9 VSアレス征界大学附属高校
金曜日の練習後、レイア達は再び部室の一階に集まっていた。
今回は予期せぬ参加者が現れないよう、事前に二階も確認する。
「アレス側の作戦はこの地図に、機体編成はこの紙に記載しています。火曜日に鹿島先輩と野崎先輩にお見せした物に少し追記した程度です」
「どうやってアレスの空戦部に盗聴器を仕掛けたんだ? あそこは厳重な警備で有名だが」
アレス征界大学はアメリカに本拠地を置く世界最大のスポーツ戦争プロモーター組織、通称『エスデス』(Association for the Development of SportsWarfare)が設立した学校である。
その附属校である高等部も同様であり、日本での競技戦争の選手育成およびプロ契約を目的とし、競技戦争の部活で優れた成績を収めれば学費免除という特典によって、日本のみならずアメリカやその周辺国から有望な生徒を集めている。
特に本命である空戦部にはエスデスが莫大な資金を投入しており、設備と機材は日本の高校で最も恵まれている事は間違いない。
そのため高校空戦参加校としては後発ながら、一気に強豪校と呼ばれるようになった。
アメリカの軍産コングロマリットを中心とするスポンサーの意向により、警備が異常なほど固い事でも有名だ。
「はい。先週訪問しましたが、まず正門を通るのに学生証に付属したカードキーが必要です。偽装カードも用意はしていましたが、前を歩く生徒の後ろをついて行けば通過できたのでこれは不要でした」
「キセルみたいだな」
「しかし、スポーツ戦争を行う部活が集まったエリアの警備は極めて厳重で、軍事基地そのものです。一応中には入りましたが、防犯カメラの数が多過ぎて、潜入は諦めました」
「じゃあどうやって盗聴したんだ?」
「五日前、試合中のアレス空戦部が使う格納庫に忍び込み、試合前のブリーフィングに使ったと思われるノートPCに盗聴器を仕込みました。録音したデータをこの受信機に送信しています」
「じゃあその盗聴器は回収できないのではないか?」
「できません。しかし、PCを分解しない限り気付かれませんし、仮に盗聴器だと気付く人がいても、盗聴器内のデータは送信と同時に削除されます。そして土曜の正午以降、電源が入った瞬間に初期化されます。この方法の良いところは、盗聴に気付かれて逆に利用される危険が極めて低い事です」
「アレス空戦部がそのPCを普段使いしていたのは幸運だったな」
「はい。部活動中は常に付けっぱなしのようで、内情がよくわかりました。今から重要な個所を再生します」
そう言ってレイアは音声データを再生した。
「六〇人以上という契約は満たしているだろうが。試合に勝てなきゃ成果にならないのはお前らも同じだろ?」
「日本人ばかりが戦闘機に乗っているのは不公平だ。留学生も最低二〇人は戦闘機に乗せてもらう」
「率直に言って技量不十分だ。お前ら三年はいいとして、二年生は来年まで待て」
「これはスポンサーからの要望でもある」
「同時に勝利も常に求められている」
「その方法を考えるのがコマンダーの仕事だ」
「その方法とは、適切な人員を適切な機体に乗せる事だ」
音声を聞いたイリスが苦い顔をする。
「英語か……こう早口だと、聞き取れん」
「重要なのはチーム内に確執があるという事です。詳細は後で説明します」
レイアが答え、皆黙ったまま音声に耳を傾ける。
「こちらの要望を飲まないなら、ギャングがお前の家族を攫うかもしれない」
「お前らの脅しには慣れた。知り合いに伝言を預けてある。俺や家族が行方不明になれば、アレスに入る日本人などいなくなるだろう」
「いい度胸をしている。だが、日本人選手の多くがフロンティアに送られる事になるとしたらどうかな」
「そしたらアレス優勝のチャンスはゼロだ」
「タフな日本人。俺達の利害は一致しているんだ。要は、スポンサーとチームメンバーが納得できる落としどころがあれば、お互い困った事にならずに済む」
