15 VSライヒスリッター学園
秋の大会準決勝。
トラビマイスター高校VSライヒスリッター学園。
Fw190D-9に乗って離陸したレイアは、西へ飛びながら敵の爆撃機を探す。
数十分ほど飛んでいると黒い機影が見えたので双眼鏡で確認する。
赤と白に縁取られた黒の鉄十字の校籍標識が描かれた大型爆撃機。
He117『グライフ』だ。
グライフにはロトフェ7という爆撃照準器が付いており、水平飛行でも高い精度で爆撃ができるらしい。
その上空にはbf109が見える。
「ゲルプアインより迎撃隊へ。敵機発見。グライフ一六機。メッサー一二機。集合して下さい」
まずは上昇しつつ敵に近付く。
敵編隊と距離が五千メートルまで詰まった時、メッサー隊のうち八機がこちらに向けて翼を翻した。
高度は向こうが上。突っ込んでくる。
「各機、緩降下後機首上げ。ヴァイス隊はヘッドオンも許可」
D-9もフォッケらしい頑丈な機体であり、火力についてもメッサーより上。
高度で劣る場合は相打ち覚悟のヘッドオンも有効な戦闘機動の一つだ。
だがメッサー隊は緩い旋回で躱し、そのまま斜めの旋回で背後に回る。
爆撃機まで五百メートルを切った。ギリギリ振り切れる。
そう思っていたレイアの考えは甘かった。
「こちらヴァイスフィーア、メッサーに追いつかれる!」
想定以上に敵機が速い!
しかし爆撃機への攻撃機会を放棄するわけにはいかない。
「ヴァイス隊は離脱して迂回上昇」
「ゲルプフィーア。メッサーとの距離約四百」
「攻撃するのか?」
ヴァイス隊より前にいた私達はまだ追いつかれていない。
「ロッテごとに攻撃。三、四番機は攻撃後離脱!」
ゲルプ隊はグライフ編隊の左前方から攻撃を開始。
狙うはエンジンとプロペラ後部の環状ラジエーター。
レイアとハンナの攻撃で一機のグライフが炎上する。
編隊下方へすり抜けたレイアとハンナは一度ダイブしてから上昇反転。
敵編隊の後部に付いた。
「六時にメッサー!」
「ハンナはダイブ!」
言いつつレイアは最後尾のグライフの尾翼に機関砲を叩き込み、そのまま急降下。
先にダイブしたハンナと並行して飛ぶ形となる。
後方から銃弾が飛んでくるので、的を絞らせないよう横転を繰り返す。
速度が時速六百キロを超えたところで振り返ると、メッサー達は機体を水平に戻すところだった。
振り切る事には成功した。
しかし、あの濃紺の狼のエンブレム。あれは広橋選手と武田選手を擁するフェンリル隊だ!
合流に成功した四つの小隊にレイアは指示を出す。
「ヴァイス隊、ゼピア隊は左、ヴィオレット隊は右、ゲルプ隊は後方から攻撃する。堕とすより堕とされないこと」
戦闘機の数はこちらが上だが優位高度を取られた状況。狙われた隊は大人しく離脱し、その間に他の隊が上昇する。
D-9隊がある程度上昇すると、メッサー隊が各方向へ散開。うち四機がこちらに来る。
エンブレムからフェンリル隊とわかる。
迂闊な動きをすれば瞬時に撃墜されるだろう。
レイアは牽制射撃の後ダイブ。後ろのメッサーが引き起こしに入った瞬間に背面飛行に入り、敵機の位置を確認してから円弧を描くように上昇。
「MW50使用!」
エンジン出力を上げ、上昇中のメッサーを追う。
やや遠い距離から射撃したものの当たる事はなく、メッサー四機は俊敏な動きで斜めの旋回に入る。
ついていく事はできないので、ゲルプ隊は反対方向に進路を変えたが、メッサー四機が追ってくるのでやむを得ず緩降下に入る。
爆撃機に近づく事すらままならない。
夏以降の猛練習でチームの練度は確実に上がったが、それでもライヒスリッターの方が上手のようだ。
戦術を変える必要がある。
トラビ側陣地の上空に広がっていた積雲を利用しよう。
「各機、雲に紛れて上昇。爆撃機から離れても構わない」
レイア達がグライフ編隊から離れるように迂回上昇を始めた頃、味方から爆撃成功の無線が入った。
「シュバルツフィーアより戦果報告。爆撃成功。F-8残存六機」
「ロート隊よりヤーボ隊へ。このままメッサーを片付ける」
「了解」
「ブルーノ、あと何機だ」
「あと四機」
「こっちにも来やがったぞ。メッサー一二機機」
「機首にボイレ。G-6だな」
「練習の成果を見せるぞ」
「爆撃隊は増速しろ」
「了解」
という事は、試合前の出撃機体一覧表にあった一二機のBf109K-4が私達の前に立ちはだかっているという事か。
K-4は高い性能と出撃ポイントを持つ、ライヒスリッター戦闘機隊の切り札。
それを一流のパイロットが操縦しているとなると、対等以下の条件で挑むのは現実的ではない。
優位高度を取れさえすれば、反撃の手立てもあるかもしれないが……。
しかし十分な高度を確保できる前に、四機のメッサーがグライフ編隊を離れこちらに向かってきた。
このまま上昇すると、雲間を抜けた瞬間を狙われる。
「雲を抜ける。ついてきて」
そう言ってレイアは白い雲に突っ込んだ。
水滴がキャノピーにぶつかっては流れていく。
そして雲を抜けた。
メッサーは、斜め上方!
