16 VS錨桜高校
決勝戦前日の午前。衛徒、綾音、イリスをホテルの会議室に呼んだレイアとハンナは、回収してきた盗聴器とカメラを机の上に置く。
「残念ながら作戦会議と評すべきものは録音、撮影できておらず、作戦の詳細を完全に掴むには至りませんでしたが、機体編成や攻撃進路、戦術については把握する事ができました」
「十分だ」
「音声データの重要な部分を切り取ってあります。同時刻の撮影画像がこれです」
そう言ってレイアは何枚かの黒白写真を机に並べる。
「これは、藤金と石本、明松か」
「はい。この三人の会話が主な情報源です」
「よし、流してくれ」
衛徒に促され、レイアは録音を再生した。
「トラビは試合を辞退しなかった。東ドイツから支援があったというのは本当らしい」
「まさに宵越しの金は持たない、だな」
「そしてそのトラビ空戦部も、三月には消え失せるか」
「俺達に勝ったら空戦部は存続という話もあるぞ」
「俺達には無関係だ。どれだけあがいても避けられない滅亡はある」
「勿体ないとは思う。一、二年の練度もまぁまぁ高い。残れば悠紀羽達の刺激になったかもしれない」
「藤金から見て、要注意人物は?」
「まずは、ブルーノ・フリーデル。ドラフト三位か四位くらいで指名されるだろうとスカウトが言ってた」
「ロート隊は俺達との試合でも爆撃隊の護衛だろう。手間取るようなら評価が下がるぞ、明松」
「わかってるよ。他には」
「あと、野崎綾音」
「ああ、あのヤーボの。可愛いよな」
「可愛いかどうかは関係が無い」
「少しは興味を持てよ。そんなんだから戦闘機械って呼ばれるんだぜ?」
「戦闘機械だろうが。錨桜にいる間、俺達は戦闘機械だ」
「さいですか。勿論この女がやってることの凄さは俺にもわかるぜ。これプロ来るだろ」
「去年まで無名だったからあまり注目されていないだけで、ドラフトの下位にはかかる。これの対応が一番の課題だ。零戦九機で良いんだな、石本」
「十分だ。悠紀羽三姉妹と六原は一人前。ドイツ人二人も中隊飛行に支障は無い。あとは見張りの問題だ」
「よし。それから、六原の妹」
「ああ、レイアとかいう。可愛いよな」
「……こいつがおかしい事は、お前も気付いているだろう」
「反応速度、だろ」
「そうだ。石本はどう思う」
「異常だ。ガンカメラの映像は何度も見たが、勘が鋭いんじゃない。見てから撃っている。目も相当に良いはずだ」
「橘花に訊いてみたら、天稟だと。訓練で到達できるレベルじゃないとさ」
「じゃあどうする。こいつは迎撃に出てくるんだろう。つまりお前が相手をするんだ」
「展開次第だな。だが、いつ来るか分からない勝機をただ待つつもりは無い」
「まぁ、お前なら何とかするだろうとは思うよ」
「あとは、二年の白瀬くらいか」
「ああ、可愛い――」
「こいつは後ろを見ていない。にもかかわらず戦果が伸びているのは、二番機の高科が後方警戒を担当しているからだ」
「一番機の戦果が伸びているなら、高科の見張りは良いという事か」
「そういうことになる。紫線は二番機から狙え。おそらく迎撃部隊だろうが、明松も僚機に伝えておけ」
「はいよ」
「あと、トラビの爆撃隊は腕が良い。これを墜とし切れるかどうかで、俺達が本当に史上最強と呼ばれるに相応しいのかわかるだろう」
「燃えるじゃねぇか」
「俺達の代で三冠を達成し、同時に変革を――」
ここで一旦音声が途切れる。
「この時刻の写真がこれです」
レイアが指さした写真には杖をついた老人が映り、話していた三人は手を後ろに組んで立っている。
「大鳥伊吹。錨桜の監督だ」
「この人が入ってきたため話題が変わりました。ただ、気になる事を言っていたので音声を続けます」
再開した音声は老人の声で始まった。
「そういえば、検査の結果が出たぞ」
「……いかがでしたか」
「余命三ヶ月だそうだ。お前らの三冠は見れんな」
「その、ご自愛くだされば、必ずやご覧頂けるかと」
「無責任な事を言うな。この身体のことは俺が一番よくわかる。冬は越せんよ」
「残念です」
