。
そんなレベッカをティモシーは優しい目をして眺めていた。
しばらくして、デニスがやってきた。
デニスはティモシーを見ると、頭を下げ、
「これはこれはティモシー様、うちのレベッカがなにか失礼なことでもしやしたか?」
と訊いた。
「いや、私がただ仕事ぶりを見せてもらっていただけだ。レベッカ、ありがとう、邪魔したな。」
「いいえ、こちらこそ、ありがとうございました。」
ティモシーはそう言うと温室から出ていった。
足音が聞こえなくなってから、レベッカは小声で
「デニスさん、ティモシー様はもう出ていかれましたか?」
と訊いた。
「ああ、もう出ていかれたぞ。なんだよ、何か困ったことでもあったか?」
「いいえ、なんだか良い仕事してるってずいぶん褒められちゃって、恥ずかしくってどうしようかと困ってたんです。」
「ああ、それならいいじゃねーか。レベッカはそのとおり、良い仕事してるもんよ。菓子もうまいしさ。」
「あー、居心地悪かったー。偉い人に褒められるのって、私、向いてないです。デニスさんが褒めてくれるほうがいいな。」
「おい、俺は偉くないって言ってるな。」
「あ、あははは」
「笑って誤魔化してるな。ま、俺はえらくねーけどよ。でもさ、レベッカってえれーよな。すげーお家のお嬢様なのに、こうやって朝早くから働いてさ。普通はきれいな服着ておほほほって遊んで暮らしてるだろ。なんでこうなんだ?」
「なんでこうなんだって、人間は働くものでしょ?」
「まあ、俺ら平民はそうだけどよ、貴族は違うだろうよ。」
「それがおかしいんじゃないでしょうか?」
「まあなあ。そうかもしれねーけどよ。そんなこというお貴族様はすくねーよ。つーか、いねーよ。」
「そうでもないです。さっきティモシー様が、どうしたら戦わずにすむかを考えてるっておっしゃってたわ。大怪我をなさった時に、お部屋の窓から鳥や木しか見えなくて、そうしてるうちに鳥や木にも生命があってみんな必死に生きているとわかったって。ああ、貴族にもこういう方もいらっしゃるんだなあって思って嬉しかったです。」
「へえ、そうか。あのお方は立派なご領主様になりなさるだろうなあ。」
「そうですね。そういう方が気分良くお住まいになるように一生懸命頑張ります。」
「そうだな。」
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