ゲルプ隊は降下しつつグライフ編隊に接近。編隊右側にいた機体に対し下方から射撃する。
そのまま編隊上方に抜けるや否や横転し、背面飛行状態で前方のグライフを射撃。
即急降下に入る。
レイアは背中に数回衝撃を感じた。防御機銃で被弾したらしい。
「後方、敵機無し!」
樹里の声を聞いて機体を水平に戻しつつ上を見ると、メッサー四機は上昇していた。
そしてフラップ開閉による縦の高速旋回で一気に降下に転じる。
「ヴァイス隊、直上から敵機! 離脱しろ!」
レイアが警告するとヴァイス隊の各機は一切に横転しダイブに入ろうとしたが、見透かしたかのような火線が襲い、二機が撃墜され、一機が被弾するのが見えた。
流石フェンリル隊。水際だった技量だ。
これで戦闘機の数でも下回ってしまった。
グライフ編隊を攻撃できる機会があるとすれば、次が最後だろう。
「ゼピア隊とヴァイス隊の残存機は合流して落伍したグライフを狙え! ヴィオレット隊は可能な限り上昇を」
「了解です!」
雲に隠れるように上昇しているが、メッサーにはいずれ追いつかれる。
それを前提としたうえで、グライフを墜とさなければならない。
「ゴルトツヴァイより各機へ。予定地点に到達。全機急降下開始」
「全機ツッコミや! 落とした後なら壊してもかまへん!」
「低空のメッサーは排除した。安心して突っ込んで!」
「おおきに」
「聞こえるか、ドルニエの歓喜が」
「この振動、堪らないぜ」
「重力が俺達を連れてってくれる」
「よっしゃ! 通天閣投法成功や! ほなお先に」
「全機このまま水平飛行で離脱」
「よし。迎撃隊、状況報告」
「こちらゲルプアイン。グライフは十機健在」
「逆転されるぞ、何とかしろ!」
「了解」
フェンリル隊との距離が縮んできた。
これはもう、一旦背後を取らせるしかない。
向きを変えてメッサーと正対したレイアは、機首を上げて射撃。
ヘッドオンは双方が横転で躱し、メッサーは降下から縦の旋回で後方に回り込んだ。
「三、四番機はループして再上昇」
「了解」
レイアはなおも上昇し、メッサー二機が近づいてくるのを見て指示を出した。
「ハンナ、上昇反転!」
「わかった!」
レイアとハンナは更に機首を上げ、背面姿勢でフットレバーを踏み込む。
そして機体の進行方向を変えると同時に横転、急降下に入った。
後方から射撃を受けたが、被弾無し。
追撃してくるメッサーと一時的に距離が開いた。
ともすれば失速しかねない危険な機動だったが、ひとまず成功した。
賭けに勝ったかは、試合が終わった時にわかる。
「私は右、ハンナは左!」
グライフ編隊の下方から上昇に転じ、一機のグライフのエンジンを破壊する。
あれは堕とせただろうが、後ろ上方から二機のメッサー。これは、万事休すか。
レイアがそう思った時、二機のD-9とすれ違った。
「明日香! 後方に敵機、離脱しろ!」
「これが最後で――」
被弾した明日香のD-9がグライフの胴体に突っ込み、空中に大きな火球を作った。
その爆炎で見失ったのか、急降下するレイアが追撃を受ける事はなかった。
トラビ側陣地に到着した七機のグライフが爆撃を開始。
生き残ったトラビの迎撃隊は、遠巻きに眺めているしかない。
しばらくして無線から試合終了を告げる審判の声が入った。
トラビ高校の勝利。
なんとか、成し遂げた。
レイアは胸を撫で下ろした。
滑走路に着陸したレイアが帽子を脱いで飛行機から降りると、綾音と衛徒に声をかけられた。
「お疲れ様。最後の六原さんと月城さんと白瀬さんの撃墜のおかげで勝ったわ」
「ギリギリ間に合いました」
「グライフの直掩機は一機も墜ちてないのな」
「逃げ回るので精一杯でした。私達はフェンリル隊に目をつけられて、空戦どころじゃなかったです」
「フェンリル隊に狙われて四機生還は凄いわよ」
「ありがとうございます。爆撃の方は上手くいったようですね」
「そうね。勝因という点では、やはりドルニエ隊になるかしら」
「この試合ではっきりした。通天閣投法は初見じゃ対応不可能だ」
実際ダイブブレーキの無い爆撃機で急降下爆撃を成功させた爆撃隊は大きな注目を集めており、香織と由衣がヒーローインタビューに呼ばれた。
単独で二機、共同で二機を撃墜したレイアもヒーローインタビューに呼ばれ、次の試合で実現する姉妹対決になどついて訊かれたが、当たり障りの無い事を答えておいた。