「ところがだ。俺はちっとも残念じゃない。言うのはもう少し先にしようと思っていたが、病院から出れなくなるかもしれんからお前らには言っておく。お前達三年生の技量は、真珠湾攻撃前の海軍航空隊に匹敵する」
「最大級のお褒めの言葉、感謝致します!」
「我々には身に余るお言葉です」
「大変光栄に思います」
「俺は嬉しくて仕方がない。あの世で自慢できるぞ。あの海軍航空隊を二〇世紀末に蘇らせたのだ。他に誰ができる。二〇年かかった。やっと……育てあげた」
「監督の戦友方と同列の評価。単なる勝利では不足と心得ます」
「好きに戦え。もう教える事は無い。お前らの負けはあり得ない」
「はい。三冠を確信できるような、完全な勝利をご覧に入れます」
「三冠を取ったら、一度桜を散らして、別の形にするといい。今の錨桜のやり方は、ただ俺の夢のためだけにあった」
「そのおかげで強くなれました。プロに行く人間も、史上最多となるでしょう」
「最後の年に、お前らの様な時代錯誤な人間が揃うとは。人生とは端倪できんものだ」
「良き仲間に恵まれたと思っております」
「車を待たせているから俺は帰る。お前らも、立ちっぱなしは辛かろうからな」
ここで音声は途切れた。
「今の会話と別日の会話から、敵戦闘機は紫電改、雷電、零戦が九機ずつ合計二七機とわかります。また、攻撃隊は一式陸攻と銀河で構成され、おおよその進路もわかっております」
レイアは決勝の地、中部沖バトルフィールドの地図に赤線を引く。
「F-8の迎撃には零戦が、ドルニエの迎撃には雷電が、爆撃隊の直掩には紫電改が来ます。また雷電と零戦は三機ずつで哨戒します」
「雷電については発見次第二個小隊先行させて三機ずつ潰す。爆撃隊は進路上空で待ち伏せて一撃離脱の繰り返しで倒す。零戦は三機なら無視だ。F-8のダイブについてこれない。九機合流されると苦しいが、F-8は一二機出す。頼むぞ、ドラフト候補」
「任せて。ドラフト候補なのは今知ったけど」
「気になる点というのは、藤金さんの完全な勝利という発言です。何か策を打ってくるかもしれません」
「F-8のダイブの完全阻止は零戦じゃ不可能だ。完全試合狙いではないだろう。戦闘機を増やすつもりか? だが、一式陸攻と銀河は搭載量が少ない。その数を減らすのは奴らにとってもかなりのリスクだ」
「単なる精神論から来る発言だったのかもしれませんが、どうにも気になったので、録音に入れました」
「そんなに気になるか」
「大鳥氏と話している時の三人の目つきです。錨桜は軍隊もどき? マスコミも他の空戦部も何故気付かないんでしょうか」
「何が言いたい」
「もどきではなく、軍隊そのものです。この国にはいないはずの存在です」
「……だから何だ。何か案があるのか」
「ありません。しかし、彼らは優位な立場のはずなのに、決死の覚悟で戦っています。試合中に少しでも不審な動きがあれば、臨機応変な対応をお願いします。鹿島先輩」
「わかった。編成も戦術も事前に把握してなお怖い。これが、錨桜か」
衛徒の言葉に、レイアはただ頷いた。
その日の夕方、樹里とエレンが錨桜の格納庫から笑顔で戻ってきた。
二人とも紙袋を持ち、中には十数枚のサイン色紙が入っている。
「サイン貰えたのね」
「はい。何と私の分まで書いてくれました」
「その分湯雲さんが貰えるサインが減ってない?」
「いや。こんな事もあろうかと予備の色紙を持ち歩いている。欲しい人のサインは全部貰えた」
「良い人達でしたねぇ」
「お土産まで貰ってしまった。一緒に食べよう」
「そうね」
今回エレンと樹里は相手校の制服を着ての突撃取材を行わなかった。
エレンがサインを貰いたい人が十人以上いると言い出したので、トラビの制服を着たままサインを貰いに行くようレイアが提案したのだ。
諜報は上手くいっているので、突撃取材をする意味はあまり無い。
樹里は当初機体を撮影したいと言っていたが、結局は沢山サインを貰って満足そうだ。
「アルマさんと悠紀羽三姉妹のサインも欲しかったが、今の三年生を優先した」
