11 夏空に桜花は輝く
高校空戦夏の大会決勝の日。
トラビ空戦部は講堂を貸し切り、試合のテレビ放送をスクリーンに投影して観戦していた。
ライヒスリッター学園はこの試合でも一六機のHe177A-5『グライフ』を投入。
正攻法では勝てないと判断しての作戦であろうが、フリッツXにも弱点があると試合前に解説者が述べていた。
そして実際に、ライヒスリッター学園は完全にその弱点を突かれる形となった。
フリッツXは高度六千メートルから投下しなければ貫通力を発揮できない。
母機であるグライフは四発の大型爆撃機としては良好な機動力を持つが、一・五トンもあるフリッツXを機外に三つも懸下した状態では非常に鈍重となる。
速度が大きく低下した状態で試合時間内に敵艦隊上空に辿り着かなければならないとなれば、あまり遠回りはできない。
対戦相手から見れば進路予測は容易であり、案の定目標よりはるか手前で錨桜側に位置を捕捉され、十数分後には九機の雷電による迎撃を受ける事となった。
教本通りの太陽を背にした逆落とし。
グライフと護衛のbf109K-4は一方的に攻撃を受け、次々と撃墜されていった。
途中bf109が雷電二機を撃墜し多少流れを引き戻したかに見えたが、その直後に三機の紫電改が参入。
グライフは爆撃航路に入った時点で既にその数を半分に減らしていた。
「フレスベルグ隊とリンドヴルム隊は既に全滅! 残るグライフは七機! 何としても守りたいメッサー隊。しかし、中々雷電の後ろを取れません!」
「あの紫電小隊の動きが素晴らしいですね。斜めに旋回しつつメッサー四機の中に割り込むように攻撃しています。あれでは反撃に出ようがありません」
「藤金選手がメッサーを撃墜! これで四機目!」
「吊り上げを食らってしまいましたね。もっとも、無視するというのも難しいでしょうが」
「ここで一旦錨桜の戦闘機隊がグライフから離れていきます。その間にメッサー隊も編隊を組み直します」
「グライフが艦隊上空に到達しました。最後の正念場ですね。爆弾投下位置は錨桜側もわかっていますから」
「グライフが一斉にフリッツXを投下! あっと。一瞬です。武藤選手、朽木選手、古町選手が二機のグライフを撃墜、更に三機の雷電がグライフに殺到、炎上します! 守り抜きたいメッサー隊ですが、中々追い付けません!」
「単なるダイブ&ズームならメッサーに分があります。しかし雷電隊は斜めに旋回しているので、撃墜するには未来位置を予想する必要があります」
「やはり防ぐのは難しいのか。これでフェルナー隊も全滅!」
「非常に難しいですね。着弾までの一分間、グライフは、低速で目標の上空を飛び続けなければなりません」
「二機のグライフのコックピットが破損! 飛行は続けていますが……ここでメッサー隊が反撃! 雷電が炎上! パイロットが脱出しました」
「六百キロ以上出ていたと思いますが、広橋選手、素晴らしい射撃ですね」
「しかし、グライフへの攻撃は止みません。また一機、墜落しました」
「回避行動すらできないのが痛いですね。どうしても急所を突かれてしまうので、機体の頑丈さを活かせません」
「ここでフリッツXが着弾! 審判団の機体が戦果を確認しています。少なくとも一隻は轟沈しているように見えますが……暫定結果、撃沈一、中破一、損傷一。いかがでしょう、坂井さん」
「あの状況下で、よく当てたと思います。ただ……不十分である事は否めません。あとはHs293次第ですが」
しかしそのHs293を積んだHe111H-12は九機の紫電改による猛攻を受けており、艦隊目前で全滅した。
実質的に、決着はついた。
トラビ高校空戦部の部員達は準決勝辞退という選択が間違っていなかった事を痛感しながら、スクリーンを見つめる。
