7 VSノストラム実業高校
一回戦前日の土曜日。ノストラム実業高校近くの喫茶店で時間を潰している二人の携帯に着信が入る。
発信者は衛徒。ノストラム空戦部が四国沖バトルフィールドに到着。との事だった。
レイアとハンナは無人となったノストラム高校空戦部の部室に向かい、作った合鍵で扉を開けて中に入る。そして盗聴器と隠しカメラを回収すると、新幹線とタクシーでトラビ高校へ戻る。
新幹線の中、隠しカメラの映像をノートパソコンで確認し、夏の大会初戦に向けたブリーフィングをしていた日時を割り出す。
そして録音データのうち該当する日時の部分を再生すると、そのブリーフィングでの会話を聞くことができた。
欲しい情報は完全に揃った。
選手の技量で大きく劣っていない限り、完勝は間違いないだろう。
トラビ高校からFw190A-8に乗って四国沖バトルフィールドに到着し衛徒に首尾は上々と伝えると、二一時に会議室に来るよう言われた。
レイアとハンナはシャワーを浴びた後、エレンと樹里の部屋に行って取材の結果を聞く。
一回目のノストラム高校潜入時に『ディウルナ』という学内新聞があることは確認していたので、ディウルナの取材だと自称する事を勧めておいた。
「いやー、六原殿のおかげで上手くいきましたよ」
そう言って樹里はビデオカメラをテレビに繋ぐ。
「ディウルナの取材ですー! 部長さんから話を聞けないですかね」
「んー? なんか先週も取材に来てなかったか?」
「あ、そうなんですけど、試合直前の意気込みなどを是非!」
「呼んでくるけど、今整備中だからな……。まぁでも橋口は来るだろうな」
そう言って男子生徒が去った後、樹里は勝手に移動して格納庫の中の機体を映し始めた。
確かに、これでも試合前に敵の編成をある程度知れる。
「ちょっと二人とも、ノストラムん生徒でん勝手に入ったややっせんじゃ」
「すいません。試合前独特の緊張感が、整備の姿からも伝わってくるかと思いまして」
「取材はいつでん歓迎やっど。あと緊張はしちょらんね。熱か太陽ん下で飛ぶ。こいがいっばん楽しかでね」
「樋口選手ですね。えーっと、サインください」
「おお。サイン求められたんなはいめっじゃっで、こっちん方が緊張すっな。どげん? 上手う書けたかな」
「ありがとうございます」
黙って二人の成果を確認するつもりだったが、流石にこれは口を挟まざるを得なかった。
「まずこの橋口って人、日本語おかしいんだけど、ハーフだとしても、こんな変な覚え方する?」
「顔の彫りが深いから、ラテン系かな」
「ああこれは薩摩弁といって、日本語の一種です」
「ああ、方言ってこと」
「そうです。ハーフどころか生粋の鹿児島人です」
樹里が持つカメラが、一機の戦闘機にフォーカスする。
「あれはMC・205『ヴェルトロ』ですね。強そうですねぇ。攻撃に使うんですか?」
「ヴェルトロは迎撃用やっど。速かでね。いっき敵ん爆撃機に追い付くっど」
「凄いですね。じゃあ攻撃はどうするんですか?」
「あっちん格納庫ん『スパルヴィエーロ』が爆弾と魚雷でうったくう。特に雷撃は練習したでね。上空ん爆撃隊が敵を引き付けちょっ間に、雷撃隊が突っ込ん。魚雷が当たればちんがらっで」
二人の取材の意味はあった。
短時間のやり取りで、敵のおおまかな編成と、迎撃戦闘機の機種までわかってしまった。
レイアは納得がいかない。
「なんでこの人は訊いても無い事まで教えてくれるの? 日本人は親切ってそういう事?」
「おしゃべりな人だった。ラテン系かもしれない」
「日本人でしょこの人。あとマイク持ってるのは湯雲さんなのに質問してるのはカメラ持ってる西園さん。なんでこの人は気にしないの?」
「ラテン系の感覚なんじゃない?」
画面が格納庫を一周するように回っている。
この格納庫には戦闘機しか無いようだが、少なくとも試合に使用するMC・202とMC・205の最低機数はわかる。
そして一個小隊四機、二個小隊で一個中隊とする事が基本である事を考慮すれば、おおよその出撃数も推定可能だ。
更に一回戦における合計出撃ポイントからMC・202とMC・205の出撃ポイントを引いた値をSM・79の出撃ポイントで割れば、SM・79の出撃数すら見当がつく。
なんだこれは。これがラテン系?
