12 VSインターナショナル大学附属高校
秋の大会のトーナメント抽選が行われた日、ゲルプ隊は練習が終わった後部室に残るよう言われていた。
部室にはゲルプ隊の他に衛徒と綾音、イリスがおり、ホワイトボードには秋の大会のトーナメント表が貼られている。
「初戦はインターナショナル大附属。去年の優勝校だ」
インターナショナル大学。北海道が地方創生の劇薬としてソ連の資金援助のもと釧路に創設した大学だ。
世界三位の経済力と豊富なスポーツ戦争予算による支援は強力であり、生徒の思想が多少左寄りになってしまうという副作用はあるものの、学費が非常に安いにも関わらず十分な設備を持つ人気校である。
高等部についても同様で、特に宣伝効果が大きい空戦部に対しては潤沢な予算が注ぎ込まれており、恵まれた設備と機材を持つのみならず、部員数が多いため内部競争により高い練度が維持されている。
対地支援と低空での制空戦を得意とする機体を主力としているため秋の大会では最も強力なチームの一つであり、実際に去年は決勝で錨桜を破り優勝を果たした。
難敵である。
「嬉しい相手ではないな。初戦敗退なら希望は完全に断たれるだろう」
「そうだ。ライヒスリッターと戦うには準決勝に進まないといけない。率直に言う。六原と月城は今回諜報を行うべきと思うか?」
「やれと言われればやりますが」
「……俺が判断し命令する。それが筋だな。何としても勝たないといけないのは当然。だが、諜報は繰り返すとリスクが増す。貴重なカードをここで切っていいのか悩んでいる」
「コストに見合うかは私にもわかりかねます。明日釧路に行けば日月と練習できません」
「その問題もあるな。インターナショナル相手なら乗機はA-8。勘を戻す必要がある」
「感情論でもよろしいですか?」
「構わん。これはお前達の意見こそ重要だ」
「私が小細工無しで勝ちたいと思っている学校が二つあります。一つはライヒスリッター。もう一つがインターナショナルです。東ドイツで教わった卑屈なまでのソ連称賛。あの記憶は封印ではなくマウザーで粉砕したいと考えています」
「私もレイアと同意見です」
「六原さん達がやりたくないと言っているのなら、やらせるわけにいかないでしょう」
「それはそうだ。ただ、負ければ今の一、二年には何も残らんぞ」
「あのー、私からもいいでしょうか」
「何だ」
樹里の発言を衛徒は促す。
「インターナショナルの諜報はコスパの観点から見ても良くはないと思います。秋の大会でのインターナショナルの必勝パターンは一つ。赤い津波と称されるIL-2の大群と急降下爆撃。それが誇りであり強さであると、今の監督もインタビューで答えています」
「一回戦は合計出撃ポイントも少ないから、使用機体も推定し易い。問題は、どっから来るか、だ」
「その点なのですが、六原殿と月城殿として、試合前の突撃取材で情報を引き出すのは卑怯なのでしょうか」
「まぁ相手校の制服を着ているところがグレーだけど、法にも規定にも抵触してないから、スポーツで許される情報収集の一環じゃないかしら」
「なら今回の取材では、IL-2部隊の格納庫を狙ってみます。誰かが攻撃ルートの話をしているかもしれません」
「アレスみたいに門前払いかもしれないがな」
「インターナショナル高等部には『プラタコール』という新聞部がある。学校のウリである空戦部の記事が載っている事もある。去年の秋の大会優勝時の紙面があるわよ。いる?」
「はい。是非!」
「それはいつ手に入れたんだ?」
「夏の間に主な学校の新聞や広報誌を集めました。新聞は諜報の基本です」
「門前払いの可能性は低いという事ね」
「そう思います。よって今回は湯雲さんと西園さんに任せてもよいかと」
「東側への潜入。大役だ」
「俺達も東側だけどな」
「取材に成功したら、一つ試して欲しい事があるの」
「何でしょうか」
「それは制服を渡す時に話すわ」
「わかりました」
「なら、インターナショナルの諜報は無しだ。あんだけ練習したんだ。正攻法で勝つ」
「同感ね。ヤーボ隊も仕上がったし」
「本当に吐く事になるとは思わなかった」