錨桜側の雷撃隊もライヒスリッターの艦隊に接近。緩降下を終え、海面スレスレで編隊飛行をしている。
「始まりました! 錨桜高校名物。一式陸攻による高度マイナス飛行! 雷撃航路に入ったという事でしょう。今大会だけで四回目となりますが、坂井さん、解説をお願いします」
「はい。海面スレスレを飛ぶ理由の一つは、対空砲火を躱すためです。ただし、迎撃機がやってくれば対空砲は射撃を止めるので、最大の理由は攻撃面という事になります」
「雷撃の命中率が上がる、という事ですね。おおっと! リッター学園のメッサーが早くも追い付いてきた! 二手に別れて攻撃を仕掛けるようです!」
「定石ですね。海面スレスレを飛ぶ敵機に対してダイブ&ズームはできません。自分が海に突っ込んでしまいます。メッサーの場合は急激な引き起こしで翼が取れる危険もあります。よって、一式陸攻との速度差を活かした水平での一撃離脱が最適解となります」
「メッサー隊が早くも三機を撃墜! 他の陸攻も被弾し、炎上している機体もあります」
「左右から攻撃している点も正攻法です。陸攻が横滑りしていても狙いやすい。しかし、問題はここからですよ」
「今度は逆にメッサーが上を取られた形となります。零戦が次々と襲い掛かります」
「引き起こした部隊はマズかったですね。あれではただの的です。もっとも水平で逃げたところで、零戦に頭を抑えられた状態で陸攻を狙わなければなりませんが」
「ここでリッター学園に増援。零戦に対し、急降下で襲い掛かります!」
「罠に気付くといいのですが」
「流石に旋回戦には付き合わないと思いますが……何という事でしょう、三機の零戦が一瞬でグルトップ隊二機の背後に付きます! 振り切れるでしょうか!」
「やはり、技量の差がありますね」
「グルトップ隊だけではありません、ガルム隊に対しても零戦が襲い掛かります。どこから現れたのか、これは後ほどリプレイにて確認したいと思います」
「リッター学園はどの小隊も四機が連携して攻撃と回避を行っています。高校生でそれができるのは素晴らしい事です。しかし、錨桜に勝つにはそれでは駄目なんです」
「グルトップ隊はこれで全滅。ガルム隊も三機を喪失。スキンファクシ隊は三機が抜け出しました。零戦は追い付けません! 一式陸攻に襲い掛かります」
「一式陸攻の真後ろに誘導されましたね。後部機銃には当たらないと思いますが、理想的ではありません」
「一機だけやや高いところを飛んでいた一式陸攻の翼端が吹き飛びました。が、堕ちない! 堕ちません! 高橋選手、翼端を失った陸攻で水平飛行を続けています! 炎上していた陸攻も消火し、敵艦隊までごく僅か!」
「あれは囮です。今の間に海面スレスレまでもぐりこんだ零戦に突き上げのチャンスを与えてしまいました」
「ガルム隊が全滅。スキンファクシ隊も残り二機。フリムファクシ隊が残っていますが、苦しいでしょう。当初の数はリッター学園側が上でしたが、一方的な展開になってしまいました」
「見かけの数はリッター学園側が上でしたが、錨桜側から見ると九機対四機を四回繰り返しているので、不利には感じていないでしょう」
「錨桜の中隊戦術ですね」
「はい。三機一個小隊という錨桜独特の編成ですが、これは九機の中隊として連携できることが前提です。先ほど三機の零戦が一瞬でガルム隊の後ろを取りましたが、『燕返し』と言われる反撃機動です。他にも小隊単位でのロー・ヨーヨーなども見られましたが、肝は各機がどんな複雑な機動を行おうと、九機の中隊が決してバラけないことです」
「それでも、九機が四機を狙う以上、他の一二機はフリーですよね」
