13 再会
それから六日後、トラビ高校空戦部は秋の大会二回戦のため日本海バトルフィールドに訪れていた。
二回戦の相手、レルム国際大学附属高校はその名の通り国際社会で活躍できる人材の育成を理念としており、留学先の選択肢の多さで人気を集める。
コモンウェルス加盟国から支援を受ける空戦部は機材、設備共に潤沢であり、油断していい相手ではない。
ホテルで夕食を食べた後、ゲルプ隊四人は会議室へ移動。
しばらくして、衛徒と綾音、イリスも入って来た。
「レルムへの突撃取材は、失敗しました。申し訳ございません!」
開口一番樹里は謝罪した。
「そうか。まぁ上手くいかない時もあるだろ。門前払いか?」
「いえ、格納庫の撮影はできました」
「ほう。六原は何で失敗したのか聞いたか?」
「いいえ」
「その映像見せろ」
「はい。ただ、役には立ちません」
「失敗した理由がわかれば、今後の対策が出るかもしれない」
「わかりました。では、恥ずかしながら、映します」
樹里はそう言うと、ビデオカメラをテレビに繋ぎ映像を映し出した。
「こんにちは。コモン・ナレッジです。空戦部の取材に来ました」
「取材? 試合は明日だぞ?」
「試合前の抱負や、どうやって勝ちたいかなどを伺いたく思います。部長さんに取材できますか?」
「……呼んでくる」
「その前に、風早選手ですよね?」
「そうだが」
「サインください」
「早いですって!」
「……呼んでくる」
テレビからエレンとレルム空戦部員の声が聞こえてくる。
「ここまではいつもの展開よね」
「とりあえず呼んでくれるよね」
しばらくして白人の生徒が現れ、英語を口にした。
画面に沈黙が流れる。
「なんで湯雲は無言なんだ?」
「英語がわからなかったんです」
その後、エレンは日本語で質問した。
「明日のトラビ高校戦ですが、やはりモスキートによる高速爆撃が主体ですか?」
それに対しレルムの部長は英語で返した。
ここで先ほどレルムの空戦部員が口を挟んだ。
「バーリングは日本語を喋れない。取材は英語で頼む」
「ええ!? じゃあ試合中の無線はどうしてるんですか?」
「英語だ」
「ああ、そうなんですか。じゃあ、作戦会議とかは?」
「必要であれば、私や各隊長が通訳する。……おかしいな。お前達がバーリングを指名した。なのに、日本語喋れない事を知らないのか?」
「えーっとそれは、今年入ったものでして」
「それなら、私に通訳を頼むべきだと思わないか」
「はい。そう思います」
これは終わったとレイアは思った。
「Hey! Call an HAL official! There’s a suspicious persons!」
ここで画面が大きく揺れ動き始めた。
エレンと樹里が逃げ出したのだ。
「つまりこういうわけです」
エレンがすまし顔で言う。
「……事前にもう少しリサーチできなかったのか?」
「ここ日本ですよ? 日本語喋れないなんて思わないじゃないですか」
「バーリングはドラフト候補の有名選手だ! 西園なら知ってただろう」
「確かにヒーローインタビューでは英語で話していました。しかし、部長を務めていて、しかも日本でプロになろうという人が、日本語を全く喋れないとは思わず。申し訳ございません」
「他のスポーツでも現地語勉強しながら海外挑戦する選手はいるからな。それか片言で喋るのを忌避しているか。何にせよ、運が悪かったな」
「映像に機体は映っていたわよね。そこからわかる事はないの?」
「映っていたのはモスキート爆撃型のMk・XVIです。確実に投入してくると思います。B-24を探したかったのですが、見つけられませんでした」
「情報を得られなかったのは残念だが、それが普通だ。幸いレルムはインターナショナルより戦いやすい。問題は無い」
「そうね。作戦は事前打ち合わせ通りにいきましょう」
「因みにライヒスリッターの部長は日本人だから安心しろ」
「捕まらなかっただけ上等だ。おやすみ」
そう言って三年生達は会議室を出ていった。
情報が得られなかった以上B-24は出てくると想定した方が良いので、四人は防御銃座や装甲配置を改めて確認した後、それぞれの部屋に戻った。
翌日。秋の大会二回戦。
トラビマイスター高校VSレルム国際大学附属高校。
楽勝とまではいかなかったが、余裕のある勝利だった。
Fw190D-9ならば快速自慢のモスキートも追撃可能。
爆撃を許すと一気に逆転されかねないB-24Mk・VⅢについてもゲルプ隊とヴァイス隊が大半を撃墜破。
護衛のスピットファイアMk・IXは強力な機体ではあるが、練度で勝っていたようで優位に立ち回る事ができた。
タイフーンMk・ⅠBによる対地攻撃で被害は出たが、トラビ側攻撃隊の戦果の方が遥かに大であった。
ヒーローインタビューには一トン爆弾を的確に叩き込みつつスピットファイアも撃墜した綾音と三機撃墜のブルーノに加え、トラビの快進撃を部長として指導しつつ自らも二機撃墜した衛徒が呼ばれた。
