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10 急降下爆撃教

 アレス征界大学附属高校との試合の翌日。衛徒は空戦部の部員全員を格納庫に集めた。


 部員が増えて部室に入り切らないので、格納庫集合になったのだ。


 季節は八月。扉は開放、扇風機も全台稼働しているが、それでも暑い。


 話の内容を知っている自分はここにいなくてもいいんじゃないかとレイアは思う。


 部員が十列に並んだのを見て、額に汗を滲ませる衛徒が話を始めた。


「今日集まってもらった理由は、夏の大会準決勝辞退を周知するためだ。これは空戦部の今後の活動をより充実したものにする選択だから、その理由を今から説明する」


 そう言って衛徒は教鞭をホワイトボードに向ける。


 ホワイトボードに書かれた内容と衛徒の説明は、要するに錨桜が如何に強いかという事だった。


「錨桜と戦えば爆撃機は全滅もあり得る。そうなれば秋の大会に大きな支障が出る。故に辞退が最善だ。反対意見がある者は挙手」


 反対意見など出るわけが無かった。


 実弾を使う公式戦で一方的な敗北を喫すれば、機体の補充に多額の費用が必要となる事はわかりきった話だ。


 そして勝ち目が無いことくらいみんな知っているので、とにかくこの暑い場所から離れたいので早く話終われと思っている者が大半だろう。


「全会一致で決定。解散」


 衛徒がそう言うと、皆ぞろぞろと格納庫から出て行った。


 最近は特に暑いので、練習の順番を待つ間は建物の日陰に立てたパラソルの下にいるか、少し歩いて校舎に入り扇風機を浴びるのが一般的になっている。


 ゲルプ隊四人も昼食をとるべく校舎に向かっていると、衛徒が小声でレイアに話しかける。


「例の件はどうなった」

「スイスの国境を超え東ドイツに」

「額に間違いは」

「ありません」

「あとは藤巻父か。お前らも確認するか?」

「私は別に」

「なんかこう、賭けに勝った感慨とか無いのか?」

「私達は賭けなどしていませんよ」

「おっと。そうだったな」

「結果はわかっていましたから。西側から届いた小包を開けるというところでしょうか」

「これの胴元は?」

「中国です」

「東側じゃねーか! 湯雲はどうする?」

「私も、額自体は見慣れたものなので、確認は特に」

「東ドイツは貧しいから云々の話はどこに行ったんだよ。なら入金されたら連絡してやる」

「口頭でお願いします」

「わかってるよ」

「東ドイツ政府から追加支援があった、という話は、いつ発表するんですか?」

「空戦部の口座に入金された後、試しに何か買った後だな」


 そう言って衛徒は立ち去った。


「でもあの口座への入金を確認する時はいつもドキドキするよね」

「それはそうね」


 衛徒に対しては平静を装ってしまったが、昨日の夜胴元からの振り込みを確認した時はレイアも嬉しかった。


 前職で似たような額を動かした事はある。


 しかしそれは東ドイツで至上命題とされた外貨獲得のためであり、懐に入れるのは自分とは無関係の人間だった。


 しかし今回は違う。


 仲間と呼べる人達のためにお金を儲け、強豪校に追いつく原動力となれた。


 とても喜ばしい事だ。


 下準備は整った。ここから先は、私達の努力の問題だ。


 それから三日後。トラビ高校空戦部の滑走路に二機の爆撃機が着陸した。


「おおー、部長はん、ほんまに買ったんやな。Do217」

「ああ。しかも性能強化型のK-1だ」

「当然、急降下爆撃はできるんやろな」

「取説に急降下できると書いてある」

「制限速度は?」

「六百キロ」

「搭載量は?」

「爆弾倉で二トン。機外懸下で四トンまで可能だ」

「強過ぎるやろ。よっしゃ。早速飛ばすで。とりあえず二トン。信管抜いた爆弾落とすわ」


 ゴルト隊のメンバーが飛行準備をしている間、衛徒は無線機を準備する。


「天本、聞こえるか」

「感度良好。新品の爆撃機久しぶりやな〜。広くてええ感じや」

「問題なければ買い足して主力にする」