「九対四という数的有利を作り出している以上、短時間で敵小隊を壊滅させるか追い散らし、次の敵小隊を狙います。速度で劣る零戦に訪れる極一瞬の攻撃機会で敵機を仕留める。これができない選手は錨桜で試合には出れません」
「では紫電改や雷電に乗っている選手は?」
「全員三年生ですから、できて当然です」
「……失礼、実況が途切れておりました! 銀河隊の急降下爆撃が次々と命中! 陸攻隊も雷撃を開始します!」
「戦闘機隊が注目されがちですが、あの陸攻の横滑りも、体がちぎれるような強烈な横Gがかかる過酷な操縦で、それでも海面スレスレで水平飛行を維持しなければなりません。後日また新聞に寄稿させてもらいますが、高空連は練習時間を制限すべきですよ。こんな試合が一大会で四回も起きるなんて、教育に良いわけありませんから」
「今、ライヒスリッター側の艦隊が壊滅しました。錨桜高校、夏の大会六連覇達成です! プロ注目の選手達だけでなく、チーム全体が個々の役割を全うし、決勝戦でも敵チームを圧倒しました! 捻り込みや垂直シザーズなど何が起きたのかわからない機動については、後ほどメインビジョンにてスローで振り返りたいと思います。改めて、錨桜高校優勝おめでとうございます! 私はお立ち台に移動しますので、一旦失礼します」
トラビ空戦部員はしばらく無言で錨桜のヒーローインタビューを見つめていた。
そして衛徒が席を立って講堂から出ていくと、他の部員達と同じくレイアも講堂から出る。
錨桜戦闘機隊の空戦機動解説は気になるが、録画を後で観ればいい。
とにかく今は練習がしたかった。
目下の目標はライヒスリッター学園に勝つことであるが、秋や冬の大会でライヒスリッターの前に錨桜と当たってしまう可能性もあるのだ。
そうなった時どうすれば良いのか。
勝算はあるのか。諦めるしかないのか。
そんな不安を脳内から追い出すには、疲れ果てるまで練習するしか無い。
翌日からレイアは朝練をするようになった。
日没後の練習は危険であり不可であるため、練習時間を延ばすには明け方から飛ぶしかない。
レイアが声をかけたのはゲルプ隊だけであったが、朝練の習慣は数日でチーム全体に広がり、早朝から格納庫や滑走路が活気で溢れるようになった。
今や飛行可能な時間帯は全て空戦の練習に充てている。
これ以上練習時間を増やすことは自然の摂理として不可能なのだから、少なくとも夏休み後半の練習時間だけは錨桜にさえ劣らないはずだ。
新たに購入したD-9の練習。ある時はBf109G-6を操縦してのアグレッサー役。
レイアは人生で最も充実した夏を過ごしていた。
夏休みも終盤となったある日。ゲルプ隊は練習を中断し、パラソルの下に移動して休憩する。
四人が席に座ると、エレンが鞄から水筒を取り出した。
「コーヒーを持ってきた。飲んでみないか」
「この暑いのに?」
「ドリップの水出しコーヒーだ」
「それなら、頂こうかしら。でも何でコーヒー?」
「自暴自棄になった父が喫茶店の準備を始めた。店名はザクセンリンクの予定だ」
「会社は潰れる前提なんだね」
「あら、このコーヒー美味しいわね。東ドイツの品質じゃない」
「豆はベトナム産アラビカ種だ。値段の割に質が良いと父は言っていた」
「日本だとベトナム産のコーヒーってあまり聞かないわね」
「ベルリン本社勤務時代の知り合いから輸入したらしい」
「喫茶店の件、お母さんは賛成してるの?」
「協力するそうだ。学生客を呼び込むのだと、アイアシェッケやライプツィガーの練習をしている」
「ならそれでいいじゃない。私達も行くわよ」
「でも……私はザクセンリンクを諦めたくない。良いキャッチコピーはないだろうか」
「代用ではない。本物の味を」
「……いや、コーヒーじゃなくて車の方だ」
「これで貴方も哲学者。安い車か高いおもちゃか」