絶対に一緒に仕事をしたくない。
「そろそろ整備に戻らないけん。もう取材はよかね」
「はい。ありがとうございました」
「じゃあ有村に出口まで案内させっど」
「あの、また今度他の人のサインも貰っていいでしょうか」
「よかど。試合後に来やんせ」
ここで画面が地面を映した後、映像は終わった。
「その、凄く価値ある情報だったと思うわ」
「はい。野崎先輩に褒められました」
野崎先輩の呆れかえった顔が目に浮かぶ。
「ただし、試合後にサイン貰いに行ったら駄目よ。こっちの選手だってバレるかもしれないから」
「わかった。またの機会にする」
「じゃあ、私達は部屋に戻るわ。おやすみ」
その後会議室でしばらく待っているとドアがノックされ、時間通りに来た衛徒と綾音が会議室に入ってくる。
「必要な情報が手に入って良かった」
「二人とも、本当にお疲れ様」
「正直なところ簡単過ぎて疲れてないです」
「なら寧ろあの取材の方が疲れたんじゃないか? お前らがテレビに映った時はビビったぞ」
「あれ放映されたんですか? 許可した覚えは無いんですが」
「日本のマスコミは勝手に取材するし、取材された人の意図を汲まない編集をして放送するぞ」
「シュタージ並みにたちが悪いじゃないですか。どんな感じでした?」
「番組のオチに使われてた。十秒くらいか。明らかに地元民じゃない外人に話しかけてスタジオがツッコミを入れただけだ」
「そうですか。まぁマスコミに捕まった時点で失敗なので今後に活かします」
「私思うのよ。二人って実は諜報員に向いてなくない? 特に月城さん。風景に溶け込んでいないのよ」
「この国は日本人以外の人種への反応が過剰なんですよ。ガイジンという単語を何度聞いたか。ともかく今後の諜報活動では気を付けます」
「そうね。二人が次に取材を受けるのは、高校空戦の選手として注目された時よ」
「そのためにも、明日の試合は完勝だ。入手した情報を聞かせてくれ」
「はい。因みに、湯雲さんと西園さんの取材映像からも、私達が入手した情報が正確であると判断しています」
「ああ、あれはあれで結構価値はあったが、なんか気が抜けるから、その話は無しだ」
そう言われたレイアは、机の上に置いてあるノートパソコンに写真を表示した。
「これがノストラムの空戦部がブリーフィングを行っている時の写真です。この時の会話も録音できています」
「黒白だが、結構鮮明に映るんだな」
「黒白なのは容量を抑えるため。撮影は十分に一回とし、代わりに画素数を上げています」
「写真だけでも、機体編成と進行ルートはわかるわね」
「はい。そして会話から、攻撃隊の味方艦隊到着予想時刻も、迎撃隊の待機高度もわかります」
「完璧だな。会話は録音があるのか?」
「主要な部分を抜き出したものが二時間分あります」
「お前らの口から聞かせてくれ」
「わかりました」
レイアはA3サイズの四国沖バトルフィールドの地図に赤ペンで矢印を書く。
「敵の攻撃隊は雷装と爆装のSM・79-Ⅲが十機ずつ。爆装側は五百キロ二発で緩降下爆撃を行うようです」
「西園の話じゃSM・79の制限速度は六百キロに迫るし、中央のエンジン一発でもギリギリ飛べるらしいから、緩降下に入られると面倒だな」
「そこに護衛のMC・202が一六機つきます。進行ルートは赤線の通りです」
「流石に真っ直ぐ迎撃に行ったら不自然だな」
「味方艦隊上空を通過してから一個中隊ずつ南北に別れて、しばらく飛んだ後敵の進行ルートに向かったら? 合流したら丁度敵編隊の真上でしたって感じで」
「でき過ぎだが、完勝狙いだ。そうしよう。取材で何故そんなハイリスクな戦術を取ったんですかって聞かれたらどうするか」
「それは自分で考えて」
「そうする。ヴィオレット隊とゲルプ隊を主力とし、他の一年生八機と合わせた一六機で迎撃する。迎撃指揮は六原がやれ」
「わかりました」
「詳細は試合前に詰める。次はこちらの攻撃についてだ。敵の迎撃配置は?」
衛徒の問いに、レイアは地図に赤丸を書いてから答える。
「艦隊西側半径百キロに四個小隊を索敵網として配置。高度は三千。機種はMC・205」
「迎撃指揮はどの小隊だ?」
「敵艦隊南西側のシチリア隊と呼ばれる小隊です」
「じゃあ北側から行くか。ロート隊、グリューン隊、ブラオン隊で直掩。野崎、ヤーボは何機出せる?」