「これをぎょうさん買えるなんて、東ドイツ政府様々やな」

「二千メートルまで上がったら連絡しろ。通信良好なら投弾を許可する」

「了解。ほな行ってくるで」


 一旦通信が終わり、香織と由衣が乗ったDo217は離陸していった。


 しばらくして、通信が再開する。


「不調は無いか」

「問題無しや。Ju88より速度も出とる」

「エンジンはフォッケA型と同じだからな。整備は楽になる。コマンドゲレートもあるし」

「良い事ずくめやな。ほなそろそろええか」

「あのー、Do217についてちょっと……」


 少し離れて見ていた樹里がおずおずと話しかける。


「どうした」

「ご存知かもしれませんが、一応念のため」

「なんだ」

「Do217にはダイブブレーキが付いていません。Ju88と同じ感覚で急降下すると空中分解するかと……」

「……急降下やめ! 急降下やめ!」

「なんや? よう聞こえへん。 やれ? 部長はんせっかちやなぁ。ほな行くで」

「やめろー!」


 Do217は急降下を始めた。


「ピッチングも悪くあらへん。……そろそろ減速した方がええな。ダイブブレーキどこや」

「あー、失敗したなぁ」

「何がや」

「この機体、ダイブブレーキ無いみたい」

「はぁ!? ダイブブレーキが無い急降下爆撃機がどこにおんねん!?」

「ここ」

「と、とにかく減速や! 舵重! 由衣手伝って」

「あ、これもう引き起こせないね」

「あっかーん! ただ今時速六百ご――」


 Do217は主翼が根本からもげて空中分解した。


「ゴルト隊、ザフィーア隊、消火急げ!」

「痛い〜骨折れた〜」

「嘘やん。空戦防具あるから折れへんねん」

「香織の髪の毛は焦げてるけどね」

「うわほんまや! なんで髪の毛は守ってくれへんのや」

「長過ぎるんじゃないの」

「短いと真っ直ぐならへんねん。あ、部長はん! これ不良品掴まされたんとちゃうか。ダイブブレーキ付いてなかったんやけど!」

「ああ。すぐメーカーに連絡して、代品を要求する」

「あのー、待ってください」


 真剣な表情の衛徒に樹里が遠慮がちに話しかける。


「どうした」

「Do217は、それでいいんです」

「いいわけあるか! ダイブブレーキの無い急降下爆撃機なんてありえへんねん」

「Do217は急降下爆撃機じゃないんです。急降下できるだけなんです」

「……は?」

「Do217は開発段階で急降下爆撃できる事が求められたので、急降下できるよう設計されました。しかし実際にダイブブレーキを使用すると胴体後部を破損してしまうので、ダイブブレーキは付けずに使われていました」

「じゃあこいつはなんの役に立つねん」

「四トンという搭載量は魅力なので、普通に水平爆撃ですね。フリッツXも二発積めます」

「んだよ急降下爆撃できねぇのかよ。もう一機は返品するか」

「しかし性能は優秀です。鹿島先輩が仰るように、エンジンがフォッケと同じなのも魅力です」

「でも急降下爆撃できないのはなぁ。天本はどうだ」

「話になりまへん。使われへんわ」

「仕方ない。Ju188にするか」

「あの! えーっと、えーっと、できます。Do217で急降下爆撃は可能です!」

「角度は四五度以上や。それ以下は認めへんぞ」

「搭載量は二トンまでとし、降下時はエンジンを切ってください。自由落下なので予め速度を予測しやすいですし、対空砲火に当たった時炎上しにくくなるメリットもあります!」

「その手があったか。ほな早速もう一機で試してみよか」

「もう壊すなよ」

「とりあえず今度は爆弾積まずにやってみよう」

「せやな。そんでエンジン切ってからダイブや」


 そう言って香織と由衣はもう一機のDo217の方へ走って行った。


「そうだ。お前、機体購入会議に参加しろ」

「え、いいんですか!?」

「ああ。お前が一番軍用機に詳しいからな。ゲルプ隊も連れてきていいぞ」

「是非参加します!」

「口座に入ってる金が本当に使えるのか試そうという話になってとりあえずドルニエを二機買った。グライフは急降下できないらしいから爆撃機はドルニエで決定だろうが、戦闘機については西園の意見を聞こう」