「なら交渉開始だ。俺のプランは、攻撃隊であるB-25一六機に三人ずつ、P-51一六機に留学生を乗せる。アメリカ人の枠は進歩党派と社会党派に公平に分配し、進歩党派と社会党派はそれぞれ敵艦隊南北から同時に攻撃を仕掛ける。これならフェアだろう?」
「待て。進歩党の連中と分かれるのはいいが、戦闘機に二〇人という基準を満たしていない」
「それは目安だろう。留学生だけで六〇人以上という契約は満たしている」
「ならば取引だ。この試合で要求を呑んでくれれば、夏の大会の間はコマンダーの采配に従う」
「なるほど。準決勝の相手は錨桜だ。勝てるわけがない。だから俺の好きにさせて、全責任を俺に押し付けようというわけだ」
「そうは思っていない。無様な負け方をすればスポンサーから叱責を受けるのは俺達も同じ。錨桜戦で歪な編成が論外なのは理解している。俺達が成果を出せるのは、夏の大会では次が最後だ。幸い相手はトラビとかいう貧乏なジェリーとジャップ。飛行機も選手もポンコツばかりだ」
「……妥結点か。B-25を一二機に減らし、代わりに進歩党派と社会党派にP-47を四機ずつ分配する。留学生だけで六〇人。その大半がアメリカ人。文句は無いな」
「合意する。いい取引だ」
「ならこの場で大まかな作戦を説明する。問題なければ、合意書にサインしてもらう」
そしてアレス征界大学附属高校の空戦部部長による作戦説明が始まった。
「一昨日は訊けなかったけど、進歩党派と社会党派というのは何なのかしら。アメリカの二大政党というのはわかるのだけど」
「アレス空戦部ではアメリカ人留学生が出身地によって激しく対立しています。特にDeep Southと呼ばれる地域の出身者は、国民進歩党が優勢な州の出身者を非常に嫌っています。逆も然りであり、進歩党派と社会党派の生徒が互いに連携する事は不可能だと、この部長さんが言っていました」
「よくそれで一回戦勝てたな」
「映像見るとわかるが、個々の練度は高いんだよな。国籍問わず。真面目に練習している事は伝わってくる」
「一回戦もあっさりというか、危なげは無かったわね。事前に作戦がわかっていても、油断はできないわ」
「俺達に必要なのは勝利ではなく完勝だからな。遠慮なく弱点を突かせてもらう」
アレス空戦部の部長の話が終わると、会話していたアメリカ人が退室したらしく、別の声が入ってきた。日本語を話している。
「お疲れじゃったのう。コーヒーを淹れてやろう。勿論、アメリカンではないぞ」
「ありがとう。この学校に入って良かったことは、アメリカへの幻想が消え失せた事だな」
「げに同感じゃ。大統領選があるのも最悪じゃったの。去年はもう少しマシじゃった」
「俺部長断ったんだぜ。これでも」
「奴らの意見で唯一一致しとるのが、日本人の下につくなら強い奴、じゃからのう。斗刈だから何とか纏まっておるのじゃろう」
「あーあ! 星条かレルム国際に行けば良かった。まぁあ学費高過ぎて通えないんだが」
「アンソンはトラビを舐め切っとったのう。トラビに金が無いというのは事実じゃろうが、金が無いから弱いというのはいかにも浅慮。一回戦は完勝しとるし、こんな力押しで大丈夫かのう」
「……俺は全く大丈夫だと思ってない。俺達が他の強豪校に何て言われてるか知ってるか?」
「協調性に欠けたエリートの寄せ集め。いかにも! その通りじゃて」
「見る人が見ればわかるんだろうな。次の試合、いっそ負けた方が秋以降楽かもしれん」
ここで会話の再生は終わった。
「こんなに苦労しているのに、盗聴までされているのか」
「気の毒だけど、勝たないと困った事になるのはお互い様よ」
「では、作戦を説明する。まず、迎撃だが、B-25六機とP-51八機の攻撃隊が二組、東西から同時にやってくる。会話から、艦隊到着予想時刻もわかっている。B-25は全てJ-20型で雷装。P-51は爆装の可能性があるが機数は不明、でいいな」
「はい。会話で一個小隊爆装案が出ていましたが、確定はしていませんでした。ただ、こちらが優位高度から迎撃すれば捨てるでしょうから、関係ないかと」