「シュバルツ隊とズィルバー隊だけよ」
「そうか。なら、ゴルト隊、ルビーン隊、ザフィーア隊、スマラクト隊をスツーカに乗せて出す」
「同意するわ。Ju88は温存で」
「直掩隊が敵防空網の一角を破り、ヤーボ隊が侵入。駆けつけてきた敵機を振り切りながら敵艦喫水線に爆弾を当て、手薄になった上空からスツーカが爆撃」
「ちょっと。七百キロ以上で降下しながら一トン爆弾を舷側に当てろと言うの?」
「できないのか?」
「まぁそのくらいやらないと、六原さんと月城さんに面目が立たないわね」
「私達の事はお気になさらず」
「気にするわよ。これで負けたら私達のせいだから、明日は試合に集中して」
「わかりました」
「じゃあな」
「おやすみなさい」
そう言って衛徒と綾音は会議室から出ていった。
「いい人達だよね」
「本当にそうね」
「私、今の先輩達ともっと部活したい」
「同感よ。そのために、まず明日勝ちましょう。そうすればもう一試合できる」
「そうだね。明日早いからもう寝よう。寝不足良くない」
部屋に戻って地図やノートパソコンをしまった二人はパジャマに着替え、ベッドに入って就寝した。
翌日。夏の大会一回戦。
トラビマイスター高校VSノストラム実業高校。
トラビ空戦部の迎撃隊は予定通り味方艦隊上空で二手に別れ、高度を上げつつ一五分ほど飛び、方向転換する。
そして試合開始から三〇分ほどして、雲間に編隊を確認する。
赤緑黄で縁取られた羅針盤の校籍標識。
ノストラム高校の攻撃隊だ。
彼我の高度差は約千メートル。予定通りであり、理想的な状況。
高度差千メートルというのは優位高度側が攻撃を仕掛ける目安とされる。千メートルの高さを急上昇できるレシプロ戦闘機など存在しないし、逆に優位高度側は三秒程で敵機を射程に収められる。
そして機体が頑丈なFw190の制限速度は時速九百キロメートルを超えるため、敵機の追撃が不可能な速度で逆落としが可能だ。
「ヴィオレット隊とゼピア隊で雷撃機、ゲルプ隊とヴァイス隊で爆撃機を始末します。攻撃開始」
慌てて上昇を始めたMC・202は無視して、レイアはSM・79を照準。
公式戦で使用するのは勿論実弾。
Fw190A-8の重火力はSM・79を容易く解体した。
急降下で一機仕留めたレイアは、時速七百キロメートル付近で引き起こし、上昇しながら別のSM・79を狙う。
SM・79には下方に向けられる防護機銃が無い。
故に真下からの突き上げてやると一切抵抗されない。
レイアは操縦席を撃った後主翼を射撃して破壊。ハンナが追撃を加えて撃墜。
敵編隊の上空に陣取ったレイアは周囲を見渡す。
爆装のSM・79は残り六機。うち二機は主翼に大穴があき、煙を吹いている。
その下方では雷装のSM・79が次々と墜落していく。
この調子でいけば、敵の攻撃隊は殲滅できるだろう。
ただし、護衛を担うMC・202の反撃には注意が必要だ。
「ヴァイス隊。ロッテごとに爆撃機を狙え。一撃離脱を徹底。ゲルプ隊が敵戦闘機を牽制する」
「了解」
MC・202を倒すなら空戦エネルギーで上回る今が好機。
離れた場所で上昇している四機のMC・202に目を付けたレイアは緩降下で距離を詰め始めた。
それに気付いたMC・202は急降下で逃げ始めたが、距離は徐々に詰まっていく。
そして前方のMC・202のエルロンが動くのを見たレイアはほぼ同時に反応し、機体を横転、操縦桿を引き、照準器に右側から入ってきたMC・202に銃弾を浴びせ粉微塵にした。
エレンも一機を撃墜し、残った二機は更なる降下で逃走していく。
あれはもう追わなくていい。
レイアは上昇しつつ周囲を観察する。
爆装したSM・79が高度を下げながら増速している。
護衛のMC・202はやや離れた位置。
これ以上距離が開く前に、SM・79に攻撃を仕掛ける。
レイアがそう思った瞬間、一機のSM・79の左翼が吹き飛び、続いて右翼に大穴が空く。
揚力を失って墜落していくSM・79と交差するように一機のFw190が上昇してきた。
的が大きいとはいえ、二百メートル以上離れた敵機に当てている。凄い技量だ。
「SM・79撃墜です!」
「白瀬先輩。ゼピア隊はどこにいますか?」
「えーっと、ついて来てはいませんね」
この人は本当に、敵機を墜とす事しか考えていない!