「頑張ります!」


 そして日曜日の昼。機体購入会議に呼ばれたレイアとハンナは、集合時間より二時間も前に部室に着いた。


 高校空戦夏の大会準決勝、ライヒスリッター学園VS星条高校の試合が午後一時から始まるので、部室のテレビで観ようと思ったのだ。


 機体購入会議に呼ばれた人間の多くが同じ事を考えたようで、試合開始時間には殆どの参加者が集まっていた。


「この試合は星条高校が勝つからライヒスリッターと勝ち星の差はつかない。秋の大会まで状況はほぼ五分だ」


 試合前にそう言っていた衛徒は一時間後に呆然としていた。


「フリッツX、恐るべき威力! またしても一撃轟沈! これで六隻目、逆転です! ライヒスリッター学園の決勝進出が決まりました!」

「Hs293を積んだHe111は囮。本命はグライフによる誘導爆弾。ライヒスリッターの作戦が完璧にはまりましたね」


 星条高校は高校空戦黎明期から参加している強豪の一角だ。


 昨年の夏の大会は決勝で負けはしたものの錨桜相手に互角に近い戦いをしており、この試合も星条有利という見方が大半だった。


 実際に試合前半ではSBD-3による急降下爆撃やTBF-1Cによる雷撃が次々と炸裂。


 更にF6F-5がHe111を多数撃墜し、観衆に勝利を予感させた。


 しかし、試合後半にライヒスリッター学園の爆撃機が投下する謎の爆弾が星条側の艦艇に次々と命中。


 しかも威力が尋常では無く、あっという間に戦果で逆転してしまった。


「なーにが、星条が勝つから、だ。ライヒスリッターが勝ってんじゃねーか!」

「どうすんだよこれ!」

「文句は星条に言え! 対艦攻撃に四発機がいる時点でおかしいと思え! もっとグラマンを回せ! ヘンシェル堕として満足すんな!」

「ていうかフリッツXってありなの!?」

「そりゃ、堂々と使ってんだからありだろ」

「じゃあ俺達もフリッツX使えばよかっただろ! 錨桜にも勝てたんじゃないか?」

「母機がねぇ。Ju88からじゃ落とせない。それにフリッツXは高いんだぞ! あんな高価なものポンポン落としやがって」

「東ドイツからの追加支援が遅えんだよ。普通年明けか新学期に寄越すだろ」

「東ドイツの計画経済ほど無計画なものは無いんだよ」

「まぁ済んだ事は仕方がない。俺達もびっくりリメカを買って秋の大会で御披露目しようぜ」

「びっくりメカには大概欠陥があるんだよ。そう上手くいくか」

「ライヒスリッターのヒロイン腹立つからテレビ消していいよな」

「消せ。そんで始めるぞ。機体購入会議」

「これで理事会の心折れたら、機体買っても無駄だよな」

「私から言っておこう。まだ諦める時間じゃないと」

「意味あるんかそれ」

「とにかくできる事をやるんだ。秋の大会で優勝でもすれば風向きも変わる。西園、資料配れ!」

「はい!」


 言われた樹里はホッチキス留めされた資料を三年生達に渡していき、最後にゲルプ隊に渡した。


「これは、フォッケシリーズの性能比較表か」

「はい。参考として他の戦闘機も記載しています」

「凄いわねこれ。高度毎の上昇力とかメーカーカタログには無いわよ」

「昔の評価レポートなどには載っています。つまり必要なデータかと」

「データが多いに越した事はない。買うべき機体について話せ」

「ええと、当たり前の事は省いた方がいいですよね?」

「お前の当たり前が常識とは限らんから、前置きから話せ」

「は、はい。それでは。皆さんご存知の通りフォッケには多数のバリエーションがあり、みんな違ってみんな良いレベルの完成度ですが、それでも秋の大会で外せないのがF-8です。一トン爆弾を投下でき、低速からの加速もよく、中高度での戦いを得意とするフォッケにはベストマッチです。秋の大会ではF-8の積極運用を推奨します」

