6 アグレッサー
その日の午後、トラビ高校空戦部の滑走路にP-51C型が着陸。
操縦していた朱里が操縦席から降りてきた。
「鹿島さん。お約束のものです」
「遠慮なく使わせてもらう。二回戦でアレスと当たりそうだからな」
「宮本さん。これ本当にただなの?」
「はい。無料です。一ヶ月限定ですが」
「鹿島君。どういう事? これがタダってあり得なくない?」
「いやほら、友好の証にな。うちもいつかフォッケを貸してやろうじゃないか」
「それもいいですね。とりあえず今度練習試合する時は相模沖に来てください」
「それだけ? 戦闘機だって安くない。一ヶ月のレンタルが本当にタダ?」
「タダです。私達はトーナメントの反対側なのでアレスとは当たりませんし」
「それにしたって、ハイオクガソリンに消耗部品付きはサービス良すぎない? ねぇ鹿島君。これ何かあるんじゃない?」
「野崎さん。失礼ですが、いささか貧乏性ですよ」
「な……」
貧乏性。野崎先輩を的確に表した言葉だとレイアは思った。
「これは投資です。勿論、返すことが義務ではありません。トラビ高校と良い関係を築いておく事が、P-51のレンタルより高く返ってくる可能性もあるんですよ。時には気前の良さも大事なんです」
「あ……そう。じゃあ、ありがたく使わせてもらいます」
「それと、これは個人的な事ですが」
そう言って朱里は駆け足でレイアに近付いた。
「この間の練習試合で二機堕とした一年生ですね。凄いです。これを受け取ってください。うち三枚は小隊の方に。最初はお客として来てもらっても構いません。では、失礼します」
レイアが渡されたチラシには『メイドカフェMIYA 大阪店八月オープン! バイト募集中!』と書かれていた。
まずメイドカフェが何なのかわからない。練習試合の後で名刺を渡された理由も未だにわからない。
質問しようと思ったが、朱里は既に駐機中の百式司偵の後部座席へ向かっていた。
百式司偵が飛び去ってしばらく沈黙が流れた後、トラビ空戦部にざわめきが戻る。
「P-51だぜ、P-51! ちゃんと整備されてるかわからんからな。まずはバラしてみようぜ!」
「待て! それで飛んできてんだから整備済みに決まってんだろ! 早速練習に使う。バラすのは駄目だが、お前が乗るのはいいぞ」
「アグレッサーか。やってやろうじゃねぇか」
「よし。ゲルプ隊とヴィオレット隊が上がれ。白瀬。指導頼む」
「了解です。今日も撃墜!」
元気よく答えたのはヴィオレット隊一番機を務める二年生女子、白瀬明日香。
撃墜が大好きで、攻撃機動と射撃の腕に関してはブルーノに匹敵する。
ただし後方警戒を怠るため一機も堕とせないまま撃墜される事もあり、戦力として計算できない所謂ファンタジスタ。
後先考えない性格なのは見ていればわかるが、攻撃機動に関しては理論派だ。
空戦エネルギー管理や照準の付け方など、明日香から教わる事は多いとレイアは考えている。
そしてもう一人。ヴィオレット隊の二番機である高科真琴。
一時期幽霊部員となっていたものの、昨冬に復帰。新部長となった衛徒に謝罪を述べた後、自分を明日香の二番機にしてほしいと嘆願したことはレイアも知っている。
そして高科先輩が時折口にする『目付』、『目配り』は空戦において極めて重要な要素であり、その術はゲルプ隊全体が学ぶべきだとレイアは思っている。
去年は退部者が相次いだと聞いているが、この二人の様に練習熱心で技量も確かな二年生がヴィオレット隊として残っていたのは幸いだ。
「ご指導、お願いします!」
レイアはそう言い、自分の機体に乗って離陸した。
それから三〇分後、P-51を操縦していた直治が何やら唸りながら衛徒の方へ歩く。
「衛徒、バケモンだぜこいつはぁ! 高度六千以上で出くわしたらフォッケに勝ち目ねぇ! 水平で七百キロ出るうえに、急降下時の横転も旋回も良い。高度三千でも先制できなきゃあっという間に逆転されるぞ!」
「んなこたわかってんだよ。だがアレス征界大附属は未だ優勝経験が無い。結局乗ってるのは高校生だからな。お前はアグレッサーやりながら感覚的なデータを集めろ」
「はいよ。だが一年が自信を失っても知らねぇからな」
その後も二機一組でP-51を追い詰める練習をしたが、完全に六時を取る事は非常に困難だった。
あらゆる速度域でFw190よりピッチングが良いので、後ろを取ったと思っても高速上昇からの宙返りによって背後に回り込まれてしまうのだ。
ロッテ、或いはシュバルムで上手く連携しなければ勝算は無いとわかった。
「千田。P-51の操縦感覚、まとめといてくれ」
「一言で言えば、乗るのは良いが、こいつを相手にしたくはない、だ」
「数値に現れない部分を知りたいからお前に任せたんだ。明日は野崎が乗るから、それまでに頼む」
「野崎がアグレッサーってことは」
「明日は俺達が練習だ。P-51の実力、拝ませてもらおう」
「後悔するぜ」
「試合前なら歓迎だ」
黄昏時に練習は終了し、飛行服から制服に着替えた部員達は帰宅していった。