「空戦防具を着けていても引き起こしのGはキツイですよね」
「あと綾音の求めるレベルが想定以上に高くて……」
「爆弾落として終わりなんてF-8に対する侮辱よ。皆わかってくれて良かったわ」
「ああ。思い知らされたよ」
「六原、月城。現時点で今後の諜報の予定はあるか?」
「錨桜のみです」
「当たるのは決勝。やるんだな」
「やります。使用機体と戦術を事前に把握して、勝てる方法を見つけるべきです。早めに仕込みに入ります」
「承認する。奴らが強い理由は知っているが、どうしてそこまでできるのかは個人的にも興味がある」
「では私達は帰ります。明日も朝練したいので」
「私も帰るわ。そこまで一緒にいきましょう」
「全員帰宅だ。湯雲、窓閉めろ」
「はい」
鞄を持って部室から出たレイアは思う。
先輩達に恵まれた事は本当に幸運だった。
夏休み後半の練習は戦闘訓練の経験がある私でもキツイと思うほどだったが、先輩方はひたすらに練習を続け、倒れる人はいても逃げ出す人はいなかった。
この先輩達が弱小校の最後の三年生としてひっそり片付けられるなんて事があってはならない。
前職で身につけた褒められたものではない技術が、先輩達の、チームの役に立っている。
それだけでも報われたと感じる。
ならば、もしこのチームで優勝できたなら、それは人生最高の歓喜の瞬間であろう。
絶対に優勝してやる。
レイアは胸の内で誓っていた。
秋の大会一回戦の前日。中部沖バトルフィールドのホテルで夕食を食べた後、レイア達は会議室でエレンと樹里の取材の成果を確認していた。
樹里が撮影したビデオカメラの映像がテレビに映し出されている。
「こんにちは。プラタコールです。部長さんに取材したいのですが」
話しているのはエレンだ。マイクを持つエレンがリポーターを務めるようレイアが助言したのだ。
「そういうのは普通試合後にやらないか?」
「試合後にもやりますよ。だって明日は勝つでしょう」
「まぁな。じゃあ呼んでくるから待ってろ」
「あ、その前に、大北選手ですよね」
「そうだけど」
「サインください」
「早いですって!」
「試合が終わったら書いてやるよ」
そう言ってインターナショナルの空戦部員が格納庫の奥へ向かっていく。
「ノストラムもそうでしたけど、取材に応じるのが普通なんですかね」
「他の学校行った事無いからわからん」
「私達には校内新聞の取材が来たことないですよね」
「新聞部自体が紙と塗料代が払えなくなって潰れたからな」
「そんな事あります?」
「東ドイツでも紙は貴重だったんだろ?」
「ここ日本ですよ」
樹里のカメラが一番近くのIL-2にズームする。
黄色い円と赤い星はインターナショナルの校籍標識。
数十秒ほど経って、男子生徒が姿を現した。
白人。おそらくロシア人だろう。
「部長のセルゲイ・ペトロフさんですね」
「そうだ。試合前に取材とはなんだ」
「明日の試合、我々プラタコールとしても、最高の画を撮って学校内外に報道したいと考えています。評議会が述べているように、ゲルマンスキーへの鉄槌としては、東側からの圧倒的な破壊が最適とお考えでしょうか」
「理事会がお前達に何か伝えたのか?」
「直接的には何も。しかし、東ドイツの消滅が決まった時、インターナショナルはトラビの分校化を提案しましたが、彼らは拒絶しました。そして結局ライヒスリッターに吸収されようとしています。愚かしい事です。インターナショナルの分校になれば、少なくとも消滅は免れたというのに」
「評議会は何と言っていた」
「東ドイツやトラビが我々の庇護を受け入れなかったのは、忘れているからではないかと。東にある脅威を。奴らを打ち負かした赤き精鋭集団を」
「トラビは東から潰すべき、という事か」
「そういう意味かと。そしてシュトゥルモヴィークでトラビを粉砕できるのは、この大会が最後です」
「お前達の言いたい事はわかった」
「私達はカメラを置く場所を決める必要があります。東側から襲来するIL-2の集団を撮影できるのが理想的なのですが」
「作戦を事前に外部に漏らす事はない」