「素晴らしい提案ね。ガソリンはいくらでも買えるようになったんだし、できるまで練習よ」

「同感だ。六年前に優勝した時も、ヤーボの貢献が大だった」

「次に現行の主力となっているA-8ですが、こちらはD-9との使い分けが良いと思います」

「試合ごとに、相手ごとに、機体を変えるという事か」

「はい。こちらの戦術を読まれにくくなるメリットもあります」

「秋の大会までに両方を使いこなすのか」

「下手な私が言うのもあれなんですが、ガソリンはいくらでも買える状態ですので……」

「よく言った。聞いたなお前ら。もう休みは無い」

「そんな事したらまた一年が辞めるんじゃねぇか?」

「強制はしなくていいんじゃない? 私はやるわ。錨桜が吐くまで練習すると聞いて、羨ましかったのよ」

「綾音……そうか。なら私も吐こう」

「無理に吐かなくていい。西園、使い分けについて簡単に話せ」

「はい。A-8では性能的に勝利が困難な戦闘機に対してはD-9を。該当する主な機体は資料に書いてあります。一方で秋の大会では大型機の出現も予想されますので、その迎撃にはA-8を」

「Ta152はどうする? 資料にはデータがあるが」

「冬の大会の切り札と考えています。最早別の機体ですので慣熟には時間がかかると思いますし、秋の大会で高高度性能は重要ではないので、使わずに存在を秘密にしたいです」

「同意する。良い策謀だ。機体の購入は俺達でやるが、編成に意見があれば遠慮無く言え」

「ありがとうございます!」

「質問がある。アグレッサー機は買わないのか?」

「ええと、一応候補はあるのですが」


 ブルーノから質問を受けた樹里が衛徒を横目で見る。


「俺はメッサーを買おうと思っているが、ブルーノは何が欲しい?」

「零戦、雷電、紫電改」

「つまりは、錨桜の対策がしたいという事か」

「そうだ。仏の顔も三度までという諺もあるように、秋も冬も逃げるというわけにはいかない。金に余裕があるなら、対策すべきではないか」


 ブルーノの発言に、樹里が悩ましげな顔をする。


「諺の意味は後で俺が教えておくから、西園は意見を言え」

「ええ、はい。それは、あまり意味が無いかもしれません」

「機体の機動を眼前で見た事があると、やはり戦いやすい。P-51でそう感じた」

「問題がありまして、今年の錨桜の三年生は特にレベルが高く、彼らの動きを模擬できるのはうちだとブルーノ先輩だけと思いますので、ブルーノ先輩の練習にはならないです」

「ならば、俺がアグレッサーになろう」

「しかし、その、錨桜の強さの本質は中隊戦術にあるので、本気で対策するにはブルーノ先輩が九人必要です」

「錨桜は一旦置いておこう。小手先の対策で結果が変わるのは分水嶺にある時だ。勉強だってそうだろう」


 イリスの意見に綾音も同調する。


「固定資産税がかかるから、今お金があるからといって安易に機体を買いまくる事はできないのよ」


 一度購入して固定資産登録した機体の補充として同じ機体を購入する場合は、高空連から助成金が出る。


 これは予算に乏しい学校でも活動しやすくするための処置だ。


 しかし新規に機体を購入する場合は全額負担となるので、補充とは比較にならない出費となる。


 それに所有機体が増えればその分固定資産税も増加する。


「今後の納税を考えると、アグレッサー機の機数は絞りたい。西園、候補とはなんだ」

「部長殿と同意見です。アグレッサー機はBf109G-6が良いと考えています。ライヒスリッターには、絶対負けられないですよね」

「そうだ……。夏の決勝に進みやがったから、現時点でうちより一勝多い。この差を埋める確実な方法は、直接対決で勝つ事だ」

「はい。ですので、ライヒスリッターの主力戦闘機であるBf109G-6を推奨します。メッサーのG型は名峰学院や極光十字も使っているので、対策範囲も広いです」

「やはりBf109G-6だな。ライヒスリッターを倒さずしてトラビ空戦部に来年は無い」

「天下分け目の戦いというわけか」

「……合ってる! 関ヶ原なら勝つのは東軍。つまりは東独!」

「関ヶ原。ホトトギスの人だな」

「それ三人いるのよ」

「この後説明する。解散!」


 背後で三年生達が天下人について話しているのを聞きながら、レイア達は部室の外に出た。

次回、レイア、東ドイツは壁に囲まれた国ではないと訂正

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