「そうだな。南側の迎撃はゲルプ隊とヴァイス隊、北側の迎撃はヴィオレット隊とゼピア隊で行う。P-47の迎撃は俺達がやる。六原の話じゃ、P-47は戦闘機数を増やすための数合わせで、乗員の練度は比較的低いそうだ。照準妨害を主とし、投弾後に片付ける」
「そういった情報はさっきの会話に無かったと思うが、どうやって把握している?」
「会話を全部聞いています」
「一日八時間分あるとしたら、一週間で五六時間だろう。それを全部か?」
「はい。ハンナと分担して」
「それでも一人当たり二八時間か。褒められた話ではないが、盗聴も労力がいるのだな」
「どうも。まぁ耳は二つずつありますし、二倍速で聞けば四分の一の時間で済むので大した事ではないです」
「……そうか。鹿島、続けてくれ」
「次に攻撃隊だが、グラナト隊とヤーデ隊がJu88A-4で雷撃を行う。シュバルツ隊とズィルバー隊は先行爆撃し、最後にゴルト隊とルービン隊の急降下爆撃だ。機体はJu87D-3。制空はロート隊とブラオン隊だ。ところで、攻撃隊の戦闘機が全員留学生という事は、斗狩と鳴滝は迎撃隊か。位置はわかるか」
「艦隊西側、高度は三千です」
「斗狩と鳴滝はプロ注目の逸材だ。ロート隊は温存するから、ヤーボ隊突撃時の支援はブラオン隊だけだ」
「ダイブ速度はこっちが上だから、振り切って見せるわ」
翌日。アレスの空戦部に作戦変更が無かった事を確認し、エレンがスイス銀行に送金。レイアは賭博の運営にお金を振り込んだ。
そして日曜日。夏の大会二回戦。
トラビマイスター高校VSアレス征界大学附属高校。
雨が降る日本海バトルフィールドにて最初に会敵したのは、トラビ側の艦隊東側を飛んでいたグリューン隊。敵機はP-47D。
「鹿島、敵が降下を始めたぞ!」
「あれはミスだ。艦隊手前で水平飛行になる。そこを狙う」
それから十数分後。艦隊南側にいたレイアはB-25を発見する。
剣を掴んだ黄色い鷲はアレス征界大附属の校籍標識。
「ゲルプアインより各機。ヴァイス隊はB-25のみを狙え。P-51はゲルプ隊が対処する」
そう言ってレイアは上昇を始めた。
しばらくして、こちらに気付いたP-51のうち、四機が、旋回して上昇してきた。
「ヴァイス隊攻撃開始」
ヴァイス隊が降下を開始すると、P-51のうち四機が爆弾を捨て、それに追従した。
高度はこちらが有利。P-51が射撃する一瞬早く、レイアは機体を横転させ、斜め下方へ宙返りする。
「レイア、敵機二時方向」
ハンナから無線を受けてすぐにレイアは機首を上げ、目の前で旋回しようとするP-51を粉砕した。
その後エレンが一機撃墜したところでレイアは降下を命じる。
空戦エネルギーの優位は失ったが、二機撃墜なら上々。P-51C型をアグレッサーにした練習は役立った。
「三、四番機はP-51に追い付かれたら離脱して良し。B-25を狙う場合は最後尾を」
言いつつレイアは片方のエンジンから煙を噴いているB-25に狙いを定め、一斉射。
B-25の主翼が折れ、墜落していく。
更にハンナも一機撃墜。
一方でヴァイス隊がP-51に追い回されているが、直ぐには助けに行けない。
MW50を使いつつ斜めに上方に宙返りし、高度を確保しつつ進路を変える。
無線からは他の迎撃隊の状況が伝わってくる。
「流石に硬えな。一度上昇して引き起こしを狙う」
「グリューンフィーア。味方艦隊の被害確認。大破一、中破二」
「かー、あの状態で当てたのか。やるじゃねぇか」
「こちらヴィオレットツヴァイ。明日香がやられました。申し訳ございません!」
「敢闘及びませんでした!」
「どうせ後ろ見てなかったんだろうが! 六原、状況!」
「B-25残り二機、殲滅可能」
「よし。俺達はサンボル仕留めて、北の迎撃に向かうぞ」
鹿島先輩に答えた通り、B-25の殲滅は可能。だがその前にP-51をやる。放置するとヴァイス隊が全滅する。
優位高度からP-51の背後を取ったレイアは銃撃。命中はしたが堕ちない。
