8 戦う理由
木曜日、ガソリン不足によりゲルプ隊の練習は休みであったが、レイアとハンナは一旦家に帰った後、空戦部の部室に向かう。
空戦部の練習は終った後であったが、衛徒と綾音、そしてイリスが部室に残っていた。
相談したい事があるとレイアが伝えていたからだ。
「お待たせしました」
「相談とは何だ。藤巻も混ぜる理由があるのか?」
「どうせ碌な事ではあるまい」
レイアとハンナはイリスに嫌われていた。
父親の汚職をネタに電話で脅迫した人間である事をイリスに看破され、レイアとハンナが認めたからである。
「良い儲け話が、あるんですよ」
「儲け話?」
「お得意の恐喝でもするのか?」
「違いますよ。あ、でも藤巻先輩のお父さんの協力は必要です」
「なら断ると先に言っておこう。父の事は好きにしたらいい。汚職をする方が悪いのだ」
「先輩はヴェッシーに負けたままで良いんですか?」
「……今年の高校空戦でリッター学園を上回ったらとかいう話か。あんなもの何の確証も無い」
「しかしその御伽話が私達の目標となっています」
「そう。御伽話。つまりは虚構だ。鹿島や綾音には以前言ったが、勝手に信じて期待するな。崩れる時は一瞬だぞ。ベルリンの壁のように」
「しかしそれでも、今の私達は空戦で頑張るしかありません」
「だからと言って違法な手段に出て良いわけではない。儲け話とやらも、合法ではあるまい。多少の金では焼け石に水だからな」
「お父上とは違って、随分と誠実ですね」
「統一ドイツの時代に、東ドイツの悪習は捨てるべきだと思っているだけだ」
「同意します。そしてもう一つ、捨てるべき物があります」
「何だ?」
「劣等感」
「……何の話だ」
「一旦、六原の話を聞こう。俺達に相談するという約束は、俺達は相談に乗るという意味でもある」
「そうね。なんというかその、もう悪い事をやっちゃってるのよ」
「何だと!? 違法行為という事か?」
「ええ。そして私は、それに同意している」
申し訳なさそうな綾音の告白にイリスは数秒ほど茫然自失した。
「私は綾音を尊敬して、また一緒に飛びたくて空戦部に戻ってきたのに……もしかして、まともな東ドイツ人は私だけなのか? 東ドイツ的には私が異端なのか?」
「落ち着いて。私は日本人」
「その違法行為について説明しろ。勿論、秘密は厳守する」
「六原、月城、話してもいいか」
衛徒の問いにレイアとハンナは頷く。
今回の計画には藤巻先輩の協力が欠かせない。仲間に引き入れる必要がある。
「四日前の相手、ノストラム。三日後の相手、アレス征界大附属。これらのチームを盗撮および盗聴し、相手の作戦を事前に把握した」
「ノストラム戦のあまりにでき過ぎた試合展開はそういう事か! そして、その盗撮や盗聴を六原と月城がやっているのだな」
「そうだ」
「流石は元シュタージだ。倫理観がまるで無い」
「でもそれは私達の指示なのよ。機体の損耗を最小限にしないと、今年一年戦うことすらできない」
「そして万が一バレた際には、俺と野崎が責任を負う事になっている」
「そうか……。綾音が同意しているなら、それについて否定はしない」
「真っ当に戦っては希望すら無い。可能性のある幻想なら縋ってやる。六原、簡潔に説明しろ」
「ありがとうございます。要は、必ず勝てる博打で大儲けします」
「常に発展する社会主義みたいな幻想きたな」
「この与太話を聞かないといけないのか?」
「とりあえず聞いてくれ。藤巻の協力が必要だから呼んだんだろ」
「はい。ですがその前に」
そう言ってレイアは階段へ向かい二階へ登って行った。
「話の途中だぞ」
「上に人がいたみたいです」
ハンナの言う通り、レイアは二階に人の気配を感じていた。
数十秒後、レイアはエレンと樹里を連れて一階へ戻ってきた。
「すいません。気付くのが遅れました」
「聞かれたのか?」
「床に寝そべっていた跡があったので、おそらく」
「二階で何してた」
「えーっと、暇だったので過去の高校空戦の雑誌とか読んでました。そしたら降りるタイミングを見失って……」
「過激な単語が出たからな……」
「私達は帰りますね。お邪魔だと思うので」
「私は残るぞ。金儲けと聞いた。面白そうな話だ。私を混ぜてください。秘密は漏らしません」