「そうですか……いえ、心強く思います。必ずやトラビに鉄槌を」
「一つだけ言っておく。一番良いカメラは東に向けておけ。それと、俺のLa-5FNは胴体に『победа』と書いてあるから、見つけたら撮影しておけ」
「わかりました」
「なら、取材はここまでだ。これ以上格納庫の中を撮ることも禁止だ」
「最後に一つだけお願いが」
「何だ」
「サインください」
「……構わないが。お前らロシア人ハーフだよな。ロシア語でいいか」
「はい」
「ほら」
「ありがとうございます!」
エレンがお礼を言ったところで映像は終わった。
「こんなん東から来ると言ってるようなもんじゃねぇか! 湯雲、西園、よくやった」
「取材というより誘導だったけど、発案は六原さん?」
「はい。前職でロシア人と関わる時にしばしば感じたのですが、ロシア人も西ドイツとの合併が決まった後の東ドイツ人に対し、微妙な感情を抱いている気がしました。劣等感とは言いませんが、生活水準が飛躍的に上がるであろう東ドイツ人に対する嫉妬の様な。だからそこをくすぐってやろうと考えました」
「会った事も無い人間の行動理念を推測する。プロファイリングといったか」
「そんな事はしていません。ただ単に、ある立場にいる組織や人間がどのような欲求や負の感情を持っていればしっくりくるかを、考えただけです」
「……突撃取材は成功だ。作戦の詳細は明日詰める。じゃあな」
「おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言って三年生達は去っていった。
ゲルプ隊四人はその後しばらくインターナショナルが使用する機体について議論した後、試合に備えて早めに就寝した。
翌日の午後、秋の大会一回戦。
トラビマイスター高校VSインターナショナル大学附属高校。
想定通り、インターナショナルの攻撃隊は中部沖バトルフィールド東側滑走路から真っすぐ飛来してきた。
緩降下しながら突っ込んでくるIL-2と護衛のLa-5FNをゲルプ隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊、ゼピア隊が迎撃。
ブラオン隊は低空には降りず、しばらくしてやってきたPe-2FTを迎撃。
トラビ側の攻撃隊は八機のFw190F-8が対地攻撃後に制空戦闘を開始。
上空を進む一六機のJu88A-4の護衛はグリューン隊とロート隊のみという、迎撃偏重の編成となっている。
IL-2は出撃ポイントが低めなため出撃数が多くなる。しかも頑丈なので簡単に堕とせるわけではない。
相手が撃墜に手間取っている間に大量のIL-2が敵陣に進入し、爆弾とロケット、そして二三ミリ機関砲で地上目標を破壊して回る。これがインターナショナルの必勝パターンだ。
単純であるが故に対策が難しく、有効な手立ては一つしか無い。
一機一機を速やかに堕とす事。
単発機としては最も頑丈な部類であるIL-2にも弱点はある。
それは航空機である以上装甲化が難しい泣き所、翼である。
またIL-2はエンジンにすら装甲を配しているが、分厚いものではないため二〇ミリの徹甲弾ならば貫通する。
またエンジン下側にある二つのラジエーターに装甲は無い。
編隊の右側ないし左側から攻撃を仕掛け、上から狙う時は巨大な主翼。下側から撃つ時はラジエーターを狙う。
各機は別個の目標を狙い、攻撃後は速やかに上空へ離脱して空戦エネルギーのロスを最小限に抑える。
護衛についているLa-5FNは低空での機動力が極めて高く、加速力も驚異的であるため、時速六百キロメートル以下で追いつかれた場合は相手のミスを期待する以外になくなるからだ。
「ヴィオレットアイン、IL-2を機墜!」
「Pe-2とその護衛が急降下した! 白瀬は攻撃を中断しろ! 高科、やめさせろ!」
「明日香、攻撃を止めろ! 上からチキンが降ってくる! 今は回避に専念しろ!」
「むむ、仕方ありません!」
ゲルプ隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊、ゼピア隊がIL-2の編隊から離れ上昇に転じると、入れ替わるようにPe-2、ブラオン隊、La-5FNの順で上空から降って来た。