そのP-51の右翼のエルロンが上向きに、左翼のエルロンが下向きに動いた瞬間レイアも機体を右側に横転させ、照準器に入ってきたP-51に止めを刺した。
その後反転上昇してもう一機を損傷させ、錐もみ状態となったP-51をハンナが仕留め、ヴァイス隊二機の救出に成功した。
一方味方の攻撃はヤーボ隊の爆撃は成功したものの、アレス側艦隊上空の航空優勢が取れず、苦戦している様子が無線から伝わってくる。
「香織〜、急降下準備して」
「いやまだ早いやろ」
「あのP-51、多分こっち来るんだよね」
「……あかん! しゃーない、全機あてに続きや!」
その後の無線から、最低でも二隻を撃沈したことは伝わってきた。
「一発当てた、けど、P-51が真後ろにおる!」
「あー二発目は無理だね~」
「由衣も撃たれとるやん!」
「これはもう助かりませんよ」
「あっかーん!」
香織と由衣が操るJu87は撃墜された。
その後もP-51によってトラビ側攻撃部隊に大きな被害が出たが、迎撃を潜り抜けたJu88A-4の放った魚雷が三本命中。
撃沈二、大破一の戦果が追加され、夏の大会二回戦はトラビ高校の勝利に終わった。
試合終了後のヒーローインタビューには、三機撃墜したブルーノとハンナ、指揮を執りつつ二機撃墜した衛徒が呼ばれた。
敵主力部隊と交戦して三機撃墜したブルーノ先輩と部長を務める鹿島先輩はわかるが、ハンナの戦果は私と同じだ。
「何で私じゃなくてハンナなんでしょうか」
「それはほら、最近は二番機に注目するのが流行りだから」
レイアの愚痴に綾音が答える。
「そうなんですか」
わかりきった話だ。私よりハンナの方がテレビ映えするからだろう。
こんなことなら最後のB-25を湯雲さんと西園さんに譲らなければ良かった。
ハンナはガチガチに緊張してしまっていて、レイアのおかげ、レイアについていった結果、という回答を繰り返している。
これはもしかして私が追加で呼ばれる流れなのではないかと思ったが、マスコミは恥ずかしがっているハンナにカメラとマイクを向けるのに夢中で、期待は裏切られた。
ヒーローインタビューが終わった後、アレス空戦部員の女子生徒がトラビ高校側の待機室にやってきた。
「おぅい。サイン色紙を持ってきてやったぞ」
「あ、私のです!」
そう言ってエレンが飛び出して来た。
「お主か。格納庫の前に色紙とメモを置いて帰ったのは」
「そうです。ありがとうございます」
「となると、試合前に格納庫へ来た新聞部を名乗る怪しい二人組というのも、お主か」
「そうです」
「それはちと下調べが足らんのう。アレスのスポーツ戦争系の広報はウォー・リザルト・ジャーナルが統括しとるから、アポ無し取材に応じる事は無いんじゃなぁ」
「厳重ですね」
「そして今、ウォー・リザルト・ジャーナルが取材に来とる。だがわっちは、サインを届けるという名分で逃げてこられたわけじゃ。お主らに感謝かのう」
「こちらこそ、鳴滝選手に会えて嬉しいです」
「嬉しい事言ってくれるのう。今戻ってもまだ続いてそうじゃし、帰りたくないわい。どうじゃ。わっちを軟禁せんか?」
「ええ!? いや、そういうわけには、いかないかと」
「冗談じゃ。寧ろ今日中に言い訳しといた方が良いじゃろし。わっちは帰る。三回戦は応援しておるからの」
そう言ってアレスの女子生徒は去っていった。
「負けたのにサインくれるなんて、良い人ね」
「うん。アルファベットなのもかっこいい」
「そういうのって、将来価値が出るのかしら」
「出るとは思う。でも売らないぞ。もう一度貰って並べるんだ」
「だったら私のもいる? 有名選手になるわよ。近いうちに」
「いずれ貰おうと思っている。レイアが有名になったら、車にサインして欲しい」
「車にサイン。珍しいわね」
「高校空戦MVP選手のサイン入りトラバント限定百台」
「私のサインは売るの!? しかも百回もサインするの!?」
「私の分は売らない」
「そう。まぁ良いけど」
人力で同じサインを量産する方法を考えなければならないとレイアは思った。
次回、レイア、Fw190とかけましてコント師ととく