「六原、どうするんだ。俺達は可能性の話をしていただけだ。今ならまだ無関係と言える」
レイアは思う。
この二人を追い返してしまうと、今後のゲルプ隊の連携に支障が出るのではないだろうか。
二人の表情から汲み取れる感情は好奇と期待が大。内心では話を聞きたがっている可能性が高い。
せっかく仲良くなれたのに、仲間外れにして、わだかまりを残したくない。
ならば、話を聞かせたうえで、本人達に決めさせるべきだ。
「二人の意思に任せてはどうでしょう。法的な問題については、二人を共犯にしなければよい話です」
「だ、そうだ。ドアの鍵は内側から開くぞ」
「私は残ります! お金の重要性はわかります。それに、勝ってみたいです。西ドイツのリッター学園に」
「それなら私も残ります。皆さんと思いは同じとは言えないかもしれませんが、軍用機の話を思う存分できるのは、空戦部だけなんです。無くなると困ります」
「六原。とりあえず説明してくれ。別にやると決まったわけじゃない」
衛徒に促されたレイアは頷いて話を続ける。
「日本で最も人気の学生スポーツである高校空戦は賭博の対象となっています。二回戦におけるトラビのオッズは約六倍。賭ければ確実に儲かります」
「アレスの空戦部に対しては盗聴器のみ仕掛けているが、昨日成果を聞いた。このままいけば勝てるだろう」
「それはいいとして、賭け金はどうする。我々から集めるのか? 高校生のお小遣いが六倍になったところで何になる。それともまさか、部費を賭けるとは言うまいな」
「あり得ません。負けた場合のリスクもありますが、空戦部の預金額が短期間で増減すれば怪しまれます。お金は消費者金融から借ります」
「借りられるのか? 高校生が」
「シュタージが持つ日本のペーパーカンパニーを使います。巨額とはいかないですが」
「そうか。で、私の父への依頼とは?」
「東ドイツにある架空人物名義の隠し講座を、お金の経由に使わせてください。更に私達が仕事で使っていたスイス銀行の口座を経由して、胴元とお金をやり取りします」
「お前達を買い被っていたようだ。消費者金融で借りられる程度の額、父に頼むに値しない。お前達の口座を使え」
「……仕方ないですね。東ドイツとはいえ、私達名義の口座ではリスクが増えるのですが」
「つまりは完璧な計画ではないということだ。諦めたらどうだ?」
レイアがイリスを説得する方法を考え始めた瞬間、エレンが口を開いた。
「それなら私の金を使えばいい」
「一体いくら持ってるの?」
レイアの問いに、エレンは机の上の電卓を叩く。
「この数値はオストマルクだ。円換算なら百倍となる」
「何よこれ!? いくらザクセンリンクジャパンの御令嬢でも、こんな額あり得ない! 言っちゃ悪いけど、今のザクセンリンクジャパンならこの額でも銀行から借りたいはず」
驚くレイアに、エレンは不敵な笑みを返す。
「この計画は、一部の人間しか知らないからな」
「だったら、このお金の出所と、ザクセンリンクジャパン御令嬢のご意見を伺おうかしら」
「わかった。東西ドイツの合併が決まった時、通貨の換算レートが大きな争点になった事は知っているな」
「ええ。東ドイツが吸収合併を受け入れる代わりに、西ドイツ側は交換レート二対一を認める。こないだ西ドイツの選挙で決まったわね」
「これを見越して東ドイツ国立銀行はある計画を実行に移していた。六原と月城は元シュタージだとさっき聞いたが、知っているか?」
「いいえ。噂では聞いたけど、少し調べたくらいじゃ、何も出てこなかった」
「そうか。なら、バレるリスクはいよいよ低いな」
「とても気になるわ。教えて頂戴」
「東ドイツ国立銀行は国内の主要企業に融資として多額の資金を貸し付けた。これを統一後に西ドイツマルクと交換。国立銀行はキックバックを貰う、という計画だ」
「そんな事をすればインフレが起きるはずよ。でも東ドイツ人は八◯年前のように、大量の札束を持ち歩いてはいない」
「単に銀行預金の数値を増やしただけだからな。融資を受けた企業は個人口座などに分散して預金している。この口座のお金は父から私に給与として支払われたものだ」
「興味本位で聞くけど、今のオストマルクの実質価値は?」