「ヤーボ隊、状況報告!」
「シュバルツアイン。敵陣上空の航空優勢を確保」
「よし。爆撃機損失は七。勝てるぞ!」
「ヴィオレット、ヴァイス、ゼピアは引き続きIL-2を。ブラオン隊はチキンの相手をお願いします!」
「了解」
二三ミリ機関砲で戦果の拡大を狙うIL-2への攻撃を再開して十数分後、審判団より試合終了、トラビ高校勝利の無線が入った。
Ju88の爆撃によりトラビ高校の戦果が拡大し、逆転不可能と判断されたためだ。
進路を滑走路に変えたレイアは大きく息を吐いた。
負ければ終わりの戦い。精神的にも相当疲れる。
滑走路に着陸したレイアを待っていたのはメディアの取材だった。
「今試合のヒーローインタビュー。一人目は共同撃墜を含め八機を撃墜した一年生、六原レイア選手です。よろしくお願いします」
「よろしくお願いします」
遂に来た。ヒーローインタビュー。
名前が全国に放送される貴重な機会だが、焦ってはいけない。
初回は無難な受け答えをして、次回以降も呼ばれやすくする事が有名選手への近道だろう。
「六原選手は夏の大会の一、二回戦でも三機を撃墜しており、我々の間でも悠紀羽桜選手と並んで最優秀一年生選手候補と注目されています。六原選手は東ドイツからの留学生という事で、競技空戦のご経験など伺いたい事は沢山あるのですが、その前に。六原選手は、錨桜高校の二年生、六原アルマ選手の妹さんですよね?」
「……はい!?」
「いやあの、目鼻立ちが似てますし、ドイツ人留学生で苗字が同じなので姉妹かと」
「六原アルマは私の姉です! どこにいるんですか!?」
「え、ですから錨桜高校です。普段連絡を取り合ってはいないんですか?」
「……姉は一年半ほど音信不通です。もしかすると、私の方が音信不通だったのかもしれません。教えて頂き、ありがとうございます」
「えー、過去についての質問はまたの機会としましょう。今後の目標、抱負についてお聞かせください」
「……優勝です。まずは秋の大会の」
「確かにそれは姉妹対決および最優秀一年生候補対決となり高校空戦ファンとしては大変盛り上がる展開になると思いますが、トラビ高校の目下の目標はライヒスリッター学園ではないのでしょうか」
「私個人の望みは今変わりました。私の望みは姉との再会。それが空の上で果たせるというのなら、決勝に進むまでです」
「つまり、準決勝で当たる可能性のあるライヒスリッターは通過点に過ぎないという事でしょうか」
「否定はしません」
「おおお! これは大注目の一年生が現れました! 次の二回戦での活躍も期待されます。六原選手、ありがとうございました!」
続いて行われた綾音のヒーローインタビューをレイアは聞いていなかった。
姉がまさか日本にいて高校空戦をやっているとは。
しかも通う学校がドイツと無関係の錨桜という点も衝撃だ。
一体全体何がどうしてそうなったのか。
直接会って、落ち着いて話したい。
それはそう遠くない未来に叶うだろう。
所在がわかったのだ。こちらから会いに行けるし、今の放送を見て向こうから会いに来てくれるかもしれない。
姉との再会を心待ちにしながら、レイアは中部沖バトルフィールドを後にした。
Tips:出撃ポイント
高校空戦で使用される航空機は高性能な機体ほど出撃ポイントが高く設定されている。性能で劣る機体は出撃可能な数が多くなるため、どんな機体にも活躍の好機がある。というのが高空連の理念であり、その思想はある程度実現している。
ただし戦闘機に関しては優秀なパイロットを大量に育成する事が難しく、優れたパイロットは強力な戦闘機に乗せたくなるのが人情であり、それと連携する僚機も同じ機体の方が合理的であるため、使用機体が大戦後期の機体に偏ってしまっているのが現状である。
なお出撃ポイントは公式戦成績(キルレシオおよび爆雷撃成功率)によって毎年調整されるため、出撃ポイントが性能に見合わない高さになってしまっている戦闘機が存在する。




