14 二つのドイツ
秋の大会二回戦の翌日の放課後。
トラビ高校空戦部員達は一枚の新聞に注目していた。
トラビマイスター高校理事会、遂に発表! 次戦のライヒスリッター学園に勝利し、総合成績でも上回ったならば、空戦部の解体は拒否! 学校の完全な吸収合併も拒否と主張!
理事長語る! 直接対決でも総合成績でもライヒスリッターを上回ったならばトラビ空戦部は文句無しの強豪である。それを解体して機材を売却する事は、自分達の努力によって勝利を掴み取っても結局は大人達の都合で居場所を無くすという誤ったメッセージを全国の学生に与える事になり、教育の外道である。
また、一部でもトラビ側に上回っている点があるのに完全な吸収という合併の仕方は、他者を尊重し、優れた点を認めるという人間として大切な事を教育者側が放棄する事を意味し、極めて遺憾な事である。我々は生徒への正しい教育のため、合併条件の再交渉をライヒスリッター学園に申し入れる。
「理事会め。自分達の権益にしか興味が無い癖に、もっともらしい事を言いやがる」
「だからこそ、次の試合で俺達が勝つ方にベットしたんだろ」
「でもこんなのライヒスリッターは認めないだろ」
「認めてないぞ」
対するライヒスリッター学園は馬鹿げた妄言と一蹴! 高校空戦で勝って黙らせればよいという強気な発言も。
「後半は記者が勝手に書いたような気もするが、どうあれ飲むわけないわな」
「これ、条件が折り合わなかった場合どうなるんだ? いずれにせよトラビ単独で存続は無理だろ」
「ユーゴみたいに政府支援案もあるみたいだが、ユーゴと違って後継国家が無いから無理だろうとこの記事では否定してる」
「支援してくれそうなでかい企業も無いしな」
「学校そのものはともかく、評論家や解説者もトラビ空戦部については同情的な意見を寄稿してる。とにかく次の試合が命運を分ける。負けたら死ぬと思え」
「アレス戦を見れば、奴らの対爆撃機戦闘が一流だとわかる。しかもこちらの爆撃隊はDo217を初めて試合で使ううえに、ライヒスリッターはDo217の性能を熟知している。何か対策は無いか」
「それについちゃぁ――」
「完成したぁ!」
衛徒が言い終わる前に、香織が大声を上げて入ってきた。
「ああ、できたのか」
「遂に全機が習得した。通天閣投法や!」
「何が通天閣なんだ」
「時速六百キロで緩降下。敵地に近付いたらカウルフラップ全閉エンジン停止してダイブ開始。高度六百くらいから一トン二発落としながら引き起こして離脱。この方法なら時速六百キロ超えても空中分解せえへん」
「六百キロ出てれば簡単には追い付かれないし、六百キロで引き起こせばメッサーの方が空中分解する。対処は簡単じゃない。ドルニエを温存した甲斐があったな」
「ただ、一つ問題があんねん。千田はん見てくれへんか」
「どうした」
怪訝な顔をしていた直治は飛行場に並んだDo217を見て絶叫した。
「なんじゃこりゃー!」
「制限速度六百キロってのは嘘じゃないねんな。空中分解はせえへんけど、降下と引き起こしの際に色々吹き飛ぶねん」
「フラップまで吹き飛んでんじゃねぇか!」
「引き起こし前に減速のために開くねん。すぐ吹き飛ぶけど、主翼は折れずに済む」
「胴体にも亀裂が入ってんじゃねぇか!」
「垂直尾翼が折れてる機体もある。そうなると空中線もお釈迦や」
「どうすんだこれ! 土曜まであと四日だぞ!」
「直せそうなやつはあてらで直すで。でも、最終的な判断は千田はんが下すやんか」
「だから、あと四日しか無いんだって! つまりあれか、あと四日つきっきりでお前らの面倒見ろと!」
「そう言うとる」
「そしてライヒスリッターに勝ってもおんなじ事が起きるわけか」
「せやな」
「練習すりゃぶち壊す! 試合に勝ってもぶち壊す! 直せる時間は一週間。お前ら人間じゃねえやぁ!」
直治の絶叫は格納庫の中まで聞こえてきた。
準決勝前日。
四国沖バトルフィールドに入場したトラビ空戦部員は機体整備を終え、ホテルのレストランで夕食をとる。
「取材はどうだった?」
「凄く丁寧に答えてもらえました。機体まで撮影させてくれて」
「完全にワーディゲス・インテレスの記者だと思われていたようだ」
「良かったね。作戦とかも話してくれたの?」
「はい。爆撃機の編成、進行ルート、戦闘機の機種まで」
「随分と警戒心が無いわね。助かるけど」
「広橋選手と武田選手に会えなかったのが心残りだ」
「プロ注目の選手だよね。どんな人か気になるね」
「それじゃあ誰が対応してくれたの?」
「副部長の人でした」
食事を終えて少し雑談していると、衛徒がテーブルにやってきた。
面倒くさそうな顔をしている。
「ライヒスリッター空戦部の部長が訪ねて来た。今日格納庫に取材に来た女子生徒二人に話があるそうだ」
「え、という事は、バレたということですか?」
「そうだな。リッターの部長は俺の知り合いだ。取材した件は認めて、出方を見る。湯雲と西園は付いて来い」
「あ、私とハンナも付いて行っていいですか」
「ああ。そこら辺をとやかく言う奴じゃない」
衛徒を先頭にホテルの外に出ると、ライヒスリッター学園の制服を来た男女二人が待っていた。
「初めまして。ライヒスリッター空戦部部長の広橋です。衛徒は久しぶり」
「挨拶に来る時間じゃない」