「西ドイツマルクの十分の一を切っているだろう。と、父は言っていた」
「紙屑と化したオストマルクを二分の一の価値で交換しなければならないのね。西ドイツは」
「凄ぇな。国家ぐるみの詐欺じゃねぇか!」
「さすがメフォ手形を思い付いた国ね。統一までにバレたら終わり。全国民を巻き込んだ大博打じゃない」
「そんな最重要国家機密を、なんで湯雲さんが知っているの?」
「最近の父は自暴自棄になっていて、母と離婚しようとしている。その際私達が不自由なく暮らせるようにと、今の話を説明された」
「そう……まぁでも貸してくれるなら使うわよ。高校空戦の賭博で動くお金は莫大だから、これだけの額を賭けてもトラビのオッズは大きくは下がらない。十分過ぎるほど儲かる」
「そうしてくれ。このお金は私の個人資産であり、出所は東ドイツ国立銀行からの融資なので、違法性は無い。使えますよね」
「前言を覆して悪いが、額が多かろうが駄目だ。違法賭博に手を染める。そこまでする理由があるのか? 少なくとも私には、無い」
計画の安全性を担保するには藤巻先輩の父が持つ架空人物名義の口座の活用が必須。何とか協力を取り付けたい。
職業柄、色んな東ドイツ人を観察してきた。その殆どが、劣等感と呼べる感情を抱いていた。
藤巻先輩は例外か。否。
さっき劣等感という単語を出した時藤巻先輩は大きく反応はしなかったが、感情の琴線に触れた事は見てとれた。
その感情に訴えかけるより他に無い!
「藤巻先輩にも、空戦部をライヒスリッター学園に勝てるほど強くするメリットは、あると思いますよ」
「どこに」
「今後の人生です」
「未来に、という事か?」
「はい。東ドイツにも固有の文化と日常があった事は事実です。しかし統一後は、東ドイツでの思い出は無意味なものだから忘れろと言われ、私達の文化も、日常も、劇的な変化を余儀なくされるでしょう」
「だからなんだ。私は適応してみせる」
「仮に私達が東ドイツの思い出を忘れて生活しても、私達が東ドイツ出身である事を、世間は、世界は、忘れてくれないと思います。藤巻先輩が少しでも劣等感を抱いているのなら、このまま卒業しても一生ついて回ると思います」
「憶測で人の人生を語るな。劣等感だと? 何に対してだ」
「例えば、私達から搾取を続けたロシア人。同じ敗戦国でありながら経済大国にのし上がった西ドイツ人と日本人。藤巻先輩にはありませんか? ドイツや日本で居心地の悪さを感じるのではないかという不安が。私はあります」
「それはお前がシュタージだったからではないか? 私は真っ当に生きてきた」
「その真っ当な生活で得たささやかな幸せや成功体験は、認められずに終わります。だって私達の祖国は失敗国家という烙印を押されたまま、消滅するのですから。この事実に対して抱く空虚さや寂しさの根幹には劣等感があるのだと、私は考えています」
「だからなんだ、そうだったとして、どうしようもないじゃないか!」
「いいえ。溜まり続けた不可視の澱を、大切な思い出としてしまっておける方法があります。それは勝つ事! お金持ちのライヒスリッター学園に部活動で勝ったなら、東ドイツで育ったというしがらみも、形のわからない劣等感も、成功体験で蓋をして大切な思い出としてしまっておける。違いますか?」
「真っ当な方法で……勝ちを目指す。それが部活動だろう」
「お気付きでしょう。現状で勝つのは無理です。お金が無いせいで、練習すら満足にできない現状では。しかし、生まれは変えられずとも今の空戦部は私達の手で変えられます。取り戻しましょう! 勝ち負けの因果を自分達の手に。思う存分練習して勝つ! そのためには必要です! ライヒスリッターとの戦力差を埋めるための資金が!」
「……お前は悪魔だ。煽動者だ! 知った風な口を……話は終わりだ」
「六原さんの話が終わりなら、私は賛成に一票」
「綾音!? そこまで……するのか?」
「私が通っていた小学校で、給食費の未払いが問題になった事があった。真っ先に疑われたのが私だった。バブル崩壊の煽りで両親の工場が潰れ、借金がある事を皆知っていたからよ。私の親はちゃんと払っていたけれど、卒業まで未払いの噂が完全に消える事は無かった。私の成績がどれだけ良かったとしても! あの時私が感じたやるせなさと悲しさも、一種の劣等感だと思うわ」