下を見ると雷装したSM・79は姿を消していたが、空戦エネルギーの優位を失ったゼピア隊が六機のMC・202に狙われていた。
「ヴィオレット隊は残ったSM・79を始末してください。ゲルプ隊とヴァイス隊でゼピア隊を助けます。攻撃開始」
ノストラムの攻撃隊と戦っているレイアの無線からは、敵艦隊へ攻撃を行う味方の声も聞こえてくる。
ロート隊がMC・205を二機撃墜した後、敵艦隊を発見。
ノストラムの迎撃隊が合流する前にヤーボ隊が先制攻撃を成功させたようだ。
「シュバルツフィーアより戦果報告。敵巡洋艦一隻大破。二隻中破、一隻轟沈」
「轟沈!?」
「野崎の攻撃で敵艦後部に裂傷発生。急速に傾斜している」
「あー、これだからヤーボはやめられないのよね! あ、MCを撃墜」
「ズィルバーフィーアより戦果報告。敵巡洋艦一隻大破、一隻小破。駆逐艦一隻中破」
「外したやついるだろ」
「俺だぜ」
「まぁいいか。大戦果だ」
「何やねん先輩方強すぎやろ。もう勝負ついてるやん。由衣、あてらも突っ込んでええよな」
「いいよー」
「よっしゃ、生き残った巡洋艦はあてがもらう。爆弾のお届けや!」
その後、制空権を失った状態でスツーカ一六機の襲来を受けたノストラム側艦隊は壊滅した。
「ゴルトフィーアより戦果報告。残存目標無し」
「よっしゃ! あてが爆弾ぶつけた巡洋艦、沈んだで」
「流石ね天本さん。念のため爆撃隊は退避して。あとMCを撃墜」
「またかよ」
「勝手にオーバーシュートしていくんだもの」
「野崎先輩には敵わへんわ。ほなずらかるで」
香織がそう言ったのとほぼ同時、無線から試合終了を告げる審判の音声が入った。
ノストラムの攻撃隊は戦果無し。完封勝ちだ。
試合後のヒーローインタビューには、MC・205という高性能機を三機堕としたブルーノ、巡洋艦一隻を撃沈しその後の空戦で二機撃墜した綾音、六機撃墜の明日香が呼ばれた。
高校空戦で注目選手になる事を目指すレイアとしてもヒーローインタビューには呼ばれてみたいものだが、この試合に限っては目立ち過ぎなくて良かった。
今すぐ出ればギリギリ間に合う時間だ。
試合後、レイアは衛徒に話しかける。
「今から中部沖バトルフィールドに行ってきます」
「今から? 第二試合の開始には間に合わないぞ」
「だから良いんですよ。じゃあ行ってきます」
「報告だけはしてくれよ」
「わかりました」
レイアとハンナはA-8に乗って中部沖バトルフィールドに向かい、試合に使っていない滑走路へ着陸する。
着いた時には中部沖バトルフィールドにおけるこの日の第二試合も終盤に差し掛かっており、アレス征界大学附属高校が二回戦に勝ち進むことは決定的となっていた。
選手達は試合に出ているかスタンドで観戦しているかで格納庫は無人。
二人はアレス側が使っている格納庫に入ると、速やかに仕込みを終えて立ち去った。
Tips:高校空戦用航空機
高校空戦で使用される航空機は新規に製造されたものであり、歴史的、工学的な価値は一才無い。製造するうえで最も重要な事は、高空連が定めるカタログスペックを忠実に満たす事である。
機体の寸法や重量、基本構造など性能に直結する部分は戦争で使われていた当時と変わらないが、性能に直接影響しない部品の形状や製造方法、材質などの変更は可能であるため、生産性向上やコストダウンについては各メーカーの技術力の見せ所となっている。
機体の性能に関する管理は厳格であり、高空連は凡ゆる高校空戦用の機体に対して立会検査、試験飛行を行う権利があり、抜き取り検査という形で、出荷前の機体が高空連の定めるカタログスペックを上回っていないか、大きく下回っていないかの確認を受ける。また各校の空戦部に対しても試合前に検査が入り、機体の改造や規程と異なる燃料の使用が行われていないか確認される。
この様に高校空戦で使用される機体は戦争で使われていた当時の性能をできるだけ再現するように設計製造されているが、無線機だけは例外となっている。
全ての選手が審判からの無線通信を確実に受信できる必要があるため、無線機については全ての高校空戦用機体が共通のものを搭載している。