「僕もそう思う。でも真希がどうしてもというから」
「当然よ。あの、今日そこの二人がうちに取材に来たんです。その時副部長が対応して、こちらの作戦を話したと思うんですが、全部嘘なんです」
「それを、わざわざ言いに来たのか」
「そう。君なら言わなくても気付きそうだし、仮に騙されたままなら儲けものだし、伝える必要無いって言ったんだけどね」
「そんなの騎士のやり方じゃない」
「騎士のやり方に拘ってたら勝てないよ」
「えーと、今年のトラビ高校が手強い事は知っていますが、それでも卑怯なやり方は良くないと思うので、伝えました。明日はよろしくお願いします」
「この二人がトラビ生だと見破ったのはレンケか?」
「そうだよ。といっても、来るだろうと予想してたから僕が対応するって周知してたんだ。副部長に無視されたけど」
「どうやって事前に知った?」
「トラビと戦った学校の空戦部に問い合わせただけだよ。夏のノストラム、アレス、秋のインターナショナル戦の完璧な配置。三回も続いて不自然だったから、何か事前に情報収集していたんじゃないかと思ってさ。そしたらノストラム、インターナショナル、レルムには女子二人組が試合前に取材に来たって聞いたよ」
「……取材の指示を出したのは俺だ。謝罪が必要か?」
「いらないよ。こっちの情報は漏れてないし」
「なら堂々と挑むまでだ」
「手加減しないよ」
「不要だ」
「短期間でいきなり強くなったよね。チームとして頑張れてるのは、僕らに勝てれば空戦部存続もあり得ると思ってるから?」
「可能性は零じゃない」
「そうだね。まさに零じゃないという通り、説得力は不十分かもね」
「何が言いたい?」
「君は優勝を狙ってるんじゃないかな。世論を変えるほどのインパクトとなると、優勝しかない」
「……否定はしない」
「錨桜に勝算があると」
「そうだ」
「いいね。やっぱり君と飛びたかった。どうしてライヒスリッターに来てくれなかったのさ」
「その話は三年前にしただろ。東ドイツ籍の俺が入っても碌な事にならん」
「うちは実力主義だから、衛徒ならやっていけたと思うよ」
「買いかぶりだ。去年は手も足も出なかった」
「らしくない謙遜だね。夏以降は見違えた。君はライヒスリッターでも主力になれたんじゃないかな」
「無意味な仮定だ」
「そうだね。大事なのは今だ。明日の試合、僕は爆撃機の直掩指揮だから」
「ちょっと! こっちの情報まで与える事はないでしょ」
「本当かどうか、彼らに断定はできないよ」
「いや、私達が謝りに来た理由と合わせたら」
「確かにそうだね。じゃあ衛徒は迎撃と直掩どっち?」
「探し回れ」
「君も司令塔だから直掩かな。じゃあね」
「あの、今日取材に来た二人がサイン色紙を置いていったので、書きました。どうぞ」
「ありがとうございます!」
差し出された色紙をエレンが嬉しそうに受け取る。
「一枚は武田宛になってたから私が書いたけど、よかったかしら」
「はい。嬉しいです」
「それでは、明日はよろしくお願いします」
そう言って二人は去って行った。
「中学空戦でのチームメイトですか?」
「そうだ」
「随分評価されていましたが、詳しく伺っても?」
「駄目だ」
「明日は迎撃なさいますか?」
「却下だ。俺は直掩指揮を取る。お前はライヒスリッターを舐めるなよ」
「失礼しました」
それ以上は何も言わず、衛徒はホテルに戻っていった。
その翌日。
秋の大会準決勝の舞台、四国沖バトルフィールドは入場開始から数十分で満員と化していた。試合数日前に指定席が売り切れたほどの盛況ぶりだ。
「トラトラトラー!!」
大声で叫ぶ男性に続いて後方の応援団が応援歌を歌い始める。
「今日は特に観客が多いですね」
「相手がライヒスリッターだからな」
「日本人に関係あるんですか?」
「大阪対京都って事で盛り上がっていた、らしい。ここ四年はトラビが落ちぶれて応援団もどんどん減ったが」
「学校の外観だけ見ても、元が同じ学校だったとは思えないほど差がありますよね」
「東西ベルリンと同じだな」
ライヒスリッター学園の歴史は古く、明治時代の御雇いドイツ人のうち日本に残った者達が創設したライヒスリッター高等学校を前身とする。
一次大戦でドイツ帝国が消滅し本国からの支援が途絶えると、ハンザ商業高校とマイスター高校に分裂。
二〇世紀後半に競技戦争が世界中に広がると、西ドイツは資金援助と引き換えにハンザ商業高校の経営権の一部を取得。空戦部を創設し、現在の学校名に変更した。
騎士道精神と規律を重んじる校風であり、部活や学業で秀でた成績を収めるとアデルの称号と様々な特権を与えられるという独自の文化を持つ。
空戦部の規模は大きくないが、素養のある選手や成果を上げた選手に練習機会を集中させてエリートパイロットを育成し、機体編成では数より性能を重視する少数精鋭主義を取る事で、高校空戦の黎明期から現在に至るまで強豪校の地位を維持している。
少数の精鋭すら育成できなくなったトラビ高校は、ここ五年間一度も勝てていない。
今日でその歴史に終止符を打ってやる。
劣等感を拭い去るため。空戦部存続の可能性を残すため。
絶対に勝つ。
チーム全体が同じ考えを共有し、いつも以上に気合が入っている事が、選手達の雰囲気から伝わって来た。
次回、レイア、クソみたいなジョークで怖い人を怒らせ名前をアにされる