綾音は一旦言葉を切り、小さく息を吐いてから続ける。
「私がトラビに入ったのは、単に家から通えて学費が安いからよ。そして部活でも、お金が無いから試合辞退を繰り返し、練習にも大きな制約が生じている。正直言って私は満足していない。現状を覆し、本当の意味で自分が納得できる部活動がしたい。私は、自分の欲望のために、六原さんの計画に賛成よ」
綾音の真剣な顔を見て、イリスは溜息を付いた。
「綾音が言うなら、私も六原の甘言に乗ってもいい。だが一つだけ確認させろ。お前に対する信用の問題だ。何故お前はそこまで高校空戦に固執する? 単に負けず嫌いとかいうレベルじゃない。個人的な目的があるんだろう。それを話せ。皆を、巻き込むのだからな」
これは、誤魔化さない方がいい。真実を話そう。
話して信用を得られるとは限らないが、信用を得られなければ、私の目的は果たせまい。
「有名選手になって、家族に見つけてもらうためです」
レイアは身の上を話始めた。
「私の父は東ドイツの政府高官で、私がシュタージに入ったのも、国家保安省を経て父の後を継ぐためでした。日本に赴任してからも数ヶ月に一度は帰省していましたが、ある時家がもぬけの殻になっていて、近所の人から、西ドイツに旅行に行ったと聞かされました。それ以降、居場所も連絡先もわかりません。要は旅行に見せかけた亡命です。家族全員で西へ旅行に行く事は法律で禁止されているので、私だけ置いて行ったという事でしょう」
「……なるほど。高校空戦で有名選手になれば、名前は日本中に知れ渡る。大学に行った後、スポーツ留学でドイツに行くという手もあるだろう。家族と再会する機会はある」
「私は両親の期待に応えられるだけの成績を収めてきました。何より、赤月のベルリン事件で、私は両親の命を救っています。なのに捨てられるというのは、納得いきません。きっと何か事情があったはずで、私の居場所がわかれば、必ず会いに来てくれるはずです。そのためには、この空戦部が雑魚では困るんですよ!」
「動機としては、十分だ。では月城は? 何故高校空戦に拘る?」
「私が拘っているのはレイアです。レイアに恩返しがしたいので、できる限り協力しています」
「恩返しとは?」
ここでハンナに目で問いかけられたレイアは頷く。
「赤月のベルリン事件について、私は事前に知っていました。同僚から勧誘されたからです。しかしその条件には危険な存在であるレイアの排除が含まれていました。私は、何もしませんでした。レイアに計画を伝えはしましたが、それ以降は考える事を放棄して、当日を迎えました。そしてあの夜、東ベルリンが赤く染まりました。でも私は、大切なものを失わずに済んだんです。レイアが両親を救出するついでに、助けてくれていたんです。死力を尽くして成し遂げたレイアに家族の迎えが無くて、何もしなかった私にはある。おかしいです。私はこの不条理を認めません」
「お前達の事情は承知した。計画に賛同する。私から理事会に、東ドイツ政府から金銭的支援を受けたと連絡して、帳尻が合うよう空戦部の今年度予算も修正する」
「ありがとうございます」
「感謝など不要だ。単なる利害の一致。私達は共犯者、だからな」
イリスは自嘲気味に笑って言った。
「協力が必要な湯雲と藤巻は同意した。副部長兼会計の野崎も承認した。六原、金の流れに絞って、計画をもう一度説明しろ」
「はい。まず湯雲さんの口座からスイス銀行を経由して賭博の運営にお金を振り込みます。賭けの配当金はスイス銀行を経由して藤巻先輩のお父さんの隠し口座に送金。そこから空戦部の口座に振り込んでもらいます」
「藤巻は父親に協力を頼めるな?」
「可能だ」
「スイス銀行の口座名義は東ドイツ籍のペーパーカンパニーであるため、法人税納付先はスイスです。私達の所得にはならないので、日本での納税手続きは不要です」
「一応確認させてくれ。月城から見ても、この計画に欠陥は無いんだな?」
「そうね。賛成とは言ったけど、部員の身に危険が及ばない前提よ」
「私も大丈夫と考えています。大量の機体や部品を購入すれば、不審に思われ監査が入る可能性はあると思います。ただ、監査は年度末、或いは来年度ですよね」