自分が呼ばれなかった事は少し残念であったが、納得の人選ではあったので特に不満は言わず、レイアは選手控室で休憩していた。
その後、トラビ空戦部員達が格納庫で帰り支度をしていると、突如滑走路に一式陸上輸送機が着陸した。
一体何事かと多くの部員が格納庫の入り口に集まる中、一式陸上輸送機から二人の女子生徒が姿を現す。
「え、姉さん!」
レイアは思わず声を上げ、格納庫の外に出た。
もう一人は知らない人だが姉とは仲が良いようで、二、三言葉を交わした後一緒にこちらに歩いて来る。
「六原。とりあえず俺が対応する」
「はい」
衛徒だけでなくハンナも格納庫から出てきてレイアの隣に立つ。
やってきた二人は目前で立ち止まり、一礼した。
「事前連絡も無く押し掛けて申し訳ございません。私は錨桜二年、六原アルマと申します」
「同じく悠紀羽と申します」
「トラビ空戦部部長の鹿島だ。二週間後の対戦ではよろしく頼む」
「今日は私の個人的な我儘で来ました。妹のレイアと話をさせてください」
衛徒に見られたレイアは答える。
「私からもお願いします」
「家庭の事情について話すため、二人きりにさせて頂きたく思います」
「構わないが、何故今なんだ」
「午後からここで試合なので、早めに来ました」
「悠紀羽の方は何か用事でも?」
「アルマの妹を見たいと、我儘を言っただけです。離れましょう」
そう言って女子生徒は一式陸上輸送機の方へ歩いていった。
「どこで話しますか? 姉さん」
「滑走路の端でいいだろう」
アルマの後ろについて行く形で、レイアも滑走路の端へと移動。
振り返ったアルマと向かい合ったレイアは久しぶりに見た姉の顔を数秒眺める。
姉の表情からは、読み取れる感情は……負い目と、ほんの少しの、敵意。
訊きたい事は山程あるが、捲し立ててはいけない。最も重要なのは両親の所在を聞き出す事だ。他は後回しでもいい。
「一年半ぶりですね。姉さん」
「元気そうで良かった。お前も、良い仲間に恵まれたようだな」
「話してくれるんですよね。何故私を置いて亡命したのか」
「ああ。しかしお前なら察しはついているのではないか?」
「単なる憶測に過ぎません。私は姉さんの口から聞きたいのです」
「安全のためだ。あの事件を生き延びた両親は西ドイツスパイ容疑をかけられ、一度勾留された。釈放された時に西ドイツから情報提供と引き換えに亡命の誘いがあったので、承諾した。一度亡命を決めたら後戻りはできない。わかるだろう」
「わかります。亡命の仲介役を見つけたのは姉さんですね」
「そうだ。私が赤月のベルリン事件の実行犯の一人だとバレる可能性は零ではなかった。両親の安全にとっては亡命が最善だった」
姉さんは元シュタージ第三局職員。任務は東ベルリンでの防諜。
赤月のベルリン事件の前から西側スパイと接触しており、両親の亡命のおおよその段取りまで整えたうえでテロを実行したのだろう。
赤月のベルリン事件で両親の救出は意外なほどあっさり成功したが、今となっては納得。
姉さんの支援、事前準備が極めて周到だったのだろう。
両親救出の支援とベルリンの壁破壊という両方の目的を成し遂げた。
驚異的な情報収集と計画構築能力だ。
「父さんと母さんは今どこにいますか?」
「西ドイツだ。合併後の混乱が収まるまでは静かに暮らすのが良いだろう」
「特に怪我などもありませんか?」
「心身ともに健康だ」
「安心しました」
「……私は、お前がトラビの空戦部にいる事に、夏には気付いていた。なのに今日まで会いに来なかった事は、申し訳ないと思っている」
「構いません。今日こうして会いに来てくれたのですから」
「メディアに姉妹対決実現か、と煽られてはな」
「ああ言えば姉さんの耳にも入ると思いました。しかし日本にいて、しかも錨桜高校とは、知った時は驚きましたよ」
「ドイツには居たくないからな。西ドイツの支援を受ける気も無い」
「トラビにしなかったのは、空戦部が潰れそうだからですか?」
「違う。入るわけないだろう!」
アルマの否定には、怒気が含まれていた。
「日本にいる時点で、安全ではないのですか?」
「本気で言ってるのか? それともわからないふりか? まぁ、お前にはどこか純粋なところがあったからな」
「……ドイツに居たくないという時点で、気付くべきでした」
「私は祖国を滅亡に追いやったテロリストだ。故郷は無い。同志と共に日本へ来たはいいが、この国に馴染める気がしなかった。錨桜高校の存在を知ったのは偶然だったが、空戦部の評判を聞いた時は必然だと思った。迷わず入学したよ」
「錨桜は姉さんにとって、良いところなのですね」
「そうだ。空戦部に入って確信した。ここは私の狂気を受け入れてくれると。実際そうだった。毎日の猛練習と猛勉強が、東ドイツでの記憶を塗り潰してくれる」