「六原のジョークは、笑えない」
「そんな事言っても、日本車と比較して優っている点がないじゃない。せいぜい安さだけど、その安さがブランド価値を下げてると思うのよ。売り上げも低くなるし」
「最近はトラバントの性能も上がってきたと聞いています。安さに頼らないブランド価値があれば、生き残れる可能性も零ではないかと」
「父と役員達はこの冬に販売予定の新型トラバントにブランド名を付けようと考えている。第一候補はフォッケウルフらしい」
「フォッケウルフって名前使って良いの?」
「フォッケウルフ社は既に存在せず、商標登録されていないから問題無い」
「そもそも乗用車のブランド名にフォッケウルフってどうなの? トラックとかの方が良くない?」
「うちはトラバントとモトラッドしか作ってない」
「一般的なフォッケウルフのイメージは、頑丈でパワーがある。加速と横転性が良い、というところでしょうか」
「あと曲がらない。D-9になってますます曲がらなくなったわね」
「更に重くなりましたからね」
レイア達が話していると、滑走路から衝撃音が聞こえてきた。
そちらを見るとプロペラが折れ曲がったD-9が倒立している。
減速に失敗して芝生に突っ込み、慌ててブレーキを踏んだというところだろう。
「あと着陸が難しくなった。フラップを一杯に下げてもなかなか減速しない」
「加速の良さの裏返しですね。液冷エンジンになって空気抵抗が減ったのでより減速しにくくなりました」
「重い、曲がらないって車のイメージとしてどうなのよ」
「私もそこは父に訊いた。そしたら知らなかった、と。日本人役員達が名前の響きを気に入っているらしい」
「普通の人は昔の戦闘機の性能なんて知りませんよ。中学生の頃痛感しました。もしドイツ語っぽい名前なら何でも良いというのなら、メッサーの方が小柄なトラビのイメージには近いかもしれません」
「メッサーシュミットが車を作っていたから駄目だ」
「ああ。あの海老みたいな」
上空をDo217が通過していき、レイア達が日除けにしていたパラソルが吹き飛んだ。
「随分低く飛ぶんだな」
「急降下爆撃後の離脱の練習でしょう」
「そういえば急降下爆撃を勧めたの西園さんなのよね」
「勧めたというか、あの時はできると言わないとDo217が不採用になりそうだったんですよ!」
「そんなにいいの? Do217」
「爆撃隊にも機動力を求めるうちのチームには適当かと」
「それで急降下爆撃なのね」
「私としては四トン積んでの水平爆撃が良いと思っていました。急降下爆撃より命中率は落ちても、投下量は二倍になりますし。まさか本当に急降下爆撃に拘るとは思いませんでした」
「ダイブブレーキの無い爆撃機で急降下爆撃ってできるんだね」
「相当難しいはずです。でも先輩達は練習でそれを実現しようとしています。既にできている人もいます。先輩方は凄いです」
「やはり練習あるのみという事ね。私達も練習に戻りましょう」
ゲルプ隊は練習を再開するべく滑走路へ歩いて行った。
Tips:公式戦レギュレーション
公式戦で使用可能な機体は原則として下記①②どちらかの条件を満たしている必要がある。
①一九四五年八月一五日までに実戦投入されたレシプロ機。
②①を満たす機体のエンジンや武装を変更した試作機ないし現地改造機。
※機体構造まで変更している機体は基本的に認めないが、協議のうえ認可される可能性はある。
ただし近年では使用可能な機体の種類を増やすため、第二次世界大戦で中立だった国の航空機を主として、上記①②を満たしていない機体でも生産された実績があれば認可される傾向がある。なお、上記①②を満たしているにもかかわらず強過ぎるという理由で使用禁止となっている機体が一つだけ存在する。