「撮影はしていませんが、雷電が見れましたよ。あれは三三甲型ですね。丸っこい見た目で可愛いです」
「二人とも図太いわよね」
「ええと、勿論緊張しています。この後もう一度錨桜の使用機体のスペックを見直そうかと」
「その前に、作ってくれた搭載可能な兵装まとめを鹿島先輩達に見せましょう。何かの備えになるかもしれない」
「わかりました。資料を取ってくるので、先輩方への連絡をお願いします」
その後、ホテルの会議室にて錨桜が取り得る戦術について樹里が作った資料を元に再検討し、それぞれの場合で取るべき各部隊の動きを再確認した。
できる事は全てやったと断言できる。
合法非合法問わず可能な限りのデータを集め、時間の許す限り分析検討した。後は、これらの準備が技量の差を超えられるかどうかだ。
一一月の日曜日。高校空戦秋の大会決勝。
トラビマイスター高校VS錨桜高校。
両校の機体が中部沖バトルフィールドの空に上がった。
試合開始から十数分。レイアは錨桜攻撃隊の予定進路上空を飛行していた。
敵機がいないか探していると、無線が入る。
「ロートアインより各機。敵機発見。双発機。高度六千」
「銀河か?」
「白い……流線型の綺麗な機体だ」
「違う。コックピットまで段差が無い。主翼の位置も低い」
「百式司令部偵察機です!」
樹里が叫ぶように言った。
「試合前の出撃機体一覧にあったな」
「結構近い。堕とせないのか」
「D-9でも簡単には追い付けません!」
「……ロート隊、追わなくて良い。引き離す罠かもしれん」
「くそ。こう見張られてると、腹立つな」
「こちらグリューンフィーア。南西に百式司偵一。見つかったぞ」
「グリューン隊、オーランジェ隊、高度を上げるぞ。ドルニエもできるだけ高度を上げるんだ」
「了解です」
「こちらゲルプアイン、百式司偵発見! 距離、北西に約二万メートル先」
「数からして、準決勝から増えた出撃ポイントを偵察機に充てたな」
「こちらロートアイン、零戦だ! 数は三。胴体に何か懸架している」
「三号爆弾の可能性があります!」
「シュバルツアインよりヤーボ全機。降下開始。前の雲に突っ込んで」
「零戦が突っ込んでくる!」
「綾音狙われてるぞ!」
「了解。シュバルツ隊は先こ、きゃぁぁぁぁ」
「綾音!」
「どうした!?」
「シュバルツアイン、墜落!」
「藤巻が指揮を引き継げ!」
「了解。各機、増速しつつ間隔を開けろ!」
「後方に零戦」
「それは任せておけ」
「雲から零戦! 数は三、何かを落として――」
「藤巻、無事なら状況を言え!」
「三機の零戦が一斉投弾。クラスター爆弾と思われる。機体に火が付いた」
「まだいるぞ!」
「散開! 散開しろ!」
数秒ほど無線が途絶えた後、ブルーノから無線が入る。
「F-8は六機残存。ロート隊被害無し。零戦は一機堕とした。制空戦に入る」
それから数分後、ドルニエ隊に対し、百式司偵に誘導された雷電九機の迎撃が始まった。
敵陣までまだ距離があるため、ドルニエ隊は浅い角度での降下しかできない。
甚大な被害が予想される。
しかしまだ勝算はある。陸攻は全滅させる。
高速の銀河は取りこぼしも出るだろうが、搭載量は一トン。Do217なら半分の機数で逆転可能。
盗聴した通りの進路を、錨桜の攻撃隊が飛んできた。
高度六千に紫電二一甲型、高度五千に銀河一一型、高度四千に一式陸攻二二乙型。
銀河と陸攻はともに真上と真下に指向できる機銃が無く、主翼前側は完全な死角だ。
それを補うためコンバットボックスを組んでいるが、それでも編隊前方への弾幕は限られる。
高度六千メートルを超えて四分半。あと三〇秒いると失格になる。
頃合いだ。
桃紅色の桜を、落花に変えてやる。
「全機攻撃開始」
編隊の南側。太陽を背にしてゲルプ隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊は急降下を開始した。
気付いた紫電隊も一斉に急降下を開始。うち一機が反転上昇に移るのをレイアは見逃さなかった。
ヘッドオン直前で紫電の正面に機銃を叩き込み、一旦機首を上げて通過。一機撃墜。