トラビ空戦部が存続する可能性を上げるには、マスコミが好意的な記事を書いてくれるかも重要になる。
「うぉぉぉぉトラビが決勝進出とか五年ぶりじゃねぇかー! よくやったぞー!」
「おっちゃん! あてらの爆撃見とったな?」
「おう! 最高だったぜぇぇぇぇ!」
「ほな明日は爆撃隊全員で勝鬨屋行くから、貸し切っといて。奢りやねんな」
「約束は守るぜ。何人だ」
「六四人や」
「……なんか多くない? え、爆撃機って二人乗りだろ? それが一六機で……」
「今年は四人乗ってんねん。それが一六機や」
「天本ちゃーん! 機体変わったなら先に言ってよー。流石にそれはキツイって」
「あてら、来年無いかもしれへん。そない薄情な事言うんか?」
「あ、いや、待ってるからー! 好きなだけ食べてー!」
「よっしゃー! あては東大阪商店街が好きやねーん!」
「うぉぉぉぉ俺達も最後までトラビを応援するぞぉぉぉぉぉ!」
リプレイを見たが、ドルニエ隊の通天閣投法は凄まじかった。
時速六百キロメートルを超え、翼がたわみ、機体の一部が千切れ飛ぼうと構わず直進する。
撃墜せんとするbf109G-6は追い付けこそするが、高速域では弱点を狙った照準は難しいようで、攻撃は大雑把なものになっていた。
しかも急降下が得意なFw190D-9による護衛も有効に作用しており、大半のDo217がライヒスリッター側陣地に到着した。
これなら錨桜にも勝てるかもしれない。
そう思わせてくれるほど圧巻の爆撃方法だった。
もっとも、彼らは次の試合までひたすら機体を修理しないといけないが。
激闘の末ライヒスリッターに勝利した事で多少期待していたのだが、翌日の新聞には『ライヒスリッター学園、トラビ高校空戦部の存続を認めず!』という見出しが載った。
ライヒスリッター学園理事会の主張は、そもそもトラビ高校空戦部の存続を認める条件など出していない。勝手に広がった噂については認知しているが、今年度の総合成績においても現時点ではライヒスリッターの方が上であり、認める理由が無い。という至って真っ当なものだった。
だが、この発言の後半は余計な一言だった。
ある新聞記者が、トラビが錨桜に勝ったら空戦部についてはトラビ高校の方が上と認めるのか、という質問をした。
これに対しライヒスリッター学園の理事会は、万が一そのような事があれば、その点は認めざるを得ないと回答した。
当然のように各新聞や雑誌は『トラビ高校空戦部は錨桜に勝てれば来年も存続か!?』という趣旨の記事を掲載し、世間を賑わせた。
憶測が憶測を呼び、デマの拡散は止まらず、高校空戦秋の大会決勝の注目度は非常に高いものとなった。
ライヒスリッター学園は噂を否定するコメントを出してはいたが、高校空戦ファンの大半がトラビ空戦部存続を支持していた。
何の根拠も無く大衆に広がった噂というものが時に極めて大きな力を持つことをレイアはよく知っていた。
そして今回その噂はこちらの味方だ。
錨桜に勝てれば、本当に奇跡が起きるかもしれない。
勝つのだ。あらゆる手段を使って、秋の大会で優勝してやる!
秋の大会決勝の二日前の夜。レイアとハンナは錨桜高校に進入していた。
設置していた盗聴器と隠しカメラを回収するためだ。
錨桜高校空戦部の部室は二階建ての重厚な赤レンガ造り。
校舎など他の建物は平凡な外観なので、景観的には異質感がある。
部室の東側に滑走路があり、更にその東の霞ヶ浦には二式水戦や二式大艇といった水上機が浮かんでいる。
レイア達は北側の通用門から部室に入ると、暗い廊下を移動する。
最初に侵入した時、部室が非常に広い事に困らされた。
月月火水木金金を標榜し、プロ空戦選手養成所と揶揄されるだけあって、調理場や食事のためと思われる部屋もある。
部屋が余ったのか会議室の様な部屋が複数あり、談話室と思われる部屋も存在した。
その全てに盗聴器と隠しカメラを仕掛けても情報を処理しきれないし、バレる危険性も増すので対象は一階の会議室と談話室に絞った。
ソファの下と時計の裏に仕掛けた盗聴器と、空調ダクトと照明の上に置いた隠しカメラを回収し、レイア達は錨桜高校から立ち去った。
次回、レイア、通学路のマンホールに落下し悶絶