「ええ。私が入る前に監査を受けた時の記録では、翌年度だったわ」
「ならば東ドイツは既に消滅しており、東ドイツの銀行も西ドイツの銀行に吸収されています。藤巻先輩のお父さんの隠し口座も消滅しているでしょう。更に、東ドイツの銀行職員の多くがリストラされるとの話です」
「なんで」
「東ドイツの公務員は信用できないから、だそうです」
「ああ、まぁ、さっきの話聞くと正解だと思うな。説明を続けてくれ」
「はい。高空連の監査能力は知りませんが、既に消滅した国の銀行の、既に無い架空人物の口座の正体を突き止める事は極めて困難です。手続きを行った行員がいないとなれば尚更です。奇跡的にそこから先を辿れても、スイス銀行は顧客情報を決して外に出しません。なので私もレイア案を支持します」
「良いだろう。承認する」
「二点確認があります。まず、私とハンナ、藤巻先輩の手数料は無し。構いませんね?」
「当然だ。個人としては儲ける気は無い」
「では次に出資者である湯雲さんの取り分ですが、四割が妥当と考えています」
「そんなに貰えるのか!?」
「ええ。この世で一番偉いのはスポンサーなのよ。この計画だって湯雲さんのお金と知識が無ければ成立してないし」
「……なら、三割は空戦部に振り込んだうえで、今年は使わないようにしてほしい。残り一割は私の日本の口座に振り込んでくれ」
「先輩方、構いませんか?」
「構わない。俺達がどれだけ頑張ろうと、来年空戦部は無いかもしれないがな」
「私も構わないわ。空戦部が廃部になった際に残っているお金の使い道は任せるわ」
「では、湯雲さんの希望通りに。ただし、日本円への両替や振り込み手数料は湯雲さんの取り分から出してもらう」
「構わない。これでまた、トラバントの宣伝ができる」
「六原、賭博参加の締め切りはいつだ」
「試合開始前日。土曜日の正午です」
「なら、明日同じメンバーで集まり、六原と月城の諜報成果をもう一度発表してもらう。六原と月城は盗聴を続け、直前までアレス側に変化が無ければ決行しろ」
「わかりました」
「じゃあ一年は帰れ」
「はい」
衛徒に言われ、ゲルプ隊の四人は部室を後にした。
「……とんでもない一年が入ってきたな」
「今更か。相手チームの盗聴を認めていたのだろうが」
「半信半疑だったんだ。結局大した情報は掴めず、最後の一年間楽しくやりましょうに落ち着く可能性もあると思っていた。だがあの二人、盗聴盗撮程度じゃミスをしないだろうな」
「国や組織が存亡の危機に瀕した時、平時であれば埋もれていたであろう人材が急速に頭角を現す事がある。おそらく六原はその類いだ」
「六原の過去について訊いてくれたのは良かった。赤月のベルリン事件で、六原は人助けをしていた側で、月城は何もしていなかったとわかった。ただ、あの二人は巻き込まれただけと言っていたが、正確じゃ無かったな。少なくとも六原は能動的に動いている」
「それは仕方ないわよ。家族を探していますなんて、簡単に人に話せるわけない。本当に、早く見つかると良いのだけれど」
「同感だ。六原は自分の家族と再会するためなら何でもやるぞ。率直に言って危険だ」
「だから行動を起こす前に相談させてるんだ。結局、俺ら全員乗せられたが」
「情けない限りだ。六原が劣等感と口にした時は否定したが、内心では気付いていた。東ドイツでの生活は、普通だと思い込まされていただけで、全く普通では無かった。それをこの国で初めて気付かされたのが悔しい」
「私も昔を思い出してつい熱くなってしまったわ。次の試合が終わったら、私達全員頭を冷やしましょう」
「準決勝は辞退か」
「藤巻は反対か?」
「賛成だ。忌々しい事に、私も勝ちたくなってきた。リッター学園に。もしリッター学園に勝てれば、この上無い思い出になるだろう。そのためには、無意味な戦いを避ける事も必要だ」
「そして秋以降は全試合に挑む。計画通りにいったなら、休みなんか無くなるぞ」
「そしたら私バイト辞めるわ。希望があるというのは、幸せな事なのね」
「綾音……。帰ろう。身体が冷えた」
「そうね。冷房が強過ぎたかしら」
三年生達もまた、やや緊張した面持ちで、それぞれの帰路についた。
次回、レイア、パン屋でトングを鳴らし商品を威嚇