そのまま先頭の銀河の頭上を取り、主翼に弾丸を叩き込みながら交差。
編隊前方で急上昇に入る。
追ってこようとする紫電もいるが、千メートルも上で待ち構えていた私達に追い付けるわけがない。
二機目の銀河を仕留め、ループの頂点で下方を確認。
追撃してくる紫電無し。
銀河隊は危機を察知し降下を開始していた。
ゲルプ隊、ヴィオレット隊、ヴァイス隊は戦闘開始時に持っていた空戦エネルギー有利を活かし、食い止めようとする紫電を振り切って銀河を攻撃。
上下からの攻撃を反復し、銀河の数を減らしていく。
残った銀河は更に増速し、時速は六五〇キロメートルに迫ろうとしていた。
銀河の制限速度は時速七百キロメートルほど。フォッケなら問題ない速度だが、舵は重くなる。
高度も四千を切った。攻撃目標を陸攻に変えよう。
「ヴィオレット隊。目標を陸攻に変更」
「紫電が上にいる。私達が狙いと思われる」
「狙われた場合は離脱してください。引き付けてくれるだけでも助かります」
「六原殿、こちらにも三機きます」
「わかった。編隊正面から攻撃、その後急降下で離脱する」
銀河が堕とされている間に紫電が上昇していたか。
だがそれでも紫電は無視するのが最善。
爆撃機の大半を墜とせば、きっと勝てるはずだ。
レイアは陸攻隊の正面で機首を上げ、すれ違う陸攻に次々と銃弾を叩き込んでいく。
「後方の紫電、離れません」
「このまま急降下。次の攻撃は後方からやる」
言いつつレイアが周囲を見ると、緩降下するヴィオレット隊に四機の紫電が食いついていた。
四機による斜めのシザーズ。十字砲火で二機のD-9を撃墜。
ただし最高速度はD-9が上。四機の紫電は攻撃を止め反転上昇。
それを見た真琴が反転上昇を指示。
その直後に三機の紫電が突っ込み、真琴を撃墜。残った明日香を追い詰めていく。
陸攻への攻撃は、思ったほど戦果が上がっていない。
一度火を噴いた機体も消火して飛行を続けている。攻撃が雑過ぎたのだ。
「……攻撃後も上昇し、一旦編隊の前方まで移動する」
無線機からは味方の苦境が伝わってくる。
「ちょっと早いけど、もう急降下するしかないよ」
「せやな、全機急降下開始や。……なんか前から零戦来とるんやけど! 話がちゃうやん! ヤーボ隊はどないしてん!」
「全滅した」
「こうなったらMG81で……なんや曲がるんか。え、何か消えたんやけど!? え、どこ!?」
「香織のね、十メートルくらい後ろ」
「十メートル!? 流石にそれはな――」
「誰かこれ何とかできますか?」
「ドルニエが近過ぎて撃てねぇ!」
「ですよね。あと後ろから雷電来てますよ」
「こんなのどうしろってい――」
「あんなに練習したのに、たどり着けさえしないのか。あーあ、悔しい、悔しいなぁ」
由衣の無線が状況の全てを物語っていたが、それでもレイアは諦めていなかった。
急降下から一気に機首を上げ、陸攻を下方から狙う。
目の前を紫電改が横切っていったが、無視。
「レイア! 後方に敵機、後ろに付かれる!」
「まず陸攻を墜とす! 紫電はその後だ!」
「それは無茶だよ!」
「やるしかない!」
レイアは後方を確認する。確かに、紫電改が六時の方向に付こうとしていた。
低めの翼面加重、十分な剛性、フラップの手動操作が生み出す反転上昇時の高速旋回。
冷静さを欠いたレイアは、敵の照準に入った。
レイアの射撃が陸攻のエンジンを捉え、火だるまに変える。
しかし、轟然たる振動は、射撃の反動だけによるものではなかった。
右側の主翼が無くなっていた。
揚力を失ったレイアの機体は、右側へ旋回するように落ちていく。
虚無感と喪失感に支配されつつも脱出するだけの思考力は残っていたレイアはキャノピーを開ける。
そして背面飛行に入った時、無線から審判音声が入った。
「試合終了! トラビ側爆撃機が戦果無しで全滅。錨桜の爆撃で戦果があがったため、錨桜高校の勝利!」
レイアの身体も感情も、ただただ下へと落下していった。
次回、レイア、猫連隊長の紹介で秘密の集会に参加