翌日。練習が一段落したゲルプ隊は部室に入り、パイプ椅子に座って休憩していた。
「やっぱり空調あると涼しいなぁ」
「三人とも、水いるか?」
エレンが冷蔵庫からミネラルウォーターのペットボトルを取り出して言う。
「え、くれるの?」
「昨日の株主総会のために用意したが、来なかった株主がいたから余ったらしい」
「貰うけど、何本くらい余ったの?」
「お父さんは数十本だと言っていた」
「それは残念ね。水はもらうけど」
「私も何とかしたいが、校内や街中にポスターを貼るお金も無くなってしまった」
「あの手書きのポスターね。絵は凄く上手いと思うけど、あまり効果は無いと思う」
「範囲が狭いよね。売り上げが何台か増えたところで会社は厳しいままだろうし」
「とりあえず会社だけでも残す方法として、お父さんは会社の買い手を探しているらしい」
「ザクセンリンクを買う日本の自動車会社があるのかしら」
「西ドイツの会社もあたっているが、返事が無いと言っていた」
「仕方ないんじゃない? ザクセンリンクって会社を買っても納品が十年後になりそうだし」
「あはは。十年延命できるんだ」
「六原さんのジョークは、笑えない」
「私達空戦部が活躍すればこんな感じで雑誌の表紙に学校名が載って、宣伝になるんじゃないでしょうか。うちの学校はよくトラビ高校と略されますし」
樹里がテーブルに置いたのは高校空戦を特集している雑誌だ。
夏の大会一回戦の八試合は、日曜日を二回使って行われる。
昨日は一回戦の半分である四試合が行われ、試合の結果や展開は新聞やテレビでも報道されている。
「そうだな。決勝までいって、トラビの名を表紙に載せたい」
「はい。まぁ夏は難しいとは思うんですけど、大会は秋と冬にもありますから」
「どう? 番狂わせとかあった?」
「番狂わせとまで言われている試合はありませんね。名峰学院対アイリス農業大学附属は接戦の末、Z・1007bisが雷撃に成功して名峰が勝ちました。インターナショナル大学附属とヴィクトリア高校も戦力的には拮抗していると言われていましたが、ヴィクトリア攻撃隊の大半がソードフィッシュだったので……数だけは多いんですが、インターナショナル側も見越したようにI-16を大量投入して防空に成功しました。どっちも凄く可愛いので試合映像は必見ですよ」
「ヴィクトリア高校が夏の大会でソードフィッシュを使うのってブリティッシュ・ジョークよね」
「ソードフィッシュを使う理由が『訓練機の交換が必要だから』なので、恐らくそうかと」
「ふふふ。ブルジョアの考える事はわからないわね」
「出撃ポイントが低くてとにかく大量に出せるので、有効な事もあるんですよね。どこまで冗談なのかわかりません」
「ノルマがあるのかしら。毎年一定数納品するから、損失しておかないと置き場に困るみたいな」
「それなら公式戦で使う説明はつくね。廃棄だと予算の無駄遣いになるし」
「内情まではわかりませんが、ソードフィッシュはヴィクトリアの伝統であるとも、記事に書いてあります」
「来年があるかもわからない私達には羨ましい話ね。そういえば、リッター学園も勝ったのよね」
「はい。魚雷を二本抱えたHe111H-6は鈍重ですが、制空権を取れていたので雷撃に成功しました。極光十字学院も善戦はしたのですが、技量の差が出ましたね。リッター学園は今年も強いです」
「なかなか都合よくはいかないわね」
「そうですね。錨桜高校とビロード農工の試合は、予想通り一方的なものでした。そして錨桜高校とは準決勝で当たってしまいます。どうやったら勝てるんでしょうか」
「樹里のオタク知識で、弱点を見いだせないのか?」
「弱点が無いから五連覇中なんですよ! しかも今年の三年生は史上最強と言われてて……」
「どうせ勝てないならせめて、サインをたくさん貰おう!」
「そうですねぇ。まぁ私も、錨桜高校の選手の技を間近で見られるのは嬉しくはあるんですが」
トラビ高校は夏の大会準決勝を辞退する予定なので錨桜高校と試合をする事は無いのだが、いずれ鹿島先輩と野崎先輩から説明があるので今は黙っておく。
「その五連覇中の相手にいい試合ができれば、負けてもトラビの評価は上がるかも」
「確かに。どんな機体でもマウザー四丁なら堕とせます! 当たれば、ですけど」
「じゃあ樹里はもっと練習だな」
「はいぃ。やっぱり向いてないんじゃないかって今でも思う事ありますけど、頑張るしかないですね」
「西園さんは随分上達したと思うわよ。それに後方警戒担当の四番機が敵機の性能を熟知しているのは確実な強みよ」
「六原殿……不肖西園、もっと励みます! 休憩終わりにしますか?」
「ええ。次はいっそブルーノ先輩にP-51乗ってもらう?」
「いや、それだと仮想敵として強過ぎる気がします」
「千田先輩くらいの、中ボスクラスが丁度いいと思う」
「じゃあ整備先輩探しましょうか」
ゲルプ隊の四人は練習に励むべく部室を出て格納庫に向かった。
次回、レイア、万引きGメンだと誤解され2キロ走って犯人確保