「狂気、ですか?」
「東ドイツは限界だった。内戦の可能性すらあった。ベルリンの壁を破壊し平和的な統合を実現する。今思い返しても、思想としては正しいと私は思う。だが、如何に思想が正しかろうと、普通テロは起こさないのだ。日和見を決め込むか、何もしないのが普通だ。だが私は実行した。祖国の首都たるベルリンで! これが狂気でなくてなんだ!」
「私は姉さんの全てを肯定します! 尊敬もしています! 姉さんの支援なくして、私やハンナの家族を助ける事は不可能でした」
「私も上手くやったとは思っている。もっとも、お前でなければ実施不可能な救出作戦ではあったがな」
「褒められて嬉しいです」
「両親に、会いたいのだろう」
「勿論です」
「当然、会わせよう。住所も教えよう。ただ、時期は明言しない」
アルマは不敵に笑った。
「何故です?」
「橘花なら、妹の頼みでも、タダで差し出すような事はしないだろうからな」
「さっき一緒にいた、悠紀羽三姉妹の長女の事ですね」
「そうだ。錨桜空戦部といえど所詮は平和ボケした日本人。そう思っていた私の鼻っ柱を、入学早々へし折ってくれたよ。おかげですんなり馴染む事ができた」
「ではどうすれば、速やかに両親に会わせてくれますか?」
「錨桜に試合で勝ったらだ。トラビが勝てば即教える。私が一緒にドイツに行ってもいい」
「随分と、厳しい条件を出してきますね」
「というか不可能だな。私を撃墜できた場合は、としよう。また、撃墜するのは月城ハンナでも構わない。これなら十分可能性はある」
「不可能とまで言いますか」
「今の三年生は錨桜史上最強と言われている。つまり高校空戦史上最強という事だ。錨桜が負けるなどと、例え話でも口にすべきではなかった」
「しかし一度口にしたのです。トラビが勝った場合も両親に会わせてください」
「いいだろう」
「あと、たまにで良いので、姉さんとも会いたいです。誰を連れてきてくれても構いません。連絡先の交換を――」
「錨桜空戦部に休みは無い」
レイアの提案をアルマは冷たく跳ね除けた。
「先輩方の中でも一部の人達は、誤解を恐れずに言えば、私とは別の意味で精神性が異常だ。空戦をするために生まれてきたと言わんばかりだ。そしてその人達にレギュラーの座を与えられた事が私の最大の誇りだ。先輩方に土をつける事は許されない。私が一日練習を休めば、負ける可能性が生じる可能性がある。それはできない。連絡先も、私を堕として手に入れろ」
「姉さん……私は、ずっと探して……」
目から涙が溢れるのを堪える事はできなかった。
しかし姉の表情は真剣そのものだった。
「スポーツ、勉強、戦闘訓練。私はお前に勝った事が無い。だが、今回ばかりは勝たせてもらう。私個人の力でなかろうと、勝負は勝負だ。錨桜は前人未到の三冠を達成し、私の望みは成就する。……心配せずとも、両親とは遠からず会える」
レイアはアルマと本気で勝負をした事が無かった。勝ってしまうからだ。それは全然嬉しくなかった。大好きな姉が悲しそうな顔をするから。
しかし、それこそが相手を馬鹿にした愚かな選択だったのかもしれない。
私がトラビ空戦部を煽ったように、姉さんも劣等感を原動力に己を高めてきた。その対象が私だったというだけだ。
この強固な意思は崩せない。
「わかりました。その勝負、受けて立ちます!」
「ふふ。お前は乗るしかないからな。因みに私の乗機は零戦だ。一発で堕とせる。狙ってみるいい」
そう言ってアルマは立ち去った。
入れ替わるようにハンナが駆け寄ってくる。
「レイア……。何があったか、後で教えてくれる?」
涙の跡に気付いたハンナが気遣うように言う。
「チームに関わる事だけ、今話すわ」
そう言ってレイアは格納庫へと戻り、ハンナだけでなく衛徒や綾音にもアルマから出された条件について話した。
「アルマさんを堕としさえすれば、レイアは両親と会える。しかも堕とすのは私でもいい。レイア、私頑張るよ!」
「待て待て! 明らかな罠じゃねーか! 秋の大会で堕とすべきは陸攻と銀河。零戦なんかに固執したら勝てるもんも勝てねぇよ!」
「わかっています。要は試合に勝てばいいんです」
「錨桜との試合は六原家だけの問題じゃない。決勝に勝つまで姉貴との約束は忘れろ!」
「はい。意識は、しません」
まず考えるべきはライヒスリッター戦。
他に考えたいことがあろうとも、まずは目前の課題に集中する。前職で何度も経験した事だ。
何も言わずに離れていった先輩達も、何も言わずに側にいてくれるハンナも有り難かった。
今為すべき事は、次の試合に向けて集中力を高める事だ。
その後のレイアは必要最低限の事しか喋らず、状態に問題が無いことを確認したD-9に乗り込んで関東バトルフィールドを後にした。
次回、レイア、手品ショーの助手に抜擢され箱に入るも行方不明




